メ・ガ・ミ 『旅の始まり』

               /1

 ―――砂と鉄と、、、、そして廃墟の惑星。その辺境の町。
 あたしが暮らしている町。あたしが働いている町。

 この町が、大きく揺れた。
「な、なによ。なんなのよ」
 郵便局に勤めていたあたしは、手紙が整理してある棚が倒れないように必死で支えた。
 しかし……。
「だ、駄目ぇっ!」
 倒壊する棚に、あたしは押し潰されそうになった。
「ガブリエルっ!」
 浅黒いがっしりとした腕が、あたしの右腕を掴んで引っ張った。
「お、親方」
「所長と呼ばんかい!」
 そう言いながら親方は、あたしを抱えて走り出した。もうかなりな年齢の筈なのに、親方の腕は今も力強い。通りに飛び出すと、あたしの背後で何かが崩れる音がした。鉄壁平屋立ての郵便局など、地震の前では一たまりもなかったのだ。
 この日、町は地震に襲われて、多くの人々が住む家を失った。死人が出なかったのが不思議な位だ。あたしも、擦りむいた膝小僧から血が少しにじむ程度で助かった。

           ◇

 地震から、一夜開けた。あたしと親方は、郵便局の残骸を掘って手紙を発掘していた。
「親方、現金書留だけでも全部見つかって良かったですね」
「だから、親方と呼ぶのはやめろ!」
 特に貴重な品々は、地下室に保管していたのが幸いした。あたしは、郵便鞄の中に書留を全部突っ込んだ。
 住民達は、1sでも多くのお金を復興のために必要としていた。あたしは、飛べばない大鳥レクルさんに跨がって書留の配達に出発した。

 町の中は、初めて来た場所であるかのように景色が様変わりしていた。目印にしていた給水搭も風呂屋の煙突も無くなってしまい、あたしは道を何度か見失ってしまった。
 それでも、太陽が頂点に来る頃には、残りの書留は一通だけになっていた。その宛先は、特別な場所だった。
「東の発掘場か……」
 発掘場とは、失われた文明の痕跡を掘り出す場所で、掘り出された遺物は都市部では高値で売買されていた。美術品や工芸品、時には電子部品や学術書なども発掘される。
 この町も発掘場も、広大な荒野の土真ん中に点在している。
 そこは、日が落ちるまでに行って戻れるかどうかの距離にある場所だった。親方は、家族を心配している作業者達の手紙もついでに預かって来いと言って私を送った。
 この星の大地は、磁気を帯びた砂鉄が多く含まれていて、電波通信が出来ないのだ。電話線が届いていない場所は、手紙を使うしかない。

           ◇

 ガブリエル・コーネリア。これが、郵便局に勤めているあたしの名前だ。
 あたしにとって、東の発掘場は特別な場所だ。
 お父さんが若い頃にここで働いていたし、お母さんと出会ったのもここだった。それになにより、お父さんに告知天使が知らせに来た場所もここだった。
 天使さんは、あたしがもうすぐ産まれる事を、速達でお父さんに伝えに来てくれた。しかも、お父さんをお母さんが待っている病院まで『配達』してくれたのだ。
 その天使は、あたしが産まれた三日後に、機能を停止した。天使の正体は、機械人間『オートマトン』だったのだ。
 あたしが産まれる遥か以前に、戦争があった。軍の伝令用マトンだった天使さんは、戦後に郵便屋に転職して手紙を配っていたのだ。しかし、戦争の終結と共にオートマトンの製造と修理の技術までもが失われてしまった。天使さんの炉心は、延命処置される事なく火を絶やしたのだった。
 天使さんの名前は『ガブリエル』。お父さんが、天使さんへの感謝の気持ちを込めて、あたしに付けた名前だ。
 あたしが今、郵便屋をしているのも、天使さんの影響だった。あたしの何度目かの誕生日に、、親方が手紙を届けに来たのだ。その手紙はガブリエルからガブリエルへと宛てられた手紙だった。
 当時のあたしは文字が読めるようになったばかりで、手紙の内容はたどたどしかったけど、天使さんが幸せだったというのは、とてもよく判った。
 だからあたしも、手紙を運ぶ告知天使になりたいと思い、今年の十六歳になった日にこの郵便局に就職したのだ。
 今着ているキュロットスカートの仕事着も、天使さんのに出来るだけ似せてあたしが自分で仕立てたモノだった。

