パセリの知恵袋

個人製作アニメ考

研究日誌 (幸三郎)  2003.07.03 (木)
 個人製作アニメ考 (1)


 現在デジタルコンテンツネットで、活動漫画館の「のすふぇらとぅ★」さんと、POPOIの「入江舞」さんのメール対談が販売されています。

 興味のある方は是非本文を読んでもらうとして、のす★さんが冒頭こんなことを言われていました。

 アニメーションって、発明されたのは随分昔なのですが、専門的な技術や、高価な設備が必要だったので、素人が作ることは難しかったんですよ。(中略) それが、今ではインターネットとパソコンの普及のお陰で、誰でも簡単に作り、発表できるようになりました。(中略) もしもこの先、挑戦する人が増えれば、アニメ制作は特殊なコトではなく、絵画や書道のように、ごく普通の趣味として世間から認められるのではないか、そしてそのアマチュアの中から閉鎖的な業界の体質を変える人が生まれるかもしれない、そんな大袈裟なコトもちょっとだけ考えています。


 私もこの考えに大賛成です。


 ほんの少し前まで、本格的アニメーションを個人で作り発表するなど夢物語でしかありませんでした。


 それがデジタル技術の進化・低価格化、ネットという発表の場の出現によって、ついに手の届くものとなっています。


 実際、新海誠さんは、『ほしのこえ』という個人製作のアニメを作って販売し、商業的に成功しておられます。


 私はこれからもっと個人製作のアニメが増えて発展して行き、商業アニメとは違った新しい可能性を持つ、ひとつの文化となることを期待して止みません。


 大日本動画帝國も、その一助になりたいと考え管理しています。






 ですが、既存のアニメ監督さんの中には、個人製作アニメについてかなり否定的な考えの方がおられるようです。


 今日は、このような意見について考察してみたいと思います。






 まず、そのアニメ映画監督さんの意見ですが、このサイトの【押井/攻殻最新情報】のページにある、2003/03/07の所にあります。

 リンクは『トップページにのみ』許可で、『全ての文章、画像の無断転載は、権利が誰のものであるかを問わず、無責任な氾濫を阻止するために禁止するものである。』となっているので、ここへの転載は控えさせて頂きます。

 ただ、まったくやらないのでは話になりませんので、概略のみをかいつまんで掲載しますのでご了承下さい。



 要するに、新海誠さんが作った個人製作アニメの『ほしのこえ』は、「一人の人間がパソコンの前で作りましたという以外に評価する点がない」

 アニメは「一人で作るもんじゃない」

 「一人なら小説を書けばいい」

 ということでした。





 この意見は発表後けっこう評判となり、アニメーターの間で話題となったようで、私の友人関係でもしばらく議論の的となりました。


 私の知る限りでは、賛同している方を多く見ましたね。


 みなさんは、どう思われたのでしょうか?





 私としては、到底納得出来ません。


 『ほしのこえ』以外のアマチュアアニメも含めて、「小説でも出来るテーマだから小説でやるべき」などと言われても、アニメだと見栄えがよければかなり多くの人に見てもらえますし、今回のようにきちんと売れるとこれで生活していくことだって出来ます。


 実際問題、小説として発表しても、どれほどの人に見てもらえて正当に評価してもらえるか・・・、今の日本では疑問です。


 個人製作アニメというのはメディア(入れ物)として、小説等よりすごく魅力的だと私は思っているのですが。





 それとも、アニメというのは個人ではそのメディアの特性・魅力をすべて使い切ることが出来ない、ということなのでしょうか?


 この監督さんが、『ほしのこえ』について何が足りないと言っているのか私には分かりませんが、『ほしのこえ』の作者さんだって今回限りで引退するわけでもありませんし、これからどんどん作品を作って上達して行き、もっともっと多くの人を感動させるような作品を作る可能性が無いと、どうしてあれほど自信を持って言い切れるのでしょう?





