メ・ガ・ミ3
メ・ガ・ミ goclenius 『思い出の館』
/1
―――砂と鉄と、、、、そして廃墟の惑星。
その辺境の荒野を、あたし達は飛べない大鳥レクルさんに乗って荒野を横断していた。
「次の町には、正午までには着きますよ。天使さん」
前の町を出て一週間。ここまでは、あたし達の旅は何事も無く順調に来ていた。天使さんが、今も歩けない事を除いては。
副座の鞍の後部に座っていた天使さんは、進行方向に向かって目を細めた。ズームアップしているのだろう。
「止まって下さい、ガブリエルちゃん」
「え?」
「町が燃えているんです。大きな煙が地平線の向こうから昇っています」
人間のあたしでは、どんなに目を凝らしても煙は見えなかった。
「様子を確かめて見ます。監視衛星■ZAFKIEL■へリンク」
天使さんは目を閉じると、額の宝石のような赤い飾りから空に向けて光線が伸びた。電波が使えないこの星の数少ない通信手段の一つ、レーザー通信を使っているのだ。
光線の明るさが段々と弱まって、通信が終わると、天使さんが目を開けて話し掛けてきた。
「町が大変な事になっています。私が止めに行かないと」
天使さんがそう言うという事は、考えられる事は一つだ。あたしは、レクルさんの脇腹を踵で叩いて急停止させた。
「出たんですね。メカ翡翠が」
あたしの言葉に頷いた天使さんは、真っ赤な羽根の付いたロケットエンジンを背負って垂直に離陸した。あたしの背後から大空向かって、白煙が轟音と共に立ち昇った。
天使さんは、人間ではなかった。勿論、本当の天使というわけでもない。天使さんの正体は、機械人間『オートマトン』なのだ。
「天使さん、負けないで」
青空に描かれた白い線を見上げながら、あたしは天使さんの戦いの終わる日が来る事を願った。
◇
あたしが産まれる遥か以前に、戦争があった。軍の伝令用マトンだった天使さんは、戦後に郵便屋に転職して手紙を配っていたのだ。しかし、戦争の終結と共にオートマトンの製造と修理の技術までもが失われてしまった。天使さんの炉心は、延命処置される事なく火を絶やしたのだった。
生前、天使さんは郵便を通じて沢山の人達と知り合い、そして感謝された。あたしのお父さんも、その中の一人だ。
あたしの名前はガブリエル・コーネリア。天使さんの名前も『ガブリエル』。お父さんは、天使さんへの感謝の気持ちを込めた名前をあたしにつけたのだ。
天使さんが眠りについて十六年。天使さんに憧れて郵便局で働くようになったあたしは、偶然発見したオートマトン『メカ翡翠』のボディを天使さんに移植した。天使さんは『メカ翡翠 ガブリエル ミクスチャー』、『メ・ガ・ミ』となって蘇えった。しかし、それは天使さんに過酷な運命を押し付けることになった。
この世界に迷い込んだメカ翡翠は、十三人いたのだ。そのうちの一人と同化した天使さんは、町で暴れ回った緑色の髪の毛のメカ翡翠から町を守る為に戦った。そして、知ったのだ。メカ翡翠達は、自分の事を知っている人がいない世界に迷い出たのが寂しかったのだと。
だから、天使さんは旅に出たのだ。残りのメカ翡翠達を救う為に。
天使さんと離れたくなかったあたしは、彼女の旅に同行する事にしたのだ。
旅に出た最初の町で、天使さんはまた一人メカ翡翠を救った。しかし、その代償は大きかった。天使さんは、両足を失ってしまったのだ。
それでも、天使さんは旅をやめようとしない。だからあたしも、どこまでも天使さんについていくつもりだった。
「あたしも、急ぎましょう」
レクルさんの脇腹を蹴ると、あたしは再び町に向けて先を急いだ。
◇
ガブリエルちゃんの背後から飛び上がった私は、鋼鉄の翼を広げて町へと直行した。
「これ以上、何も壊させない!」
町を包む炎の中に飛び込むと、そこにはメカ翡翠が破壊を続けていた。メカ翡翠の振り回す機関銃が火を噴き、家々の壁に次々と穴を空けていく。
「機関銃ですって?」
メカ翡翠の右腕から機関銃が生えているのが、私には信じられなかった。メカ翡翠にあんな武器が無いことは、私自身が一番良く知っている。
「どうして、あんな武器が?」
前の町では、戦車と合体させられたメカ翡翠と私は戦った。あの時のメカ翡翠は、軍によって兵器に改造されていた。あのメカ翡翠も、誰かに機関銃を付けられたのだろうか?