 久し振りの発掘場は、景色が変わっていた。
 勿論、建物がいくつか倒壊しているんだけど、何より大きく変わっていたのは、大地に大きな亀裂が走っていた事だった。
 あたしは今、この亀裂を落ちていた。
「嫌ーーーーっ!」
 レクルさんは、間一髪亀裂の直前で停止したんだけど、あたしは慣性運動に従って放り出されてしまったのだ。
 飛ばされた勢いが大きくて、亀裂の対岸に手が届きそうなのは、不幸中の幸いだった。電気工事用手袋をはめているから、そんなに怪我もしないだろう。あたしは、岩に思い切り手を突いた。
 しかし、あたしの腕力では落下を止め切れなかった。黒板を引っ掻くような音を挙げて、あたしの身体は暗闇に飲み込まれて行った。

 決して大丈夫とは言えないが、あたしはなんとか生きていた。止まらないまでも落下速度を軽減させたのも良かったが、落下地点にはソファーがあったのだ。ソファーはかなり痛みが激しくて、あたしが墜落したショックで完全に粉砕された。
「これも、過去の遺物なの?」
 親方は、あたしが荒野で遭難した時の備えとして、非常用ポーチを持たせてくれていた。この中かトーチを取り出したあたしは、周囲を見回した。
 そこは、屋敷のロビーのようだった。植物の残骸らしきものが入っている植木鉢や、テーブルの残骸が散乱していた。床の絨毯は、下の色が判らない程に汚れていた。上を見上げても、屋根は無かった。それどころか窓も壁もなく、家具調度品だけが岩の壁に囲まれた空間に存在していたのだ。
「まさか、そんな事が……」
 周囲と切り離された空間の存在を見て、誰かから聞いた伝説を思い出した。それは、発掘場の遺跡の正体は古代文明ではなく、別世界の空間の一部が壊れた積み木細工のように切り離されてこの世界に飛ばされたのだという話だった。
 それが本当かどうかは判らない。しかし、この部屋が遺跡である事は疑う余地は無かった。あたしは、部屋の中を再び見回した。すると、途中で終わっている上りの階段の陰から、二本の足が突き出ていた。それは、人間の女性の足だった。
「大丈夫ですかっ!?」
 あたしの他に遭難者がいるとは、思わなかった。瓦礫に埋もれている女性を、あたしは大急ぎで掘り出した。
 彼女は、茶色いピナフォアを着て紫の髪の毛を生やした少女だった。まるで、富豪の屋敷で働いているメイドさんみたいな格好をしているとあたしは思った。
「しっかりして下さい」
 俯せで倒れていた彼女を抱き上げたあたしは、大変な事に気が付いた。
「この人、人間じゃない」
 彼女は、オートマトンだったのだ。

           ◇

 非常用ポーチの保存食で食い繋いだあたしが救出されたのは、三日後の事だった。
 丸めた絨毯を抱えたあたしは、もう片方の手に地上から下ろされたロープを巻き付けた状態で引き上げられた。
「おまえ、それは何なんだ?」
「あ、これは皆さんに配って下さい」
 あたしは、絨毯の中から植木鉢や食器類を取り出した。救出部隊の人達は、高価な品々を手渡されて大喜びだった。
 無人のレクルさんだけが郵便局に帰って来たので、親方は何かあったと悟って町の人達の中から有志を募って、急いであたしを探しに来てくれたのだ。
 親方が、ボランティアの人達に遺物を分配している間に、あたしは絨毯に隠していたマトンを手近な麻袋に移し変えた。
 彼女は、頭部に切断されたようにくり抜かれた穴が開いていて、機能を停止させていたが、殆どのパーツはまだ動きそうだった。特に、心臓部が暖かかったのは、期待出来そうだった。
 あたしは、予てからの願いが叶うかもしれないと、期待に胸を膨らましていた。

