HOMEチロル>旅日記 オーストリア・チロル紀行■水彩色鉛筆画イラスト作品集チロル旅日記おまけポストカードもどる
−Journey−
オーストリア
チロル旅日記

   ■04.7.5(月) 出国前夜・札幌→羽田→成田 Sapporo→Haneda→Narita
   ■04.7.6(火) 成田→チューリッヒ→ミュンヘン→ゼーフェルト Narita→Zurich→Munchen→Seefeld
   ■04.7.7(水) ゼーフェルト Seefeld
   ■04.7.8(木) シュトゥーバイタール、インスブルック Stubaital & Innsbruck
   ■04.7.9(金) エッツタール(フェント) Oetztal (Vent)
   ■04.7.10(土) エッツタール(オーバーグルグル) Oetztal (Obergurgl)
   ■04.7.11(日) シュヴァーツ、クフシュタイン Schwaz & Kufstein
   ■04.7.12(月) ツィラータール(マイヤーホーフェン) Zillertal (Mayrhofen)
   ■04.7.13(火) クフシュタイン→ミュンヘン→フランクフルト→成田 Kufstein→Munchen→Frankfult→Narita
   ■04.7.14(水) 成田到着 Narita



−04.7.5 (月)−  ▼Next ■Top
出国前夜・札幌→羽田→成田
Sapporo→Haneda→Narita

 夕方の飛行機で新千歳発。羽田から最終のリムジンバスで一路成田へ。今夜は空港近くのホテル泊。明日に備えてゆっくり休むつもりが、久々に関東ローカルの深夜番組など観ているうちに気がつけば3時を過ぎて・・・明朝早くの出発がちょっと不安。
 (成田泊)
  ▼Next ■Top

首都高を一路成田へ



−04.7.6 (火)−  ▼Next ▲Prev ■Top
成田→チューリッヒ→ミュンヘン→ゼーフェルト
Narita→Zurich→Munchen→Seefeld

 ”北斗星”の16時間ならともかく、エコノミークラスの椅子に座って12時間なんて想像するだけで気が遠くなってしまう。恥ずかしながら三十過ぎまで海外に踏み出せなかったのも、実はそのあたりが最大の理由だったりするのだが・・・まぁ、案ずるより生むが易し。夜の寝不足も手伝って、いざ乗ってしまえばウトウトしているうちに案外あっけなく到着してしまった。チューリッヒでJALからスイス航空に乗り換えてミュンヘンへ。夜8時を過ぎても空はまだ明るい。今の季節、どうやら日没は優に9時を回るらしい。空港からバスに乗り、ドイツはあっさり素通りしてオーストリアのゼーフェルトへ。ホテルに着く頃にはさすがに日もとっぷりと暮れていた。日本時間のままの時計をふと見れば朝の6時! さすがに疲れ果て早々に就寝。
 (ゼーフェルト/”カーヴェデルホフ”泊)
  ▼Next ▲Prev ■Top

成田空港

いざ搭乗!

チューリッヒにて乗り継ぎ

ホテル到着



−04.7.7 (水)−  ▼Next ▲Prev ■Top
ゼーフェルト
Seefeld

 ゼーフェルトはウィンタースポーツが盛んな高原リゾート地。北海道に例えるならニセコか富良野といったところか? まだ雪の残るアルプスの峰々を遠くに望みながら、木組みと白壁、切妻の三角屋根の伝統的なチロル風建築で統一された街並をのんびり散策。駅前に戻ると、折しも原木を積んだオーストリア国鉄の貨物列車がやってきた。それにしても、ドイツ〜オーストリアを結ぶ国際路線の要衝にしては妙にのんびりとした雰囲気だと思ったら、後で調べてみれば両国間のメインルートは後日訪れるクーフシュタイン経由の路線で、実はこちらは特急列車も走らない閑散ローカル線だったらしい。午後からはケーブルカーとロープウェーを乗り継いでゼーフェルダー・ヨッホへ。放牧されている牛たちを間近に眺めながら、アルプスの山の雰囲気をちょっとだけ感じてみる。
 (ゼーフェルト/”カーヴェデルホフ”泊)

  ▼Next ▲Prev ■Top

はじめての朝

ゼーフェルトの街並

街外れの丘より

原木満載の貨物列車

ケーブルカーで…

ゼーフェルダー・ヨッホ



−04.7.8 (木)−  ▼Next ▲Prev ■Top
シュトゥーバイタール、インスブルック
Stubaital & Innsbruck

 インスブルックの旧市街からシュトゥーバイタール鉄道に乗車。歴史ある街並を縫って走る路面電車が、市街地を抜けると突如として登山電車に変身! 左右に車体をくねらせて急勾配を駆け登り、トンネルを抜け渓谷を渡り、チロルの山並みを眺めながらシュトゥーバイタール最大の街・・・と言っても人口3,600人のフルプメスに至る約1時間の旅。いわゆる観光鉄道ではない、地域の足として走り続けるローカル電車の姿は、そのどことなくクラシックな外観や変化に富んだ沿線風景も手伝ってまるで絵本の世界のよう。
 (ゼーフェルト/”カーヴェデルホフ”泊)

  ▼Next ▲Prev ■Top

マリア・テレジア通りから

牧草地帯をひた走り…

トンネルを抜け橋を渡り…

終着フルプメスに到着!



