音楽エッセイ

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音楽エッセイ 「音のほとりで」

 

♪ 自作との距離1(20) −ソプラノ とピアノのための歌曲集「木にかえる」体験から− 2005年3月

 歩 行 (19) − ブラームス「ピアノ四重奏曲第三番ハ短調 第一楽章」− 2004年12月

 沈黙の島 (18) −ラフマニノフ「死の島」、近藤浩平「島」とベックリーン「死の島」− 2004年8月

 不思議な 海の樹林のような… (17) 

              −セガンティーニと 遠藤雅夫作曲「不思議な海の樹林のような…」− 2004年3月

 欠落の穴を翔ぶ 麻生知子追悼 −麻生知子とリステンパルトのバッハ「フーガの技法」−

                   詩と批評「漉林」第116号『麻生知子追悼小特集』掲載  2003年10月

 灰色の故郷  FROM MY HOME (16) −立原道造とギドン・クレーメル− 2003年4月

 空豆のさやの睡り (15) −脇田和「鶫」とミシェル・ベロフのドビュッシー− 2002年10月

  慈愛と死の予兆の音楽 (14)   ― モーツァルト「フルートとハープのための協奏曲」K.299 ー  2002年6月

 水の中へ (13) −ルドンとシューマン− 2002年2月

 白銀を越えて(加藤恕彦のフルート)  (12) 2001年11月

 ヘンゼルとグレーテルの夜明け  (11)  −アントン・ブルックナーの森で− 2001年7月

二人の女 (10) (J.S.バッハとクリムト「音楽1」/ロセッティ「ベアータ・ベアトリクス」) 2001年3月

 コルボの祈り (9) (ミッシェル・コルボのJ.S.バッハ「マタイ受難曲」浦上天主堂演奏会) 2000年11月

 電   車  (8) (ヒラリー・ハーンのJ.S.バッハ) 2000年8月 

 かぼちゃを馬車に!ねずみを御者に! (7) 

                              (エスポージトのドニゼッティ「ランメルモールのルチア」) 2000年3月

ラブ・ストーリーを聴こう (6) −クララ・ハスキルのモーツァルト− 1999年11月

躍動の歌 芳香の詩 (5) −二つのヴィヴァルディを聴く− 1999年7月

待ち人来たりて… (4)  カリンニコフと春の雪− 1999年4月

絵−「二重奏」−音 (3) (シューベルト「ます」) 1998年8月

アンコールの花束 (2) −チャイコフスキーと通り過ぎた夏− 1997年11月

「詩」が物語るとき (1) −音楽にのせて− (モルゴーア・クァルテットのショスタコーヴィチ) 1997年3月

 

GUEST

 朝吹英和「静寂のうちにものがたる余裕」

                              …森永かず子のエッセイに寄せて

 

♪ 朝吹英和「森永かず子とクロード・ドビュッシー、その交響的序論」


 

 朝吹英和「朝を言祝ぐもの」(俳誌「握手」2005年10月号掲載)

  朝吹英和第一句集刊行 「青きサーベル」(ふらんす堂)

           序文 磯貝碧蹄館  栞   五島高資  帯文 森永かず子

   気がつけば17文字は一羽の鳥となり、飛翔して世界の深淵と広大な

   風景の目撃者となる。朝吹句に立ち現れる風景は、いつも一枚の絵画

   のように雄大で鮮烈。印象は白色系や墨絵のそれである。コロシアム

   かと見まごう卓上に、すがすがしい才気と余裕も錯綜する<卓上に戦略

   無用とろろ汁>。バッハの音楽と何ものも犯し得ない「時」の無垢性が 、

   唐辛子の熟した赤の背景となって重なる<バッハ鳴る時の完熟唐辛子 >。

    「時」の堆積が小さな唐辛子にズシリと重量を与えた。

   この句集は目も眩む旅の始まりかもしれない…。

                          帯文 森永かず子

 

                逃げ水に透けしロンドやオンディーヌ  朝吹英和