               /2

 郵便局の地下室は、二層構造になっている。地下一階は貴重品倉庫で、封印された二階目には天使さんが眠っていた。かつては天使さんが自分をメンテナンスする為の部屋だった地下室に、十六年振りに灯りが点いた。
「目覚めて下さい、天使さん」
 親方が友達の家で寝泊まりしている間に、あたしは地下室に忍び込んでメイド姿のオートマトンを持ち込んだのだ。
「もし、炉心が生きているなら……」
 この炉心を移植させれば、天使さんは蘇るかもしれない。そう、それがあたしの願い事だった。
 あたしが郵便屋になる切っ掛けを与えてくれた天使さんと、会って話がしたかったのだ。そして、出来るなら一緒に配達の仕事もしたかったのだ。
 その日を夢見て、あたしは密かに工学を勉強していた。殆どの技術は失われていて、あたしには精々解体と組み立てしか出来なかったけど、これが最初で最後のチャンスなのは明らかだった。このマトンの炉心が生きている間に、やるしかないのだ。
 新しい電気工事用手袋をはめたあたしは、慎重に天使さんとオートマトンを解体した。
「このマトン、Mech−Hisuiっていう名前なんだ」
 パーツに刻印されていた名前に、あたしは首をかしげた。マトンなら当然メカだろうに、どうしてわざわざメカと呼ぶのか?
 このオートマトンは、過去の遺物なだけあって、内部構造が天使さんと大きく異なっていた。必要な部分だけ交換するなんて、あたしには無理だった。結局、外装と電子頭脳以外はほぼ全部交換してしまった。
 全ての作業が終わったのは、朝になった頃だった。あたしは、喜々として天使さんを起動させた。

           ◇

 誰かが、誰かを呼んでいた。
「天使さん。起きなさいよ、天使さん」
 誰が呼んでいるのか知らないが『天使さん』は早く起きてほしい。そうでないと、五月蠅くてかなわない。私は、眠いのだ。
 でも、私はどうして寝てるんだろう? どうして眠いと感じるんだろう?
 もう駄目、考えるのがつらい。やっぱり寝ていよう。
「あたしよ、ガブリエルよ。天使さん」
 え、ガブリエル? それは、私の名前よ。
 私は、ガバッと起き上がった。
「天使って、誰よっ!」
 私が目覚めると、そこには一人の少女が立っていた。少女は、私の作業着に似た格好をしていて、丸っこいマナコは掛けている眼鏡と同心円を描いていた。
「目覚めたんですね。良かった……」
 涙をたたえていた少女の瞳から、涙が一筋流れ落ちた。
「お早うございます、天使さん」
 少女は、私に向かってそう挨拶した。え、天使って私の事なの?
 彼女は、私の手を取った。
「あたし、ガブリエルっていうんです。天使さんから貰った名前なんですよ」
 少女は、早口でまくしたてた。私はと言えば、どうして景色が白黒に見えるのかと自己解析していた。その過程で、私の中に私の知らない情報が沢山混じっているのが、感じられた。
 その一つが、私の意思と関係無く作動し出した。
『TARGET LOCKON』
「え?」
 突然景色が真っ赤に染まり、少女の顔に十字の模様が浮かんだ。戦闘用オートマトンを知っている私は、これが何なのかすぐに判った。
「だ、駄目、やめてよ!」
『RELEASE IMPOSSIBLE』
 私の願いを、私の身体は聞き入れなかった。こうなったら、もう残された手段は一つしかない。
「えい!」
 私は、自分で自分の横っ面を、思い切り叩いた。
 その瞬間、私の景色は真っ白に変わった。

