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2001年12月

line-木々


12月1日(土)
  晴れ
 今朝、天気晴朗なれども頭脳ぼんやり。睡眠時間???。計算不能。ここんところ皆さんや勘助殿には迷惑をかけておりまして、拙者心底より心苦しく思っております。ここは責任をとって日記をヤ....   また勘助殿におこられますから、これも無理。 かくなる上は、、、、、、、、、名案浮かばず。馬鹿な事書いてるうちに、昨日の事がボンヤリから少し形がはっきりして浮かんで来ました。(注 宇宙遊泳から帰ってきて日曜日12/2の朝、日記を書いています。)
 昨日(おととい)の日記で紹介した、小林洋夫さんから本が送られて来ました。実に素晴らしい出来上がりの書物で、失礼が無いように時間が出来てからゆっくりと読ませていただきます。皆さんには追って紹介させて頂きますので悪しからず。
 前々日の女王蜂捕獲数は245羽でした。かねてからの約束通り、諏訪のキョーデー、カネちゃんが師匠と仰ぐ方と一緒に、ヘボハウスを見たいと昼近くにやって来ました。流石にカネちゃんが師匠と呼んでるだけに、物腰穏やかで立派な人物で不十分かなと思う説明にも理解が早く、聞き上手で要点を簡潔にまとめて時間を無駄にしない話しぶりと気づかいは、私でも容易に人の上に立つ人物と推察できました。初対面にも関わらず、ヘボの飼育という同一の趣味を持っているだけに、旧知の友のようにスラスラと奥深い所まで話が進展し、展開してゆくのが当たり前のように感じてしまいます。同好の志とはよく言ったものです。カネちゃんたちは約200羽の女王蜂を諏訪の地で越冬させて。来年、自然界に放蜂する予定です。
 私はこれから仕事でお客様と御会いしなければなりません。要するにボケ頭が書いた愚文は、時間が無い事にかぶせて校正を勘助殿にお願いし、出かけてしまいます。それでは、御免。
12月2日(日)
 晴れ後曇り
 今朝女王蜂を214羽捕獲しました。今夜は早い時間に日記を書いております。帰宅してからヘボハウスを覗いたところ女王蜂の飛翔が少ないように感じられました。室内温度は20〜26℃の範囲に保たれていましたから、離巣条件に不足はないはず。いよいよ巣内に残る女王蜂(幼虫、蛹を含む)が少なくなってきたのでしょうか? 働き蜂は鳥肝や砂糖水にも見向きもしなくなって、子捨てが激しくなり窓際には白い幼虫が点在して一抹の寂しさを感じさせています。狭い通い口から外役に通う働き蜂の数も少なくなり、通う時間帯も気温が上昇した午前10時頃から午後2時頃までと短い時間に限られるようになりました。燃え盛った火が次第に下火になって行くがごとく、タカブちゃんの営巣活動も年内いっぱいまでの間、下降線を辿ってゆくのです。その後は栄華の歴史を証明する究極の芸術品で、しかも力学的にも優秀な構造建築物の蜂の巣が残されるのですが、今回は3巣を一箱に飼育したものがあり、どのような巣盤の構造になっているのか、健全な営巣が出来ていたのかなど興味深々で、早く箱の内部が見たいのも事実です。
 できたらサミットの会場にも展示したいと思っていますので、完全なる巣の形状を保ったままで保管したいのです。しかし巣箱の下部がベタベタに湿っており乾燥させてやらないと腐り落ちる恐れが出て来ました。乾燥させるには巣箱の板を剥がして空気の流通をよくしてやればいいのですが、巣内の温度が急激に下がって残存する女王蜂に悪影響を与える事も考えられます。思案を巡らせていますが困っています。どなたか名案があったら御教授下さい。
12月3日(日)
  晴れ
 今日は「極楽蜻蛉の昆虫日記」を紹介します。著者は小林洋夫さんです。
 「極楽蜻蛉」(ごくらくとんぼ)とは何もしなくてブラブラしている人の事を言うそうです。小林さんは、子供のころから八ヶ岳山麓をホームグランドにしての、根っからの昆虫大好き少年として、自然相手に育っていらっしゃったそうです。管理職としての第一線を退いた今、子供の頃の記憶が鮮明に蘇り、懐かしい山中に足を向け「ジスガリ」を追いながら昆虫の生態をカメラに記録し105ページからなる素晴らしい内容の書物として出版されました。
 小林さんは、昆虫の生態、不思議、工夫、進化を表記し。昆虫達の生きる術を感じ取って頂きたいと巻頭に述べておられます。
 本の内容は三章に分かれ、第一章ではクロスズメバチの仲間、オオスズメバチ、チャイロスズメバチ、トックリバチ、ジガバチの仲間、ドロバチ、フタモンアシナガバチ、ツノゼミ、蝶、フンコロガシの仲間などが紹介され、第二章ではイワチドリ(蘭科の植物でマニアの間では高額で取り引きされる)の紹介、第三章では円空仏(円空の彫刻した仏像)の魅力について紹介されています。この一冊は著者の幅広い趣味の世界を垣間見ると共にセンスの良さが随所に見られる“こだわり”の書籍でもあります。
 残念ですが小林さんは書物として販売される予定を持っておられないようです。しかし、今後の周囲の推奨とその展開によっては書店での販売も考えていただけるものと期待しております、この次の研究調査対象にキオビクロスズメバチを考えておられるそうです。私は、このキオビにとても興味があります。標高が1000メ-トルという厳しい環境で生活するこの種の逞しさと生命力に尊敬の念さえ感じるからです。
12月4日(火)
 雨後晴れ
 昨日と今日の二日分の女王蜂の捕獲数147羽。確実に女王蜂の離巣数が下降線をたどっています。これからの集蜂は、確実なる交尾をしてくれるように二日分をまとめて捕獲するようにします。これは一日目に離巣した女王蜂は交尾するチャンスが二日間あるということですが、二日目に離巣した蜂は交尾のチャンスが一日しかありません。だからといって、あまり日にちを置き過ぎると蜂が沢山になり捕獲時間がかかり過ぎるのと、交尾した蜂が冬眠状態に入ってしまいハウスの隅から難儀して集めなければなりませんし、無理に起こすことによりストレスを与え冬眠途中で死亡させる要因を作ることにもなりかねません。
 今日は、先日からためらっていた巣箱の板を剥がし、蜂の巣を乾燥させるようにする作業を決行しました。防護服で完全防備し、釘抜きを打ち込み大きな衝撃を与えたところ、巣の入り口から働き蜂が飛び出して来ました。懐中電燈のレンズの部分には蜂が群がり毒針を突き立てています。正にこれが一斉蜂起です。
 先日のテロ事件で貿易サンタービルが崩壊した時に、某テレビ局のアナウンサ-が『蜂の子を散らしたように』とレポ-トしていました。これを言うなら『蜘蛛の子を散らしたように』が正解。でも、私達タカ研のメンバ-は何ら違和感がありません、それどころか『変に納得』してしまいます。あの緊迫した現場からの中継では『蜂』も『蜘蛛』もなく、とにかく頭に浮かんだ事を言ったのだと思いますが、蜘蛛が蜂に変わっても『その雰囲気は十分伝わります』ぞ。教育的に言うのなら『蜘蛛の子』が正しいのではありますが、あの状況ではまぁ仕方ありますまい。そんな事を考えながら、蜂と格闘しながら作業を行っていました。
 いつか『蜂の子を散らした』という新語が市民権を得る日がくるかもしれません。そうなればタカブをこよなく愛する当方は、と〜っても嬉しいんでごぜ〜ます。
12月5日(水)
雨後曇り時々晴れ
 昨晩は、とある企画のイメージを図面に顕わす為に遅い時間でしたが隠れ家に隠り今まで暖めてきた思いのたけをフリーハンドで、十数枚の鳥瞰図として書きなぐりました。こんなに順調に次から次にとイメージが湧いてくることは、とても珍しいことです。これも原因があってのこと、実は出かける前に今日の受信メールを見たのです。来ていたメールは5通でしたが、このうちの一通がとても嬉しいメールだったのです。
 私は以前、ある方に無理難題をお願いしていたのですが、その糸口を見つけていただいたのです。でもこれは目的を達成したのではありません。とても無理な事を仲介、仲介という形で食い下がり、段取りを執っていただいたことが、とてもとても嬉しかったのです。
 図面を夢中で書きなぐる私を見ていた女将が、「何か良い事でもあたのですか?」と珍しく仕事の腰を折って来ました。『ああ、あったよ』と返事を返すが、それ以上の詮索をして来ないのが女将の利口なところ。「魂をつめるのもこれくらいで、今日は順調のようですから」と私の仕事の内容にまで知らぬ間にチェックを入れていました。気付かぬ間に、別室には夜食の用意が。今日は私が夜食を食べるだろうと見透かしているようです。全く女将には頭が上がりません。女だけど女を感じさせない、動いているのに存在を感じさせない、全く見事だ!
