わたしとジャンヌは、アインツベルンの城に向かって飛んでいた。敵のほとんどは、地上にいるライダー達が引き受けていた。
「だけど、問題がまだあるのよね」
最初にわたしが見た二つの影は、二人とも空を飛んでいたのだ。こちらで空を飛べるのは、ジャンヌだけだ。
「それにしても、黒い天馬とはね」
二人の敵のうち、片方はマントを翼のように広げて、もう一人は天馬にまたがっていたのだ。
「馬にだって戦闘能力はあるだろうから、三体一と言えなくも無いわね」
「何言ってんのよ、二対一でしょ」
ジャンヌが、意外なことを口にした。
「期待してるわよ、凛」
そう言って聖女の笑顔を見せられると、見とれたわたしは返事が出来なくなった。
マスターなのに、サーヴァントの期待に応えなければいけない気分にさせる。これが、聖女のカリスマというものなのだろう。
「まずは、先行している天馬の方から行くわね」
わたしは、虎の子の宝石を取り出して意識を集中させた。わたしの魔法を馬の鼻面で破裂させた直後に、本命のジャンヌのオーラバードをぶつける作戦なのだ。
「食らいなさ……」
紫のマントが、いきなり目前に瞬間移動して来た。わたしたちの視界をさえぎるように広がったマントの中が輝いて、今にも攻撃してきそうだ。
「パワーグラデーションッ!」
シャルロットの剣が、一気にマントの女を切り裂いた。地上からわたし達の頭上までジャンプするとは、予想外の脚力だ。空を飛べなくとも、これなら戦い方次第では充分対空攻撃も出来る。
しかもシャルロットは、そのまま地上に落ちようとはせずに背後からマントの女を羽交い絞めにした。空中で関節技を決めるのは妙な光景だが、これで相手の戦闘手段は殆ど封じられた。
マントの破れ目から、一瞬向こう側の天馬が見えた。
「オーラバードッ!」
ジャンヌの剣から、火の鳥が出現した。巨大な目標を外すこともなく、オーラバードは天馬に命中した。
「この程度なら!」
しかし、天馬は全くひるむことなく、ジャンヌに向かって駆けて来た。
「流石は、幻想種。なかなかに頑丈ね。飛び道具であいつを撃墜するのは、エンゼルアローでもむりね」
しかし、接近するとなると、天馬だけでなく乗り手とも戦わなければならない。それはジャンヌ・ダルクといえども苦戦を強いられるだろう。
ブンッ! バキッ!
「え?」
何か、トンデモない景色が出現した。空を飛んでいるというのに、目の前に森が広がったのだ。だからといって、別に固有結界というわけではない。大量の木々が、飛んできたのだ。
「ここは、まかして下さい!」
木々の正体は、イリーナの投擲だった。黒い侍をベルドに任せたイリーナは、信じられない事に森の木を引き抜いては投げ引き抜いては投げを繰り返していたのだ。桜がここぞとばかりに令呪を使ったのだろうが、全くもって凄まじい怪力だった。
大木に続いて岩までぶつけられた天馬は、羽根を折られて墜落した。地上で待っているイリーナと、一戦
これでもう、空に邪魔者はいないだろう。
わたしとジャンヌは、悠々と城まで飛んでいった。
◇
アインツベルン城を上空から見下ろすと、そこにいたのはイリヤ達だった。
「イリヤが、二人?」
彼女が二人いるという事は、片方はディオで、もう片方は本者という事だろうか?
「いえ、二人とも違うわね」
いつもの紫の上着を着ているイリヤは、それ故に偽者と判る。そしてもう一人は、ロリブルマだった。
「どういう意味だか、凛には判る?」
ジャンヌに尋ねられたが、わたしにも推測しか出来ない。
「きっとブルマのイリヤは、違う可能性のイリヤでもあるのよ。この偽りの聖杯戦争によって、本来のイリヤと存在する可能性が重なってしまったのね。だから、ロリブルマの方は本物であって本物で無いイリヤなの」
今までわたしは、イリヤは何の目的でアベンジャーと契約したのか判らなかった。しかし、今のイリヤのロリブルマの姿を見れば、見当は大体つく。
「今の状態を維持し続けたい。それがロリブルマの願いというわけね」
その願いは理解できるが、ディオの復活を伴う願いでは叶えさせてはいけない。
「行くわよ、ジャンヌ!」
「ええ、凛!」
わたしを抱えたジャンヌは、城の屋根へと舞い降りた。
「いい加減、本当の姿に戻ったらどうなの?」
ジャンヌは、イリヤ達に向かって剣先を向けた。
紫の上着を着ているイリヤは、うっすらと笑うと背中から黒い羽根を広げた。
「ウリイィィィッ!」
鈴を転がすような美声で叫びながら、イリヤは一気にジャンヌに飛び掛った。
「スラッシュソード!」
急接近するイリヤを、ジャンヌは横なぎに払おうとした。
「無駄無駄無駄!」
右手を牙みたいな爪を生やした黒い豪腕へと変化させたイリヤは、鞭のようにしなるジャンヌの剣を易々と握った。
