ギャラリー「水脈(みお)」

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 ここは 他誌・詩集はもとより、ジャンルを問わず俳句・短歌・写真・絵画等、

より多くの方の優れた作品を広く公開するコーナーです。

 

詩誌「子午線」創刊編集発行人だった故入江昭三作品が、昨年某印刷所から発見された。

昭和55年から61年までの間に「諫早文化」という機関誌に発表されたものである。

入江昭三詩集未収録はもちろん、創刊同人も目にした記憶のない作品8篇を一挙公開。

会 期 2004年 1月3日〜3月末日(会期延長もあり得ます。)

 

故 入江昭三 略年譜

(詩誌「子午線」第37号 入江昭三追悼号より抜粋 作成・今村冬三)

1933年  長崎県福江市に生まれる。

1936年  大連市に移り住む。

1938年  父、出奔。長崎市の母の実家に帰る。

1939年  中国漢口市の叔母を頼り、母と共に揚子江を遡る。

1945年  敗戦。社宅から収容所を転々とする中で母を喪い、2週間後に妹を喪う。

1946年  引揚船に乗る。博多上陸。

      諫早の養父実家に着くも、落ち着く場はなく、母方の祖母、親類縁故の間を転々とする。

1952年  歌誌「あかつき」に入る。

1953年  長崎アララギ入会。

1958年  第三次「活火山」編集同人となる。

1969年  第一詩集「呪縛」(歩道社)刊行。

1970年  歌集「地の花」(炮氓社)刊行。

1974年  長崎県詩人会の再発足と共に事務局長となる。

1977年  「炮氓」編集発行人となる。第二詩集「不帰河」(炮氓社)刊行。

1979年  詩誌「子午線」創刊。編集発行人。

1985年  第三詩集「飢餓とナイフ」(子午線社)刊行。

1987年  近文社日本詩人叢書第一巻「入江昭三詩集」刊行。

       書家七嶋鴎舟、画家小崎侃共著「詩書画集・母子炎上」出版。

 〃    12月4日逝去。

1988年  報道特別番組「いざ生きめやも−詩人入江昭三の闘い」放映。(KTN)

 〃    日本テレビ系「ドキュメント'88」で全国放映。

 

  

        入江昭三「諫早文化」掲載作品

               *昭和55年〜昭和61年掲載 詩集未収録作品

 

 

風の音

 

    1

風の音

などと書くな

窓外をどよもして行くあの音は

宇宙の廂に吊るされたおれの魂が

鞭打たれる音なのだ

 

    2

眼前に散らばる

文字の数々は一体何なのか

机のまわりや

床灯のまわり

棚の一冊一冊が

おれに何かを訴えている

だがどうしても

おれには宇宙の気まぐれな合図が

読めはしない

 

    3

紐をひっぱって灯りを消す

すると

無限に拡がる闇の四方八方から

おびただしい言葉が還って来る

眼を閉じても閉じなくても

灯りを消しても消さなくても

こうして

おれの眠りは

青白い一点から

みつめられている

 

    4

眼がさめたとはいえぬ

眼ざめはいつも

言葉の混沌たる渦中からやって来る

言葉達が形をととのえるまで

おれはまださめもしない

存在もしない

 

    5

言葉によってしか示されぬおれであることを

宇宙はいつも

知らぬ顔だ

 

              (昭和55年 「諫早文化」)

 

 

凍  夜

 

南は低く

寝そびれたネオン達が泪を滲ませ

西では

家々の幾何模様を歪ませて

世界が静かに燃えている

東には潟海を暗く横たえて

思案にくれている雲仙岳

北は遙か

多良の山塊が連なり

荒涼たる嶺のどこかで

一人の隠者が

ゆっくり天空をまわしている

 

経めぐる一日

経めぐる一年

 

この丘に居を定めて七年が経った

天空はあいかわらず

北極星を軸にまわり

おれはあいかわらず

みずからの血に煮られて立っている

 

おれも一粒の宇宙として

万象をこの身に映している筈だ

と思ってみるが

所詮巨大な石臼の縁辺を

ころころ経めぐっているに過ぎない

 

かくて今年もまた

おれの血を冷やすべく

星々が雪になって降ってくる

 

(昭和56年 「諫早文化」)

 

 

 

