大天使様 weeds never die. 最終話
化学実験室は、静寂に包まれていた。わたししかいないんだから、当然か。
「ここで実験したのが、そもそもの始まり……。違う」
ここに集まる前から、三人は知り合いだった。クラスメートだから当然だが、そういう意味ではなくて。
「……えーと、何というのかな。三人が本当の意味で親友になったのは、いつなのか、か」
実験室をうろうろ歩き回りながら、わたしは三人の事を考えた。
三人は、猫かぶっているという共通点によって友情を深めた。お互いが猫をかぶっていると、どうして判ったのだ? 同類だったからか?」
いや、人間は獣ではない。そんな直感的な理由で知ったわけではないだろう。
「調べるべき現場は、ここではない」
わたしは、ロレンス先生にもう一度尋ねる必要があると思った。
ロレンス先生は、わたしの質問に頭を抱えた。
「三人が互いを猫かぶりだと知った経緯、ですか?」
先生は、重い口を開いた。
「焼き魚、だったんだ」
「はあ?」
なんと三人は、授業をさぼって学園裏手の雑木林で焚き火を囲んでアジのひらきをあぶって食っていたんだそうだ。正確には、焚き火していたのは史緒さんで、それを目撃した二人は自ら進んで共犯者になったらしい。
授業をさぼってまでやる事がアジの開きでは、一目で同類と判るのも当たり前だ。
「そんなの発覚したら、礼園なら一発で退学ですよ」
「ミカエル学園では、迷える子羊を導くのも大人の勤めですから」
手の掛かる生徒をあっさり切り捨てたりしないのが、ミカエルの流儀という事なのだろう。確かに、それはそれで正しい。
三人が親睦を深めた場所を知ったわたしは、早速そこを調べる事に決めた。
考えて見れば、明日でも良かったのだ。
見上げれば、紺色の空にはアンタレスが輝いていた。
「閉門までには、帰らないと」
わたしは、校舎の灯りに向かって駆け出した。
そして、一時間。既に空はネイビーブルーに変色しているというのに、わたしは林から出られないでいた。
「これは、結界?」
中に入れない結界ではなく、外に出さない結界という事か?
橙子師と連絡をとろうにも、私は携帯電話を持っていない。どの道、ミカエル学園は携帯持ち込み禁止だから、持って来れないが。
遠くの灯りだけでは心もとない。わたしは、枯れ枝を一本手に取った。
「AzoLto―――――」
枯れ枝に火が点いて、少し周囲が判るようになった。
ガサリ
何かが茂みで動いたのを、わたしは見逃さなかった。燃える枝を投げると、茂みの中から黒い塊が飛び出した。
「ダ、ダミアンジュニア?」
隠れていたのは、黒い犬だった。どうしてこんな所にいたのかと考えたが、こいつが保健所に捕まらない理由に思い当たった。
「この林が、おまえのアジトだったのね」
ジュニアはわたしの問いかけにも答えずに、一人で歩き出した。
「まてよ、もしかしたら……」
既に火の消えた枝を拾って火を点け直したわたしは、ジュニアの後を追った。
林を脱出するのに、今度は五分と掛からなかった。わたしの目の前には、レンガ作りの壁が広がっていた。
「ここは、寮の裏手?」
この一週間、わたしはここに一度も来た事は無かった。こんな所に用があるのは、ジュニアだけだろう。
林を出たのなら、もう照明はいらない。わたしは、使われなくなった焼却炉を見つけたので、その中に枝を捨てようとした。
「あれ?」
焼却炉の中には、割りと新しい感じの麻袋が入っていた。見た所、もう何年も使っていないみたいなのに。
「どういう事なの?」
わたしが中を覗き込むと、麻袋がモゾモゾと動き出した。
「生き物?」
「た、助け……」
袋の中から、女の子らしい声がした。
バキッ!
背後の音に気付いて振り返ると、ジュニアが頭を抱えて倒れ込んだ。そして、何か鉄の棒のような物を持っている男が立っていた。
男は、わたしに判らない言語でわめいていた。多分、イタリア語かスペイン語だろう。
わたしが思うに、男が殴ろうとしたのはわたしの方に違いない。偶然わたしと男の間に割り込む形で、わたしの背後に回りこんだジュニアが、わたしの身代わりになったのだ。
わたしを襲おうというのなら、わたしは容赦しない。
「AzoLto―――――!」
燃え盛る鉄拳は見事に男に命中し、男は一撃で倒された。
わたしを襲った男は、ユダという名前のイタリア人だった。彼は、十二年前に学園の生徒を誘拐した人身売買組織の一員だった男だ。
殺人でも、十五年あれば出られる日本の事。彼は数年前に出所して以来、ずっと復讐の機会を伺っていたのだそうだ。
復讐といっても、要するにまた女の子を誘拐して海外に売り飛ばすつもりだったのだが。
ユダの計画は、最初の一人を誘拐して焼却炉に隠していた所をわたしに見つかって、またも失敗したのだった。
事務所に戻ったわたしは、橙子師に事の次第を報告した。
「結局、ミカエル学園はわたしに犯人を捕まえさせたかったのでしょうか?」
「そうかもしれないな。あの三人も、事件の解決と前後してまた力を失ったそうだ」
後日、林の中を調査したが、結界の類は全く無かった。まるで、わたしを導く役目は終わったかのように。
そうそう、わたしを導くといえば、林で先導してくれたジュニアの怪我は、大した事は無かった。結果的にだが、わたしの盾になってくれたので、律儀にフライドチキンをワンケースプレゼントしてあげた。
誘拐犯を捕まえたわたしの噂は、瞬く間に学園中に広がった。今では、炎の魔女の名前を知らない者は生徒にも先生にもいない位だ。
ユダの奴も、警察に顔の火傷を聞かれた時に「炎の魔女にやられた」と答えたらしい。こうして学園に新しい伝説が刻まれたのだ。ちなみに警察発表では、わたしが燃える木の枝をユダの顔に押し付けた事になっている。
礼園からの親善大使であるわたしの活躍で、格下の学校を姉妹校にする事に難色を示していた理事の方々も考えを改めた。これで、表向きでも裏でも、わたしは役目を完璧に果たした事になる。
一学期の終業式の日は、親善大使の役目を終えたわたしが礼園に戻る日だ。
わたしを慕う沢山の生徒達が、校門でわたしを取り囲んだ。皆口々に、ミカエルを去らないで欲しいと懇願している。
好意から言っている事は判るのだが「鮮花様」とか「炎の魔女様」とか呼ばれると、どうにも背筋が痒くなってくる。
淑女にはなりたい。その気持ちに変わりは無かったが、お嬢様だけは無理だと判った。わたしには礼園がお似合いのようだ。
結局、文化祭にはまた来るという約束をして、わたしは逃げるように学園を後にした。
明日からは、夏休み。去年は、兄さんが倒れて大変だった。
また何か事件が起きる予感が、わたしにはしていた。
/大天使様・了
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