 私がヘボキチだと言う事を女将は知らないはず。なのに卓前の皿にはヘボの佃煮がある。器は黄瀬戸(おうせと)気品の逸品! 私はこの貴重な食材が似合う器は黄瀬戸か織部、志野だと思っています。以下明日にします。
 これから庵に隠ってイメージを形にしてきます。
12月6日(木)
雨後曇り時々晴れ
 昨日の続きは後にして、今晩7時から開催された役員会の決議事項をお知らせ致します。
審議事項(1)全国地蜂サミットの今後の運営の仕方について。
    (2)開催日時、場所について。
    (3)会報について。
    (4)新年会について。

決議事項
(1)(2)全国地蜂サミットは2002年9月22日か29日を候補日とする。サミットの運営は、運営委員をもって進行する。運営委員は23名に決まりましたが、是非自分も参加したいという、会員は参加出来る事になりました。申し込みは庶務の今井利金さんか安江孝祥さんです。
(3)会報は暮れに間に合わせ発行する。飼育した巣の数などのアンケートやヘボの巣コンテストの結果などです。
(4)新年会は1月19日に役員会の後に行います。詳細は後日に係りから連絡します。
 尚、サミットの内容については今後の運営委員会で協議すると共に、得るものの多いサミットであるよう企画するとともに、官民一体となって開催出来るように協力を要請することで、意見の一致を見ました。以上、会議内容でした。
12月7日(金)
  晴れ
 只今、宇宙遊泳から帰還しました。今日は仕事仲間達ですから、横道にそれる事なく正確な軌道を正確な時間で回ってきたようです。でも今日の履歴を正確に伝える事は不可能です。車のナビゲーションの軌道履歴の証拠は消す事は出来ませんが。何処かの誰かに『途中からタクシーで行きなさい』と悪知恵を授かった事を思いだして、独りニタニタと笑っています。でも、キーボードに向って独りニタニタしてるのを他人が見たら気味が悪いだろうな。渋い男は三年に一回、しかも片頬で笑えば良かったんだ。そうなんだ。.....ウン! 飲んでませんよ絶対!。天地神明に誓えませんが、、、、、、
 では、一昨日の日記の続きです。ちゃんと覚えてますが念の為にホームページを確かめて〜〜。焼き物の話でした。それでは、いざ、カッキま〜す。他にも有名で素晴らしい器は数多くある。しかし、黄柚薬を重厚に浴びた輝きの中に“わび”を感じさせるこの器は美濃焼と称される焼き物の代表の一つなのだ。蜂の子
を食するこの地方独特の食文化はやはり、この地方の土地のエネジイ-を封じ込めた器に盛り付ける事が懐石料理の心に通ずるのか。料理を引き立たせるのが器だ!
 しみじみと見入ってしまう。このような事は、仕事が順調に進み心に余裕が出来ているからこそ感情豊かに美しいものを美しいと、美味しいものを美味しいと、五感をもって感覚するのであろうか。確かにこの器は高級食材のヘボの佃煮を盛り付けるには相応の品格を持っている。私は酒がダメだが、左党ならこの取り合わせで一献となれば正に美酒浪漫の世界が広がるはずであろう。ごめんあさいホロホロとッ睡魔アがあ、勘助ッ殿介錯をっっ。
12月8日(土)
  晴れ
 いや〜ビックリしました。昨晩は前後不覚の事態になり、勘助殿に介錯をお願いしてブッ倒れ、昏睡状態になったのですが、今朝日記を見てあまりの醜態に血の気が失せました。
 いつもなら勘助殿は、日記をちゃんと校正してUPしてくれてたのに昨日は完全に愛想をつかされてしまいました。日記は、全く原文のままでUPされていたのです。しかしこれも致し方ない事、思えば数週間前から週末は宇宙遊泳の連続で、太陽系はもちろん遠くは銀河系の果てまで足を延ばしていたのですから、午前様が当たり前のような状態で日記が送られて来るのが今か今かと待通しだったのでしょう。ここは責任を執って、明日から日記を中止...............。これも又叱られます。ですから今夜だけは、いえいえ今夜からは(約束は出来ませんが)早く帰って日記を書く事にしました。まだまだ年末にかけて週末の宇宙遊泳はブラックホールの近くまで続きますが、懲りずにおつき合い下さいませ。それでは、昨日の醜態の続きに移ります。(いつもお世話になっている私の隠れ家にしている旅館で出されるお料理の話です)
 その隣の料理は朴葉に何やら乗っている、味噌に猪肉に鹿の背肉、ねぎに生姜のすり下ろしだ。こいつを七輪の網の上で焼いて食べるのだ。通常、自然状態で山に落ちている朴の葉はねじったり曲がったりで、まるで私の心のようなもんなのだが、こいつは違う。まるで6月の青い葉っぱのように捻れも曲がりもせずピンとしている。それどころか枯れ葉のくせに妙に水々しく、しなりさえ感じられる。このような葉っぱは何処で手に入れるのかと女将に聞いても返事が無い。またしても知らぬ間にいなくなっている。ねぎに生姜の摺おろしとは、これもまた心憎いばかりの配慮がある。湯からあがった体に湯冷めを覚えさせまいと、ねぎと生姜で臭い消しを兼ねた保温効果を狙っているのだ。火を点した固形燃料は青白い炎を上げて燃えている、やがて朴の葉に上に乗った肉を早く焼けとせかしたてる炎は、朴葉独特の香りと少量の煙りを小出しにしながら食欲をかき立てて来るのだ。じゅうじゅうと音をたてながら肉と朴葉の臭いの競演である。
 明日に続く。
12月9日(日)
  晴れ
 朴葉の話をもう少し。昨日まで話していたのは朴の枯れ葉(枯れてはいるのだが、その香りで見事に食材の引き立て役の役目を果たすのだが)の事ですが、今日は緑葉のお話。私達の地域では6〜7月には朴の緑葉を好んで使います。御存知の“朴葉すし”です。鮎の友釣りの解禁日はいわば「夏の川祭り」で、友人を含むお客さんのもてなしには無くてはならない楽しみの料理です。
 今は亡き私の母親が川まで運んでくれた熱い味噌汁と朴葉ずし。この時期は食中毒が頻繁に新聞紙面をにぎわせるのですが、こんな時期でも朴葉の殺菌作用と酢飯の防腐作用を利用した朴葉ずしは作り置きができる唯一の料理でしょうか。一晩寝かせた朴葉ずしは成熟してなれてきます。刺すような酸っぱさは飛んで、実に穏やかな酢飯に変化し、ほんのりとした朴の移り香が食欲を増進させます。そんな朴葉ずしは、かぶりつきで食べるのが最も美味しい食べ方です。直接かぶりつく事により香りごと食すのです。ですから、こと、この朴葉ずしだけは箸を使って食べる事は外道となるのです。
