美唄の歴史
平歯科医院は、札幌と旭川に挟まれた空知にあります。空知は、かつて炭鉱で栄えましたが、今はありません。
炭鉱で栄えたため、急激な人口の流入と、また、閉山後の急激な人口流失のため人々は歴史に対して無頓着です。
わたくしが、生まれ育った地域の歴史を調べることは、他人にはまったくの無意味かも知れません。空知のことを調べるのは楽しいことです。ただそれだけのことです。
歯科医が、ほんの少し調べただけで、今までとは違うことが多数ありました。
そのほんの一部を記載します。
松前蝦夷地嶋図
この地図には「ヒハイ」と記入され、記録としては最古のものと「美唄市史」に記載されています。
原図は不明だか間宮図の影響を受けていると「美唄市史」に記載されていますが、「美唄百年史」は、このことについて言及していません。
松前蝦夷地嶋図の原図は、京都大学に保管されています。
この原図には写し図にはない絵が書いてあります。
また、これは間宮図とは、まったく異なる地図で、作者は間宮ではありませんし、影響も受けていません。
写図は、現在、松前蝦夷地嶋図を含め、5枚あります。
そのうち1枚は、個人が所蔵しております。それを拝見させていただいたところ、「ヒハイ」の記入はありませんでした。
このことについては、美唄で知っている方はいないと思います。また、このことについて情報提供をしようとしましたが、某施設は、要らないとのことでした。
以上についてのさらなる詳細は、手元にありますので必要な方は、メールをくだされば、情報提供いたします。
美唄の由来
@ピパイ 「沼に貝のある所」
昭和4年発行の「美唄町史」には、「沼に貝のある所」だと記載されています。
ピパを「沼貝」訳してかつて、美唄は「沼貝村」といわれていました。この沼貝は貝の種類で、「沼に貝がいる」わけではありません。
この古い、明らかな誤りが、今でも「北海道市町村勢要覧」に記載されていて、さらに平成10年に発刊された「空知のアイヌ語地名考」p.2に引用されたことは驚くべきことです。
Aピパイはピパオイの省略だ
ピパイは、実は「ピパ・オ・イ」の省略したものとの説が、昭和25年発刊「北海道駅名の起源」に記載されました。
この説は、知里真志保がいったものらしいです。
この説の根拠は、-iは、直前部に動詞を要求するのに動詞がないこと。また、母音が連続すると1つの母音が脱落しやすいことからです。
ところが知里真志保「地名アイヌ語小辞典」には、
wakka-o-iや toy-o-i-petとの記載があります。
また、知里真志保「アイヌ語入門」には、「-o-i」の母音脱落例の記載がありません。
以上のことから、知里真志保の説は、少々疑問があります。
B新説
上記の2つが疑問があるため、新説を考えましたが、歯科医が言っても誰も信じないでしょうから、記載することをひかえます。
今後、徐々に、今までに知られていない、美唄の歴史について記載する予定です。