十周年記念SS・少女人形 Doll’s Dress.
少女人形 Doll’s Dress.
1
私は、ブロードブリッジでの戦いで左腕が使い物にならなくなってしまった。そこで、仕事の報酬としてトウコに義手を貰う事になったのだが……。
「おい、トウコ。そのデカブツは、何だ?」
ここは、トウコの仕事場『伽藍の洞』の一室。壁の色も判らない程暗くて、天井には裸電球が一個ぶら下がっているだけだ。私は、義手を移植する手術を受ける為にここのベッドに寝かされていた。いや、縛り付けられていた。ベッドに寝たとたん、銀色のベルトが次々とベッドの下から出現して私を拘束したのだ。
「何をしやがる、トウコ!」
「何って、義手を取り付けるにきまっているだろう?」
私の横で、計器がいくつも取り付けられたロッカー程度の大きさの銀色の箱をいじっていたトウコは、私の方を振り向いた。
「本当に、オレの義手は用意してあるんだろうな?」
「大丈夫だ。スイッチを入れれば、この装置が後は全部やってくれる。全自動義手取り付け装置がな」
トウコの言う事は、信用出来ない。こんな奴に、自分の身体をあずけなければならないとは。
「まさか、爆発したりしないだろうな」
「そんな、二十世紀のコメディみたいなお約束はしないさ。今は何世紀だと思っているんだ?」
そうトウコに言われた私は、一瞬だけ安心したが直後に気が付いた。今はまだ、一九九八年じゃないか!
「やめろ、トウコ! ぶっ飛ばすぞっ!」
私の叫び声を無視して、トウコはスイッチを入れた。
ドッカーンッ!
見事に、全自動義手取り付け装置は爆発した。天井を何層にも渡って吹き飛ばしたみたいで、私は意識を失う直前に星空を見上げていた。
私は、白い部屋で目を覚ました。着ているのは、縞模様のパジャマだ。
「ここは、病室か?」
私の知っている病院は入院したあそこだけだが、あまり病室という感じはしなかった。確かに壁は白いが、家具調度品も白い。白い洋間といった方がいいだろう。
天井を見上げると、無かった。いや、本来天井がある筈の場所のさらに向こうに天井があるのだ。
「どうなっているんだ?」
まるで、部屋の中に天井の無いもう一つの部屋があるみたいだ。
「どうやら、目が醒めたようだな」
「わっ! トウコ!」
壁の向こうから、巨大なトウコが出現した。いや、トウコが巨大なのではないな。
「もしかして、オレ」
「そうだ、小さくなった」
あっさりと、トウコは認めた。
全自動義手取り付け装置の爆発に巻き込まれた私は、左手どころか全身が使い物にならなくなったのだ。このままでは死んでしまうと慌てたトウコは、私の魂だけでも現世に留めようとした。だが、魂には入れ物がいる。
「そこで、近所のオモチャ屋まで走って人形を買って来たのだ。出来るだけおまえに似ているのを選んだつもりだぞ」
人形と言われた私が袖をめくると、そこにあったのはプラスチックの間接だった。
「お、オモチャだと? やい、トウコ。人形師なのにここには人形は無かったのかっ!」
「あることは、ある。コレで良いならな」
トウコがそう言って見せたのは、トウコそっくりの人形だった。
「いや、それはやめとく」
私が手を振ると、トウコは人形を仕舞った。
「身体の復元が終わるまで、その身体で我慢していろ」
元に戻ったら、あいつを真っ先に殺そう。そう考えていた私は、渋々承知した。
この身体のエネルギー源は何なのか判らないが、何故か腹が減った。トウコが小皿に盛った食事を、夕飯時に持って来た。
「なんだ、まだパジャマなのか?」
「あんなモノ、着られるかっ!」
純白のクローゼットを開けると、そこにはシンデレラや白雪姫が着そうなドレスしか入っていなかったのだ。
「ワゴンに乗ってた一律五百円を、まとめ買いしたんだ。着られるだけいいだろう」
「和服は無かったのかよ」
「そう言うと思って、奮発して買ってきた」
トウコが私に見せた服は、確かに和服だった。しかし、これは無いだろう。
「十二単なんて、着られるかっ!」
私は、重すぎる衣装をベッドに投げ捨てた。
「判った。そのうち浴衣か何かを探すて来るから、さっさと食え」
そう言うと、トウコは小皿(今の私には充分でかいが)を置いて部屋から出て行った。
今夜は、十二単の一番下の襦袢だけ着て寝よう。
2
次の日、いつもの事務所のソファーで眠っていると、何かが私にのしかかった。
「むぎゅう」
うめき声が聞こえたのか、私を圧迫していたモノは直ぐに取り除かれた。
「式、なのか?」
私を抑え付けていたのは、幹也の尻だった。
「は、いつ気付くかと思ったら、事務所に入って一分で式と見抜くはな。似てない人形にすれば良かったかな」
トウコは今日何本目かの煙草をくわえながら、そう言った。
「一体どうしたんだ、その格好は?」
何か、おかしい。私をテーブルに寝かせて介抱する幹也の言葉に違和感を感じた。今『姿』でなく『格好』と言わなかったか?
