大阪

 

大阪大学      明治2年創立の大阪医学校を起源とし昭和6年創立。文、法、経、人間科学、工、基礎工、理、医、薬、歯の各学部がある。キャンパスは豊中と吹田とにある。医療技術短大がある。真面目な印象。医学部は有名。吹田キャンパスはとにかく広い。自転車がないと移動が大変。図書館は複数ある。食堂は生協。豊中で台湾の留学生に丁寧に挨拶され、書籍購入のため生協のカードを貸して欲しいと頼まれた。貸してあげたが京都の大学生協のカードは使えなかった。可愛そうだった。スポーツは野球部がかつて大学選手権に出場したことがある。名古屋大学とはライバル関係。女子23%

 

大阪府立大学    大阪工業専門学校を起源とし、都島工業専門学校、私立女子専門学校を基盤に昭和24年に浪速大学となり、昭和30年に現校名となる。経、総合科学、工、農、社会福祉がある。家畜が飼われており見に行くと、小さい番犬が数頭向かってきた。後ずさりしながらその場を離れようとしたが、足を軽く噛まれた。それでもかなり痛かった。その後は向かって来なかったが、あの時は冬ながら体から汗が噴き出た。総合情報センターは府民にも開放している。食堂は生協。女子25%

 

大阪市立大学    明治13年創立の大阪商業講習所が起源。昭和3年に大阪商科大学となり、昭和24年に現校名となる。商、経、法、文、生活科学、工、理、医がある。医学部は阿倍野にある。キャンパスは大きく3つに分かれ、大阪市内にありながらかなり広い。時計台のある建物が印象的で、図書館は近畿の大学で指折りの最新式の設備を誇る。グラウンドも広く馬場もある。一芸入試を早くから取り入れラグビー、アメフト、野球部が1部リーグに所属したこともある。食堂は生協。二部がある。女子30%

 

大阪外国語大学   大正10年創立の大阪外国語学校を起源とし、昭和24年創立。箕面の小高い住宅地にある。単科大学のためこじんまりしていた。食堂は生協。司馬遼太郎はOB。東京外国語大学とはライバル関係。女子69%

 

大阪教育大学    師範学校を起源とし、昭和24年創立。キャンパスが柏原に移転。駅を出るとエスカレータがありそれを使って大学へ通学する。丘の上にこじんまりしていた。天王寺キャンパスに夜間部がある。生協が入っている。女子は60%。

 

大阪看護大学    平成6年に羽曳野病院の隣に創立した新しい大学。男子は0.021%

 

追手門学院大学   明治21年創立の大阪偕行社付属小学校が起源。昭和41年創立。経、営、文、人間があり、関西では数少ない人文科学と社会科学の学部が揃った大学。摂神追桃のひとつ。キャンパスは中途半端に古い。寮、ゴルフ練習場、大きなバス停がある。かつてはアメフトが1部に所属し強かった。大学内に将軍塚古墳があり、緑が多い。図書館はまあまあ。円広志、渡辺次郎はOB。大阪学院と対抗戦をしている。幼、小、中、高、大、院の揃った総合学園。いいとこの子が多い。文学部があるため女子が多い。女子は30%

 

大阪医科大学    昭和2年大阪高等医学専門学校が起源。昭和21年旧制大学、昭和27年新制大学となる。教養部は、高槻高校と同じ敷地。近年新しい立派な校舎や図書館が出来た。付属の看護学校は歴史を感じさせる建物である。女子37%

 

大阪音楽大学    大正4年創立の大阪音楽学校が起源。大阪音楽短期大学を経て昭和33年創立。キャンパスはこじんまりしている。オペラハウス、楽器博物館がある。女子は87%

 

大阪経済法科大学  昭和46年創立。経、法がある。キャンパスは白の建物に統一され、整然と並んでいる。無秩序なキャンパスが多い中、広くはないが、綺麗にまとまったキャンパス。体育館、クラブ棟も新しくきれい。2000年に2人目の司法試験合格者を輩出。司法試験、公認会計士、研究者を目指す講座があるが、その成果が実った。これは素晴らしい結果だ。関関同立でも現役だと一桁台、他の私大はほぼ0なのだから。社会科学系のみなので女子が少ない。俳優の細川茂樹は卒業生。雑誌に載るようになると教室は女子学生で溢れかえったそうだ。女子は10%

