戦う甲冑少女達
1
俺とセイバーは、夜の新都を巡回していた。勿論これは、サーヴァントが無関係の人達に危害を加えるのを事前に食い止める為だ。
今夜は、何事もなさそうだと思ったその時だった。空の片隅の怪しい輝きが、目に入った。
空の一点を凝視する俺の肩を、セイバーが叩いた。
「シロウ、どうかしましたか?」
「ああ、公園に行くぞセイバー」
俺は、セイバーの手を引いて走り出した。
あの光は、中央公園の真上で輝いていた。そうだ、十年前のあの場所だ。あそこで、また何かが起きるというのか?
「…イヤだ」
「ん? シロウ、何か言いましたか?」
セイバーの質問には答えず、俺は光の方を指差した。さっきよりも更に輝きを増した光を見て、セイバーの顔つきも険しくなった。
「何の魔力も感じませんが、それだけに得体が知れません。シロウも注意して下さい」
セイバーの忠告に頷きはしたが、駆け足が遅くなる事は無かった。そんな俺を見かねて、セイバーが俺を追い越して、一足先に公園へと向かった。
俺達が公園に到着すると、幸いそこには誰もいなかった。
公園の上空、十メートル程度の高さだろうか。その光は、公園全体を真昼のように照らしていた。最初に見た時はビルよりも高い場所で輝いていたから、明らかに降下している。
魔力は感じられないといっても、攻撃してこないとは限らない。俺達は、木の陰から光の様子を観察していた。
「いいですか、何かあったら私が先に切り掛かりますからね。シロウはここにいて下さい」
そう言って、セイバーは右手で剣を持ち、左手で俺の肩を掴んだ。
光は次第に地面に近づいて行き、その中から何か影が出現してきた。だんだん濃くなっていく影は、最後に人間らしき姿となった。
そして影は、実体を伴った姿へと変わった。逆光でよく判らないが、何か銀色の西洋風の鎧を着ているみたいだった。こんな格好と異常な出現の仕方は、普通の人間な筈がない。
「まさか、サーヴァント?」
「ですがシロウ、私にはあれは実体のある人間に感じられます。少なくともサーヴァントではないようです」
サーヴァントでないなら、マスターの方だろうか? まさか、聖杯戦争と無関係だというのだろうか。
人影は、草むらに一歩踏み出すと、こけた。
「は?」
草の海に沈んだ人影は、起き上がらなかった。そのまま、ピクリとも動かない。
光のほうはといえば、徐々に暗くなっていき、とうとう消えてしまった。結局あれは何だったのだろう?
セイバーが、剣を構えながら慎重に倒れている人影に近づいていった。俺も、セイバーの背後から続いていく。
「あれ、この人?」
「どうしたセイバー?」
「どうやら、寝ていますよ」
「なんだって?」
確かに耳を澄ますと、風に揺られた草の音に混じって、いびきらしきものが聞こえてきた。
「この声、まさか?」
「ええ、そうみたいですね」
セイバーは人影に近づくと、顔を覗き込んだ。
「やっぱり、この人は女性です」
俺は、セイバーが抱き上げた女性の顔を、つぶさに観察した。流れるような金色の長髪と丹精でありながら可愛い顔立ちは、何となくセイバーに似て非なるものを感じさせた。
「どうしますか、シロウ?」
「そうだな、このまま放って置くわけにもいかないだろう」
「やっぱり、連れて帰るんですね」
セイバーの表情が、かすかに翳った。
「どうしたセイバー? 重いんだったら、俺が背負っていくけど」
「そんなんじゃありません! シロウは、彼女が敵だとは思わないんですか?」
「う、確かに。でも、だからといって、寒空の下に捨てるのも……」
「はあ、しょうがありませんね。判りました、彼女は私がおぶっていきます。シロウでは、いきなり背後を首を絞められかねません」
物騒な事をセイバーは言ったが、俺は反論できなかった。
「う、うう」
今まで寝ていた彼女が、突然うめき声を出した。俺とセイバーは、緊張して耳を澄ました。
「は、は、は」
彼女は、何か言いたそうだった。
「はら、へった」
「はあ?」
それだけ言うと、彼女はまた黙ってしまった。
セイバーは、呆れた表情を俺に向けた。俺もきっと、同じ顔をしているに違いない。
2