自分の両腕を見ると、その袖は寝る前に着ていた襦袢ではなく白いドレスだった。ソファーの方には、ベールらしき物が落ちている。これって、ウェディングドレスか?
「おい、トウコ!」
跳ね起きた私は、トウコを睨み付けた。
「いや何、折角買ってきた衣装が勿体無いと思ってな。良かったじゃないか、幹也の隣で花嫁衣裳を着られるなんて」
そう言って低く笑うトウコを見て、やっぱり殺すと決めた。
「人形でも、目が青くなるんだな。これは、発見だ」
今の私を侮ったか、トウコは余裕綽綽といった表情だった。
「甘い!」
私は、テーブルの上を全力疾走すると、事務机の淵に飛び付いた。机の上によじのぼると、三角定規をペン立てから引き抜いて再び疾走した。
トウコの目前で跳躍した私は、脇に抱えている定規をトウコの線に向かって突き立てようとした。
「私を殺すと、元の身体に戻れないぞ」
線に触れる直前で、私は三角定規を止めた。
「くっ、きたないぞトウコ」
「なんとでも、言え」
トウコの余裕の原因は、これだったか。トウコを殺すのは、身体の修復が済むまで待とう。
だから今は、半殺しにすましとこう。
「成る程、そういう事情だったのか」
トウコを窓から投げ捨てた私は、伏せたコップに座って幹也に小さくなったわけを話した。幹也は、意外に素直に事実を受け入れた。
「トウコに服を選ばせると、碌な事にならない。幹也、買い物に付き合ってくれ」
「うん、どうせ今日は仕事にならないだろうし」
「恩に着るぜ、幹也」
「それに、こういう時位しか、式は僕を頼りにしないしね」
私は、幹也に飛び付くと、そのまま肩までよじ上った。
3
人形の身でも、ウェディングドレスでは街に出る気にならない。私は、一番地味な服をクローゼットから取り出して着替えた。茶色やベージュを組み合わせたエプロンドレスみたいな服は、幹也が言うにはピンクハウスとかいうらしい。何故幹也が知っていたのかは、謎だが。
「ねえ、式」
「どうした、幹也」
「頼むから、懐に入っててくれない?」
街中で幹也は、肩に乗っている私に話しかけた。
「見晴らしがいいから、オレはここの方がいい」
そう言って、私は幹也の提案を却下した。実際、私と幹也は十センチしか違わないのに、景色がいつもと違って見える。
「でも……」
幹也と歩道ですれ違った女子高生達が、クスクスと笑いながら去って行った。
4
幹也が私を連れて来たのは、繁華街から少し離れた場所にある店だった。
「人形専門の店を調べたら、ここが一番近かったんだ。ここなら、玩具店よりも品揃えはいいから」
ブティックのようなデザインの扉をくぐると、そこには様々な大きさの人形と衣装が並んでいた。
「ほら、あのショーウインドゥ」
幹也が指した硝子の向こうには、私と同じタイプの人形が展示されていた。
「あれ、良く似合っていると思わない?」
「幹也は、あんなのが好みなのか?」
人形が着ていたのは、バニーガールだった。
5
浴衣とジャンパーだけでいいと言ったのに、幹也は色々買いこんでいた。
幹也のアパートに帰った私達は、早速着替える事にした。
「どう、おかしくないか?」
「おかしいも何も、和服にジャンパーはいつもの式と変わらないじゃないか」
そう言って、幹也は何か取り出した。
