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2006年1月

line-木々


1月1日(日)晴れ

 皆様あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 私は常々、林業が直面している問題点を事あるごとに訴えてきました。元旦の今日、中日新聞を見て驚きました。そこには今までになかった森林行政への取り組みが記事になっていたのです。耐震性能が高い建築技術とセンスのいい設計、強度が優れている国産材を使った木造建築への取り組みが構図され、健全な林業経営を促進し、国土保全、つまり治山治水を促し、地球温暖化の抑止効果を期待する記事でした。
 ところが最近、マツノセンザイチュウとかスギノアカネカミキリなどの松や杉に被害を与える害虫が増えてきています。マツノセンザイチュウなどはもともと日本にいなかった害虫で、上陸時に農林省が的確な対策を施せば、駆逐できたと考えられます。ところが今では、松という松は片っ端から枯れていて、このままだと日本の植物図鑑から松という樹種は消えてしまいます。松は古来から木造建築において横架材に利用され、その強靱さと多く含まれる樹脂成分から、乾燥する部材に使用すれば何世紀も使用出来る事がわかっています。こんな素晴らしい建築資材が失われているのですから問題は深刻です。
 先日NHKの放送でヘボを森林や茶畑の害虫駆除に利用すると発言したところ、すぐさま皆さんから反応がありました。なかでも奈良県の芦高木材、芦高源治社長から熱烈な御声援を頂きました。社長も国産材を利用した強靱でセンスがいい木造住宅を建設されているそうで、今、日本で使用されているホワイトウッドの集成柱や杉柱を使用した、ただ値段だけを追求した安価な住宅が、木造住宅の評判を悪くするのでは危惧されていました。ホワイトウッドの腐食の早さやシロアリの被害の大きさ、杉材の強度不足など木材をよく知っている大工さんなら絶対に構造材には使用しないのです。適材適所は木造建築を専門とするなら知っておくべき最低知識です。
 しかし、現実には価格の問題で使用されているのですから姉歯さんの問題より深刻と受け止めています。これは建築基準法にも問題があります。例えば横からの圧力の応える筋違いなどがあります。これは壁量計算という方法で桁行き梁間方向に何本という数字が算出されるのですが、それに対する寸法の明示はあっても、樹種に対する規定はありません。はっきりいってしまえば、寸法さえ守られているなら少しの荷重で簡単に折れてしまうような樹種でもいいということなのです。現実に筋違いの本数などを検査する中間検査はホワイトウッドでも簡単にパスしているのです。建築基準法の笊の編み目の大きさは、木造構築物にもあっても濾して清めなければならない不純物がダダ漏れなのです。
 皆さん国産材を使用した強靱な住宅を応援して下さい。今までの県知事と違って、古田県知事は本気です。今が岐阜県の林業いや日本の林業に活を与える正念場なのです。そして野鳥が減少し、害虫駆除が疎かになった今、ヘボやキイロ<オオスズメバチなどの狩蜂はこの林業を根幹から支える救済主と考え、保護増殖に務めて下さい。

1月2日(月)雨のち曇り

 今年一番のほのぼのとした年賀状です。

1月3日(火)小雪のち曇り

 極楽蜻蛉の小林さんからの年賀状です。今年も何かあります!御期待!!

1月4日(水)曇り

 鈴木先生の年賀状です。今年も個展を開かれるそうです。

1月5日(木)晴れ

 御存知の「道祖神」、台岳先生です。版画は一枚一枚が少しずつ変わった感動を与えるんですね。ところで皆さん、今夜放送されたNHKの番組「幻の黄金クワガタを追う」見ましたか。昆虫写真家の栗林さんが開発されたカメラ、凄かったですね。迫力がある映像に感激でした擬態の「コノハムシ」素晴らしい特技ですね。絶対見つからないですよね!擬態を持つ昆虫は数多くいますが、あれは最高傑作です。私も含めてチヨィワルオジサンであられる皆さん、あれは真似したいですね〜、実に便利ですゾ!