 

大阪学院大学    昭和27年創立の関西簿記経理学校が起源。昭和38年創立。経、経営科学、法、外国語、国際、流通科学、情報、企業情報がある文系総合大学。外国語学部はレベルが結構高い。キャンパスは広くはないが、レンガ調タイルで統一された関西で指折りの美しいキャンパス。床もレンガが敷き詰められ、所々に緑があり、噴水の水は透き通っている。やたら清掃員が多い。図書館は立派だが空いている。食堂は生協ではない。書店には紀伊国屋が入り、購買には高島屋が入っている。各種スポーツのグラウンド、施設も充実している。バンカー付きのゴルフ練習場もある。スポーツは野球が関西六大学に所属しまあまあ強い。ゴルフも強い。マラソンの高橋尚子、山田正人はOB。短大(経営実務、国際文化学科)が隣にある。学費は芦屋大学の次に高い。設備投資費が授業費より高い。昔ファッション倶楽部みたいなのがあったようだ。着飾った男2人の写真が卒業アルバムに載っていた。人文科学系の学部がある分女子は多い。女子は19%

 

大阪経済大学    昭和7年浪華高等商業学校が起源。大阪経済専門学校をへて昭和24年創立。経、営、経営情報、人間科学部がある。かつては経済学部は関大、甲南と同じ位のレベルでだったが、悲しいかな経済系大学、総合大学の龍谷、京産、近大に追い抜かれた。経済学系はどこもそうだが経大も偏差値を下げている。割りとシンプルなキャンパスで道路で4つに別れている。あと一つの建物を残し、ダークブラウンのタイルで統一された建物群である。めっきり洒落たキャンパスになった。学生運動が未だに活発。学費値上げ反対で学長を監禁したり、講義をボイコットしたりなかなか過激だ。学生新聞も社会ネタを扱い硬派だ。南キャンパスの入り口には「学費値上げ反対」の看板が年がら年中ある。スポーツは野球は関西六大学に所属し、ラグビーが一部リーグで活躍している。かつては経済系の学部しか無かったので女子は4000人中50人位しかいなかったが、今は15%で男大学から脱却した。図書館はまあまあ、食堂は生協。サイクルサッカー場もある。二部もある。

 

大阪国際大学    昭和62年創立。経営情報、法政経学部がある。早くからパソコンを取り入れ、学内LANはもちろんのこと、レポートはワープロで作成が義務づけられている。建物は複数あるがひとつながりになっている。図書館は少し小さい。大阪国際女子大学は同じ系列であったが、女子大が国際大となりキャンパスが2つになった。旧女子大の守口キャンパスに人間科学部がある。国際女子大と一緒になるまでは社会科学系の男大学で女子は11%

 

大阪商業大学    昭和3年創立の大阪城東商業学校が起源。昭和24年大阪城東大学となり、昭和27年に現校名となる。経済、総合経営学部がある。最近まで商経学部のみの単科大学だった。グランドは広いが、建物は少ない。商業博物館がある。大企業や官庁への就職を目指さず、独立した経営家の育成を目標にしており、中小企業ながら商大出身の社長は全国でも上位にランクされる。スポーツに力を入れていた。かつてはスポーツ大学。野球は関西六大学に所属し、ラグビー、バレーボールの他もまんべんなく活躍していた。しかし、ラグビー部の裏口入学事件以来出場辞退しそれ以降一部に復帰していない。サッカー部が1部に復帰した。プロ野球の佐伯、谷はOB。経済系の学部構成なので女子は7%。まさに男大学。食堂は生協でない。

 

大阪芸術大学    昭和39年浪速芸術大学が創立され、昭和41年現校名となる。芸大らしくArtisticなキャンパスでかなり広い。変わった形の建物が多い。楽器屋、画材屋、カメラ屋があるのには驚いた。ホールには立派なパイプオルガンがあった。中島らも、立原啓介など多くの芸能人を輩出している。女子は52%

 