家に連れて帰った彼女は、俺が出した料理を次から次へと平らげていった。我が家の蓄えが、あっという間に底をついた。
俺達は、キッチンから嬉々とした彼女の様子を眺めていた。
「なあ、本当にセイバーの知り合いじゃないのか?」
「一体、何を根拠に尋ねているんですか!?」
セイバーは、自分はあんなに大食らいでないと言いたいようだった。
「い、いや、それは……。鎧、そうだ鎧だよ鎧。あんな甲冑姿の女性なんて、そうそういるもんじゃないだろう?」
「そうですか、それならいいんです。私は、彼女に見覚えはありません。それに、一言だけとはいえ、確かに彼女は日本語を使っていました。私の時代の西洋人とは、思えません」
セイバーのいう事も、もっともだ。それに彼女は、始めから箸を上手に扱っているし、お茶碗も手に取っている。和食を知っているのだけは、間違いない。
謎の女性が食事を終えた頃、あらかじめ呼んでいた遠坂達も居間にやって来た。
「士郎も、もの好きよね。行き倒れまで助けるなんて」
そう言って呆れている遠坂だったが、最初に彼女を見た時は遠坂もサーヴァントと間違えて臨戦態勢に入りそうだったのを、俺は見逃さなかった。
「なあ、遠坂は彼女を何者だと思う?」
「そんな事は、本人に直接確かめればよかろう。日本語は通じるのだろう?」
アーチャーが口を挟むとは思わなかったが、確かにその通りだ。俺は、お茶の乗ったお盆を持って居間に入った。
「どうやら、元気になったようだね」
「有難う、美味しかったわ。お蔭で生き返りました」
彼女は、湯飲みを受け取りながらお辞儀をした。
「あのう、あなたは何処から来たのですか?」
あまり女性の名前を尋ねた経験が無かった俺は、とりあえず出身地から聞いてみた。
「フランスよ。十五世紀の」
「ああ、フランスの人だったんですか。十五世紀というと、パリからどの位の距離が……。ええっ! 十五世紀だって?」
立ち聞きしていたキッチンの三人も、それぞれの声で悲鳴を挙げていた。それはそうだろう。本当に十五世紀から来たのなら、それは魔法の領域だ。
「十五世紀って、あなた正気なの!?」
俺を押しのけて、遠坂が彼女に詰め寄った。そんな遠坂の剣幕も気にする事なく、彼女は呑気にお茶を味わっていた。
「あっ、そうか。この時代は、タイムマシンがまだ無いのね」
更にとんでもない事を、彼女は口にした。
「タイムマシンって、十五世紀なら尚更ないでしょう!」
「そりゃそうよ。私をタイムマシンに乗せたのは、未来の科学者なんだから」
「未来の?」
その言葉を聞いて、遠坂はぶつぶつと独り言を始めた。
「そうか、百年後だろうが千年後だろうが、タイムマシンが発明されれば、全ての時代にタイムマシンは存在しえるという事よね。だから、昔の人間が科学の力で時間旅行をしてもおかしくない。それなら、タイムマシンが発明された瞬間、全ての時代で時間移動は科学の領分となってしまう。しかしそれだと……」
遠坂の思考は終わらないどうどう巡りを始めてしまったようなので、そっちは無視して俺が彼女にまた聞いてみた。
「それで、どうして今の時代に来たんですか?」
「それが、聞いてよ。タイムマシンが故障したって、ブラウン博士がいきなり手頃な時代に私を放り出したのよ。翻訳機も携帯しているとはいえ、あんまりよね」
ははあ、だから言葉も通じるのか。あの異常な出現を見ていた俺には、彼女が嘘を付いているとは思えなかった。
「でも、仕方ないか。科学者に助けられなかったなら、私は火あぶりにされていたんだから」
「火あぶり? 何をやらかしたんですか?」
「別に私のせいじゃないわよ。フランスを救っただけよ。それをイギリスに逆恨みされちゃってね」
え? それって、どっかで聞いた事があるぞ。
「あ、あのう。もしかして、あなたのお名前って……」
「名前? ジャンヌ・ダルクよ」
「ええっ!?」
俺達四人、一斉に唖然とした顔になった。
「まさか、本当にあのジャンヌ・ダルクなんですか?」
セイバーの質問に、彼女はあっさり頷いた。
「勿論よ。ビックリした?」
そりゃあビックリもするよ。でも、そうすると問題があるぞ。
「あの、ジャンヌ・ダルクさん」
「そんなにかしこまらないで。ジャンヌでいいわよ」