1月6日(金)晴れ

 そうなんですよね。女王一匹でコントロールするんですよね。凄い事ですね。感心してしまいます。
今は、その女王も昏々と熟睡しています。

1月16日(月)晴れ

 西尾先生が逝去され、多くの皆さんからお悔やみや激励のお便りを頂きました。心から御礼申し上げます。私は、一週間ほど喪に服していましたが、先生の教えの中の人生教訓を思いだして区切りをつける事にしました。
 西尾先生から教えを受けた多くの皆さんにとって、素晴らしい師を無くした事は非常に残念なことです。中でもへボを趣味にした私達にとって、特別に抜きん出た巨頭を失った事は大きな損失でもあり、今後の研究や技術の進展に支障をきたすことになりました。「今井、今度は一緒に本を出そう!お前が半分を担当しろ、共同執筆だ!」。先生は原稿用紙に数百枚を書き溜め、私は百枚にも満たない現状で、今年は頑張ろうと正月の休みにピッチをあげたところでした。
 残念です。痛恨の極みです。明日から西尾先生の「ひととなり」を紹介します。この事は、皆さんの記憶の中にも西尾先生が生き続けてくださることを願うと共に、師の功労を幅広く知って頂く一助となればと考えてのことです。

1月17日(火)晴れ

 それでは、西尾先生を偲んでその追憶を辿りたいとおもいます。極楽蜻蛉の小林さんからは、「お前が紹介しないで誰がやる」。こんな激励と叱咤を頂き、これが先生の供養であると信じて皆さんの心の中にも鮮明なる残像となって残る事を期待し、人物「西尾亮平」を紹介したいと思います。

 西尾先生と私の出合いは高校2年生の時であった。新学期を迎え新任の先生がやってくると、生徒と教師の品定めが展開する。我々生徒としては、担当する教科の先生がどの程度であり、いかに手なずけられるかを探るのが新学期最初の仕事であり、教師は教師で、いかに生徒になめられることなく学業に専念させるかが重要な課題なのである。この時、迫力負けした場合は一年間どちらかの軍門に下る事になるのだから事は重大なのである。だから最初の印象がその後の政局を大きく左右することになる。
 西尾先生は歴史の教科を担当していた。何人かいる新任教師のうち、私達が最初に受けた新任教師の授業は歴史だった。チャイムが鳴り授業時間となって、真面目もヤンチャも一応は席についた。しかし、着席はしているが所詮クソ餓鬼の集団である。静かに先生を迎える事などあろうはずもない。互いに喋りあって教室は騒然としていた。
 カツカツ、カツカツと威勢がいい靴音が廊下を響き、次第に近付いてくる。やがてガラガラッ!ガシャ〜ンと壊れた戸車の引き戸を無理矢理に開けっぱなし、物凄い形相の男が現われたのである。その容貌たるや鬼瓦の見本となるような面構えである。おまけに靴だと思ったのは皮製のスリッパで、蹄鉄でも打ってあるのかパカパカ凄い音をたてるのである。
 教育委員会は歴史の授業にギリシャの神話に出てくるケンタウルスを送り込んできたのか?...........。そうだとしたら、俺達か弱い生徒に乱暴狼藉を始めるはず!............しかしそんな空想にふける時間も与えず、カツカツと黒板にチョークで幾何学模様を書き始めたのである。チョークを黒板に叩き付けるようにして書かれたその図形は、なんとなく西尾と読める。
 突然こちらを振り向くと物凄い大声で、
 「俺はニシオダ〜!。今日から世界史を担当する」...........。
全員が今まで経験した事のない迫力と形やぶりな自己紹介に唖然としたのある。全く物凄い先制攻撃である。完全にクラスのほとんどがこの一発で完全に先生の軍門に下ってしまった。シーンと教室が静まり返ったのは言う間でも無いが、このとき
 「オウ!相手にとって不足のない奴が来たわい」
とニッタリしたやつが少なくとも2〜3人はいたのである。私がどちらの部類に入るかって?...........。そんなことはこの際どうでもいいのだ。