 私はこの監督さんは『うる星やつら』の頃から注目していまして、昔は新進気鋭の人物だと思っていたのですが・・・


 なんだか今では、旧態依然のぬるま湯システムに浸かった古い人になってしまったように感じます・・・。


 「今の映画を2年続けてやっているけど、実際には一日3時間くらいしか関わっていない」とか、「じゃあ何をしているのかといえば、椅子に座ってぼーっと」している、なんてことを自慢げに言ってますし。





 私が見る限り、『ほしのこえ』がなぜあれほど受けたか、本質を理解してないとしか思えません。


 あれは今、テレビや映画でやってる多くの作品に視聴者が満足していないから受けたのだと思います。


 既存のシステムで作られる流れ作業の作品作りではない、新しさが受けたのだと思います。


 この監督自身が観客からNO!と言われていることに気付いていないのが致命的だと感じます。






 それとも・・・


 気付いていて、立場上気付かないフリをしているのでしょうか・・・?


 「問題はそれがDVDになって二万本も三万本も売れてしまったこと」で、「アニメスタジオの若いアニメーターとか演出家とかが動揺している」ことだと言っていますし・・・。


 若い優秀なスタッフが独立するのを恐れての、自分の立場を守るための発言と考えれば、ある意味納得出来るのですが・・・。





 個人製作アニメというのは、これまでは作ってもほとんど誰も知らないとんでもなくマイナーなメディアでしたが、今は未知の可能性を秘めたまったく新しいメディアになっていると言えます。


 冒頭で、のす★さんもアニメ業界の閉鎖的な体質について言っておられますが、ひょっとすると、このアニメ監督さんのように既存のシステムで利益を得ている人たちからの批判は、至極当然のことなのかもしれませんね。







 ただ、批判するにしても、『ほしのこえ』が「どっかで見たような画でどっかで見たような作品」って・・・



 これまでいろんな映画のシーンを散々パクりまくった、あんたが言うなよぉ。(^▽^;



 とか私は思ってしまったんですが。(^^;







 個人製作アニメの最大の敵は、現在の商業アニメ製作システムなのかもしれませんね。







 次回はアニメ界に詳しい漫画家の方を交えて、現在の商業アニメ製作システムの問題点と個人製作アニメの可能性を検討してみたいと思います。


研究日誌 (幸三郎)  2003.07.04 (金)
 個人製作アニメ考 (2)


 個人製作アニメを考えるには、まず既存の商業アニメ製作システムの問題点について考えるのが先決だと考えました。

 そこで今日は、漫画家の乃美康治さんにご意見を伺いました。

 以下、:乃美康治先生 :幸三郎 です。



「今日はデジタルファミ通の原稿でお忙しい中、すみません。 アニメにも携われていたことのあるという乃美先生の忌憚の無いご意見をお聞かせ下さい。」


「いや、今まで何十人かの大勢のシステムの上でしかできなかった本格的なアニメが、個人でできるという事はすばらしいと言うほかはないですね。 うちのホームページにあるポンチアニメでも、10年前だと完成させて人に発表ということを考えると、ワシ個人では気力も含めて不可能だったことですが、今では1時間もあれば発表できますしね。 しかも動きやタイミングのチェックまで何度もできますし。 偉大なるパソコン様、インターネット様ですね。」


「今回、アニメの現役監督さんから『ほしのこえ』の批判が出ていますが、これについてどう思いますか?」


「難しい問題ですね。 現在の商業アニメ製作システムにすごい不公平な部分があり、それが今の若いアニメーターたちの活力を削いでいるのは事実です。 生活苦でアニメーターを辞めていってる人も大勢いますしね。 『ほしのこえ』について言えば、1人できちんと作品を完成させて発表、販売できたときの利点は、なによりも原作権や版権が自分に残るということだと思います。 グッズになったときやテレビで放送されたときにきちんと自分に見返りがあるということです。 もちろん販売側ときちんと契約していないといけませんけどね。」