「ジャンヌが火あぶりから助けられたら、歴史が変わっちゃうんじゃないのか?」
「大丈夫よ、歴史上の私は、あそこで終わっているから。火あぶりさえホログラムか何かで誤魔化せば、あとはどうにでもなるわよ」
「だったら、遠坂。そうすると、ジャンヌ・ダルクは英霊にならないのか?」
「そんな事はないわよ。英霊の座は、時間軸から外れた場所なんだから。本来の時代と違う場所で死んだとしても、死後に英雄が英霊となるのは変わらないわ。ましてジャンヌ・ダルクといえば、神にも匹敵する信仰を何世紀にも渡って獲得した比類なき英雄よ。世界の方が彼女を捕らえて離さないわ」
成る程、そうすると歴史上の不都合は殆どないのか。
「私の事情は、大体判ったみたいね。他に聞きたい事はある?」
「一つ、質問がある」
今まで何も言わなかったアーチャーが、ジャンヌに話しかけた。
「火あぶりにかけられた時、どんな気分だった?」
「そうねえ、熱いし煙たいしでもう大変だったわ」
「そんな事を聞いているんじゃない。まさか、あそこから助けられるとは思っていなかったんだろう? 信じていた国に裏切られて、後悔しなかったか? 国の為、人々の為に戦った人生を、無意味だとは思わなかったのか?」
どうしてアーチャーがいつもの彼らしからぬ事を尋ねたのか気になったが、ジャンヌがどう答えるかも俺には興味深かった。
しかし、ジャンヌの方はけだるそうに大あくびをひとつすると、悪戯した時の藤ねえのようにとぼけた表情で答えた。
「別に。そんなどうでもいい理由で後悔なんてするわけないでしょ」
俺もアーチャーも、ジャンヌの答えが意外だった。
「だってそうでしょう? 私が自分で選んだ人生よ。誰よりも自分が納得出来れば、それでいいんじゃない。たとえあのまま灰になったとしても、人生をやり直したいなんて思わないわ」
ジャンヌの迷いのない回答を聞いて、アーチャーは複雑な気持ちを表情で表した。
「私が幼い時、故郷の村にイギリス軍が襲って来たわ。隠れる場所は一箇所しかなくて、しかも狭い場所だから私と姉さんの二人も隠れられなかった。私に場所を譲った姉さんは、目の前で侵略者に殺されたの。私は、何も出来なかった」
俺は、言葉を失った。似ている。ジャンヌも、自分だけが助かった経験をしていたのか。それはベッソンの映画の設定だ、なんて突っ込みは俺には出来なかった。
「タイムマシンを手に入れたけど、それでも私はあの日に戻って姉さんを助けようとは考えなかった。だって、そこから始まったわたしの人生を否定したくなかったから。それでも後悔することがあるとしたら、一つだけね」
「やっぱり、お前にも後悔する事はあるのか」
「ええ、結婚相手が見つからない事、これだけが残念だったわ」
「はあ、結婚?」
一瞬耳を疑ったが、ジャンヌは本気で言っているのだと、すぐに判った。
「いろんな時代の男達と会って結婚相手を探したい。それが今の私の人生の目的ね。だから、様々な時代の英雄達の事も調べているの」
「そんな理由で、時間旅行をするなんて」
遠坂が呆れるのも、無理はなかった。魔術師の立場で言えば、非常識な事なのだから。
「でも、中国の武将や日本の忍者、モンゴルの皇帝といった歴史上の英雄達に出会ったけど、いい男は全然いなかったわ。だって、みんな私との決闘に負けちゃったんだもん。結婚するなら、私より強い男でなくちゃ」
そう言って、ジャンヌはにっこりと笑った。
「うっ」
ジャンヌの笑顔に、俺は一瞬心を奪われそうになった。ジャンヌ・ダルクの持つカリスマを、俺はすっかり失念していたのだ。セイバーみたいに大食いで藤ねえのようにふざけた所があっても、やっぱり聖女は聖女だった。
「シロウ、何をぼんやりしてるんですか?」
「え、いや、これは……」
どうやら、ジャンヌ・ダルクに俺が見惚れていたのはバレバレみたいだった。遠坂は冷ややかな目で俺を見ているし、アーチャーは皮肉の篭った笑顔を俺に向けていた。
「そ、そういえばジャンヌは、これからどうするんだ? よかったら、うちの客間を使って貰うけど」
「なんですって? 士郎は、彼女を泊めるつもりなの?」
何とか別の話を振って誤魔化そうとしたのに、今度は遠坂が過剰反応し出した。