 私の姓は今井です。今井と言う地名を現代に残す場所は愛知県にも長野県にもありますが、実は「今井」は木曽の義仲の重臣(家来)であったとされています。もちろん私は今井の雑種で、云われある子孫とは程遠いのですが、その義仲と「朴の葉」が意外と関係が深いんです。義仲は戦に出かける時、戦争携帯食として、米を始めとした五穀や味噌を朴の葉に包んで持っていったというのです。この究極の非常食が姿形をかえ、葉っぱを器代わりに使い、またその香りを楽しみ、一級の料理を引き立たせる名脇役として現代に伝わってきた訳です。
 朴葉に握り飯を包んだり、米を朴葉に包んで蒸したものを保存食として利用した先人の知恵は、朴葉餅などに変化し脈々として伝承されているのですが、食べた後の器代わりの葉っぱをそのまま野山に捨てる事ができるため、今で言う「エコ料理」として、現代社会推奨の料理にもなるのです。私の弟たちもこの料理に出会うと野趣豊かで懐かしい、あっさりとした風味は郷愁をさそうと物静かにほおばるのです。
 さて朴葉のウンチクはこれくらいにして、またまた旅館(私の隠れ家)のお料理の話を! 一際見事な模様の黄瀬戸器に盛り付けられたのが、時を先取りした春の山野草の天麩羅です。卓上ガス台に小さな鉄鍋が架けられ中には油が張ってあります。小さな竹で編んだ皿の懐紙の上にはオオクマ(オオスズメバチ)の蛹が数尾。その隣はドンブリ程度の器に水が張ってあり、その中には味女(アジメドジョウ)が数尾泳いでいます。アジメは清流にしか住めず、鮎と同じ石につく岩苔を餌とする魚です。漢字で現す通りの美味なる魚で、今では魚影が薄くなって保護が必用な魚種でもあります。オオスズメバチの蛹は冷凍物で、油に放り込んで空揚げにするのですが、アジメも同じ運命を辿ります。生きたまま空揚げにするのはちょっと残酷ですが、これがとても美味しいのです。しかし、その夜の私はこいつらの生を貰って私の生に繋げる必要性はありませんでした。固形燃料の青白い炎を見ながら、朴の葉が焦げる臭いを嗅いでいると何故か哀れむ感情が脳裏に及び、庵の脇にある細い水路に仕掛けられた水車の水溜まりに「水路を下って川まで戻れ」と逃がしてしまいました。続く。
(この話のオチは一体? by HPサポートスタッフ)
12月10日(月)
晴れ時々曇り  
 今夜はとても多忙です。帰宅時間も何時になるやら見当がつきません。ですから早い時間に日記を書いています。昨日の続きを書くと、まとまりがよいことはわかるのですが、時間がなく思い起こして文章を書く余裕がありません。お許し下さい。今日はヘボハウスの現状をお伝えします。
 当地では、最低気温がー1℃を記録しました。こうなってくると働き蜂は、巣の入り口に死んだようになって体を固くしています。しかし巣箱をコンコンと叩いてやるとスクランブルがかけられ、働き蜂が攻撃に飛び出して来ます。でも入り口で体をこわばらせている働き蜂は微動だにしません。この事は巣の内部の温度が少なくとも蜂が活動出来る温度を保っているということなのです。いったい何度ぐらいだろうと考えていましたが、今朝は仕事の約束もなかったので意を決し、防護服に着替えて温度計を刺してみました。水銀柱はどんどん上昇して10分後には21℃まであがりました。しかし営巣最盛期の温度(30〜31度)には程遠いもので、日を増すごとに温度が下がっていくものと思われます。女王蜂も出て来る数が急激に減少して、7日から9日までの3日間で86羽を捕獲しただけでした。ストーブも午前7時から午後3時まで炊いていますが、昨日の日中の観察では30分間に交尾したペアは6組だけでした。どうやら交尾率も悪くなっているようで、捕獲した女王蜂の全てが営巣出来るものではないのが残念です。昨年に比べ営巣活動の終息が早い時期になるのではないかと考えています。
12月11日(火)
  晴れ

 長野県立科町の羽田さんからこんな事を教えて頂きました。刺されると腫れるからと悩んでいた方には朗報でが、これは個人差のあることですからと前置きがありましたのでお伝えして紹介します。

 蜂追いは大好きですが(これが前置き。以下原文のまま。)
 薬について 
 特にウコン粒(飲用)をお勧めします。というより試してみてください。私は確かに効果がありました、害は無いので是非試してください。蜂に刺されたらまず真空ポンプで毒抜きして、ウコン粒もなるべく早く飲むと(腫れる前に処置すれば)1cm程赤くなるだけで腫れずに済みます。3日も飲み続けるとかゆみもでずに直ってしまいます。処置が遅れ赤く大きく腫れてしまた時でもあまりかゆみに悩まされず1週間も飲み続ければ直ります。
 ごく普通の量を飲んでいれば害は無いので、蜂取りをする日は事前に飲んでおけば刺されてもあわてる事は無いかもしれません。数値は私の場合なので参考までに。またじんましんになる人についてはまだ試していませんので注意してください。お酒を飲むと効果が薄れますので、腫れている間は我慢してください。
 飼育中のシダクロスズメバチの現況 
 交尾を済ませた蜂は40羽ほど捕れました。この2日は新しい女王蜂が出てきません。雄蜂は全部で170羽程出ているのに比べ少ないです。新しく出た女王蜂にマーカーで色を付けて調べているのですが、どうも巣から出て2日位の間に交尾をしそれ以後は交尾をしないようです。数が少ないからいいのですが、多いと何がなんだかわからなくなりそうです。新女王蜂が巣から出始めてからネジリバネの姿を全然見ていません不思議です。今、家の中の何処が越冬によいか、寒暖計を置いて調べています。

12月12日(水)
  晴れ
 こんばんは。ホームページサポートスタッフの影武者でございます。ただ今、午後9時半です。さきほど御主人様から電話がありました。「今日はヤボ用があるので、日記を書いておいてくれ」との事。そこで、私めの日記を書かせて頂きます。ご主人様の日記が送信されてきましたら、その文に代えます。昨日の日記に「蜂に刺された時の対応」が書かれていましたので、私の刺された時の事を書きます。
 11月4日のヘボコンテストにお邪魔した時の事でした。飼育箱を開ける蚊帳の中に入って写真を撮っている時、かなり注意していたので刺されませんでした。タカ研のスタッフが完全武装で飼育箱をさばいているのに、その横で写真を撮っている私はジーパンにフリース、顔もむき出しでした。「フッフッフ、私も馴れてきたものだ。タカブちゃんに刺されずに、写真を撮れるようになったのだ」なんて自己満足にひたりながら余裕で作業をしていました。飼育箱をすべて開け終わるまで、遂に刺されずに済みました。