「なんだか、いやらしいなぁ、とか言われそうな話ですね。」(^^;


「確かにそうですね。 ですが、職人と呼ばれている原画マンも動画マンも、はっきり認識してない人が多いですね 作品が再放送されたりDVD化されたとき、どこかでお金が動いてるということを。 どこかで何もしないでも儲けてるという人がいることを。 版権を持っている人が一番おいしい思いをしていることを。」


「いや、認識していてもしょーがないや、と思っているのではないでしょうか・・・」


「ほんとは団結して闘わなければいけないとこなんですけどね。 しかし、しょうがないと思っている既存のシステムの中にいる人にとっては、今回の『ほしのこえ』の成功は朗報だったことでしょう。 1人、いや、1人では無理でも何人かが集まれば、あの画面のクオリティの作品は出来ることがわかりましたからね。 いや、もちろん売れることはまた別ですが、、、」


「あの監督さんは既存のシステムから外へ出て行くと、色々きついぞ、と言ってますが・・・、実際のところはどうなんでしょう?」


「確かに自分で全部やるのは主体性とか社交術とか交渉術とか、色々アニメーターにはちょっと不得意なものというか、また別の才能を要求されるので、やめろと止めるのもやむをえないのかもしれないですね。 でもシステムの上にいると、たとえその人がどんなにすばらしいキャラやストーリーや上手い原画・動画を描いても、超出来高性でしかないんですよ。 原作権までとは言わなくても版権のかけらだってもらえはしません。 仕事の中に作家性を出しているのに作業の手間賃だけなんてちょっと悲しいですね。」


「今回、個人製作アニメを批判している監督さんにしても、某超有名アカデミー監督さんにしても、アニメーターに想像力を求めたり、職人に徹しろとか文字通り死ぬまでの奉仕を求めているけれど、ちゃっかり版権は自分の個人会社が持ってたりするんですよね・・・。」


「まあ資本主義だからしょーがない、とぶっちゃけちゃってもしょーがないんですけど、多少の苦労もあるだろうけど『ほしのこえ』のような個人に見返りのあるような新しいシステムの否定はしてほしくないなーと、感じました。 あの監督さんのような有名人が言っちゃうと主体性のない人は流れていっちゃいますしね、、、もちろん流れていくほうが悪いんですけどね、、、」


「一般のアニメーターの努力が正当に評価されないシステムって、なんだか辛いですよねぇ。」


「今までの多大人数の既存のシステムの上で、確かに面白いアニメも生まれているんですけど、この不平等なシステムが正しいとは全く思わないですね。」


「資本主義のシステムは、そのシステムを作った人が賃金体系(富の配分)を決めていますからねぇ。」


「まぁワシはこの監督さん個人を非難するつもりはありません。 現実的にはあの人のやってるように、システムの上に立ってなおかつ原作権を持ってるのが理想かもしれないから。」


「しかし、それだとアニメ会社に入って、下積みやって、監督やって・・・、遠い道ですねぇ・・・。」


「『ほしのこえ』のような作品が作れるような人でも途中でやめちゃう人のほうが多いかもしれませんねぇ。」


「これは私の個人的感想なのですが、最近若いアニメーターの方で妙に人生を達観したような、あきらめきったような人が多いと思いませんか?」


「その人、個人個人の主体性次第だとは思いますが、閉塞感が溢れているのは事実ですね。 新しい方向性として、これからの個人製作アニメの未来に期待したいです。」


「今日はどうも貴重なご意見、ありがとうございました。」







 すみません・・・

 ギャグ落ちになりませんでした・・・。(^^;


 次回は、個人製作アニメの問題点と可能性について考えてみたいと思います。


研究日誌 (幸三郎)  2003.07.05 (土)
 個人製作アニメ考 (3)


