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先月号の雑誌「サライ」は表紙がなんと吉行淳之介。私は30年前22歳の時、阪急山田駅前の本屋で「贋食物誌」を買って以来のファンです。文庫本、単行本、全部そろえて一行読んではカッコイー、二行読んではオモシローイと言っているので、嫁さんは「アンタひょっとして・・・ホモ」と言いますが、それは違います。
以前知ってるつもりという番組の中で、長部日出夫氏が目をまんまるにして言っていましたが、「吉行さんは女の人にもてましたが、あれぐらい男の人にモテた人もいません。」
そうそう、そうなんですョ。そういう人っているんですよ。
昭和56年ごろ「とにかく吉行淳之介」という本が出て、その中でいろいろな人が吉行淳之介を論じているのですが、何人かの人はなんとなく文章が変なのです。野坂昭如氏は「アレどうしてこんな文になるんだろう」って自分でも気づいていましたが、なんとなく熱っぽいような、読んでいてちょっとキモチワリー文が多かったです。あの本はファンクラブ会報誌みたいだった。
私は妙な文学的空想壁とでも言うべきアイデアがありまして、まあ、書いてみてもどこがどうなのヨみたいな話ですがきいてみてください。
1.開高健氏はずいぶん若い頃大阪で英会話学校の講師をしていて、アイ、ライラレラーと叫んでいた そうですが、この授業をうけてみたかった。たのしそうです。
2.吉行淳之介氏は、目黒の駅の構内の公衆電話でよくある人に長電話していたようですが、その横 の電話を使ってみたかった。やはりドキドキするでしょうね。
3.開高健の「夏の闇」のモデルはまだ生きていると思う。どんな人か見てみたい。
吉行淳之介は平成6年に亡くなっています。よくダンディーという面でくくられることが多い。雑誌の特集も「ダンディズムを貫いた「機微の人」となっています)ですが、そうじゃないんじゃないかなァと思います。私にはダンディーの定義がよく見えてないからでしょうか。
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