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連詩・樹液の朝

 

詩と表現「水盤」創刊号(2007年4月)
「水盤」同人、山本まこと・平野宏・森永かず子による連詩

山本まこと   1,4,7,9,12,

平 野 宏   3,6,10,13

森永かず子  2,5,8,11,14

   樹液の朝

  1
SEISHIN
木にはそう刻んであり
不埒なことに
樹液にまみれたそのヘボン式のローマ字が
朝日にかがやく

  2
乾いた道の真ん中で男が死んだ
ギターに紐解かれたケルトの古い音楽と
蝉の抜け殻が揺れる夏に
標識は見知らぬ土地の名を呼びつづけ
その上を風が走る 雲が歩く
太陽はいつだって真上だった

  3
骨を見るかい?
いま火酒をたらしたところ
千回目の狼藉も許したから
一対の箸の臭気をあげつらうわけにいかない
眼窩の闇は 風紋に言い負かされて
もうしらっぱくれて転がっている
そんな骨 見るかい?

  4
宝石のない宝石箱には
罰されるためのオーロラの記憶が詰めてあり
ここ、どこだっけ?
サーカスの女が言ったのだ
不毛な土地
問いのない土地ばかりを経めぐって
愛のさ中にも関節を外しては笑いこける女がさ
天幕の古代文字は誰にも読めず

  5
「洗うな!」
そう言われたのだと思った
あれから川には近づかず
一本の木ともつれ合っている
うろの奥に
もうよくは思い出せもしない
そのひとがいて
小さく笑ってみる

  6
雲の遠い左を過ぎ さらに深い影をこえていった
左はそこで絶え きっぱりと右がはじまっていた
両手をかざし ゆるやかに二度打ち鳴らした
約束は もう果たされないかもしれない
黒い闇の流れる川面を悼んで
失くした空を 兆しのように吐きつづけた

  7
そして
(鏡の底の)ミジンコにも
うまく拭きとれぬ痴情のサラダ油にも
鍵盤に当たるつめの音にも秋がきて
一台の
とことん捨てられつづけた空き地の自転車は
見るたびに位置がずれている
もう狂うこともないというのに

  8
あとどれくらい そこにそうして
紙芝居を見ているつもり?
延々とつづくどうしようもない人生が
後輪のうえで空回りしていて
どんなタイミングも逃しているのを
秋がきたよと知らせたひとは
どこへいった?

   9
校庭の途切れがちな白線を辿って 辿って
また同じ場所に戻ってしまう
収穫祭のあとの荒涼のようなここはそこ?
旋回する鳥の急降下
そのおそろしい角度に心のソクラテスは痩せて
ことばは記憶なあんて失語さえして

   10
風に触れれば 崩れるだろうし
風はおっつけ 吹くだろう
枯れ残った葉脈だけで待っているので
透けていく秋が とても無臭だ
デレロン デレロン と
遠い鉄橋が鳴る
列車は北へ
遠ざかる方へ 通っていった

   11
あなたが空しいというとき
私は海をみた
私が虚しいといったとき
あなたは砂漠の熱を浴びていた
電話をください
一滴の水 一粒の砂に成りはてる前
きっかり三時に

   12
ハトがハトを襲う
そして細密な夢の羽毛は血にまみれ
目覚めること
ただそれだけのために
あるべき鏡の性はパチパチはじけ
その荒く澄んだ水の中の火を
空の滑車が汲み上げる

   13
最後の水が滴って 吊られた釣瓶が乾いてゆく
じきにまた 
釣瓶は 汲むためにおりてゆくけれど
夜をくぐった証に
君は身内に 闇をしのばせて目覚める
何度でもまた
夜は戻ってくるけれど

そうやって しのばせた闇は深くなる
釣瓶も 君も

  14
白夜、千夜、万夜
白い闇の街を抱えた人よ
小さな子どものままで
その行き先を
楽しそうに告げたのも
あなた自身でした
「お弔いにいくのよ」
昨日も今日も明日も
あなたは間に合うことがあったろうか
仕方なく
生と死の間で
朝を吐きつづける一本の木に
あなたはまた
刻むことばを探すのだ
               〈完〉