塾長日記
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2007年3月23日(金)
語れば果てしない「吉行淳之介」

 先月号の雑誌「サライ」は表紙がなんと吉行淳之介。私は30年前22歳の時、阪急山田駅前の本屋で「贋食物誌」を買って以来のファンです。文庫本、単行本、全部そろえて一行読んではカッコイー、二行読んではオモシローイと言っているので、嫁さんは「アンタひょっとして・・・ホモ」と言いますが、それは違います。

 以前知ってるつもりという番組の中で、長部日出夫氏が目をまんまるにして言っていましたが、「吉行さんは女の人にもてましたが、あれぐらい男の人にモテた人もいません。」

 そうそう、そうなんですョ。そういう人っているんですよ。

 昭和56年ごろ「とにかく吉行淳之介」という本が出て、その中でいろいろな人が吉行淳之介を論じているのですが、何人かの人はなんとなく文章が変なのです。野坂昭如氏は「アレどうしてこんな文になるんだろう」って自分でも気づいていましたが、なんとなく熱っぽいような、読んでいてちょっとキモチワリー文が多かったです。あの本はファンクラブ会報誌みたいだった。

 私は妙な文学的空想壁とでも言うべきアイデアがありまして、まあ、書いてみてもどこがどうなのヨみたいな話ですがきいてみてください。

1.開高健氏はずいぶん若い頃大阪で英会話学校の講師をしていて、アイ、ライラレラーと叫んでいた そうですが、この授業をうけてみたかった。たのしそうです。

2.吉行淳之介氏は、目黒の駅の構内の公衆電話でよくある人に長電話していたようですが、その横 の電話を使ってみたかった。やはりドキドキするでしょうね。

3.開高健の「夏の闇」のモデルはまだ生きていると思う。どんな人か見てみたい。

 吉行淳之介は平成6年に亡くなっています。よくダンディーという面でくくられることが多い。雑誌の特集も「ダンディズムを貫いた「機微の人」となっています)ですが、そうじゃないんじゃないかなァと思います。私にはダンディーの定義がよく見えてないからでしょうか。

2007年3月22日(木)
いっぷく庵にライバル出現!

 私は末広のジャスコが好きで、ほぼ毎日行ってます。

 ちょうど1981年1月に私は塾を始めましたが、その年の9月だったかに開店しました。当時からいくつもの店が出店、閉店を繰り返し、消えた店はちょっと思い出すだけでも、書店、レコード店、呉服店、うどん屋、くつ屋、雑貨屋などなど、今は2階を歩くと店も少なくなって往時を思い出して諸行無常。(大げさじゃネェか)の気分にひたります。

 そして今日私が敬愛してやまない「いっぷく庵」ブタ玉300円のとなりに、これはスゴイ、インドカレーと中国飲茶の店がオープンしているではありませんか。とにかく食いつきの早い私は早速チキンカレー(600円)を注文。で、店員の方がナンですという。ライスにかかっているカレーじゃないと言う。ナンにつけて食べるタイプ、ふーん、まあいいや。と、注文して待つことしばし。出てきた代物は、焼きたてのナン、ほどよくスパイシーな少量のカレー、サラダ、ヨーグルトで、私はおったまげたのであります。これ、相当うまいですよ。特にナンは、こんなに美味しかったっけ、と思うほど上出来。

 しかしねェ、ちょっとさびれたショッピングモールにこういうのってありだろうか。こういうところは、メラミンの食器にあま〜いカレーとから揚げ3個ついて550円みたいに思っていたのに、びっくりした。

 末広ジャスコにお立ち寄りの節には、ぜひご賞味のほどを、と勝手にエール。

 あの一画はいっぷく庵のブタ玉とやきそば、さらに今回のカレーでグレード急上昇です。

2007年3月21日(水)
朗報

 夜遅く電話。朗報です。高3K君、後期試験で神戸市外大合格。
 やりました。ヨカッタ、ヨカッタ。と、電話にて交歓。

2007年1月18日(木)
久しぶりの更新です。

 最近三年ほど大晦日は東京から帰省しているM氏と徳島の銀座の一幅で夕方からビールを飲んでいます。一幅のギョーザはとても美味しいのですが、これはみんな知っていることでしょうか。それとも隠れた名品なのでしょうか。高校生の頃、学校帰りにT君とかY君とかと「夜明け」のラーメンか「八万屋」のラーメンか「一幅」のシューマイか、昭和町の「きらく」のラーメンかに寄り道していたのは36年も前の話。「一幅」の店の雰囲気はあまり変わっていません。ここでビールを飲んで、次は橋本のそば屋で焼酎の湯割りを2杯ほど飲んで、今年も終了って気分になります。M氏はカメラ40台、レンズ200本というカメラ趣味の人です。20年ほど前に、妙な趣味の一致がありました。もう亡くなりましたが、谷岡ヤスジというギャクナンセンス漫画家がいて、アサー、ンー?とかなんとか毎回タゴ作とウシの漫画をマンネリを通り越して描き続けていましたが、二人とも大好きで、「〜だとオーウ(思う)の」とか言ってはビールを飲んでいました。こうやって書いていてもどこがおもしろいか伝わらないと思いますが、私はあの漫画の線はピカソに匹敵するし、その心はやさしさにあふれていると今でも思っています。

 で、正月は4日に成人式の翌日というOBの塾生の人たちが8人ほど集まってペチャクチャしゃべりました。5日は4日にこれなかったNさんが来てくれたので、しばらくぶりに話こみました。塾長と塾生という関係を離れて公平な目で見れば、私よりもはるかに優れているNさんは、6年通ってくれていろいろすばらしいエピソードを残してくれました。

高校受験のときは、自分はどこまで出来るんだろうか知りたかった、と言って勉強に集中して、徳島中学で2番までいきました。さらにすごいのは、自分にはやりたいことがあるからと言って、目標をたてて、しかも着実に達成しつつあることです。これまでの経緯を私はうまく言えませんが、人と会ったときの後に残る感情や印象があると思うのですが、それがすばらしい。今は大阪の堺にいて、この4月から東京に出るそうです。また夏にでも会えればいろいろな話を聞けるでしょう。

 今年の高3は現在6名。あとセンター試験まで2日。みんな落ち着いています。できる準備はやったということです。さあ、力を出し切ってください。