 「あぁ良かった。正直な所ちょっとドキドキしていたけれど、今年は大丈夫だった」などと安心して本部テントで集計を見ていました。風で髪が乱れたので手で整えようとして髪に手を当てた時、瞬間、手に激痛が走りました。ハッとして左手を見ると手のひらにタカブちゃんが・・・。しかもお尻の針が私の手の平にシッカリ刺さっています。あわてて払うと手の平にタカブちゃんの針が残りました。針を抜くと「刺された穴」が開いています。「刺されたッ」と叫ぶと、利金さんの奥さん(カワイイ)が駆け寄ってきて、毒抜きで毒を抜いてくれました。毒は「ブブブッ」と無気味な音をたてて吸い出されました(結構多かった)。傷口にステロイド剤も塗ってもらいました。刺された場所が本部席だったので刺されてから毒抜きまでほんの1分たらず。処置が早かったので、その後痛みも全くなく、腫れもしませんでした。
 コンテストの写真を現像に出すため(私はまだ35ミリフィルムを使っています)、私は一足先に会場を後にし車で名古屋へと急ぎました。やっぱり油断は大敵だなぁなんて反省しながら、41号を走っていました。そう美濃加茂を過ぎ木曽川を渡って暫くした時の事でした。またまた激痛が全身を走りました。痛いったらありゃしません。車を路肩に寄せ、上半身裸になって、下着、ポロシャツ、フリースを叩くと、ポロシャツからタカブちゃんがポロリ。そうです。蚊帳の中にいた時私の服の中に1匹、タカブちゃんが忍び込んでいたのです。いやぁ驚きました。結局、この日は2発くらいました。しかも2発目は「処置」ができませんでした。そのおかげで、背中は腫れてきて暫くは往生しました。やっぱ、油断大敵です。皆さん注意しましょう。まさか車の中で刺されるとは・・・トホホ。以上、影武者でした。
12月13日(木)
  雨後曇り
 勘助殿、昨日は代理をお願いし本心、申し訳なく思っています。これで随時、安心してサボタージュができると喜んでいます。とは冗談ですが。なになに。ヘボの巣コンテストの折に二度も刺されたって? アタシャー聞いてませんよ。初耳でした! また何か悪態つかれると思って〜。それほど人が悪くありませんアタシャ〜!『人の不幸は、無上の喜び』チョットだけ、そうかも知れません。いえいえ、勘助殿は大事な参謀役、決してそのような。皆さん勘助殿は自分では影武者なんて言ってますが本当は軍師なんです。このことは数名の人が知っていて、全員が理解しています。読者の皆さん、これからも時々登場する勘助殿に声援をお願いします。(ご勘弁を。これはタカ研の皆さんのHPです。私のような不束モノが登場するような場ではありません。)
 さて、12月の雨となったのですが、朝方の気温は+3℃でヘボハウスの中は+6℃でした。その為に巣の入口に止まっていた働き蜂も活性があってモゾモゾと這い回り、飛び立っては砂糖水の容器と巣を往復する蜂が目立ちました。そんなこたからストーブは炊かずに自然条件のままで放置しました。帰ってからヘボハウスを覗くと、それでも女王蜂が離巣して、何羽かがハウスの片隅に止まっていました。この温度と条件では絶対に交尾していないはずですから、捕獲しないで明日ストーブで室温を上げて条件を整え交尾させてから捕獲することにしました。おおよそ数えた女王の数は、35〜37羽程だったでしょうか。日に日に女王の離巣数は減少して寂しくなっています。
12月14日(金)
雨後曇り後雪
 今夜は家にいますが何故か身の置どころがありません。何故か堂々とした振舞が出来そうで出来ないのです。たった一晩だけ家に居ただけで、そんなに威張るなと言われそうで、後ろめたさを感じるのは何でしょうか?(確かに、このところ毎日の様に夜な夜な宇宙遊泳をしているのは事実なのではありますが・・・)
 男は外にいて外部と接していてこそ磨かれていくのであり、男が男の役割をこなす活力と世間を渡るセンスを身につけてゆくのです。まあ、こんなことを論じていても血統書付きの蜂キチを自負する私にとっては何ら関係のないことではありますが、この時期蜂キチの殆どが週末のすべてをこの趣味に費やして、家庭を顧みない傾向があるようです。
 でも、このような事が連続して続いていると、いくら優しい奥方でも堪忍袋とやらの尾が切れるそうです。まだ私は『堪忍袋』とやらの実物を見た事がありませんから恐怖心はありませんが、実は私のカミさんの誕生日は他でもない赤穂浪士の討ち入りの日なのです。ですから用心していないと、いつ打ち入りをされるのか解かりません。
 とかく女という生き物は(いえ、間違えました。私のカミさんだけ)背後からの不意打ちであろうとなんであうと、勝つ為には手段を選ばない習性があり、それがどんな理由であろうと、ともかく『勝てば官軍』であり、それが正義なのです。卑怯じゃないかと抗議しても、理不尽で支離滅裂な理由にならない理由でもって押し切ってしまうのです。(まぁ、第三者が見たら双方が理不尽なのかもしれませんが。) これがまた友だちを呼んでの抗議となったらたまったもんじゃありません。こんなことにならないように皆さん、せめて誕生日の一日くらいは、贈り物とか食事や買い物に付き合うとかのサービスに勤め、来るシーズンに備えなければならないと考えるのですが、みなさんいかがでしょうか。現在十時半ですが雪が舞っています。女王蜂の捕獲数46羽でした。
12月15日(土)
 雪後曇り  
 今日も早い時間に日記を書いています。もちろん理由は一つだけ。(聡明な皆さんには説明は不要ですね)
 例年より10日間は早い雪が積もりました。しかも15センチはあったでしょうか。こんな日になるとは予想だにしなかった事、今日は、先日からの約束で立科の羽田さんが女王蜂を取りにみえるはずだったのです。約束の時間(11時)をはるかに過ぎてもその気配がありません。しかし午後3時になってドンと車のドアーの閉まる音がしたような気がして外に出てみると羽田さんの到着です。聞けば早朝5時に立科を出発したとのこと、雪の為に南木曽から車が停滞してしまったようで困難な道中だったようです。
 しばし雑談の後に蓄蜂場所から箱を取り出して開けて見てビックリでした。発泡スチロールの箱を喰い破って脱走?(脱飛)していたのです。温度の低い場所だったのですが彼女達の野生が、人の手が加わる事を嫌って、自由と引き換えに危険度が高く厳しい自然に飛び立ったのです。数量は二箱分で400羽以上でした。ですから来年は近辺では逃がさないことにしました。今日もストーブで暖めたヘボハウスの中では女王蜂が少ない雄蜂と交尾をしていましたが、交尾率も低下してしていて捕獲した女王蜂の半数が受精している程度と観察しています。働き蜂の通いは非常に少なくなっています。廃虚となった巣の番人として最後のお勤めをしているようで哀れな感じを受けるのです。
12月16日(日)
晴れ時々曇り