1月18日(水)晴れ

 私はこの時ちょっとした都合で二足の草鞋を履いていました。まあ.....この際これもどうでもいいことですから触れないでおきます。
 通常新任の先生は、自分の経歴を簡単に説明し、出席簿を読み上げて生徒の顔と照合することから始めるのですが、全く形破りな方法で挑まれてはいくら悪知恵に猛たクソ餓鬼どもでも打つ手がありません。先生はジロジロと教室を見回し、問題児の洗い出しに務めているようです。しかしそんなことは既に職員同士の伝達事項で情報を仕入れているに決まっています。先生は問題児がどの程度のレベルかを見極めているのでした。
 とは言え、こんなふうに仕掛けられてはこちらも黙ってはいられません。
 「おいっ!M!ションベンに行ってこい」。
 言葉には出さずとも、悪餓鬼は目で会話ができるのです。隣の席のMはすかさず手を挙げると、
 「先生!ちょっと小便に行ってくる」。
 流石にこの言葉には西尾先生も口を開けています。最初の一撃、つまりライオンの雄叫びを小羊どもに浴びせたなら、きっと草むらに隠れて身を小さくして俺の軍門に下ると踏んだ計画が全く通用しないのですから仕方がないことです。先生はこの方法で今まで赴任した学校の生徒をスムーズに授業に引き込んできたのでしょう。悪餓鬼共は、ヤッタぜ、これで流れは変わったと心の中で小躍りしたのですが、ところがどっこい敵はあなどれない猛者でした。
 「こらッ!トイレは休憩時間に済ませておけ!。
 今回限りは認めてやるから早く行ってこい」。

 しかし今回は認めると言ったのですから、他の皆も同じように小便に行く権利が認められたわけです。次々と数人が小便に行くと言って席を立つていくと、先生の顔面は窯で焼かれた鬼瓦のように赤くなっていきました。こめかみには血管が浮き出ている気配だったと思います。これが悪餓鬼の狙いです。ここで一押しすれば通常の神経の持ち主なら逆上しないはずはありません。もちろんそこは私の出番です。いえいえそうではありません。私はただ、皆を裏切れなかったことと、自分だけ良い子になってしまうという罪悪感に支配されたことから.........ウオホン!。 ニンマリ、いえいえニッコリと微笑んで先生の顏を見ながら..............
 「オ....レ....モ!」

1月21日(土)晴れ

 こんな調子で西尾先生の新任最初の授業は終わり、次回からは教科書にそって授業をするから予習してくるようにと、捨て台詞とおもえるように吐き捨て、忙しく教室を出ていく姿は強烈な印象として残りました。私はその当時下宿生活をしていました。下宿はアパート形式にはなっていたのですが、風呂と食堂は共同で、食事は下宿のおばさんとその娘さんが作ってくれていたのです。下宿は先輩が卒業した空部屋があって、そこにはどこかの学校の教師が入室するとは聞いていました。私はクラブ活動を終えて、水しか出ないシャワーを浴び、汗くさいユニホームを着替えて自転車の前にある籠に放り込んでいると、他のクラスの悪餓鬼Yがやってきました。
 「おい!今井!今度の新任の西尾って奴、楽しみな奴らしいな〜」。
と早くも情報を仕入れにきました。
 「うんうん、しかしまだ始まったばかりでスケールがわからんなー」。
 「まあ、そのうち料理してやれ!」。
悪餓鬼どもの会話はこんな調子で、最初の出合いで舐められた先生の授業は悲惨な状況になっていたのです。自転車に二人乗りして、途中で相棒を下ろして下宿に到着すると、最初の仕事は夕飯です。
鞄を玄関に放り出して、とりあえず洗濯物を洗濯機に、ところが洗濯機の蓋をあけると汚い衣類が入っています。バカヤローがここの流儀を知らないな!。クラブ活動をやっている奴の為に、この時間の洗濯機は使用禁止なんじゃ。もちろんこの規則は俺が勝手に決めたもので、衣類を放り込んでいた人にはなんら過失はないのですが......。取りあえず付近の住民に被害を与えそうな汚染物質、産業廃棄物は窓の外に違法投棄です。代わりに自分のユニホームを洗濯機に入れて洗濯し、何喰わぬ顔をして食堂に行くと、そこにはあの.....鬼瓦が.......飯を喰っていたのです。