 今日は、個人製作アニメの問題点とその可能性について考察してみたいと思います。

 なんだか堅い話が続いて、申し訳ありません。



 前回の日誌で、『資本主義のシステムは、そのシステムを作った人が賃金体系(富の配分)を決めている』という話が出ました。

 つまり今の商業アニメのシステムは、アニメ制作会社を作った人、もしくはそのシステムに資本を出してアニメでもうけることを考えた資本家の人が考えたシステムなのです。

 もう少し大きくとらえて、テレビでオンエアになったときのシステムで考えると、『テレビの放送局、広告代理店、アニメ制作会社、そして原作者』が考えたシステムであると言えます。(アニメ放送ではたいていこの4ヶ所で版権を分け合っています)

 したがって結果として、その人たちがもうかる仕組みになっていて、実際にアニメを作っている小さな製作会社(注:制作ではありません)やアニメーターは極端にもうからない仕組みになっているのです。

 少数の監督や、作家と呼ばれている人たちが原作権を獲得してる場合もありますがこれは例外中の例外だと思います。



 これがすべての原因とは言いませんが、今のアニメ界を覆う閉塞感の大きな要因となっていると言えます。





 個人製作アニメの良いところ・・


 それは自分でシステムを作ると見返りがきちんと自分に返ってくるということ。


 テレビ放送局、広告代理店、アニメ制作会社等のシステムは個人で作るのは無理ですが、アニメ製作はパソコンを使えば個人でもほぼ可能になっています。

 そして、その作ったアニメを、どこかの会社と組んで商品として世の中に出そうとした場合でも、原作権の獲得程度は十分に可能だと思います。

 現在漫画家が、一般に個人で原稿を制作して原作権を獲得するという流れを個人のアニメ作家が出来るのです。

 もちろん出来るというだけであって、その作品が面白いかとか、売れてちゃんと収入を得ることが出来るか、ということは別問題ですが・・・

 また前回の日誌で乃美康治先生が言われたように、自分で全部やるということは、ただ言われた通りの絵を描くだけのそれまでのアニメーター仕事には無い、主体性や社交術が要求されるのも事実です。


 システムを自分で作るということは、それにより発生する責任も大きくなってしまうのです。


 ですが、たとえそのような問題があったとしても、それによるメリットと可能性は計り知れないものがあります。





 私が理想としているのは、ちょうど漫画家が小さなスタジオでアシスタント数人と漫画を描いているように、アニメーターが数人の仲間たちと個人製作のアニメを作ってDVDやネット配信等で発表して行く形式です。


 これまでにないアイデアや感覚を持った人たちがどんどん現れ、画期的な映像芸術の1ジャンルが出来るのではないか、と私は期待しているのですが。(^^;





 ただ、障害が多いのも事実でしょうね・・・

 これまでシステムの上に立って報酬を得ていた人は、自分の利益がシステムの改良、新システムの導入等によって少なくなってしまうことに対して、猛烈な反発をしますからね・・・

 それがたとえ正当なシステムであっても・・・

 まぁそれが人情と言うか、世の中の仕組みと言うものかもしれませんが・・・



 あるアニメプロダクションが、アニメーターの動画の賃金の安さについて問題提起し、ホームページで一枚●円でありどう思うか?等の記事を出した時に、某所から警告され記事を削除したことがあったこと・・・ご存知でしょうか?





 システムに使われてる人間、システムの下にいる人間が上に文句言っても、なかなか声は届きません。





 ごく一般の人たちが動画帝國や動画師のみなさんのサイトでアニメ作りの楽しさに触れ、もっともっと多くの個人製作のアニメが作られるようになって、製作側と視聴者の両方に意識革命をもたらし、誰もが単独でアニメ作品を作り得る環境が既に存在すること、このような個人表現が受け入れられる市場が成立可能であることを証明して行きたいものですね。


 それにより、さらに画期的な面白い作品がどんどん生まれ、ひいては今の悲惨なアニメーターの労働条件が少しでも良くなっていく・・・・





 私は、そんな大袈裟なことを夢想しています。




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