大阪工業大学    大正11年創立の関西工学専修学校を起源とし、昭和24年摂南工業大学となり、同年現校名となる。レベルはかつては産近甲龍並だった。工業専門大学としての実績があり、理系志望の受験生に人気がある。キャンパスは細長い。広くない分高くなっている。摂南大学と同じ系列。道路を隔てて図書館やホール、食堂などが単独であり、後に土地を買収したことが伺える。枚方に情報科学部ができた。図書館はまあまあ。食堂は生協。学部は工、情報科学。情報科学は枚方キャンパス。工業系のみの学部構成なので女子は8%。まさに男大学。

 

大阪歯科大学    明治44年創立の大阪歯科医学校が起源。昭和22年創立。大きな教養部が枚方にある。教養部の図書館は新しかった。昔は馬場や土俵もあったようだ。本部は天満橋で付属病院は新築された。女子は34%

 

大阪産業大学    昭和19年創立の大阪鉄道学校が起源。大阪交通短期大学を経て昭和40年大阪交通大学を創立し同年現校名となる。経、営、人間環境、工の関西では数少ない文理そろった大学。工学部夜間主コース交通機械工学科では2級自動車整備士受験資格を得ることができる。ソーラーカーコンテストでは強豪。二部短大自動車工業科も併設されている。工学部と短大は自動車好きに人気がある。キャンパスは細長く東西に分かれている。本館は新しい。最近スポーツに力を入れている。アメフトが一部リーグで活躍し、陸上部の監督にマラソンの中山竹通氏を迎えた。またインターネット入試で話題になった。付属高校の他、大阪桐蔭高校も兄弟校で隣接している。桂文珍がかつて在学した。最近まで経済系と工学系の学部構成だったので女子は9%

 

大阪体育大学    大正10年創立の浪華商業実修学校が起源。昭和40年創立。浪商の系列。平成元年に茨木から熊取に移転。体育大学のわりにスポーツは強くない。ラグビー、サッカーは1部リーグ。アメフトもかつては1部に所属した。巨人の上原を輩出している。女子は30%

 

大阪電気通信大学  昭和33年創立の大阪電気通信短期大学が起源。昭和36年創立。工、総合情報があり、総合情報は新しい四条畷キャンパスに移転した。工学部は中途半端に古いキャンパス。小さいグランドがある。図書館はあまり大きくない。門のすぐそばに大きなパラボラアンテナが大学のシンボルとなっている。二部工学部、短期大学部もある。生協が入っている。工学系なので女子は6%。まさに男大学。

 

大阪薬科大学    明治37年創立の大阪道修薬学校が起源。道修女子薬学専門学校、帝国薬学専門学校を経て昭和25年に創立。平成8年に松原から高槻に移転した。松原ではこじんまりしたキャンパスだった。女子は68%

 

四天王寺国際仏教大学 西暦593年創立の四天王寺敬田院が起源。大正11年四天王寺学園を創設し、昭和42年四天王寺女子大学創立。昭和56年教共学となり現校名に。佛教系の宗門校。人文社会学部があり、その中に教育、仏教、社会、人間福祉、言語文化学科がある。アラビア語アラビア文化専攻は珍しい。キャンパスはそれほど大きくはないが、わりと綺麗である。仏教的な講堂が印象的だ。写経の講義がある。人文科学系と福祉系の学部構成なので女子は46%

 

関西医科大学    昭和3年創立の大阪女子高等医学専門学校が起源。昭和24年大阪女子医科大学創立。昭和29年現校名に。大学というより病院。学生会館は小さく食堂のメニューもすくない。図書館として独立した建物は無くとにかく建物が古い。女子は32%

 

関西外国語大学   昭和20年創立の谷本英学院が起源。関西外国語学校、関西外国語短期大学を経て、昭和41年に創立。外国語学部は英文とスペイン語学科、国際言語学部がある。女子に人気がある。語学大学のため講義は厳しいらしい。本館は新しい。食堂もなかなか大きい。本館には資料館があり、英学校から専門学校、短大、大学と規模を拡大していった歴史がわかる。歴代のキャンパスの模型がある。歴代の学長のレリーフがあり、オーナー経営であることがわかる。図書館はあまり大きくない。学生会館、グランドなど近所にちらっばっている。キャンパスが枚方市片鉾から近所の中宮に移転する。2部短大と国際言語が穂谷キャンパスに移転する。作家難波利三、正道会館の角田や佐竹、東ちづるは短大卒。女子は68%