「おなじ和服でも、こういうのもあるんだけど。どう?」
幹也が取り出したのは、青い袴の巫女服だった。
「……気が向いたらな」
何か、幹也の意外な一面を垣間見たような気がする。
「あ、ちょっとまって、式。襟が裏返っているよ」
私を持ち上げた幹也は、ジャンパーの襟を正した。うなじの部分が、こそばゆい。
「に、兄さん」
「え?」
何時の間にか、鮮花が部屋に入って来ていた。どうやら私達は、ノックに気付いていなかったらしい。そういえば、今は夏休みだった。
「あ、鮮花。これは、その……」
「兄さんに、人形遊びをする趣味があるなんて、知りませんでした」
「違うんだ、鮮花。式も何か言ってくれ」
幹也の困った顔を見るのが面白くなってきたので、私は人形の振りをして黙っていた。
「人形に話しかけないで下さい。しかも、あの女の名前なんかつけて」
鮮花は、幹也の手から私を取り上げた。
「服まで、あの女の真似なんですね。あら、他にも着替えがあるんですね」
鮮花は、私の服を脱がして巫女服に着せ替えた。楽しんでないか、鮮花。
「兄さん、和服しかないんですか?」
「いや、他にもあるけど」
鮮花は、ちゃぶ台に乗っている紙袋から着替えを取り出した。それは、何かの制服らしかったが、婦警や女性自衛官とは少し違っていた。
「なんですの、この制服は?」
「海上保安庁だよ」
制服の選択がマニアックだな、幹也。鮮花は、巫女服を脱がしにかかった。
「こうして見ると、凛としてカッコイイわね。でも、こっちもいいんじゃないかしら」
次に鮮花が取り出したのは、メイド服だった。
私に着せるつもりだったのか? 幹也。
メイド服に着替えさせた私を、鮮花は幹也に向かってお辞儀させた。
「お帰りなさい、ご主人様。お風呂になさいますか? それとも、寝る?」
「鮮花、そんなの何処で憶えたんだ?」
そう言っている幹也は、顔を赤くしていた。
それから数時間、私を着せ替えてさんざん遊んだ鮮花は、満足したのか帰って行った。
アンミラの格好をした私は、幹也を睨み付けた。
「これ、みんな、私に着せたかったのか?」
「いや、あの、その……」
「甲冑」
「え?」
「あの店にあった、甲冑。あれを買ってくれたら、許す」
ちなみに、一番安いので二万円。幹也の顔色が青ざめた。
6
それから、数日が過ぎた
どうにか無事に、私はもとの身体に戻った。
ベッドで目覚めた私は、ナイフをトウコに突き付けた。
「何か、言いたい事はあるか?」
動じる事なく、トウコは煙草に火を点けた。
「楽しかっただろう」
「え?」
トウコの一言に、私は虚をつかれた。
「楽しかったんなら、いいじゃないか」
トウコは、部屋を出て行った。
一人部屋に残った私は、ベッドに横たわった人形を手に取った。
「今日は、幹也の家に寄っていくか」
甲冑だけでも、持って帰らないとな。
END
[後書き]
これは、hitoroさんが主催した『空衣装祭』という企画に投稿したSSです。
今だったら、アゾンのドールで再現可能ですね。
劇場版より昔の作品なので、式そっくりの人形が工房にあるなんて、知らなかったよ。
感想、一応待っています。
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