雨上りの朝

スポーティな車に

スポーティな男が乗って

むく犬をつないで走っていた

 

多分 散歩をさせているのであった

 

だが

首の締まった犬はとっくにたおれ

街から街へ

丘から丘へ

 

口笛のまにまに曳き摺られているのであった

 

 

 

 

夜更け

毒餌を貪った野犬が

悲痛な声をあげている

 

庭のベニヤ造りの小舎では

鶏たちがじっときき耳をたてている

 

昏れれば見えぬ筈のその眼には

おれの貌が映っている

 

(昭和57年 「諫早文化」)

 

 

初  冬

 

あらかた葉の散った木蓮や

すでに春芽を育てているみずき

雪柳の細枝のあたりから

身投げでもするような

哀調を帯びた声が飛び立ってゆく

 

あれは本当は歓喜の声

もしかしたら何かの合図

ひがないちにち翔けちがう鳥たちには

羽根を休めるために夜が

羽づくろいするために朝が

遠く渡るために夕空が訪れる

 

人の洩らす詠嘆

人の説く侘び寂びの極みも

鳥はひと蹴りするばかり

あっというまに

空無の彼方に消えてゆく

 

やがて

山嶺を越えて

声の谺が還ってくる

ひらひら粉雪を舞わせながら

森や林をふるわせながら

人の心を凍らせながら

 

(昭和59年 「諫早文化」)

 

 

花 陰 抄

 

    1

庭に紛れこんだ牝雉子が

無精卵を生んだ

 

雨風にうたれながら

身じろぎもせず抱きつづけ

しかしついに諦めて

いずこへともなく

飛び去って行った

 

梔子の白のしたたる蔭で

卵は小さな化石になった

 

    2

槿花一朝の夢という

咲いたむくげは

夕べにはつぼんで落ちる

馬刀貝ほどもあるその花むくろを

おびただしい蟻が運ぼうとしている

地底のくねった巣穴にではない

二十一億光年かなたの

ブラックホールにだ

 

    3

この夏

斃死した三羽のチャボを庭に埋めた

その傍の金木犀は

全枝に黄金色の花をつけたが

匂わなかった

 

程経て

散った花屑が

地面に金環を描きあげた

環の中央では

不完全燃焼のチャボが三羽

ふすぼっていた

 

(昭和60年 「諫早文化」)

 

 

水  鳥

 

太古 ひとは水鳥であった

朝夕

岸辺の草の実をついばみ

藻の蔭の小魚を追い

波間に羽根を休めた

 

冬は黒潮洗う南の島

夏はツンドラに抱かれた蒼い湖沼

襲うもののない地を求めて

子らとともに渡って行った

 

やがて訪れた氷河期に

ひとは翼をもがれ

尾羽根を失ない

鋭く尖った嘴で

ちちはは はらからに襲いかかった

 

ひとには名残りの毛はあるが

首はみにくく縮み

しなやかな四肢は節くれだち

生餌を掴むための五裂の指

闘争のための爪

鉄をも噛み砕く牙を磨いで

山を食らい

海を埋め

林湖に鳥たちを追っている

 

十一月十五日

早朝

銃声が響きわたる

一斉に翔びたつ水鳥の群

墜ちる一羽、二羽、三羽……

 

こうしてひとは

口を真っ赤に染めながら

かつてのおのれへ

復讐を重ねているのだった

 

(昭和60年 「諫早文化」)

 

 

花  輪

 

誰かが死んで

邸のまわりを花輪が囲んだ

 

花輪には

代議士やキャバレーの名前がさがっていた

 

あそこはパチンコ屋になったのかと

手をひかれた幼女がたずねた

母親は唇に指を当てた

スピーカー越しに読経が流れた

幼女は花輪をかぞえはじめたが

すぐに飽いてしゃがんでしまった

 

焼香客がつづき

花輪は限りなく並びつづけた

街をはずれ

野をわたり

地平遙か国境を越えて

なぜか世界中の葬儀屋が

次々運んで来るのだった

 

人々はテレビの前で

宇宙飛行士のおしゃべりを

あくびをこらえながら聴いていた

− 稲妻や山火事や銃撃戦の火花が

   実に鮮やかに見えました

   それからもう一つ

   喪章をつけた花輪が

   地球をびっしり取り巻いていました

 

(昭和61年 「諫早文化」)