 

関西大学      明治19年創立の関西法律専門学校が起源。明治38年関西大学と現校名になる。大正11年旧制の大学になる。関関同立のひとつ。法、文、経、商、社、工、総合情報がある。かつては関西一の受験者数を誇ったマンモス大学。広大なキャンパスの中にスポーツ施設が充実し、馬場もある。林にクロスカントリー場が作られていたのには驚いた。今は無いが。食堂は3ヵ所あり大学の規模からするとそれほど大きくない。購買、書店も同じ。丸筒形の建物が印象的。無料の考古学博物館もある。図書館は全国有数の規模を誇る。駅から大学までの通りは関西で一番学生街らしい。学生街にはマスコミでよく紹介され、卒業生で元C.Cガールズのメンバーの一人がバイトしていた喫茶店『ランザム』や、2001年3月に卒業した矢井田瞳がバイトしていた牛丼屋などもある。バンカラな気風は今も残る。学園祭最後の後夜祭は一万人規模で集まり、学歌、関大マグマの大合唱は圧巻である。これだけ愛校心の強い大学は関西では他にない。関学とはライバル関係。総合関関戦が行われる。総合情報学部は高槻にある。かつて2部は天六にあった。今はエクステンションリードセンターになっている。かつてはスポーツ大学だったが、いまはずば抜けて強いクラブはない。野球は関西学生野球に所属し、アメフト、サッカーは1部で頑張っている。OBは桂三枝、村山実、越前屋俵太など。他にbirdも卒業生。東京の大学に例えるなら明治。共に法律学校を起源とし、パワフルなイメージが共通する。かつては「ポン、近、関」と3マンモス大学と称された。生協が入っている。食堂のメニューに関大名物マーボー丼の「関大マグマ」がある。相撲場もある。女子は29%

 

近畿大学      大正14年創立の日本大学大阪専門学校と昭和18年創立の大阪理工科大学が合併し昭和24年に近畿大学となった。産近甲龍のひとつ。この4半世紀で最も偏差値の上がった大学。日大の流れを汲んでいるだけにライトウイング。法、商経、文芸、理工、生物理工、工、九州工、医、薬、農と理系色が強い。10年程前に文芸学部が出来るまでまさに男大学。関大と共にバンカラでならした。最近商経学部の偏差値が下がっている。大学職員は体育会OBが多く無愛想でサービス精神に欠ける。本部キャンパスは学部が分散しているためそれ程広くない。生物理工、工、九州工、医、農がそれぞれ別のキャンパス。スポーツ施設は分散しどこからどこまでが敷地なのか分かりにくい。食堂は2ヵ所かある。図書館は独立した建物では存在しない。建物は病院のような感じがする。新しく建った正門となる建物はレンガづくりできれいだが、そこだけである。スポーツは野球が関西学生野球に所属し強く全国的に有名で、多くのプロ野球選手を輩出している。他には相撲の朝潮、ボクシングの赤井英和。ゴルフ、アメフトも強い。屋内プールがあり付属高校に千葉すずがいた。水泳はオリンピック選手を多く輩出している。OBにつんくがいるが、以前FMで「普段頭の悪い大学出身と言っているので名前は言えない」と言っていたが、謙遜なのかどうか微妙。にぎやかな大学通りがあり、学生街を形成している。かつては関西2位の受験者数を誇った。かつては「ポン、近、関」と3マンモス大学と称された。二部もある。生協も入っている。女子は20%

 

相愛大学      明治21年創立の相愛女学校が起源。昭和33年相愛女子大学となり、昭和57年音楽学部が共学となったときに現校名となった。浄土真宗西本願寺派系の大学。人文、音楽とがある。もともとは女子大だったが、音楽学部が共学になった。南港ポートタウンに移転し、整然とした、キャンパスが形成されている。食堂は生協以外でそれ程大きくない。女子は1765人中1700