1月22日(日)曇時々雨

 こいつはちょっと困ったことになった!しかしここは堂々と振舞うのが得策、同じような急場はかって経験し、その対策は取得済です。わざと目線を反らして何喰わぬ風体で食卓につき、目前の料理を遮二無二食べ始めました。この時おばさんが出てきてニコニコしながら。
 「今井君、今度下宿に入った西尾先生、
  こちらは今井君です。部屋は先生の上階です」。

 いらぬお節介とはこの事です。食べている間、西尾先生の不可解な視線を無視して他人事のようにしてはいたのですが、こうなっては腹をくくるしかありません。しかし、ここであることを思いだしたのです。
 「おばさん、今夜は集会があったんじゃないかな〜。
  もう時間だよ」。

 集会は7時から、今は6時ですが、おばさんはそうだと勘違いして慌ててエプロンを外しながら廊下に出て行きました。西尾先生はこの時ばかりは完全に思いだしたようです。
 「お前はあっ!あっ!このやろ〜!」。
 この程度の攻撃をかわせないようでは悪餓鬼としては一人前ではないのです。
 「おっ!おっ!、静かに!。食事は黙ってとるのが
  この下宿のルール!喋るな!黙って食え!」。

 西尾先生も他の下宿生も口を開けてポカンとしています。そんな規則など何処にも書いてないですし、第一決まってもいないのです。当の西尾先生は私を睨み付けていますが、こちらはそれを無視して、滅茶苦茶な早飯です。こちとら早くここから出ていってやらなければならない仕事があるのです。それは........洗濯機にあった汚染物体の持ち主がほぼ確定したからにほかなりません。とにかく物凄い早さで飯をかき込みながら仕事の順序をシミュレーションです。今の洗濯機と違って、当時の洗濯機は一度洗濯水を排水し、洗濯槽に更に水をはって濯いでから、ローラーをつかって絞りきらねばならないのです。一連の段取りを決定すると時間を稼の工作をしなければなりません。
 私は、二人の下宿生に目配せして食べ終わり、椅子から立ち上がると、
 「この下宿の規則で最後に食べ終わった人が、
  皆の食器を洗ってかたずけなければなりません」。

こう言い放つて食堂から出た私に続いて、先に食事を済ませていた連中も外に出てきました。

1月24日(火)晴れ

「おいおい今井さん、あんな事言っていいのか?俺しらないっ!」。
「いいから黙って早く行けって!これからやることを見ていると
 お前達も同罪だぞ!。せめてもの情けだ!お前達は見ないでいろ!」。

 怪訝な顔つきの下宿生の尻を蹴飛ばして追いやり、食堂の窓越しに覗き込むと、西尾先生は皿を洗っています。思いつくままの嘘八百、それをまあ、疑いもしないで従うとは真っ正直そのものです。こんな状況で嘘がバレたらカンカンになって怒る事が予想されるのですが、ヤンチャ坊主のやりかたとしては、その場が凌げればそれでいいのです。そのうち怒りは徐々に消滅し最後には消えてゆくに決まっています。ですが、こんなところで手間取っているわけにはいきません。早く洗濯物を片付けて干場に干してこないと、犯行現場にいた不審者としては現行犯逮捕となる事が予想されるからです。捕まってはいけないと言うこんな正当な理由が存在するのですから、先刻窓越しに不法投棄した汚染物質を元に戻す時間は当然捻出出来ないのです。だからと言って、そのまま放置すると証拠が存在するのですから、ここは隠滅しなければなりません。ふと足元を見やると、洗濯機の前にマットが敷いてあります。これを急いで引き剥がすと窓越しに放り投げました。
 見事に成功です。マットは毒性がかなり強いと思われる違法廃棄物を巧く隠してくれたのです。モタモタしている時間はありません。物凄い形相の皿洗いが廊下に出てくるからです。逃げ足が早いのも悪餓鬼の条件、三段飛びに階段を駆け上がると、物干竿に皺も延ばさず衣類をひっかけ、急いで部屋に逃げ込みました。しかし、先生には私の面も割れてしまい、御丁寧にもおばさんが部屋まで披露してくれたのです。ですから、今夜は部屋にいることは危険きわまりない事でもあり、ちょっと夜の町をパトロールに出る事にしました。部屋の電気はつけっぱなしにして、ドアには面会謝絶の貼紙です。