「だって、元々そのつもりで連れて来たんだし、彼女だって帰るに帰れないんだし……」
しどろもどろになりながらも、俺は何とか理由を並べ立てた。
「そんなにまくし立てなくてもいいわよ。どうせここは士郎の家なんだし」
確かに、いまさらジャンヌを追い出すわけにもいかない。渋々ながら、遠坂も納得してくれたようだ。
ジャンヌも、この時代にも知り合いはいるのだが(何と、女子柔道金メダリストだ)、夜中に突然押しかけるわけにはいかなかったので助かると喜んでくれた。
しかし、セイバーは流しに山積みになった食器を恨めしげに睨んでいた。どうやら明日は、朝食の前に買出しに行く必要がありそうだ。
「そういえば、凛。また大事な事を忘れていないか?」
「また? あ、名前」
そういえば、俺も自己紹介がまだだった。俺達は、順番にジャンヌに挨拶した。
「オレはアーチャーだ」
「わたしは、遠坂凛。これでも魔術師よ」
「魔術師って、ラスプーチンみたいな?」
「あんな外道と一緒にしないで!」
ジャンヌって、ラスプーチンとも知り合いなのか。
「私は、セイバーといいます」
「俺の名前は、衛宮士郎。よろしくな」
ジャンヌは一度首を傾げた後、俺に右手を差し出した。
「それじゃ、士郎って呼ぶわね」
俺も、右手を出してジャンヌと握手を交わした。彼女の手は、剣士だというのに柔らかくて暖かかった。
何か、背後のセイバーの視線が痛いのは、気のせいだと信じたい。
3
どうして、こんなに大事な事を忘れていたんだろう。桜と藤ねえに、事前にジャンヌの事を教えておくべきだったのに。
居間に入った二人が見たのは、テーブルに食器を並べるジャンヌの姿だった。勿論ジャンヌは鎧を脱いでいたが、鎧の下はレオタードみたいなボディラインの見える格好だったのだ。朝からこれは、かなり怪しい。
「妹がお世話になっています」
見知らぬ来訪者を警戒している二人の空気を察したのか、ジャンヌはすかさずセイバーの姉のふりをしてくれた。セイバーも話を合わせてくれたので、この場は事なきを得た。
今朝の朝食は、食器の音しか聞こえない程静かだった。
実は、ジャンヌが昨日のお礼だと言って朝食を作ってくれたのだ。それが意外な事に美味かった。困ってしまう程に。
洋食の腕前が上がった事を自慢していた桜は、呆然としながらも口は動かしていた。セイバーと藤ねえは、ひたすらに御代わりを繰り返した。遠坂は、まだ中華があるせいか何とか余裕を保っていた。
当のジャンヌはというと、セイバーに負けない食欲を披露しながらも、何故か庭の向こうにある建物から目を離さなかった。
「ジャンヌ、道場に興味があるのか?」
口に豚肉を頬張ったまま、ジャンヌは首を縦に振った。やっぱりジャンヌも武道家なんだなあと思ったら、彼女は突然豚肉を飲み込んだ。
「士郎、食事の後に道場に行きましょう。私と勝負しなさい」
「えっ?」
突然のジャンヌの提案に、俺は戸惑った。
「それは、いいですね。たまには違う人と手合わせすれば、新しい発見もあるでしょう」
セイバーも、ジャンヌの提案に賛同した。
「あのセイバーちゃんのお姉さんなら、かなりの腕前なんでしょうね」
藤ねえは、ジャンヌがどの位強いのか、興味があるみたいだった。
それなら俺も、ジャンヌと勝負してもいいかなと思ったのだが……。
「それで、もし士郎が勝ったら、私は士郎と結婚するの」
世界から、色が消えた。ジャンヌを除くその場にいた全員が、石像のように固まったのだ。
「あははは。みんなラスプーチンのガードみたい」
当のジャンヌは、意味不明な事を言って一人で笑っている。
「なんですってええええっ!」
最初に復活したのは、藤ねえだった。
「駄目です! まだ若過ぎます! 先生許しません!」
藤ねえは、テーブルに手をついて身を乗り出した。その剣幕が切っ掛けになって、やっと俺達も正気に戻った。
「先輩、どういう事なんですか?」
続いて桜も、俺に詰め寄った。
「良かったじゃない。聖女と結婚出来る機会なんて、滅多にないわよ」
そう言っている遠坂は、笑顔が引きつっていた。
「そ、そんな事あるわけないじゃないか。ジャンヌ、変な冗談はやめろよ」
「あら、私は本気よ。昨日も言ったでしょ? 私よりも強い男と結婚したいって」
