志貴、共有

 天網恢々祖にして漏らさず。
 ヒロイン全員と要領よく同時に付き合おうとした俺は、アルク達に取り囲まれてしまった。
「志貴、覚悟は出来てる? 出来てない方が、罰としては効果的なんだけど」
 アルクは、人なつっこい笑顔を俺に向けているが、その目は金色だった。
 そして、俺の周りで赤いのやら青いのやら幾つもの色が広がった。
「合体必殺技? いつの間に、そんな技を身につけたんだ?」
 君達、こんな時だけは息が合うんだね。
 最後には一切の光が差し込まなくなって、俺は黒一色に包まれた。

 目が覚めると、俺は居間のソファーで寝転んでいた。目の前に広がる景色は、いつもの天井だ。
 今のは、夢だったのだろうか?
 俺は、上半身を起こすと、右手を背もたれに掛けて立ち上がろうとした。
 ――――おかしい。確かに、今の俺の頭は壁を向いているし、視点も徐々に高くなってきている。しかし、俺の手は背もたれの感触を全然感じていない。それどころか、フカフカしたソファーや柔らかい長毛の絨毯の踏み心地も全く判らなくなっていた。
 だからといって、何も感じていないわけではなかった。着ている服の感触も判るし、裾や胸元がスースーしているのも感じている。何だ? 俺は一体、何を着ているんだ。これでは、和服みたいじゃないか。
 俺は、服を見ようとして視線を下に向けたつもりだった。だが、意に反して俺は部屋を見回した。どうした事なんだ?
 視界に鏡を捉えた俺は、それに向かって歩き出した。俺が鏡の前に立つと同時に、鏡の中のアルクが、俺に向かって微笑んだ。
 ア、アルクェイドッ!? 俺、アルクになったのか?
 アルクは、鏡の中から俺に向かって手を振り口をパクパクさせているが、俺には彼女の声が聞こえない。いや、何故かアルクの声が小さくて聞き取りにくいのだ。まるで、遠くから声がしているみたいだ。
「兄さん、お目覚めになりましたか?」
 秋葉の声が、した。鏡の端では、確かに秋葉の立ち姿が映っているのだが、不思議な事にすぐ近くから声が聞こえた。まるで、自分のすぐ口から聞こえるみたいだ。
「兄さんは、まだ気付いていないようですね。私達が、兄さんに何をしたのか」
 やっぱり、この異常はアルク達の仕業だったのか。でも、なにをされたんだ?
「わたし達ね、みんなで志貴を共有する事に決めたんだ」
「そこで問題になったのは、どうやって兄さんを分け合うかという事です」
 わ、分け合う? 俺、バラバラになっちゃったの?
「身体をバラバラにして分け合っても、志貴の頭を取り合う事になるでしょ。パーツの持ち主を認識するのは、脳だけなんだから。だからね、志貴の五感を分け合う事にしたのよ」
 ご、五感を分割?
「そうよ。だからね、わたしは志貴の視覚を貰っちゃった。人間は、情報の八割を視覚から得ているから、志貴の殆どはわたしのモノね」
 アルクは、鏡に向かって微笑んだ。吸血鬼が、鏡に映るとは思わなかった。単に、鏡の表面に具現化した映像を張っているだけかもしれないが。
 秋葉は、アルクの頭を両手で掴むと、自分の方向に首をひねらした。
「あなたに視覚を譲ったのは、兄さんに私の姿を見て欲しいからですっ! 聴覚なら、私の声も聞こえますからね!」
 秋葉、ゼロ距離で大声を上げないでくれ。凄く五月蝿いよ。
 アルクと秋葉が席に着くと、琥珀さんがティーセットをテーブルに置いた。二人がティーカップに唇を付けると、俺の口の中に、カレー味が広がった。
 これは、シエル先輩の仕業か。よりによって、味覚を先輩に奪われるなんて。もう俺はカレー意外のモノを口に出来ないんですね。
 琥珀さんはアルク、いや俺に向かって微笑んだ。
「志貴さん、楽しい事しませんか?」
 そう言うなり、琥珀さんはアルクの胸に右手を伸ばした。豊かな感触が、琥珀さんの手を伝わって俺に感じられた。そうか、琥珀さんは触覚を貰ったのか。全身を包み込んでいる感触は、和服だっのか。
「ねえ、志貴。気持ち良い? だったらわたしも手伝おうか」
 アルクは、琥珀さんの手を握ると更に強く胸に押しつけた。琥珀さんは、左手で自分の胸を揉み出した。二人の胸の感触が、俺にはとても……寒かった。琥珀さんの背後で秋葉が髪の毛を赤くしていたのだ。
「琥珀。どうしてわたしの胸を無視するのよ」
 理由なんて、誰でも判るって。琥珀さんも鏡に映るアルクも、何か言いたげな笑顔を秋葉に向けていた。
「そういう事なら、わたしにだって考えがあります」
 そう言うと秋葉は、キッチンの方に行ってしまった。一体何をしているのか、ガチャガチャと硝子や陶器がぶつかる音がする。
 そして、慌しく階段を駆け上がる足音。続いて、ドアを勢い良く開く音がした。
「あ、秋葉様?」
 翡翠の声が聞こえる。
「これでもくらいなさいっ!」
「きゃあっ!」
 うわっ! 秋葉の奴、俺、いや翡翠の鼻に酢をぶちまけやがった。翡翠がひいひい言いながらのた打ち回る音が聞こえる。嗅覚は、やっぱり翡翠が持っていたのか。
 こうなると、もう大変だ。酢の匂いはきついし、口の中はカレー味だし、秋葉の笑い声は五月蝿い。両手からは二人の胸の感触がして、胸を揉まれるのも感じていた。視界一杯には、琥珀さんがほくそえんでいた。
 もう、わけが判らない。これが夢なら醒めてくれ。

 目が醒めると、そこはいつものベッドだった。
「ははは。何だ夢だったのか」
 上半身だけ落ち上がると、ベッドの横にはレンが立っていた。
「レン? どうしたんだ?」
 悪い予感がした俺が尋ねると、レンは一言つぶやいた。
「夢……もらった」
 うわっ、こっちが夢だったのか! しかも、これはレンの夢だ。
 レンは五感とは別に俺から夢を貰ってしまったのだ。
 五感が揃っている唯一の世界も、もう俺の自由には出来ないのか。

 ここは、いつもの薄暗い路地裏。
 わたしは、ついに遠野君を手に入れた。
 魂の抜けた遠野君の身体は、吸血鬼になったわたしにとっても重たかったけど、ここまで運ぶのに苦にならなかった。
 遠野君の魂は五感と夢を分割されて、六人のものとなった。
 最後に余った肉体の処理に困った六人に、わたしが引き取ると持ちかけたのだ。
 遠野君の身体を路地裏の壁に立てかけたわたしは、遠野君の隣に座った。
 遠野君の肩に腕を回したわたしは、幸せな気分でビルに囲まれた四角い夜空を見上げた。
「遠野君、もう離さないからね」
 わたしが肩をゆすると、遠野君は黙って頷いてくれた。

「うえーん。こんなのいらないです」
 晶は、志貴の肉体人格を押しつけられていた。

終わり

味覚の一つ、辛味の正体は痛覚だそうですが、一応味覚扱いにしました。

  • 戻る