メガミである私は、メカ翡翠を超える戦闘能力がある。しかし、あの機関銃の性能は未知数であり安心は出来なかった。
「接近戦は、避けないと」
機関銃に狙いを定めると、私は目からビームを発射した。攻撃に気付いたメカ翡翠が振り向いたが、もう遅い。右肩を光線で撃ち抜かれたメカ翡翠は、大きくのけぞった。
「今です!」
相手もビームを使える。反撃する暇を与えるわけにはいかない。私は右手をメカ翡翠に向けて突き出した。手首が割れて、私の右腕からミサイルが発射された。
ミサイルを感知したメカ翡翠は、すかさず迎撃体制に入った。メカ翡翠の目から発射されたビームによって、ミサイルは四散した。
「私は、こっちですよ」
ミサイルにメカ翡翠が気を取られている間に、私はメカ翡翠の頭上に回り込んでいたのだ。真下のメカ翡翠に向けて、私は急降下した。
私には、メカ翡翠を救う手段がある。しかし、それを行うにはメカ翡翠に接触しなければいけなかった。遠距離攻撃ばかりをしているわけにはいかないのだ。
私に気が付いたメカ翡翠は、ビームもミサイルも間に合わないと判断して右手の機関銃で応戦してきた。
「そんな銃っ!」
この時、私が体内から取り出した武器は、巨大なハンマーだった。勢いに任せて振り下ろされるハンマーは、連射される機関銃の弾丸を苦もなく受け止め続けた。
ハンマーと銃身に激突した瞬間、肩を破壊されていたメカ翡翠の右腕は嫌な音を立てて弾け飛んだ。右腕を失ったメカ翡翠は、左手で肩を押さえてひざまづいた。
すかさずわたしは、ハンマーを体内に仕舞ってビームサーベルを取り出した。地上すれすれでブースターをホバリングさせながら、私はビームサーベルを振り下ろした。
「あなたももう、何も壊さなくていいんです」
出力を調整されたビームは、メカ翡翠の頭部の装甲だけを正確に切り裂いた。返す刀で、私は一瞬でメカ翡翠の胴体も切断した。
ビームサーベルを体内に仕舞うと、私はメカ翡翠の上半身を抱えて上昇した。左腕でメカ翡翠を抱えている私は、剥き出しになった回路に右手を伸ばした。
「あなたも、私と一緒になって下さい」
私の中に、メカ翡翠が入ってくるのを感じていた。腕の中のメカ翡翠は、頭を垂らして動かなくなった。また一人、メカ翡翠が救われたのだ。
「残るメカ翡翠は、あと九人・・・・・・」
これだけ町を破壊されて、住民達がメカ翡翠を憎まない筈が無かった。メカ翡翠の残った身体は、私の手で誰にも判らない場所に弔う必要があった。地面に残ったメカ翡翠の下半身を回収しようと、私はゆっくりと降下した。
突然、メカ翡翠の下半身が立ち上がった。
「え?」
メカ翡翠の下半身には、自立機能などない。何が起こったのか判らない私に向かって、下半身が跳躍してきた。私は、とっさに人差し指を突き立てて、電磁防壁を発生させた。
私の直前で翻ったメカ翡翠は、機関銃で攻撃して来た。防壁に弾丸を弾かれた下半身は、宙を舞って地面に着地した。
「まさか、あの機関銃?」
メカ翡翠の腰から生えていたのは、弾け飛んだ筈の右手だった。それが、メカ翡翠の下半身と合体していたのだ。
「あの機関銃、自分で地を這って下半身に近づいたというの? まさか、あの機関銃も鉄亜麗?」
自己判断能力を持つ機械『鉄亜麗』は、人類の創造した新しい人間のパートナーになる筈だった。
しかし、鉄亜麗は人間に不信を抱き、人間を滅ぼそうとした。
私たちオートマトンは、人類に味方して鉄亜麗を駆逐した筈だった。それが最近になって、各地で活動を再開し始めていたのだ。