「ウリイッ!」
イリヤは左手も巨大化させると、ジャンヌの剣を軽々と振り回した。剣を手放すわけにはいかないジャンヌは、一緒に投げ飛ばされた。
「きゃあっ!」
屋根に叩きつけられたジャンヌは、そのまま屋根の上を転がった。
「まだだっ!」
両足を黒く巨大化させたイリヤは、空中に飛び上がった瞬間に完全にディオの姿に戻った。
うかつに空を飛べば、ジャンヌは撃墜される。どうやらジャンヌも一瞬で判断したらしく、元に戻した剣を屋根に突き立てると、落ちないように態勢を立て直して踏みとどまった。
「ジャスティスソードッ!」
空中のディオに向かって、ジャンヌは大きく跳躍した。攻防一体の構えなら、容易く迎撃される事はないだろう。
わたしだって、ただ観戦する為にここに来ているわけではない。ロリブルマに近づこうと、屋根を這って回り込もうとしていたのだ。
しかし、ロリブルマの方は傾斜のきつい城の屋根を平地のように苦も無く走っていた。
「えーい!」
わたしの遥か頭上から、ロリブルマはボディプレスを仕掛けてきた。
「きゃっ!」
頭上にヒットされたわたしは、そのまま屋根から転がり落ちた。もし無理して耐えようとしたら、首の骨を折られていたのだから、仕方が無い。
「なんとかして、被害を最小限に抑えないと」
ディオに隙を見せる事は出来ないジャンヌに、助けを求めるわけには行かない。何とかして被害を最小限にしようと、わたしは必死で壁に手を伸ばした。
「掴まれ!」
三階の窓から伸びてきた腕を、わたしは反射的に握った。一気に引き寄せられて肩が脱臼しそうなくらい痛かったが、手を離さないように必死で力を込めた。
窓から廊下へ飛び込んで転がったわたしは、葛木先生に助けられたのだとようやく判った。
「キャスターたちはディオのサーヴァントに足止めされているのでな。私の他にはランサー達しか来れなかった」
ランサーは何処にいるのかと見回すと、剣戟の音が中庭から聞こえてきた。
ランサーが、ハルバードを振り回しているメイドと切り合っていたのだ。
カレンは、もう一人のメイドを赤い布のようなものでからみ取っていた。
令呪を持たないカレンではランサーをパワーアップさせる事が出来ないからか、二人は一進一退を続けていた。
「メイド達は、どんな姿をしていようと、イリヤに従うつもりのようね」
階段から、衛宮君が息を切って走ってきた。
「遠坂、もう一度屋根に上がるぞ」
どうやら、屋根へと上る方法を見つけたらしい。衛宮君に続いて、わたしも屋根へと向かった。
◇
ジャンヌとディオの空中戦は、続いていた。
「オーラバードッ!」
「ウリィィッ!」
ジャンヌのオーラバードは、ディオの爪によって一瞬でかき消された。
ディオの隙を探そうと、何度もオーラバードを発射していたジャンヌだったが、決め手は見つからなかった。
「やはり、一人の力では無理ね」
ディオのサーヴァント達は時間稼ぎを優先する戦いを命じられているのか、イリーナ達はまだ戦っていた。
ディオの作戦によって、ジャンヌは以前の戦いのように皆で力を合わせる事は出来なかった。
「こうなると、最後に頼りになるのは、やっぱり凛なのよね」
凛が何かしてくれるのを、ジャンヌは期待していた。
◇
わたし達は、天井裏から屋根を見上げていた。
「それで、何処からロリブルマの所へ行くの?」
出入り口の無い屋根を見上げていると、葛木先生が構えを取った。
「今から屋根を上っても、相手は罠を張って待ち構えているだろう。だから、こちらへ敵を呼ぶ!」
屋根に向かって、先生の突きが炸裂した。何をするつもりなのか判ったわたしも、宝石をまとめてばらまいた。
◇
城の方から轟音が聞こえるのと、ディオの動きが鈍くなるのは、殆ど同時だった。
「今よ!」
ジャンヌは、凛が与えてくれたチャンスを逃しはしなかった。
ムチのように伸びたジャンヌの剣が、ディオに大蛇のごとく絡みついた。
◇
本者でもあり偽者でもあるイリヤを殺すのは、忍びなかった。
後から来た桜にイリヤを絡め取ってもらうと、わたし達は穴から屋根へと登った。
「あれは、まさかジャンヌなの?」
空に浮かんでいたのは、二つの太陽だった。一つは本物とするなら、もう一つはジャンヌに違いなかった。
「お別れよ、凛。私が全ての始まりだから、今ここでディオもろともリセットするわね」
ジャンヌは、ディオと一緒に天高く舞い上がった。
「ジャンヌーーーッ!」
一段と輝きを増したジャンヌは、空も森も冬木市も、全てを白い輝きの中に飲み込んだ。
自分と世界との境界も判らなくなる位に輝きに溶け込んだわたしは、悟った。
もうすぐわたしは、夢から覚めるのだと。