 天使さんが意味の通じない言葉を叫んだときは、目覚めたばかりだからだろうと思っていた。だけど、次の天使さんの行動には、あたしはビックリした。
 何を思ったか、天使さんが突然自分の顔を殴ったのだ。更に驚いたのは、次だった。
 殴られて横を向いた天使さんの両目が突然光り出して、ビームが発射されたのだ。
 天使さんの目から発射されたビームは、壁の工具棚を夏場のチョコレートのように簡単に溶かしてしまった。
 目からビームを出しながら、天使さんの首が回った。今度は、こっちを向くつもりだ。
 天使さんは、今度は自分の頭を両手で鷲掴みにして、必死で頭の回転を止めようとした。無理やり別方向を向こうとした天使さんの顔は、今度は天井を見上げた。ビームは、まだ止まらない。
 天井に向けられたビームは、この階だけでなく地下一階の天井まで大きな穴を開け、空まで届きそうな程の輝きを発して、やっと止まった。

               /3

 ここは、町外れのプレハブ小屋。当面の臨時郵便局だ。
「この、大莫迦者!」
 あたしの前で親方が、机を思い切り叩いた。手紙を掘り出しに来たら、地面に大穴が開いていたのだから、親方もビックリした筈だ。
「俺は、こんな事をさせる為に、おまえを雇ったんじゃない! おまえなら、あいつにも劣らない郵便屋になれると思ったんだっ!」
 そのあいつは、今はここにはいない。天使さんは、自分が戦闘用マトンになってしまったショックで、地下室に引き籠もっているのだ。内蔵兵器を自己制御出来ないので、今度会ったら殺してしまうかもしれないと、あたし達を部屋に入れさせないでいた。
「ご、ごめんなさい」
 メイドスタイルに騙され、富豪用の個人所有のマトンと決め付けたあたしがいけなかったのだ。
「あたしは只、天使さんに会いたかっただけなのに。こんな事になるなんて……」
 あれ、なんだろう。どうして景色がこんなに曇って、歪んでいるんだろう?
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 ああ、そうか。あたしは、泣いていたのだ。あたしは、まだはめたままだった手袋で、涙を拭いた。
 親方は、困った顔をしながら、あたしに命令した。
「ガブリエル。あいつの所にこいつを届けてくれ」
 親方が机に置いたのは、古い手紙の束だった。宛先は、ガブリエルとなっている。間違いない、天使さん宛ての手紙だ。
「ガブリエルが眠りに就いた後に届いた手紙だ。これを読めば、あいつも元気が出るだろう」
 親方の言葉で、あたしも元気づけられた。
「ありがとうございます、親方」
「所長と呼ばんか!」
 天井の穴は、まだ塞がっていない。そこからなら、地下室に手紙を届けられた。あたしは、早速天使さんのもとへと駆け出した。

           ◇

 あたしは、地下一階の穴から天使さんを見下ろした。
「天使さん、起きていますか?」
 返事はない。
 天使さんは、部屋の片隅で丸まっていた。あんな惨めな姿を見たくて、あたしは天使さんを生き返らしたんじゃない。
 罪悪感に怯んだあたしだったが、手紙の事は忘れてはいない。
「天使さん、今からそちらに行きますね」
 あたしは、穴から頭を出した。
「来ちゃ駄目! また、ビームが出ちゃう」
 こちらを向かないまま、天使さんは返事をした。
「私は、天使何かじゃ無い。只のオートマトン、ガブリエルよ」
「……。あたしも、ガブリエルなんですよ」
「え?」
 俯いていた天使さんの頭が、僅かに上を向いた。
「あたしは、ガブリエル・コーネリアって言います。あたしのお父さん、覚えています?」「コーネリア、さん……。私が、最後に運んだ人、ですか?」
「良かった。覚えててくれたんですね。そうです、あの時産まれたのが、あたしなんです。お父さん、お母さんの出産に間に合った事を感謝して、あたしに天使さんの名前をつけたんです。もう、あれから十六年たっっているんです」
 あたしは、手紙の束を持って。穴から飛び下りた。
「ほら、皆さんも天使さんにこんなに感謝しているんですよ」
 手紙の束を、あたしは天使さんの横に置いた。天使さんは、手探りで手紙を拾うと、あたしから隠すように手紙を束に抱き込んだ。
「あなたが、コーネリアさんの赤ちゃんだったんですね。私も、会いたいと思っていました」
 その一言が、あたしは嬉しかった。天使さんは、こっちを振り向かないけど、あたしの願いの一つは、今やっと叶ったんだ。