1月25日(水)晴れ

 先ずは下宿の隣に住んでいる悪たれにお誘いです。通常の場合は玄関から呼び出しですが、パトロ−ルの時はちょっと勝手が違います。まあそれなりに良心がとがめると言うのか、なんと申しますか......とにかく大手をふって出かけるには後ろめたいことですから。先ずは小石を拾って二階の窓めがけて投げつけます。あまり強く投げ付けるとガッシャ〜ンとなりますし、遠慮して投げては音が聞こえないのでMが気付いてくれません。ガラスが割れない程度で、Mに聞こえるように投げるには技術がいります。しかしまあ、恐ろしいもんです。必要となればこのような職人技でもいとも簡単に修得出来るのです。もちろん今回も一回の投石でOK。静かに二階の中窓が開くとヌーッと黒い高校生離れした顔が出てきます。
 私の顔を確認するや指を立てます。親指一本が千円、両方の親指を立てると2千円です。親指一本で頷くと靴を庭に放り投げ、庭木の樫の木に飛び移って下りてきました。私の持ち金である千円とあわせると二千円です。この当時三千円もポケットに詰め込んで行けば岐阜の繁華街、柳ゲ瀬のネオン街でも結構に遊べたそうですから貨幣価値があったんですね。行き先は○○橋の橋詰めにあるトンチャン屋。「トンチャン」とは豚の臓物の事でホルモン焼きとも呼ばれるものです。早い話が焼肉屋のことです。ただここは最終到着地であって、ここに至までには寄り道して行くので時間がかかるのです。道中仲間に声をかけては行きますが、誘いを断るやつなんて一人もいません。この時も5人の優秀な悪餓鬼が集まってきました。下宿を出た時が午後7時頃、終着地到着が11時です。普通に歩けばここまで10分程度ですが、どこでヨタっていたのか未だに思い出せません。
 黒くなった暖簾を潜ると煙りが目に染みます。換気扇は音を立てて回っているのですが、焼肉の煙りを排煙するには容量が小さいのです。5人はスポーツ部に在籍する連中で、喰っても喰っても腹が減る連中です。煙りがうんぬんより、焼肉の香ばしい臭いがたまらないのです。さっそく衝立で仕切られた個室に上がり込むと無茶苦茶に注文です。軍資金は2千円だけ、つまり他の三人は無銭、図々しくそいつ等が注文すると、私とMの容赦ない蹴りがはいります。それでも注文するのですから大した根性です。鉄板に乗った焼肉はまだ食べられる状態にないのですが、カンパ〜イ!。プッハ〜となったところで、衝立の向こうから声がします。
 『どうだ一杯』。
 ビール壜が差し出されました。どこの誰だか知らないが奇特な奴がいるもんです。こんな場合は断る野暮な事はしません
 「あんがとうさん」...........
 『おいっ!。おまえら〜!』

 
「.............。ニッ..ニッ....ニシオ〜」

1月26日(木)晴れ

 差し出されたビール壜の前にコップを差し出したのはYです。決して私ではありません。私は下戸もいいとこでアルコールは全く駄目なのです。
 「オイッ!お前等飲酒しては駄目だろう!」。
 鬼瓦はニコニコしながら真剣に怒っています。しかしまあ、シャーシャーと、生徒にビールを勧めておいて質が悪いのは敵さんです。第一、私達が店に入ってきてビールを注文した段階で注意阻止するのが正当な指導なのですから、異議申し立ては当然の権利です。
 「あのね〜!。これは飲酒じゃないの!。酒じゃなくてビールなの、
  だから〜飲酒にはあてはまらないの〜」。

 「ばか言うんじゃない飲酒とは
  アルコール飲料を口にすることを意味するんじゃ!」。
 「先生、ビールを飲んだのはYだけです」。
とMの一言。そうそうYだけと頷くワル餓鬼、裏切りもいいとこです。
 「ほらほら見て、見て、こうやって注ぐと泡が出るでしょ。
  この泡と一緒にアルコールは揮発するから、これは単なる麦芽飲料、
  飲めば解るって」。