 

帝塚山学院大学   大正6年創立の小学校が起源。昭和25年短大が創立し、昭和41年大学となる。文、人間文化がある。かつては女子大であった。人間文化は堺市泉ヶ丘キャンパス。帝塚山大学とのどちらが女子大かを確認せず、とりあえず入ったら警備員に呼び止められなかった。ただ掲示板には女子の名前しか無かったので急いで大学を後にした。お嬢様大学だったのでシンプルできれいなキャンパス。窓から見えたカーテンが女子大らしかった。

 

摂南大学      大正11年創立の関西工学専修学校が起源。昭和50年創立。法、経営情報、国際言語文化、工、薬の関西では数少ない文理総合大学で、同レベルの大学の中ではおすすめの大学。レベルは産近甲龍の次で摂神追桃のひとつ。大阪工大の系列。昭和50年創立と比較的新しい大学。キャンパスは新しくは無いが、白に統一された建物が古さをそれほど感じさせない。比較的に広いグランドがある。寮もある。食堂は生協でない。食堂の屋根には摂大の校章がかかれている。航空写真だと判るだろう。看板学部である薬学部は枚方にある。薬剤師の国家試験は毎年100%近い合格率を誇り全国1位。相当厳しく出来が悪いと退学に追い込まれるらしい。それで全国1位を保っている。大学も退学させたくはないだろうが。相当の覚悟が必要。スポーツはかつてラグビーが一部リーグで頑張っていた。それ以外はパッとしない。女子は19%

 

桃山学院大学    明治17年創立の小学校が起源。昭和34年創立。キリスト教系のミッションスクール。法、経、営、社、文がある。2002年に法学部ができ文系総合大学となる。摂神追桃のひとつ。平成7年に創立111年を記念して堺から和泉に移転した。関西で指折りのおしゃれなキャンパスになり、女子の志願者が急増している。それに伴い偏差値を上げている。関学と同様にキャンパスの雰囲気は女子学生の数に大きく影響する。以前はチャペルなどがあったが、建物は過密状態だった。小さいグランドがありまた大学内に聖アンデレ橋という橋があった。お世辞にもおしゃれとは言いがたかった。キャンパスの移転は大成功であろう。谷村新司、森脇健二、タージンなどを輩出。キリスト教系だけあって、このランクの大学にしてはおしゃれな感じがする。スポーツはサッカーが1部で頑張っている。生協が入っている。女子は35%

 

阪南大学      昭和14年創立の大鉄工学校が起源。大鉄高等学校を経て昭和40年創立。流通、経、経営情報、国際コミュニケーションがある。キャンパスはそれ程大きくなく建物もそれ程多くない。隣接した付属高校の方が大きい。学生会館、体育館など近所に分散している。国際コミュニケーション学部が目玉で、キャンパスは離れている。「花の応援団」のモデルとされる。スポーツはサッカーが一部リーグで活躍している。スケートショートトラック金メダリストの西谷を輩出した。国コミが出来るまでは経済系の男大学。生協が入っている。女子は  16%

 

大阪キリスト教短期大学 こじんまりした大学。広くはないが色々と建物がある。児童教育と神学科がある。

 

旧大阪女子大学   大正13年創立の大阪府女子専門学校が起源。昭和24年新制大学として創立した。学芸学部を有する。公立女子大としては最も古い歴史を持つ。現在は堺市にあるが、以前は大阪市住吉区帝塚山にあった。跡地にはその後大阪看護短期大学が入り、看護短大が羽曳野市に移転した後、現在は大阪府立貿易専門学校が入っている。しかし、再来年に廃校が決まっている。旧大阪女子大の学舎はなかなかクラッシックなもので無くなるのは惜しい。本館の東側にはテニスコートがあり、また北側には同窓会館である斐文会館があり、その北側には旧図書館であった大阪府公文書館がある。南側にあったグラウンドには現在老人ホームが立っている。テニスコートの横に昔関西外国語短期大学があった。当時作家の難波利三が在学した。旧女子大の南側には万代池公園があり、閑静なお屋敷町の一角にある。最高の環境にある大学であった。