           ◇

 あたしは、黙々と手紙を読んでいる天使さんを黙って見守っていた。すると突然、地下室が大きく揺れた。
「何? また地震?」
 あたしは、天使さんにまた来るからと言って、地上に一度戻る事にした。

             ◇

 最後に手紙を読んだのは、私にとっては昨日の事みたいだった。
 でも、目の前の手紙の束は、確かに月日の流れを私に教えていた。一番新しい手紙は、ガブリエルからガブリエルに送られた手紙の返事だった。その日付は、十年以上も昔だった。
「私の手紙、あの娘が受け取ったんだ」
 彼女もまたガブリエルだから、所長が気を利かせたのだろう。
 私宛ての手紙の返事には、最後に『あたしもおおきくなったらゆうびんやになりたいです』と書いてあった。
「そうか、私があの娘を郵便屋にしたのね」
 私は、久し振りに笑顔になった。私が元気にならないと、彼女も笑顔になれない。それに、手紙がまた読めるのはやはり嬉しい。あの娘には、お礼を言わないと。
「大変です、天使さん!」
「……。ガブリエル、、ちゃん?」
 一瞬迷ったが、私は彼女をそう呼んだ。
「何者かが、町を壊して回っています! 天使さんも、逃げて下さい!」
 さっきの地震みたいなのも、そいつのせいなのだろうか? でも、ガブリエルちゃんの言い方は、大事な事を避けているようで、どこか引っ掛かった。
「ガブリエルちゃん、穴から離れて」
 そう言って振り返ると、穴からは人影は見えなかった。私は、空に向けてレーザー通信を送った。
「監視衛星■ZAFKIEL■へリンク」
 ザフキエルは、まだ生きていた。衛星からの情報を元に、私は町の中を見回した。
 もうもうと立ち込める黒煙の中に、彼女はいた。
「彼女は、メカ翡翠?」
 髪の毛が緑色である事以外、彼女は私のパーツとなったオートマトンにそっくりだったのだ。
 ガブリエルちゃんが隠していたのは、この事だったのだ。
 メカ翡翠は、量産されていた。その中の一人が、突然目覚めて暴れていたのだ。
「今のこの星に、戦闘用マトンに勝てる兵器は、無い」
 このままでは、私を受け入れてくれた町が廃墟と化してしまう。
 凄惨な破壊の現場を見て、私は自分のやるべき事が判った。

 穴の中から光線が伸びた時は、一瞬またビームが出たのかと思った。でも、恐る恐る穴を覗くと、天使さんの目は閉じられていて、光は額の宝石のような赤い飾りから出ていた。きっと、電波が使えないこの星の数少ない通信手段の一つ、レーザー通信なのだろう。
 光線の明るさが段々弱まって、途切れて終うと、天使さんが目を閉じたまま話し掛けてきた。
「ガブリエルちゃん、お願いがあります」
「何ですか、天使さん?」
「今の私では、メカ翡翠の武器をコントロール出来ません。ですから、あのメカ翡翠から、電子頭脳を私に移植して下さい」
 天使さんの提案に、あたしは顔を曇らせた。
「そんな事したら、天使さんが頭脳まで戦闘用マトンに乗っ取られてしまう」
「大丈夫です。私は、そんな事では消えたりしません」
 天使さんはそう言ったけど、あたしはやっぱり賛成出来ない。
「それで、いいのだな。ガブリエル」
 あたしの背後から、親方の声がした。きっと、全然戻って来ないあたし達が心配で、迎えにきたのだろう。親方の言うガブリエルは、勿論天使さんの方だ。
「はい、構いません。所長さん」
「おまえは、言い出したら聞かない所があったからな」
 そう言って親方は、穴から飛び下りた。あたしも、親方に続いて再び地下室に入って行った。

