読者の広場
2007.12.25 作成
輝きのイラストパーキンソン病11年の思い―不思議な体験   by まいや

パーキンソン病と診断されて8月で11年になりました。

 診断される以前から字が書きづらく、また、声も時々出づらくなっていき、個人病院で受診すると、脳ではないと言われ安心しました。
 そのうち、右腕はロボットのように動き、体の疲れも異常でした。更年期障害かと婦人科を受診したら脳外科を勧められました。

 脳外科では、処方された薬が効き喜んだのもつかの間、「そのことがパーキンソン病であるとの証明になる」と知って愕然としました。
 病院からの帰り、本屋で調べましたら、症状が一致し、「10年後には寝たきりになる」など将来的にも恐ろしいことが書かれていました。よく帰れたと思います。
 それからは、一人になるのが怖く、主人は当時単身赴任でいませんでしたが、子供たちがいてくれたこと、また、仕事をしていたことで、救われました。

初めから振るえより固縮が強く、

2004年2月よりジストニアという症状により、次第に右前方に傾くようになり、色々症状も出て、薬も増えていき、それに伴い、副作用も出るようになりました。
 だんだん全てに自信もなくなり、一人での外出もできず、どうして、こんな目にあわないといけないのか、病気を受け入れていたつもりでしたが、新しい症状が出て、諦めることが増えるにつれ、はけ口が夫へと向かっていきました。
 病気の原因を夫のせいにしていました。そのほうが楽だったのかもしれません。言われたほうはたまりませんが、自分を抑えることができず、そんな自分が嫌でもありました。
 考え方も一つのことに囚われていき、嫉妬から被害妄想へと向かい、一年前より、隠しカメラ、盗聴器が至る所にあるように思え、生活のすべてが筒抜けのように思えました。
 時間の流れがその時々で違うのです。自分が何日も寝ていると感じたり、住んでいる場所は収容所か実験室だったり、朝起きると外国だったり、と色々変わり、それも逃げることさえできない状況です。実験室というのは、自分が人体実験の対象になっている、と思っていました。
 家にこもっている間に新築のお宅が増えて窓からの景色が変わり、益々知らない所のようで、ヘリや飛行機の音がすると偵察機のように感じました。常に見張られているようでした。主人と猫一匹との暮らしですが、主人や飼い猫も、誰かが成りすまし、入れ替わり立ち代わり私の前に現れているように感じていました。
 経済的にも、お金は一銭もなく、多額の借金があって節約しないと食べていかれない状況に置かれているように思っていました。
 身体的にも色々なものに反応しました。まず、色は赤、青、緑、材質では金属製、車のナンバーの連番、電磁波の強い電気製品、それと携帯。携帯電話を使っている人を見ると、自分を見張っていると思うのです。

こんな状況から逃げたい。でもこうなっては逃げ場所がない!

逃げたくて、夜、死のうとしましたが、主人に止められました。
 また、包丁を手に取って指先を切ってみましたが、よく切れるのに、なぜか切れません。血が出ないのです。自分は生きているのかいないのか? このまま胸を刺しても死ねないような気がしました。
 自殺は、死ぬのではなく生きるのを止めること。暗闇をさまよい続けることになる。そう聞いた言葉が浮かびました。今以上にさまよい続ける怖さ、死ねない恐怖を感じました。
 家を見渡していました。床も壁も年月と共に古くなり、薄汚れています。死ぬことは止めました。こんな汚い所で死にたくないと思ったのです。
 朝起きると、かび臭く感じるし、埃がたまっています。妄想の中にいて、掃除をする心の余裕はなく、主人に頼っていましたから。

次の日から、雑巾がけを始めました。

掃除機はかけられませんから、雑巾がけを時間を掛けて隅々までしました。雑巾を絞るのもリハビリになります。また、体を動かすことはストレス解消になりました。達成感もありました。
 すると、空気がまるで違ってきます。五感が鋭くなっていますから、感じるのかもしれません。
 これが今年の5〜6月のことです。 

倒れるぐらい掃除ばかりしていて、ふと思ったのです。外はどうか、と。

私が言うのもなんですが、草も刈られきれいです。主人がいつもしてくれてました。何もしてくれなかったら、私の嫌いな蛇や虫の住処になっていたでしょう。
 主人には、その都度、今まで散々ぶつけてきました。私は兄からもよく「旦那に感謝しろよ」と言われていましたが、「自分は悪いことはしていない」「家族だったらするのがあたりまえ」との思いから、本当の感謝はできていませんでした。何が現実で何が妄想かよく判りませんが、確かなことは、こんな私から逃げず、いつも傍にいてくれた、ということです。そのことに感謝の気持ちでいっぱいになりました。
 猫も虫をとってくれたり、癒してくれたり、猫にも同じく感謝の気持ちです。
 以前から、娘に何かしてもらう度、つい「ごめんね」と言うと、「お母さん、謝らなくていいよ、ありがとうで」と言われていました。  

この日から、私自身、変わっていきました。


 主人が仕事から帰るとき、いつも買い物をしてくれます。メールでやりとりするのですが、帰ってくるまで心配で、いつも、無事に帰ってと祈り、感謝しています。
 また、掃除をすること、恐怖の対象になっていた物に自ら触れて、きれいにすることで、恐怖心が次第に消え、さらに、するべきことはしている、との思いから、誰に見られてもいい、誰に聞かれても構わない、と思えるようになりました。
 すると、だんだん元の場所に戻って行くのが判りました。周りの景色が変わってきました。家の前に塾があるのですが、子供たちの帰り際の「ありがとうございました」や、犬の声、近所の方の笑顔、会話などいつもの姿が耳に入ってきました。ラジオなどの機械を通しての音より、人の声を聞いているほうが落ち着くようになりました。

上手に言えませんが、不思議な体験でした。

当たり前と思っていたことが、そうでなくなったとき、何でもないことをありがたく思えます。だいたい、当たり前なんてあるのでしょうか。それは誰かの働きにより、そう思えるのではないでしょうか。
 私は、本は好きでよく読みますが、宗教家ではありませんから、難しいことは判りません。ただ、先に同じようなことが起きても、感謝する気持ちさえ持っていたら大丈夫のような気がします。自分が謙虚にならないとできないことです。永遠に持ち続けられたらと願っています。
 そして、小さな幸せはそんなありふれた目の前にあり、視点を変えると判るように思います。 小さいようですが、本当は大きな幸せかもしれません。 
 
 今、川柳と絵手紙が好きです。皆さんの中で何もできないと思っている方がいらしたら、お薦めします。川柳は手軽にできます。上手、下手は二の次で、まず挑戦してみてください。そして新聞に投稿してみてください。毎週あると思います。新聞を読むのが楽しくなりますよ。載ると嬉しいし、あつかましくなって、家族、友人、知人に教えましょう。新聞のコピーを送るのもいいですよ。大会も各地でありますし、介護でお忙しい方も挑戦してみてください。
 絵手紙も、型にはめず、クレパス、色鉛筆、水彩など手元にお持ちの物で葉書に描いてみてください。それも、手元に置こうと思わず、出してみてください。きっと喜んでいただけます。
 趣味ではないのですが、南保健センター主催の女性だけの難病の会「ふるーつの会」のメンバーです。夏・冬除く月一度の集まりで、茶話会、旅行、料理、医師の講話などに参加しております。
 
 病気は自分でどうすることもできません。少しでも自分を病気から解放できたらいい、と思います。できないと諦めず、できる方法を探して、少しでも楽しい時間を共に作りましょう。
 今日はご静聴ありがとうございました。

川柳
2007.12.25 file作成:raisin
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