 現在午後1時40分です。こんな時間なのにもう日記を書いています。午後3時から御推察の通りの重要会議なのです。場所は宇宙ステーション。帰還時間不明! そろそろ体がついて行かなくなってくるのではと心配しているのですが、私も案外タフだなと独り苦笑いしています。
 早朝、ヘボハウスのストーブに点火しようと路肩に残る雪を丸めながら橋のたもとにあるデジタル温度計を見るとー2℃でした。昨晩は晴れて星が綺麗に見えていただけに今朝は放射冷却で冷え込むと覚悟していたのですが案外でした。ヘボハウスの窓から見下ろすと、池の水が少なくなっています。外に出て調べてみるとホースからの取り入れ水が半分程度しか供給されていません。仕方なく、雪が残る山道を登って行きました。途中にある古木の山柿には沢山の柿が実り熟して、多くの小鳥が集まっていました。最初はヒガラ、シジュウカラヤマガラなどが賑やかに食事会をしていたのですが、突然に甲高い声がピイーピイ〜と響き渡ると小鳥の群れは急に移動を開始しました。入れ代わりやって来たのがヒヨドリでした。小鳥の行儀のいい食べ方とは違って、悔い散らかすという表現がピッタシの横着三昧、やがてツグミやミヤマが混じり白い雪の上に塾した柿肉が散らばり赤く染まって行きます。
 でも、いつまでも見ているわけにもいきません、食事の邪魔をするつもりはありませんが、柿の木の下の道を辿らないと目的地までゆけないのです。またまた甲高い警戒の鳴き声を残してヒヨドリ達は去って行きました。柿の木の下には猫でもなく犬でもない足跡が無数に交錯しています。おまけに躾が悪いこの生き物は、消化不良で柿の種入りの落とし物を残しています。タヌキでしょうかそれともハクビシンでしょうか? 一本の柿の木がこんなに多くの生き物の生を担っていました。
12月17日(月)
  晴れ
 昨日、安江孝祥さんが写真を提供してくれました。これは、タカブの営巣過程で最大の目的を遂行する為の荘厳なドラマです。これを皆さんには写真でお伝えします。この場面は何度見ても感動する場面です。生き物が自分達の遺伝子を末に伝える大事な行為なのです。この模様は日記では勿体無いので、山里日記にUPします。
12月18日(火)
晴れ時々曇り
 この頃、頻繁に地震雲を目撃します。何事もないといいのですが。それにしても気温はどんどん下がって行きます。今朝の東白川の気温は-2℃で、日中でも10℃が最高温度でした。見たのではないのですが、ヘボハウスの蜂たちも多分活動していないと思われます。もちろん女王蜂は離巣していませんし、新たなる雄蜂の誕生も見られません。どうやらこれで営巣活動が終了したようです。
 しかし、まだ働蜂が生きていますので、巣を標本にする為に箱を壊す事が出来ません。綺麗で傷みの少ない状態で巣の標本を作る為には、早く箱の板を外し巣を乾燥させないといけないのですが、今まで楽しませてくれた蜂達が、残り少ない命を一生懸命に寒さと戦いながら、廃虚に近い巣を守っているのを見ると哀愁の思いが募り、どうしても標本作りに手が出せないのです。
 現在のヘボハウスの状況は以上のようですが、一方では来年に東白川村で開かれる『全国地蜂サミット』のプロジェクトも着々と進行しています。まだ最初の会議も開かれていないのですが、すでに資料作りの為のアンケートの作成が二宮さんの手によって進行しています。彼の事ですからアンケ-トで集められる情報や知識は幅広く、その情報を深く分析してサミットに役立てるはずです。現在、東白川タカブ研究会には彼のような優秀な人材がプロジエクトチームに名前を列ねていて、いろんな角度から大会の成功を願い案を巡らせています。
12月19日(水)
  晴れ
 日照時間がとても短くなってきました。昆虫の冬眠がだんだん深い状態になっています。私が美濃加茂市の建築現場の監理状況を見回りに出かけると、隣接する物置き小屋の一部を修繕していました。通常、屋根の瓦を葺く場合の工事方法は『引っ掛け葺』という瓦棒に引っ掛けて葺く方法と、『土居葺』という杉皮(杉の木の樹皮)にドロを乗せて瓦を安定させる方法があります。『土居葺』は土と杉皮が温度の緩衝作用をするので昆虫にとっても冬眠の場所として優しい環境を整えてくれる工法で、訪れた現場では葺き替えのために瓦をめくった下で、すでにアシナガバチが6羽集まって冬眠していました。
 アシナガの種類は集団越冬することが知られています。突然に安住の場所に邪魔が入り眠りから醒めたものの、活動する温度から掛け離れた寒さに体の自由が効かずポロポロとコンクリートに落下しました。これは、来年に巣作りをするアシナガの女王蜂です。しばらく蜂を見ていましたが、こいつらは家屋の屋根回りに巣を作り、工事中にうっかり近付いて刺れる事故が多いのも事実です。とは言え害虫を狩ってくれる益虫でもあり、無碍に殺傷することには問題があります。これにはいろいろ意見があって、論じても限り無い事も承知しています。しかし、これを論じあってもどうなることではありません。自分の気持ちのおもむくままに板切れに乗せ、伐採して積み込んだ桑の木の間に『春までゆっくりお休み』と滑り込ませてやりました。
12月20日(木)
  晴れ
 今夜は、まだ仕事に忙殺されています。そんな事で、今日の日記は女王蜂の交尾で分かって来た事をお話します。この事は今までの定説を覆す事でもあり、自分のヘボハウスを試験場にして慎重に何度も観察した結果です。
 今まで、一度交尾した女王蜂は複数の雄蜂とは交尾しないと言われて来ましたが、マーカーで印をつけた女王蜂を追跡観察した結果、2度の交尾を確認する事が出来ました。おそらく自然下では2度のチャンスは無いかも知れませんが、ことヘボハウスという閉鎖空間に近い場所では、このような事が起こるのかも知れません。また同じようにマーキングした女王蜂を一週間捕獲しないで、ヘボハウスの中で放しておいたところ、離巣してから2日間は交尾をするのですが、それ以後は交尾をしているところを確認できませんでした。
 彼女達の生態はベールを被ったままでしたが、少しづつその生態が解明されています。このことに気付いていて、御意見を頂いたのは安江孝祥さんそして羽田さんでした。
12月21日(金)
  雨
 こんばんは。HPサポートスタッフの影武者です。今日もご主人様は宴会です。本人は宇宙遊泳と呼んでいますが早い話が忘年会でございましょう。どうも年末は都会のサラリーマン以上に「夜のおつきあい」が多いようです。と言う訳で、日記は本日も私が代打でございます。