−04.7.9 (金)−  ▼Next ▲Prev ■Top
エッツタール(フェント村)
Oetztal (Vent)

 エッツタール(エッツ渓谷)といえば、氷河の中から約5,200年前のミイラが発見されて話題になった場所。そのミイラは”エッツィーさん”と名付けられ、”エッツィー村”なる野外博物館まで開設され・・・まぁ、日本で言えば三内丸山か吉野ヶ里のようなものらしい。もっとも、肝心のエッツィーさんは氷河が動いた時にそのまま国境を越えてしまい、現在はイタリア側の博物館に保管されているらしいのだが。エッツィー村で一通り勉強した後はエッツタールの奥地、フェント村へ。人口僅か100人、オーストリア最小の村でしばし羊と戯れてみる。
 (ゼルデン/”チロルホテル”泊)

  ▼Next ▲Prev ■Top

フェント村

フェント村の教会

羊と戯る



−04.7.10 (土)−  ▼Next ▲Prev ■Top
エッツタール(オーバーグルグル)
Oetztal (Obergurgl)

 いくら涼しい涼しいと言っても北海道みたいなものだろうとタカを括っていたら、渓谷の最奥、オーバーグルグルという妙な名前の街では時ならぬ雪に見舞われちょっとビックリ。それでも午後には見事に晴れ渡り、渓流沿いの山小屋レストランで遅めのランチ。ハイジの世界を思わせる素朴な店の片隅では、地元の羊飼いがビールジョッキを傾けている。羊を連れて山に登って、一旦放してしまった後は夕方まで暇を持て余しているらしい。一見気楽そうにも見えるが、どんな仕事でもその苦労は当事者にしか判らないもの。「今の若い連中はこういう肉体労働はやりたがらないんだよ」と笑っていた。
 (ゼルデン/”チロルホテル”泊)
  ▼Next ▲Prev ■Top

雪!

山小屋レストラン

渓谷の野花



−04.7.11 (日)−  ▼Next ▲Prev ■Top
シュヴァーツ、クフシュタイン
Schwaz & Kufstein

 かつて銀の採掘で栄えたというシュヴァーツで廃鉱跡の見学ツアーに参加。オーストリア版の足尾銅山観光である。ヘルメットに雨合羽の完全装備でトロッコに跨ると、凄まじい振動とともに坑道内へと滑り出した。人の背丈ほどもない狭い坑道、トロッコにも屋根などないから、何かの拍子に頭を上げようものなら天井に激突して大怪我しかねない。真面目に身の危険を感じつつ地底に連れて行かれた後はガイドさんに従って迷路のような坑道をひたすら歩く。解説に耳を傾けながら見上げたり、振り返ったりするたびに、幾度となくヘルメットが岩にぶつかりゴツンと音を立てる。いやはや、とうに採掘の終わった現在でさえこんな状況なのだから、往時はさぞ生きた心地のしない仕事場だったに違いない。北海道の炭鉱もこんな感じだったのだろうか? 先人の苦労に思いを馳せ、ちょっとだけ神妙な心持ちになる。今夜はドイツ国境の町、クフシュタイン泊。昨晩までのチロル風の素朴な木造建築から一転、普通のビジネスホテル風の外観は正直ちょっと幻滅。でも部屋に入ってカーテンを開けた途端、間近に迫るクフシュタイン城の勇姿にそんな不満は吹き飛んでしまった。
 (クフシュタイン/”ターラーホテル”泊)
  ▼Next ▲Prev ■Top

シュヴァーツの銀鉱山
坑道探検中
駐車場で見つけたクルマ
クフシュタイン城



−04.7.12 (月)−  ▼Next ▲Prev ■Top
ツィラータール(マイヤーホーフェン)
Zillertal (Mayrhofen)

 中学生の頃、たまたま見た雑誌の写真にすっかり惚れ込んで以来、ずっと胸に秘め続けてきたチロルの風景とツィラータールのSL列車への飽くなき憧憬の思いが十数年の時を過ぎてようやく実り、イェンバッハから渓谷を遡る事約1時間20分、まさに夢見心地のうちに汽車は終着のマイヤーホーフェンに到着した。気がつけば、ジャケットのポケットは撮り終えたばかりのフィルムでゴロゴロと膨らんでいる。自分の席に座ることもなく、オープンデッキに立って夢中でシャッターを押し続けていた。頬を軽く手で拭ったら、案の定、指先が真っ黒になった。

アーヘンゼー鉄道
ツィラータール鉄道
オープンカーは気分爽快!

