

ちゃんこやさんがサッカー
なんか変ですか?
YOKOHAMA FCにリティが帰ってきた。
ジェフ市原にいた頃は、よく知らなかった。
FCの初代監督になってからファンになった。
練習を見に行く時は、仕入れの都合もあるので、
練習前から途中まで。
多くのサポは途中から終わりまで。
必然的に練習前は人が少ない。
来た選手に挨拶する。
大抵の選手は挨拶をしてくれるが、
中には挨拶しにくい雰囲気の選手もいる。
リティだ。どうしよう。挨拶した方がいいよね。
近づいてきた。どうする。心の中で呟いた。
かたことの日本語で「お・はようございます。」
言われてしまった。監督に先に言われてしまった。
器の大きさを感じました。
なんて大人なんだろう。同い年なのに…
高田選手との出会いは、6〜7年前お店に来てくれた時からです。
その当時短パンで食事に来る人はほとんどいませんでした。(笑)
前日に電話を掛けてきてくれた人であることはわかっていたのですけど、
名前を聞いたわけではないし、空想好きな管理人、「絶対サッカー選手だよ」
新聞屋さんにもらった『選手名鑑』を一生懸命めくります。
「わからない。でも選手だよ。」
帰り際「領収書ください。」
「お名前は?」
「高田でお願いします。」
「フリューゲルスだ」「いた」
その頃婚約者だった理英子さんは、既に車に向かっている高田選手を呼び止めてくれました。
その頃は色紙なんてもの用意していなかったので
「あほむしちゃん」のノートの裏にサインしていただきました。
普通はここで終わります。でも続きがありました。
管理人夫妻は買い出しがない暇な日は、個人的な買い物にあちこち出没します。
ある日新横浜プリンスぺぺをふらふらと...
3階から4階へエスカレーターで上がるとき、
「いた、高田選手だ」
3階のフロアにいるのを発見!!
「上がってくるはずだから待っていよう。」
斯くして上がってきました。
「先日いらしていただいた大田山です。」
....
ちゃんと覚えていてくれて「他の選手も行きたがっていますから、また行きます。」
普通これも社交辞令で終わります。
(事実○○選手は関東労災病院の入り口で、「また行きますよ」2〜3年経つ今も現れません。)
ちゃんと来てくれました。桂選手を連れて...
「番付送りますから」といえば嫌がらずに住所を教えてくれて、
それからお付き合いが始まりました。
(続く)
自分が泳げなかったので、子供達はスイミングに通わせました。
泳げれば良かったんだけど、長男は今でも毎日泳いでいます。
次に考えたのがサッカー。地元の子供達が行く「駒林サッカークラブ」
運動不足解消のために行かせました。
でも長男は河童らしく、グランドを走ることは大の苦手でした。
長女も女子のチームに在籍していました。
その頃のローザ(チーム名)はとても強く全国大会3位でした。
もちろん娘は応援団員
その頃は辛くて嫌だったサッカーも今では好きになりました。
子供達が始めた頃はちょうどJリーグ開幕の直前でした。
親子そろってサッカーにはまり、
主人は中山を追いかけて静岡まで...
そんなとき、当時フリューゲルスにいた『高田昌明』選手が婚約中の奥様と来店してくれました。
それからフリューゲルスの吸収合併、横浜FCの立ち上げ、
『高田昌明』選手の横浜FC入団、
私たちはサッカー三昧の毎日になってしまいました。
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