 今日は鮎のお話です。私は鮎が大好きです。季節になるとスーパーで買って食べていました。もちろん養殖物で、昔はそれで満足していました。しかし山里の皆さんとおつきあいをするようになって「天然もの」を食べる機会がありました。天然ものは養殖ものとは全くの別物でした。私は本当の味を知らないかったんだ・・・と言う事をまざまざと感じさせられました。本当に豊かな暮らしはここにあったんだ!と実感しました。
 さらにまだまだ知らない事があったのです。実は私はつい最近、鮎の美味しい食べ方を知らなかったと言う事に気づかされたのです。この夏、私は東白川村のご主人様の家へHPの打ち合わせに行きました。打ち合わせは意外と時間がかかり結局夕食をいただくことになりました。「ありあわせの物しかありませんが」と食卓に並べられたのは、昔ながらのお惣菜でした。どれもとても美味しく(私は御主人様の家の味付けが大好きです)、心暖まる夕食となりました。
 そこに焼いた鮎も並べられていました。鮎の横には小皿がありお醤油が注いであり、それに鮎をつけて口に運ぶと??? あれっ? なんだかいつも自宅で食べる時と違う風味がするんです。そう、小皿の中は「生姜醤油」だったのです。私は、お醤油だけとか、すだちとお醤油とかレモンとお醤油で鮎を食べていました。しかし生姜醤油で食べる鮎は、そのどれよりもビシッと決まっていました。鮎を生姜醤油で食べるとは・・・考えもしたことがありませんでした。またまた、私は自分の無知さ加減に呆れました。山里の暮らしは、なかなか奥が深そうです。
 とここまで書いて、また気づきました。この日記を読んでいる方の多くは山里の方か、自然がいっぱいの所にお住まいの方だと思います。もしかしたら、「こっちの食べ方の方が鮎は美味しいよ!」なんて思っている人もいらっしゃるかもしれません。もしそんな方がいらっしゃったら、メールで教えて下さい。奥深く豊かな山里の暮らしと味、もっと知りたいです!! メールはこちらまで。
12月22日(土)
  晴れ
 毎週末は勘助殿(私の事です。by HPサポートスタッフ)の助太刀をいただき、かたじけなく思っております。
 昨日は鮎の話でした。そこでもう少し鮎のお話を! 天然物、人工飼育物(養殖物)など、様々方法で育ったものが食卓に列ぶのですが、人はその味に慣れてしまって本当に美味しいものに違和感を覚えてしまうこともあります。喫茶店などで釣り人の話に耳を傾けていると、「アマゴより鮎が美味しい」いや、いや、「鮎よりアマゴが美味しい」と喧々諤々と意を曲げることなく熱く語っておられることがあります。私はどれも美味しいと思っています。食べ物には全て旬があるのです。例えばアマゴとかヤマメは3〜5月が最も美味しく、イワナは3〜6月が美味しい時期で、それ以外の時期は味が落ちてしまいます。片や鮎は5〜7月は香りは楽しめるものの未熟の味で、本当の味が楽しめるのは抱卵目前の時期、つまり8月7〜20日頃が最も美味しい時期なのです。
 これは天然物の話でしたが、養殖ものでも美味しいものがあります。天然物が抱卵した時や産卵して体力が回復するまでの時期なら完全に養殖物に軍配があがります。また時期に関係なく養殖物で美味しいのはウナギでしょうか。お断りしますが、これはあくまでも私の見解ですので御理解下さい。
 ところで、タカブが一番美味しい時期はと言いますと、これは万人一致でございます。もちろん、11月初旬の王台が形成され幼虫が蛹化して白い繭で満タンになった時です。東白川ではお茶の花蜜をいっぱい吸って黄色くなった幼虫が絶品だと称されています。ちなみにホンマグロの大トロを安価に味わうチャンスは今でございます。
12月23日(日)
  晴れ
 来年、東白川で開催される『全国地蜂サミット』のプロジェクト委員が決まりました。会員の皆さんには、まだ文書をもって通達していないのですが、会員の皆さんは事前にその方向性が伝わっていたのか、個人のレベルでの研究テーマや展示品の模索などが始まっています。会員の皆さんが考えた方法や技術、女王蜂の越冬から蜂追い、飼育に至るまで、細かい技術の改良など幅広い観察と経験から分析し、発表の場所としたいと意欲的に活動していてくれるようです。例えば、以前にこのホームページで紹介した山田聖さんは来期に向けて新しい構想をじっくりと暖めているようです。
 東白川タカブ研究会の『プロジェクト委員会』では、このように会員から立ち上げられた構想を思いっきり取り入れた『価値あるサミット』にして、全国から集まって下さった蜂好きの皆さんに満足していただけるイベントにできるように工夫していくつもりです。会員の皆さんには、追って庶務から会報という形でサミットの概要が書かれた文書がお手元に届くと思います。会員の皆さんには、プロジェクト委員を通じて御意見を頂きたいと思っていますのでよろしくおねがいします。
 今日は、蜂屋町の林さん宅にお邪魔しました。親戚中が集まって餅つきの最中で、つきたての餅を御相伴にあづかりました。“大根おろし”と“きな粉”“あんこ”にからめた熱々は最高でした。メンバーの中には山芋(ジネンジョ)掘りの名人二人も参加していて、二本の素晴らしい芋を頂きました。友人から、このサイズの芋なら小売り価格で一万五千円は下らないと教えられ驚きの一日でした。
12月24日(月)
  晴れ
 西尾先生と少しの時間ですが話す機会に恵まれ、今年のタカブの営巣状況や女王蜂の捕獲状況を話し合いました。先ず女王蜂の捕獲状況は全体的に見て、昨年の捕獲数と比較すると半分程度ととても少なく、交尾率もあまり良くないようです。また営巣状況については、8月から9月にかけて雄蜂が出てしまい廃巣するというケースが非常に多かった事です。
 この状況を調べてみると、廃巣率が高かったものは煙幕を使って掘り採ったものと生掘りで掘ったものを比較した場合には、断然に生堀の成功率が高かった事です。また、山で発見した時の巣の勢いも大きく関係したようです。巣の勢い(蜂の通い)が標準以下の場合は廃巣の確率が高かった事はもちろんですが、勢いがとてもよくて、これならばと太鼓判を押したような巣でも廃巣したものもあり何が原因なのか理解が出来ないものもありました。
 また会の主旨が理解されて、飼育した巣を自然に戻したり、ヘボハウスを作成したり、野山で見つけた巣を採らずにそのまま残したりと、タカブ資源の保護が会員個人レベルで展開されたことも素晴らしい進展だったと思います。
 何よりも嬉しかった事は、私達が考えたTH式の飼育箱が広く使われ始めたことです。この方式の巣箱で飼育したものに廃巣に至ったものが少なかった事も嬉しい結果でした。こと蜂の話となると西尾先生と私とは阿吽の呼吸が取れるようです。今から10年前の蜂などに興味が無い私だったら、こんな事は考えられない事でした。
