梓屯 能面展 − 14年の歩み −
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井伊家に伝わる山姥は 「鬼の面の上手なり」と 申楽談義に書される赤鶴の作と云われます 先人の技と心に打ちのめされ ただただ600年の歳月の 限りなく遠い室町の時代に 思いを馳せるのみです |
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| 山姥 yamanba |
平成19年5月 | |||
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地獄で衰え果てたという女面 打ち終えて、はじめて気がついた 瘠女の不思議さ美しさ 瘠せてはいるが醜さで無く 女の哀れさ儚さを 無限にまでたかめる気品の高さ・・・ 徳川家蔵の越智作、、洞水満矩作を参考に |
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| 瘠女 yaseonna |
平成19年4月 | |||
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井伊家「能面百姿」には 観世型の満茂・宝生型の満志そして千種作と 「ある公家の卿の娘 嫉妬のあまり貴船の社に詣で鬼になし給えと祈る 霊夢により宇治の川瀬に至り、水にひたり居りければ 生きながらに鬼となる。宇治のはし姫是也」 |
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| 橋姫 hasihime |
平成18年2月 | |||
| 孫次郎 magozirou |
平成16年12月 | |||
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| 小面 koomote |
平成16年4月 | |||
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薄幸の少女を人買いから救うため 船上に舞う「自然居士」 観阿弥は 若者の一途さを鮮やかに演じ 将軍義満を感動させたといわれる 自然居士は当時の人々が 心に描く理想の人間の姿であったとも 舞台で生かされる喝食の面に 慈悲の心を訴えれたらと思い打ちました |
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| 喝 食 kassiki |
平成16年1月17日 | |||
| 増女 zo-onna |
平成15年6月 | |||
| 深井 fukai |
平成15年3月 |
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| 老女小町 rozyokomati |
平成14年12月 | |||
| 逆髪 sakagami |
平成14年6月 | |||
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延喜帝の皇子、生れながらの盲目ゆえ逢坂山に捨てられ 不遇の身に泣き明かし、びわを奏でる日々・・・ どこからともなく聞こえるびわの音に姉逆髪はふと足をとめ再会・・・ 金剛家所蔵の出目満照(室町時代末期)の作を参考にしました。 彩色の白く美しい面が多い中で、 高貴な品性を感じる金剛の面に魅せられて打ちました |
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| 蝉 丸 semimaru |
平成13年8月 |
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山姥とは山に棲む鬼女で、 山々の精気、霊気をもった超人的な強さを持っている 「天下一友閑」の焼印が裏にあり出目満庸作とおもわれる 丹波篠山能楽資料館所蔵を参考に 1568年信長が足利義昭を奉じて京都入洛したさい 行列の先頭の武者に「山姥」の面をかけさせたという強烈な印象、 山々を駆け巡る鬼女、苔でも生えてるかの如く、 そんなイメージで彩色を考えました |
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| 山姥 yamannba |
平成10年1月〜平成11年9月 | |||
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もっとも若くもっとも美しくもっとも可愛い 「小面」の小は可愛いという意味 「古能面傑作50撰」より河内家重作を参考に 師の指導をはじめて仰ぎ夢中で打ちました。 決して妥協することのない教えに面打ちの奥深さと、 厳しさを痛感しました。 |
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| 小面 koomote |
平成10年1月〜平成10年10月 | |||
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「悪尉」の悪は善悪の悪ではなく強いことの表現です。 鉋目の調子から「是閑」作といわれる 丹波篠山能楽資料館所蔵を参考に はじめて手にした能面集を見て どうしても打ちたいと二年かかって出来あがりました。 |
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| 悪尉べし見 akuzyoubesimi |
平成6年4月〜平成8年1月 | |||
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女性心理の極限がこめられ「葵上」「黒塚」「道成寺」などの 後シテにつかわれる 井伊家所蔵河内家重作を参考に彩色 面打ちを始めて2年目 はじめての毛書きで苦労しましたが、 妻に助けてもらって何とか! 今でも、妻はよきアドバイザーです。 |
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| 般若 hannya |
平成6年5月〜平成6年6月 |