私も、鉄亜麗とは前の町で戦い、両足を失ってしまった。
鉄亜麗の性能は、個々に違っている。以前私が戦った鉄亜麗は、再生能力を持つ戦車だった。この機関銃の能力は、恐らく他の機械に寄生して操る事だろう。
「あなたが、メカ翡翠の下半身を暴れさせていたのですね」
メカ翡翠の為にも、あの機関銃は破壊しなければならない。私は、鉄亜麗に向かってミサイルを二発連射した。
自分の狙撃に自信があるのか、鉄亜麗はミサイルに向かって弾丸を撃ちだした。機関銃に撃たれたミサイルは、次々と爆発していった。
「どんなに頑強でも!」
爆煙の影から飛び出した私は、機関銃がついている右手を掴んで銃口を上に向けた。
「弾丸では、これは防げません」
私の両手から、高圧電流が流された。金属である以上、この電撃を防ぐ手段はない。
必死に機関銃を空に向けて撃ち続けた鉄亜麗だったが、五分もするとその連射も弱まり、最後には至る所から煙を噴き出して沈黙した。
「はあ、何とか終わりましたね」
ゆっくりと地面に舞い降りた私は、そのまま仰向けになって寝転んだ。
ようやく追いついたのだろう。遠くから、ガブリエルちゃんが私を呼ぶ声が聞こえてきた。後は彼女に任せて、私は暫く眠る事にした。
/2
気が付くと、私がいたのは薄暗い石壁の部屋だった。そこはまるで、地下牢みたいな場所だった。
どういうわけか、私は横たわっても座ってもおらず、立ち上がった状態で目を覚ましたのだ。いや、立っているのではない。ぶら下がっていたのだ。
私の背中やうなじから、金属製のパイプやら電源ケーブルやらが何本も露出していた。それは私を戒める鎖となっていて、私は身動きが取れなくなっていた。いや、ケーブルだけのせいではない。私は全身の力が入らず、指一本動かないのだ。
部屋を見回すと、暗がりの中から人影が浮かび上がってきた。それは、赤い髪をした和服姿の女性だった。
彼女の周囲で、星々を散りばめたような光がまたたきだした。それは真空管やダイオード、計器のバックライトといった様々な科学の光だった。
女性の顔は、判らない。深くかぶった頭巾のせいで、怪しく光る琥珀色の両目しか見られないのだ。それでも私は、彼女の名前を知っているような気がした。
手に取った竹箒を私の方に突き付けながら、女性は私に語りかけた。
「あなたは、人形なんですよ。人形に、心なんて余計なものはいらないんです」
違う、私は人形なんかじゃない。そう言いたかったのに、私は言葉が出なかった。
「心さえなければ、苦しまずに済むのに。だから、人形になってしまいなさい」
そうだ、確かに私は苦しかった。戦闘用マトンに生まれ変わり、メカ翡翠と戦い続け、傷つき傷つけられた。
苦しむ心が無ければ、もう苦しまなくてすむというのも、判っていた。
それでも……。私は、苦しみたかった。
◇
私が目覚めたのは、ベッドの上だった。どうやら、ガブリエルちゃんが宿屋まで運んでくれたらしい。
「夢を、見ていたの?」
私は、夢など見ない筈だった。今まで夢を見た覚えも無い。なのに、私の頭の中には奇妙な後味が漂っていた。何があったのかまでは覚えていないが、それが夢のせいだというなら説明がつく。
「だとするなら、これはメカ翡翠の夢の筈」
無理も無いだろう。既に私と同化しているメカ翡翠は四人。メカ翡翠の記憶が、私の頭の中の殆どを占めている事になる。このままメカ翡翠と同化し続けていれば、心まで支配されてしまうのだろうか。
私は、それでもメカ翡翠と共存できる程に優しくなれるだろうか?