12月25日(火)
  晴れ
 あわただしい毎日が続いています。来年に繰り越す現場の区切りと工事行程表の調整などなど、目を通さなければならない事が山積みです。しかし、愛するタカブちゃんの事は片時も頭から離れません。営巣活動が終了したタカブハウスにある飼育巣は、栄華を誇った11月初旬の賑やかさがウソのようです。短い生涯を終わった働き蜂はタカブハウスの床に固くなって落ちていて、帚で掃き集め「楽しませてくれてありがとう」と呟きながら植木の根元に返してやりました。
 午前中に訪れた美濃加茂市の現場で、お客さまから嬉しいプレゼントがありました。「社長は、蜂が好きだから」と垣根にあった、コガタスズメバチの巣を保管していて下さったのです。エッ........。私の興味があるのはシダクロ........でも一般の人には蜂は蜂。何もかもひっくるめて蜂なのです。オオスズメバチであろうと何だろうと関係ありません。でも、これで私が保管しているコガタスズメバチの巣が時間と共に変化する様子を標本を展示して説明することが可能になりました。私達を取り巻く皆さんの配慮に感謝した一日でした。
12月26日(水)
  晴れ
 久しぶりに明るいうちに帰宅しました。もちろん最初に顔を出したのは、タカブハウスだったのは言うまでもありません。でも動く蜂が一羽も見受けられない室内は寂しい限りです。先般、日記で巣の写真を紹介したのですが、あちこちで思わぬ反響がありました。口の悪い連中は『上手に合成したな〜』と、しきりに感心していて、大笑いの連続でした。私も思わず『新聞紙を小さくして巣盤を大きく見せるのに苦労したぞ〜』とやりかえしていましたが、並みいるヘボキチの思いは同じです。最も多い質問は、『どうしたらこんな大きな巣になるの』と、いうものでした。最初の頃は冗談めかして茶化していましたが、あまりの真剣さに自分の飼育法方法を話すことにしたのですが、なんせ話しは多岐にわたり時間もかかります。
 そこで、シーズンオフを利用し日記のページを利用して簡潔に紹介したいと思います。この話は、先ず蜂の種類から始まり「飼育箱」「食べ物と量」「環境」について話を展開しますが、私はこれを『衣』『食』『住』として関連づけています。今夜は、私事ですが徹夜になるほど残務処理が残っていますので、明日から、特別なニュースが無い限り書き連ねて行きたいと思います。
12月27日(木)
  晴れ
タカ研への道 No.1 聞き取り調査から始まった
 実のところ、私はヘボ(当地ではタカブ)の飼育を始めてからとても歴史が浅いのです。こんなことからヘボ歴三十年とか五十年とかいう人達と肩を並べ追い越すには、それ相応の「タカブ」についての科学的な知識が必用だと考えました。つまり、タカブがどのような性質を持っているのか、営巣するのに必用不可欠な条件は何かを、まず知る事が大事と考えたわけです。
 その為に名人と言われる方々の考え方と意見を伺い、その巣箱を見せてもらう事から始めたのです。こちらはズブの素人ですからどんな初歩的な事を聞こうと恥ではありません。素人ですがと断って謙虚な態度で教えを乞えば、そこは「蜂キチ」です。オラが自慢のウンチクを・・・と、あっと言う間に素晴らしい先生・教え魔に変貌するのです。ここで最も注意した事は、必ず一人で訪問したことです。何故かと言えば、大勢で行くと案外本心で物を言っていただけないことがあり、また話が進んでここが「重要なポイント」と思う所で横から口を挿まれ話の腰を折ってしまい、お相手(先生)の御機嫌を損じて聞き直しが出来なくなることがおきるからです。
 次に注意した事は、自分の半端な知識は完全に捨て去り頭の中を完全なる「初期化」にして、少し違うなと思う意見にも耳を傾け貪欲にメモる事に心掛けた事です。先入観にとらわれず、真摯に相手の話に耳を傾ける事。これが案外簡単そうで、意外と難しいのです。
12月28日(金)
曇り時々時雨れ

 これはえらい事になりました。勘助殿がとてつもないタイトル(タカ研への道)を付記してしまいました。有能な軍師と認めた以上は敷いてくれた軌道を走るのが人情、というより倫理と定めたのですが、さて今後の展開やいかに。

タカ研への道 No.2 自称他称の名人達
 タカブを食べる習慣のある地域なら、殆どと言っていいほどヘボを飼育して秋に収穫する習慣があるものです。また、このような処には例外なく『名人』と言われる人がいます。今でこそ、それぞれの地域の『特別秀でた技術を持った人々』が、イベントなどを通して交流していますが、私がこの道に入ろうとした当時はそのような交流は殆どなく、タカブを始めると言っても『その話を聞く相手』を探す事から始めなければなりませんでした。
 私は、七宗町、加子母村、川辺町、明智町、串原村、山岡町へと調査地域を広げ、西尾先生や現串原へボ愛好会会長の三宅尚巳さんの紹介と口利きでさまざまか方をご紹介いただき、片っ端から聞き回ることにしました。知人からは「どんな地域にも名人はいる、大概は巣を探す事は上手だが飼育となると.........」「しかも頑固で、自分の意見は絶対に曲げる事はない。」「反論すると敵視されるから細心の注意を払え」とアドバイスされて(脅されて?)の出発でした。
 巣を見つける事は猟欲とセンスがあれば出来るのですが、ヘボの生態を理解したうえで上手に植替えを出来る名人はそう多くは存在しませんが、各地域の名人にはそれぞれの考えがあり、それはそれでとても面白く持論を聞かせていただきました。どなとお話させて頂く時も、必ず最初に「素人ですが・・・」と切り出したこともあり、みなさんとても親切に話して下さいました。
 名人達のお話には「貴重な情報」もかなりあり参考になったのですが、一つ困ったこともありました。それは人柄の良い名人達の話の終点は自慢話と相場が決まっていることでした。若輩者の私がこんな事を申し上げるのは失礼な事かもしれませんが、どこもかしこも、とどの詰まりがこれでは流石にウンザリ気分になりました。しかし「これはこういうモノなんだ」と自分に言い聞かせメモ、メモ、メモ魔に徹っしたのであります。おかげさまで半年後には膨大な資料ができました。
 このメモを整理するのが、また大変な作業でした。メモの内容には正反対の意見や相反する理論があったのです。そこから「飼育の手引き」なるものを作成しようとするのなら、間違ったものを落とさなければなりません。当然、そこには選別の基準が必用です。とは言っても当時の私はタカブに関して全くの素人。選別の基準など持ち合わせていません。熟考の末、私は基準をタカブの生態と決めました。科学的な根拠に基づいて「タカブの飼育」を研究すれば、確かな技術に辿り着く事ができるのではないかと考えてのことでした。
