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「曹操の行動」の変遷
◆魏書 武帝紀(陳寿) 董卓は、太祖(曹操)を驍騎校尉に任命するように言上し、彼と今後のことを相談したいと思った。 これが正史の記述。「曹操は役所に連行されたが、町の中に曹操指示派の人が居て釈放してもらった」というだけ。 ◆魏書(王沈)※裴松之注 太祖は董卓の計画が必ず失敗に終わると判断したので、結局 任命に応じず、郷里に逃げ帰った。 ここで呂伯奢なる人物が出てきます。「曹操が正当防衛の為に殺人を犯す」という話。蒼天もこの部分を採用しています。 ◆世語(郭頒)※裴松之注 太祖は呂伯奢の家に立ち寄った。呂伯奢は外出していたが、5人の息子はみな家におり、主人が客をもてなす際の礼儀を尽くした。 ここでいきなり悲惨な話となります。「正当防衛」から「自己防衛の為に疑わしい者を殺す」話になってます。 ◆雑記(孫盛)※裴松之注 太祖は彼らの用意する食器の音を耳にして、自分を始末するつもりだと思い込み、夜の内に彼らを始末した。そのあと悲惨な思いにとらわれ「むしろ我 人にそむくも、人をして我にそむくことなからしめん」と言い、かくして出立した。 ここでは「間違えて殺した」のに加え、「オレは人に背いても、人にはオレを背かせない」なんてとんでもないセリフ言ってます。 ◆三国志演義(羅貫中)※要約 曹操と陳宮は呂伯奢の家に泊まった。呂伯奢は酒を買いに行く為に外出した。 さすが「演義」、なぜか陳宮まで登場させちゃってます。そして屋敷の裏にいた使用人と呂伯奢の家族全員を「勘違い殺人」した上に、「何も知らない呂伯奢まで殺す」というシーンまで加え、最後に例のとんでもないセリフを言わせてます。ここまで虚飾しちゃうと凄いです。曹操、草葉の陰で泣いてるでしょう。 |