 長い時間が経ったように思ったが、実際には一時間しか過ぎていなかった。
 今、目の前には天使さんと、メカ翡翠の残骸が並んで横たわっていた。
「起動させるぞ」
 親方は、天使さんを再び目覚めさせようとした。しかし、何故か親方はあたしにピストルを手渡した。
「もし、ガブリエルが戦闘用マトンに頭脳を乗っ取られていたなら、俺達で楽にしてやるんだ」
 親方も、散弾銃を構えて天使さんの覚醒を待った。そんなこと、絶対に起きないでほしい。親方も、つらいのだとは判っていたけど。
 天使さんは、手術台から上半身だけを起こして、あたし達の方を向いた。
「私は……。メカ翡翠」
 やっぱり、駄目だったの? 親方の銃口が、天使さんに向けられようとした。
「駄目っ!」
 あたしは、散弾銃に飛び掛かった。
「ガブリエル……、ミクスチャー」
 天使さんの言葉は、まだ続いていた。あたし達は、耳を済まして続きを待った。
「私は『MEch−Hisui GAbrierl MIxture』。『メ・ガ・ミ』です」
 そう言うと、天使さんはにっこりと微笑んだ。
「ガブリエル、おまえ……」
「お早うございます、所長」
 天使さんは、手術台から降りて親方にお辞儀をした。
「これから私は、彼女を止めに行かなければ、いけません」
 そう言って、天使さんは穴を飛び越えて空高く舞い上がった。あたし達では、天使さんに追いつけない。

               /4

 私は、メカ翡翠が暴れている現場へと着地した。ここまで、僅か三歩。私の身体は、明らかにパワーアップしていた。
 既に、夕方になっていた。皆避難したらしく、辺りには人影らしきものは無かった。緑の髪のメカ翡翠は、私に気が付くと突進してきた。まるで、目に付くものは、全て破壊しないといけないみたいに。
「もう、これ以上何も壊させない」
 メカ翡翠が、私に向かって右手を突き出して来た。私は、すかさずジャンプした。一瞬まで私がいた場所で炎が燃え盛る。彼女は、腕に火炎放射器が内蔵されているのだ。
 私は、空中で体内から武器を取り出した。落下しながら、大型火炎放射器を発射する。両腕を広げて攻撃を受け止めようとしたメカ翡翠だったが、私は着地と同時にしゃがみ込んでメカ翡翠の足を掴んだ。
「今だ!」
 私の両手には、電極が内蔵されている。高圧電流を流されたメカ翡翠は、全身が痺れて倒れ込んだ。
 メカ翡翠が立ち上がろうとした瞬間、私は腕からミサイルを発射した。メカ翡翠も、ミサイルを発射して迎え撃つ。
 二つのミサイルは、空中で激突して爆発四散した。その間に、メカ翡翠は素早く後ずさった。
「それなら、これでどう!」
 今度は、目からビームを発射する。メカ翡翠は、防御しきれずにビームで胸を射抜かれた。
「これで、とどめよ!」
 私は、チェーンソーを体内から取り出すと、メカ翡翠に向かって駆け出した。あお向けで倒れたままのメカ翡翠は、紺色に陰る空を見上げながら、唇を振るわせた。
「シキサマ……」
「え?」
 私は、チェーンソーを振り上げたまま足を止めた。
「シキサマ……。ネエサン……」
 メカ翡翠は、うわ言の様に呟き続けた。チェーンソーを納めた私は、無防備な状態で、メカ翡翠に歩み寄った。
「あなたは、泣いているんですか?」
 もう、何も聞こえないのか、私の質問にメカ翡翠は答えなかった。
「この世界に、あなたの事を知っている人は、もういません。寂しくて、悲しくて、ずっとさ迷っていたんですね」
 メカ翡翠の傍らまで近付いた私は、彼女の顔を覗き込んだ。
「あなたも、戦う為に生まれたけれど、戦いたくて生まれたんじゃないんですよね」
 私は、メカ翡翠の手を握ると、彼女を持ち上げて抱き上げた。
「私と、同じなんですよね。あなたも、私と一緒になって下さい」
 目から出る光線の出力を絞った私は、メカ翡翠の頭の装甲だけを削ぎ落とした。剥き出しになった回路に、そっと手を伸ばした。
 これは、メカ翡翠にもガブリエルにも出来ない、メガミだけが出来る新しい私の能力だ。
 私が、新しい自分が入ってくるのを感じるのと同時に、メカ翡翠は瞼を閉じて動かなくなった。