そういえば、そんな事を言っていたような気がする。
「だから、ね。ここで衛宮士郎と会ったのも何かの縁。私の夫にふさわしい男かどうか、確かめさせて」
そう言いながら、ジャンヌは俺の首に腕を回した。周囲が殺気に満ちているというのに、ジャンヌは意に介さない。これが英雄の器というものか。
しかし、感心してばかりもいられない。人生に関わる勝負をするからには、ジャンヌは本気で闘うだろう。英雄の強さは、毎日の特訓で思い知っている。俺が痛い目を見るのは明らかだ。たとえ勝ったとしても、その時は無理やり結婚させられそうだし。
やっぱりここは、勝負を辞退するか。
「シロウと勝負したかったら、まず私を倒してからにしなさい!」
「なんだってっ?」
突然セイバーが立ち上がって、ジャンヌにスプーンを突き付けた。
「ホーッホッホ。あなたに、私を倒す事ができまして?」
決闘を申し込まれたジャンヌは、立ち上がってセイバーを見下ろした。セイバーの背はジャンヌの目線程しかなかったが、セイバーは負けじとジャンヌを睨み返した。
4
俺は、部活に行く二人を玄関で送り出した。
「ほんとうに、審判なんて出来るの?」
「大丈夫だって、藤ねえ」
「先輩、本当に大丈夫ですか?」
「心配すんなよ桜。本当にジャンヌと結婚するわけないだろう」
何度も振り返りながら屋敷を後にする二人が見えなくなるのを待って、俺は道場に向かった。
「……」
勝負といっても、竹刀を使った安全な試合だと思った俺が間違っていた。
「二人とも、その格好はなんだ?」
「シロウは、私の武装を忘れたというのですか?」
「決闘なんだから、当然でしょ?」
そう、二人とも鎧姿で道場に居たのだ。竹刀なんて持っていないのは、言うまでも無い。
「ま、待て。二人とも、道場を壊すつもりか!?」
俺は、二人の武装を解除するように説得した。
「それも、そうですね」
「いたしかた無いか」
どうやら、二人とも判ってくれたようだ。
「では、場所を変えましょう」
「昨晩の野原なんか、いいんじゃない」
全然、判っていなかった。
風がざわめいている。太陽は、冬だというのにギラギラしていた。
ここは、中央公園の広場。そう、今まさにここで決闘が始まろうとしていたのだ。ここまで来たら、俺には二人を止められない。今、俺の目の前に居るのは、強敵に出会えた事を喜ぶ二人の剣士だけだった。
遠坂とアーチャーは人払いをする為に暗躍していて、ここにはいなかった。
「このタオルが地面に落ちた瞬間から三分間戦う。二人ともいいな」
セイバーとジャンヌが同時に頷いたのを確認して、俺はタオルを投げた。
「は――――!」
「やっ!」
十メートル程度離れている立ち位置から、全く同じタイミングで二人は駆け出した。セイバーはともかく、ジャンヌは不可視の剣を警戒していないのだろうか?
もうすぐ剣と剣が交差しようとする直前、急にジャンヌがしゃがみこんだ。セイバーは、身体を捻って強引に左に曲がった。
瞬間、剣戟の音が響いた。
「何?」
二人の距離は、二メートルを越えていた。普通なら、剣を交えられる筈が無い。
刈り取られた草の葉が、広場に舞い上がっていた。草を切り裂いたジャンヌの剣は、二メートルはあるかという無数の刃が並んだムチへと姿を変えていた。
「フラッシュソードを一瞬で見破るとは、中々やるわね」
ムチは、またも一瞬でもとの剣へと姿を戻した。
「変わった武器を使うのですね」
セイバーは、ジャンヌから距離を取った。セイバーの剣が間合いのつかめない剣だとするなら、ジャンヌの剣は間合いが決まっていない剣だったのだ。間合いを悟らせない為に草むらの中からジャンヌが振り上げた剣のムチを、セイバーは直感で弾き返したのだ。
「俺だったら、あそこで終わっていたな」
セイバーが勝負を挑まなかったらと思うと、背筋が凍りそうだ。
五メートル程離れて、二人は睨み合った。この距離では、打ち合いは出来ない。このまま三分経てば引き分けだが、二人ともそれは本意ではないだろ。
セイバーの剣が唸りを挙げた。広場を走る風が勢いを増す。この風は、セイバーの剣から発せられているのだ。セイバーは、この風でジャンヌを吹き飛ばそうというのだ。