とグビッとやるY。
 「こらっ!こらっ!飲むな!」。
 慌てて阻止する敵に屁理屈の応酬。そのうちに空になって横倒しになっているビール壜は、ドサクサにまぎれて敵方の席に放り込まれいます。つまりは精算時にビール壜が敵方に積算されるというわけです。ワルは全く始末におえないのです。並みの教師ならこのあたりで校則とかを持ち出し、キャンキャン吠え立て、明日の職員会議で手柄話とするでしょうが、ここが大物鬼瓦の片鱗を感じた瞬間でした。ワルどもが辟易している校則と言う小さな社会の規則はおざなりにし、論点をずらした民法と言う日本国民が守らなければならないルールを説いてきたのです。しかも気のきいた言葉で、クソガキの心にグッと入ってくるコメントを効果を考えて喋っているのです。間違ったら暴力沙汰に出る危険性もあるのに教師という自分の立場を把握したコメントを出してくるのです。一歩も引かず堂々とした喋りはワルどもの興味を牽くに充分すぎる対応でした。
 「焼肉を喰ったら帰れ!」
 そう言って、仲間の教師と飲み始めた鬼瓦の背中に久々に出会ったビッグショットを見い出したのです。

1月28日(土)晴れ

 しかしまあシャクにさわるセンコウだな〜。折角の酒宴がだいなしじゃないか〜。ブツブツいいながら焼けこげて炭に近くなったネギまでたいらげ、何も食べる物がなくなるとワルの定期総会は終了です。
 「おい!そろそろ帰るか〜。明日は体育の授業がある最高の日だぞ〜。
 つまらん歴史の授業が無いのもこれまた結構」。
と大声で喋りあげると
 「このやろ〜早く帰れ!」。
と丁寧な返答です。丁寧な返答には丁寧な答辞が必要ですから、
 「生徒と酒席が一緒だった事は気の毒な事態だった。
  父兄には内緒にしてやるからお前達も早く帰れよ!」。

と衝立の向こうに向って減らず口をたたき、店の玄関引き戸をあけるとそこは歩道もない国道に面した場所、大型トラックが体すれすれに走り去って行きます。ふと目をやると店の霧除け庇の下には見なれた自転車が置いてあります。こいつは確か昔から下宿に置いてあった自転車..........。時刻はもうすぐ午後11時、下宿の門限はないが...........。
 「あんまり遅くなるとおばさんが心配するよな〜、W、そうだろう?」。
 
「うんうん、そうそう、それにお前、この自転車はまだ店の中にいる
  鬼瓦御一行の誰かが乗ってきたもの、このままにしとくと奴等の誰かが
  乗って帰る」。

そうだそうだ、こいつは飲酒運転という道路交通法に触れる事になる。今井お前ここは...............。
 「わかった!。お前達がそこまで鬼瓦一行を心配するなら、
  俺が乗って帰ってやろう。一日一善、一日一善」。

というわけで、この自転車は口笛を吹きながら二人乗りで下宿にお運びする事となり、本日無銭飲食の三人は早足で自転車を追い掛ける羽目になったのですが文句は言えません。このカースト制度は腕力とずる賢さから時間をかけて築き上げたもので、ゆるぎない絶対的なものですから、自転車に乗って帰れなくても従うより仕方がないのです。その後はなにもやる事がなくて、真直ぐ御帰還となり、Mを自宅まで送り届けたのですが、うっかりそこに自転車を放置して下宿に戻ってしまったのです。
 次の日の夕方、Mが目くじら立てて怒ってきました。お前が自転車を俺の家の前に置いたから、犯人が俺になってしまった。コノヤロ〜。今度の事は一応貸しにしといてやるアハハハ〜。Mは豪快に笑い飛ばしたのですが、何故か笑いがぎこちなく感じられました。俺だってこんな貸しは嫌です。そこで、鬼瓦の部屋のドアに貼紙です。自転車事件の犯人は今井です。犯行は善意から行なわれた事、聖職者の教員様に道路交通法を侵させたくなかった事など、本音で思った事とはまったく違う、思いもよらぬ事を書き連ね。最後に今夜は下宿に戻る時間が遅いか、戻らない事を書いておきました。