               /5

 メカ翡翠を、誰にも判らない荒野の片隅に葬った私は、臨時郵便局に帰って来た。ここは、初めて来た場所だけど、やはり私にとってここは帰るべき場所なのだ。
 ドアを開けたとたんに、ガブリエルちゃんが私に抱き付いて来た。
「お帰りなさい、天使さん。あ、これからはメガミさんなのかな」
「私は、今でもガブリエルの記憶があります。好きに呼んでいいです。それに、ガブリエルちゃんに天使って呼ばれるの、そんなに悪い気はしないです」
 私の言葉に気を良くしたのか、ガブリエルちゃんは私の手を取ってはしゃぎ出した。
「ね、ね。それじゃあ、これからもずっと天使さんと一緒に郵便局で働けるんですよね」
 今にも踊り出しそうな程に喜んでいるガブリエルちゃんだったけど、もう私は決めていた事があった。ガブリエルちゃんの肩に手を乗せて静かに横に押し出すと、私は所長に向き直った。
「所長、お願いがあります」
「ん、どうしたんだガブリエル?」
「私、旅に出たいんです」
 ガブリエルちゃんは、私の言葉を聞いて目を丸くした。
「え、え? どうしてなの、天使さん? 郵便屋をやりたくないの?」
 今にも泣きそうな目をしながら、ガブリエルちゃんは私の肩を掴んで揺すった。
「私は、この仕事に誇りを持っていますし、出来るならこれからも郵便屋でいたいです」
「だったら、どうしてっ?」
「聞いて、ガブリエルちゃん。メカ翡翠は、私と町で暴れていた二人だけじゃあないの。監視衛星で確認した結果、判っているだけでも十三人のメカ翡翠を確認出来たの。残りのメカ翡翠は十一人。私は、メカ翡翠に苦しんでいる人達も、帰る場所の無いメカ翡翠達も助けたいんです」
 私は、所長に向かって頭を下げた。
「お願いです、行かせて下さい。所長」
 所長は、私の後頭部を軽く叩いた。
「どうせ、止めても聞くおまえさんじゃあ無い。好きにしろ」
「所長……。有難う御座います!」
 私は、泣き笑いしながら、所長に感謝した。
「行ってしまうんですね、天使さん」
 ガブリエルちゃんは、既に泣いていた。私は、彼女の頭を抱えるように抱き締めた。
「必ず、帰ってくるからね。そうしたら、一緒に郵便屋をやろうね。ガブリエルちゃん」
 私の胸の中で、ガブリエルちゃんはウンウン頷いていた。

           ◇

 もうすぐ、夜が明けようとしていた。まだ暗い空の下を、私は歩いていた。
「ごめんね、ガブリエルちゃん」
 これ以上一緒にいると別れが辛くなるから、私は彼女が寝ている間に町を出る事にしたのだ。

 町の外れで、あたしはレクルさんに跨がって、天使さんを待っていた。
「ビックリするかな、天使さん」
 既に、親方の了解は取ってある。あたしは、天使さんと一緒に旅をするつもりだ。

               /6

 早く旅を終わらせて、この町に帰ってくるからね。

end

[後書き]
今日は、練馬です。
このSSは、『月姫読本』のヒロイン(?)ガブリエルとメカ翡翠の物語です。
続きを読みたいという奇特な人がいましたら、どうか読んだ感想を下さい。

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