それどころか、俺まで吹き飛びそうになる。俺は地面に伏せて、必死で風に抵抗した。
「セイバーの奴、俺が目に入っていないのか?」
ジャンヌは、両足に力を込めて踏み止まっているが、最早限界だろう。そろそろ勝負がつくかと思われたその瞬間、ジャンヌの剣が赤く燃えた。
「オーラバードッ!」
剣を包む炎は、鳥の姿となってセイバーに襲い掛かった。
「なんですって?」
巻き起こる突風などものともせず、鳥は一直線に突き進んだ。全く予想外の攻撃に、セイバーの直感も僅かに遅れた。間一髪かわしたものの、右肩を翼で傷つけられたのだ。
「くっ」
肩を押さえて、セイバーは顔を一瞬歪ませた。
「オーラを分離させて攻撃するなんて、貴方は自分の命を削って武器に出来るのですね。貴方の宝具は、貴方の命そのものというわけですか」
確かにフラッシュソードは特殊な剣だったが、常人でも使用可能で宝具と呼べる代物では無かった。あのオーラバードの方が、宝具と呼べるだけの力を秘めていた。
「何を判らない事をゴチャゴチャ言ってんのよ。食らいなさい! オーラバードッ! オーラバードッ! オーラバードッ!」
信じられない事に、ジャンヌは炎の鳥を連射して来た。自分の命をエネルギー源とする技なんて、普通の人間なら一発で気絶する。セイバーの生命力でも、あんなに撃てるとは思えない。生前の英雄が、生身の身体でここまでやるとは。
「神に祝福された技、しかと見ました。ならば、こちらも宝具を使うべきですね」
セイバーの剣が、輝き出した。
「私だって、奥の手ならあるわ。ファイヤーバードッ!」
ジャンヌは、全身に炎をまとって、自らを炎の鳥に変えようとしていた。
光と炎がぶつかろうとした、まさにその瞬間。
「三分経ったぞ!」
何事も無かったかのように、広場が静まりかえった。二人の間に入ったアーチャーの一言で、二人とも一瞬で剣を鞘に収めたのだ。
「この勝負は、引き分け。二人とも、納得している?」
全力を出したいい勝負が出来たせいか、遠坂の言葉に二人とも不満も無く頷いた。
「さて、それならまずやらなければいけない事は、判るわよね?」
俺達は、遠坂の言いたい事が判っていた。それは、つまり……。
「逃げろーーーっ!」
木々は吹き飛んでるし、草原は焼けてしまったし、広場は誤魔化しようがない状態だったのだ。俺達は、一目散に公園から走り去った。こういう時だけは、霊体になれるアーチャーがうらやましい。
5
俺は結局、今日は学校に行かなかった。セイバーとジャンヌの飯を作らされたのだ。消耗した二人の回復には、軽く三日分の食料を消費させた。二人の三日分ではない。我が家の三日分だ。お蔭で、キッチンと居間を何往復もさせられた。
幸いにも、この時代のジャンヌの知り合いとは連絡がとれた。午後にも迎えに来てくれるらしい。
「藤ねえ達には、ジャンヌは帰国したと伝えておくからな」
「世話になったわね、士郎」
そう言った直後にジャンヌは、俺の耳元に唇を近づけた。
「……」
ジャンヌの囁きはか細く、俺にしか聞こえなかった。
藤ねえ達は俺が無断欠席した事を怒ったが、ジャンヌが帰ったと聞いてほっとしていた。
たった一日とはいえ、とても騒がしい出会いと別れだったなあ。晩飯時にそんな事を考えていると、遠坂が耳打ちしてきた。
「士郎、ジャンヌは別れの挨拶のついでに、何て話しかけたの?」
「そ、そんなの、遠坂に関係ないだろう」
俺は、遠坂にもセイバーにも、ジャンヌの最後の言葉は秘密にしていた。
言えるわけないだろう。「十年後の士郎に会いに行くから、私より強い男になっていてね」なんて言われた事は。
END
[後書き]
このSSは、大昔の格闘ゲーム『ワールドヒーローズ』とのクロスオーバーです。
この士郎がどのルートの士郎かというと『どのルートでもない、更にパラレルの士郎』という事で納得して下さい。あえて言うなら『○○○○○○○○○○○○○の士郎』となるでしょうか。
一応、ネタバレは避けたつもりですが、凛ルートをクリアしてから読んで下さい。
タイムマシンのパラドックス(タイムパラドックスとは別問題)は、結論が出なかったので明言をさけました。
感想をいただけたら、幸いです。