 私は昆虫雑誌の「インセクト」や、ハチの研究の第一人者・三重大学の松浦先生の著書などを無差別に読みあさり始めました。

12月29日(土)
晴れ時々曇り
タカ研への道 No.3 信頼出来る名人
 ある程度の知識が身についてくると、次々に新しい疑問が湧いて来ます。こんな時には『タカブの生き字引』西尾先生に質問の嵐となるわけです。先生はいつでも、私の遠慮ない質問に学業(高校の先生です)の合間を見つけ、答えてくださいました。何よりも嬉しかったことはヘボに関する記事や雑誌などの紹介やコピーを頂いたことです。このような事で、私にとって当時は全く未知の昆虫だった「タカブ」の生態が少しづつ理解出来るようになったのです。
 次に私が考えたのは「師事する名人を選ぶこと」でした。しかし私の中にタカブに関する知識が蓄積されてきたとは言え、まだ教えを乞う名人を選べる程のものにはなっていません。生き物の生態がそんなに簡単に分かる訳がありません。そこで弟子入り志願をする名人を選ぶ基準として、飼育技術を基準にしようと心に決めたのです。
 例えば、10巣飼育した中の一巣や二巣が4キロ程度の巣に育っても、他の巣が高い確率で廃巣したり、極小の巣にしか育てられないのなら、それは名人とは言えないと考えました。少なくとも8割以上の巣を3キロ以上の巣に育てる事ができる人に師事することにしました。これが出来る人はタカブの生態を知り、高い飼育技術をもっておられると考えたのです。
 私は、教えを乞う名人を三宅尚巳さんと、今は亡き山岡町の和菓子屋・島屋さんの二人に照準を合わせました。もちろん、この他にもタカブに関する知識や技術の確かさを誉め讃えられる方々は数多く居られると思います。私がお会いした範囲の中では、今後の皆さんの後学の為に名前を明記すれば、白川町の今井利金氏、加子母村の梅田道数氏、安江律平氏、東白川の安江芳晴氏、山岡町の掘利夫氏などが特別に秀でた名人として紹介出来ると思います。この方々は人物的にも尊敬出来て自分が修得している技術のありのままを惜し気もなく披露して下さる事は言うまでもありません。話が少しそれたのですが、私はこの人達の考え方からタカブに、いかに大きな巣を作らせる事ができるのか・・・という答えを見い出そうとしたのです。
12月30日(日)
 曇り時々雪

 今年も明日を残すだけとなりました。今日は雪がちらつき、雪の年の瀬となりました。ひきつづき、タカブ(ヘボ)に関してド素人だった私がどうやって、そのノウハウを学んだのか?について記していきます。

タカ研への道 No.4  百聞は一見にしかず
 私は、串原村の三宅さんの考えられた飼育箱や餌、環境などを詳細に観察しました。三宅さんはヘボの神様と呼ばれ、巷ではヘボと話が出来るとも言われているのです。それほどまでにヘボを知り尽くしているということなのですから、その教えに不足などあろうはずがありません。ただ貪欲に聞くのみで、収穫はずっしり重い価値あることばかり。確実に飼育マニュアルが出来上がっていくのが嬉しくて仕方ありませんでした。
 もちろん他の名人達から聞き取ってメモしてある、重要項目との照合は抜かりなくやったつもりですが、何かが足りないような気がしました。何かがおかしい。数日に渡って考えたのですが解りませんでした。よくよく考えたあげくの果に、やっとボンクラ頭が反応してくれました。『自然界で作られた大きな巣はどのような条件下にあるのか』が欠けていたのです。タカブの生態を知ろうとするのなら、これを考えなければプラスαはあり得なかたのです。「百分は一見にしかず」です。私は山へ入って自然界で営巣しているタカブの巣を観察しました。どんな所にある巣が大きく育っているのか、巣の周りの環境も含めて徹底的に調べました。そして、三宅さんから学んだ事、山へ入って学んだ事、多くの名人から伺った貴重な情報、そして専門書などから得た知識をベースに「飼育マニュアル」を作ったのです。
 私は飼育マニュアルを「衣」「食」「住」に分けて考えることにしました。このどれかが不足しても大きな巣に成長する事は難しいことが、取材しているうちに解ってきたからです。その「衣」「食」「住」の説明に入る前に、一つ触れておかなければならない事があります。それは「廃巣に至る原因」です。この最も注意しなければならないポイントを押さえておけば、あとはその原因を常に念頭に置き「そうならないように工夫をしていけばいい」のです。
 その「第一の原因はカビ」です。巣の内部の温度は31℃前後で湿度は80パーセント以上です。ですから二三日雨が降り続けば巣にはカビが発生し廃巣になってしまいます。「第二の原因は数種類の寄生虫や天敵など」です。「第三は極端な低温や高温、そして農薬の害など」です。
 このような阻害因子が無くて、活動条件が最適の状態であれば、お膳立ては完璧だと言えるのではないでしょうか。明日は、その条件を「衣」「食」「住」の面から説明していきます。

12月31日(月)
  晴れ

 今年も後数時間を残すのみとなりました。趣味も仕事もやり残した事ばかりだったような気がします。今年も「東白川タカブ研究会」は地道に歩みを進めて来ました。タカ研の会員数も70名を越し、さまざまな研究成果をあげてきました。今か今かと待っていたこと、「会員が個人レベルで放蜂の大切さを再認識すること」が現実のものとなり、多くの会員が来年また楽しめるようにと女王蜂を放したり人工越冬をさせるようになりました。
 この一年間を会員の皆さん、そしてこのホームページを訪れて下さった皆さん本当に」ありがとうございました。また来年もよろしくお願いします。最後になりましたが、山本勘助殿、貴君には言葉でもって言い表せない程の御苦労をおかけしました。心より御礼申し上げます。どうぞ、来年もよろしくお願いします。さて、昨日の続きです。

タカ研への道 No.5 (衣)立地条件
これは、蜂が巣を造る(営巣)場所の条件を意味します。自然の野山で大きな巣があった場所は、
(1)土目がよく、苦労せずして穴が掘れる所
(2)巣の上部には木の根が網のように広がり、
   雨水の浸透が少ない構造の所
(3)側面からも水の浸透がなく水が入っても
   水はけが良い場所、若しくは雨後の乾燥が早い所
(4)天敵に発見され難い所
(5)夏の焼けるような暑さをまともに受けない所
さて次は「食」についてです。それでは皆さん良いお年を迎えて下さい。