1月29日(日)晴れ

 私はその足で高山線に乗り岐阜へと向いました。当時はSLが走っており窓を開けていると石炭臭い煙りと、煤煙が目に入って痛かった事を思いだします。その夜は鷺山にある下宿で生活ですが、遠い親戚が経営者だったために、ここではほんの少し行動制限が余儀なくされていました。小使い銭にはそれほど不自由はしていなかったのですが、なんせ世間を勉強しろと祖父から喧しく言われていた事もあって、(※もちろんこれは言い訳)すぐさま柳ケ瀬行きのバスに飛び乗り世間勉強にお出かけです。
 制服は車中で私服に着替えてあります。用意周到です。この当時の柳ケ瀬は人の往来も激しく様々な店にお客があって、不夜城とも言える一大歓楽街でした。かなり有名なお店があって私の相棒のお姉さんがそこに務めていました。私と相棒は腹が減るとここに食事をしに来ていました。この店の反対側はキャバレーで、ド派手なお姉さん達が同じ通路を通って控え室に帰ってきます。年の頃は20〜30才ころでしょうか、ワル餓鬼の私達から見ると無茶苦茶なババ〜に見えるのです。不思議な世界の住人達を窓から顔を出してみていると、
 「おにいちゃん達おいで!寿司食べる?」。
 こんなお誘いを頂きました。おばちゃんたち(※あくまでも当時の事です)の前には豪勢な握りが大きな寿司桶に列んでいます。
 「遠慮せんでええよ食べな!」。
 女たちの香水でクッサ〜イ臭いの部屋を見回すと、ここは私達とは住む世界が違う異次元境です。相棒と顔を見合わせモジモジしていると
 「カッワイイ〜!あとからあんたたち食べてやるからね」。
 なんのことか解らないままに寿司を夢中で頬張っていると、目の前でおばちゃんたちがコスチュームを着替え始めました。目前でボインがボロ〜ン!!!。まったく目のやり場がありません。相棒も私も寿司が胸につかえてゴホンゴホンです。
 「アラッ、大変!オッパイで流し込みな」
目前に突き出されたオッパイに驚き狭い廊下を逃げ出すと、背中から大きな笑い声が追っかけて来ました。相棒のお姉さんの車で下宿まで送ってもらったのは深夜、明日は二足目のわらじをはくのです。時折相棒との話題にのぼるのですが、あの時どうしてオッパイを飲ませてもらわなかったのか残念でなりません。そして、二日後また鬼瓦の住む下宿に帰ってきました。何故だかわかりませんでしたが、無性にこの下宿に帰りたい気持ちが私の心中を支配していました。

1月30日(月)晴れ

 西尾先生の歴史の授業は週一時間程度で、その声の大きさ、独特の絵文字は興味をそそるに充分すぎるものだった。特に書体と言っていいのか、黒板に力まかせに書きなぐるトンパ文字にも似た原始文字は、時に解読するに時間を要することもあったが、この授業、なかなか生徒の心を掴んだ面白い授業で、さすがにワルガキ共もこの時間を食事の時間に変更する事はなかった。
 一ヶ月程たったある日の授業が終了するまぎわだった。鬼瓦は
 「次回は今まで教えてきた事が
  どれほど理解されているかテストをする」。

 と言い始めた。もちろん悪餓鬼共が黙っているはずがない。最初に抗議したのはブンであった。ブンとは文楽人形を省略したもので、彼の顔だちが眉毛が濃くて太く、額の面積が広くてツルンとした顔だちからそんな渾名を頂戴していた。後の話だが、ブンはトヨタ車体という会社に就職を決めていたが、ワルガキの一人がトヨタヒタイに就職が決まったのかとからかったことから、怒って決定していた就職先を変更した男である。彼は真面目な顔で
 「先生テストはこの学校の規則で学期末しか認められていない」。
 と、あきらかに嘘とわかる抗議をはじめたところ、それを皮切りにワルガキ特有の滅茶苦茶な理由をこさえて撤回を求め始めたのである。もちろん鬼瓦はそんな抗議など聞く耳を持つはずがないのである。始めは笑っていたが、次第に険悪な顔つきになってきた。
 「お前達!テストはお前達自身の為にやるもんだ、
  教師の方針に従え!」。