 オーストリア最後の夜。教会の鐘の音、クフシュタイン城から流れるパイプオルガンの旋律、ようやく挨拶程度は覚えたドイツ語の響き・・・旅の間、当然のように耳に届いていた沢山の音に触れられるのも今夜限りかと思うと何だか不思議な気分になる。日本にはない歴史や風景、街の佇まい、どことなく日本にも似た安心感、居心地の良さ、そして沢山の出逢い・・・ほんの僅かな滞在だったけど、この国がますます好きになって、と同時に日本人としての意識、祖国愛、みたいなものも少しばかり芽生えたような気がする。東京に住んでいた頃、ずっと北海道に憧れて、通い詰めて描き続けたように、これから先の画家活動の中で、オーストリアという国はきっと大きな要素になってくるかも知れない。さすがに毎年とはいかなくとも、数年に一度は・・・いや、もしかしたら短期留学とか、いっそ老後に移住、なんて事になってしまうかも・・・などと、旧市街のレストランの喧騒の中で、ふと思いを巡らせてみたりして。
 (クフシュタイン/”ターラーホテル”泊)
  ▼Next ▲Prev ■Top

クフシュタイン城より

旧市街のレストラン



−04.7.13 (火)−  ▼Next ▲Prev ■Top
クフシュタイン→ミュンヘン→フランクフルト・・・
Kufstein→Munchen→Frankfult・・・

 クフシュタインを発つ前に、最後に訪れたのはガラス工房。まるでアメ細工の如く、職人さん達の手の先から形作られていくガラスの器やグラスを眺めていたら、急に小樽運河工藝館が懐かしくなってきた。昼食は市内のスーパーでサンドウィッチと紅茶を購入。こちらの店の習慣にも、ユーロの買い物にもすっかり慣れた。クフシュタインからバスに乗ると、当然ながらパスポートチェックもなく、呆気ないうちに国境通過。何となく割り切れない思いを残したまま、バスはアウトバーンを一路ミュンヘン空港へ。空港に着いてしまえば感傷に浸る暇もなく搭乗手続き、セキュリティチェック・・・。せっかく切手まで用意していたのに、友人にポストカードを送り損ねてちょっと後悔。
 (機中泊)
  ▼Next ▲Prev ■Top

ガラス工房

ミュンヘンの青空



−04.7.14 (水)−  ▲Prev ■Top 
成田到着
Narita

 フランクフルトで成田行きのJAL便に乗り換えて、客室乗務員さんの日本語の出迎えと機内のNHKニュースに旅の終わりを実感する。そういえば参院選はどうなったんだろう? プロ野球は本当に8球団になってしまうのだろうか? 久々に見る日本語の新聞。1週間の空白を埋めようと必死に記事を追ってみるも、イマイチ話が繋がらない。どうやら時差ボケよりも情報の欠如の方が深刻かも知れない。往路より若干短い約11時間のフライト。成田に着いて携帯電話の電源を入れると、案の定、凄まじい量のメールが溜まっていた。まぁ、何はともあれ無事帰国。でも、これから千歳までが遠いんだよなぁ・・・。
 (完)
  ▲Prev ■Top

成田到着


水彩色鉛筆画イラスト作品集チロル旅日記おまけポストカード

もどる(オーストリア・チロル紀行)

●copyright(C)2000-2004 Suzuki Syusaku 鈴木周作−北海道・札幌−
水彩色鉛筆画家/イラストレーター・鈴木周作のアトリエ 水彩色鉛筆画イラストで綴る北海道の汽車旅・列車旅・鉄道旅行
  http://www.h2.dion.ne.jp/~syuchan/
●本サイト上の全ての画像(絵・イラスト・写真)、記事等の著作権は作者個人に帰属します。許可なく一切の複製・転載・配布・類似意匠の使用等を禁止します。
●本ページ上の記事・資料等を参考に取材・報道・執筆等をされる場合は必ず事前に御相談下さい。状況や方法によっては知的財産権やプライバシーの侵害にあたる可能性もあり、法的措置をもって対抗せざるを得なくなる場合もあります。

[管理用]