またまた、けたたましい蹄鉄の音を響かせて教壇を下り始めた。その顔は不快感が表れて、まるで苔むした鬼瓦、日の当たらない北側に鎮座する鬼瓦であった。下宿では自転車事件も産業廃棄物違法投棄事件も解決しないまま迷宮入りしているように思えた。しかし、これが巧妙な罠であることも考えられることから、鬼瓦と食堂で一緒になる事がないように時間差をつけて食べていたが、この日は下宿のおばさんが腕組みをして俺を待っていた。
 「今井君!先生はまだお皿洗ってるよ。本当にワルなんだから.........
  ウフフフ........。そんな規則なんてありませんってバラシたわよ!」。
 
「アチャ〜〜ッ!.................。俺はね〜。おばちゃんの手助けが
  少しでもあったらと思って......ク〜ッ....!」。
 
エライことになってきました。そして部屋に戻ると、そこには貼紙がしてありました。

 『出張御苦労様です。日時は問いませんので、
  私の部屋を訪問されたし、西尾』。

 「アダダ〜〜〜ッ!」
 この時ばかりは不思議とナスカ文明に見る原始文字もスラスラ読めたのです。

1月31日(火)雨後曇り

 いや〜どうしたもんか?、通常なら貼紙など破り捨てるか無視するかのどちらかだが、今回はなにか違うような気がするのである。妙に親密感があるようだが、貼紙に記述された文面のどこかにか鬼瓦の隠された報復感もないわけではない。
 ワル餓鬼の条件の1つとして、面倒な事、自分に都合の悪い事は後回しにして、避ける事が出来なくなったらその場で対策を考える。........つまり、死ぬまでとことん楽しむ、クヨクヨしてもキッパリと区切りをつけ、喜怒哀楽に生きる事である。だから階下の孤島、鬼ケ島への上陸は二の足を踏むのも頷けるし、すぐさま乗り込んで鬼退治を敢行する誘惑にもかられるのだ。
 諜報員のおばさん(時々裏切るが)の情報によると鬼と隣の部屋の正体不明のフランケンとは懇意で、よく部屋で飲んでいるという。もしかすると部屋には二人がいて、一斉に飛びかかられ、あわれ捕獲されることも想定される。こんな場合は隣家のMを呼んで二人でカチコミをかけるのが兵法のイロハかもしれない。しかしそんなことは卑怯な戦法だし、姑息なやつと烙印を押されるのも口惜しい。そんなことから単身で鬼ケ島に乗り込む事にした。
 先ずは精神統一である。本当は精神を統一させるような器用な事など出来はしないのだが、敵に後ろを見せる程にヤワじゃ無い。覚悟を決めると同時に。隣の部屋のTが出て来た。
 「おい!行くのか?」。
 「骨だけは拾ってくれ」。
今考えただけでも滑稽なやりとりが思いだされる。
 「目標、北緯30度50分、東経15度20分40秒、
  水深3メーター、出撃」。

 まったく嫌な野郎である。Tは階段の最下段から顔だけ出して俺が鬼が島に上陸するのを見届けている。俺は躊躇する事無く部屋の引き戸を開けっ広げると
 「入るぞ〜」。
 ところが、そこで思いもよらぬ光景を目撃してしまった。なんと鬼は一升瓶を横倒しにして本を枕に高いびきをかいていたのである。寝首をかくには願ってもないチャンスである。ぐるりと部屋を見回すと物凄い整頓がしてある。灰皿には煙草のすいがらが山のように積まれているが、他には一個も散らかっていない。一升瓶は二本揃えて横になっている。古書が読みたい順番にモザイク調に散乱...いや.陳列してある。少なくとも俺の部屋よりはいくらかましだ。