立て付けの悪そうなドアが、軋んだ音を立てながらゆっくりと開いた。ガブリエルちゃんが帰ってきたのだ。
「天使さん、目覚めたんだ。良かった・・・・・・」
スコップを片手に下げているガブリエルちゃんは、服の至る所に泥がついていた。どうやら、メカ翡翠を埋葬してくれたらしい。
「ガブリエルちゃん、お疲れ様」
私が微笑むと、ガブリエルちゃんは何か言いにくそうに小声で何かを呟いていた。私が眉をひそめたのを見て、ガブリエルちゃんはやっと声を大きくした。
「あ、あの。天使さん」
「駄目ですよ。メカ翡翠の足を移植するつもりは、ありません」
私に言い切られて、ガブリエルちゃんは気落ちした顔でうな垂れた。私だって、意地悪をしたいんじゃない。やっぱりガブリエルちゃんには、元気な笑顔が似合うから。
「ねえ聞いて、ガブリエルちゃん。人間だって病気や怪我をした時に、血液や身体の一部を他の人から貰う時があるよね。それは、生きていく為にどうしても必要な事だから、私も正しい事だと思う。でも、私の足をメカ翡翠から貰うのは、やっぱり臓器移植とは違うのよ。だって、メカ翡翠を救う為に戦っているのに、倒した相手から何かを貰うのは強盗みたいじゃない。だから、ちゃんとした形で新しい足が手に入るまで、ガブリエルちゃんも我慢して。ね、私からのお願い」
両手をこすり合わせて拝むような仕草で私が頼み込むと、ガブリエルちゃんの顔に笑顔が戻った。
「ふう。しょうがないですね。それじゃあ、郵便局にはあたしが行きますから、次の目的地を教えて下さい」
私から町の名前を聞くと、ガブリエルちゃんは荷物を抱えてまた部屋から出て行った
◇
あたしが天使さんと一緒に旅に出ると言い出した時、親方は反対しなかった。きっと、こうなると判っていたからだろう。それどころか、旅の間の生活費を稼ぐ方法まで助言してくれたのだ。
それは、行く先々の町まで手紙を運ぶ事だった。次の町の郵便局まで手紙を届ければ、長距離手当てを貰える。そして、その郵便局でも次の町へと届ける郵便物を預かって、また次の郵便局でも手当てを貰う。これを繰り返せば、当面の路銀を確保出来るのだ。
また、郵便物が少なくて手当てがあまり貰えなかったとしても、郵便局の人に紹介状を書いてもらえばアルバイトをより簡単に探す事が出来る。
それに、情報だって郵便局には多く集まる。何人かのメカ翡翠は、監視衛星も見失っていると天使さんは言っていた。メカ翡翠を現地で探す時に、郵便局での情報収集が役に立つ事もあるだろう。
しかし何よりも嬉しいのは、天使さんと一緒に郵便配達をするという、あたしの子供の頃からの夢が叶った事だった。
まとまったお金が手に入ったあたしは、ついでに次の町までの道のりについても局員に聞いてみた。
次の町は、山脈の向こうにある。地図で見ると山越えのルートの方が近く見えるが、山頂付近は天気が急変して嵐になる事が珍しくない危険な場所らしい。遠回りした方が安全で確実だと忠告された。
次の町への荷物を受け取ると、あたしは宿屋への帰りを急いだ。
◇
宿屋に戻るとシャワーと洗濯をして旅の汚れを洗い落としたあたしは、晩ご飯の支度を始めた。
あたし達が泊まっている宿は、木賃宿だ。だから料理は当然自分で作る。
前の町では慌ただしかったせいで、新鮮な食料を買えなかった。今夜は、野菜も果物も久しぶりに生で食べられる。それどころか、足の速い魚だって生きの良い漁れたてだ。
これというのも、あの嵐の多い山脈から豊かな水が流れてくるからだ。木賃宿にまでシャワールームがある町は、ここ位だろう。天使さんが言うには、かつてこの惑星が死んでからは有害物質を含んだ雨しか降らなかったらしい。飲み水になるような雨が降るようになったのは、鉄亜麗が惑星を改造してくれたからだ。その鉄亜麗が人類を脅かす存在になったのは、皮肉な話だ。
出来上がった晩御飯を、あたしは嬉々としてテーブルに並べた。
「え、ガブリエルちゃん?」
あたしに担ぎ上げられてテーブルの前の椅子まで運ばれた天使さんは、自分の前に並べられた皿を見て驚いた。
「天使さんも、一緒に食べましょうよ。この町では、いつもみたいに食料を大事になんて言わせませんよ」
あたしの提案を聞いて、天使さんは困った顔をした。
「だって私、オートマトンだから、食事なんて……」
「でも、人間みたいに食事の真似をする事は出来るんでしょ? 一緒に食事をすると、楽しいですよ」
微笑みながら、あたしは天使さんに顔を近付けた。でも、天使さんは困った顔で首を横に振った。
「ごめんなさい。やっぱり、私は食べられません。本当に、ごめんなさい」
涙目になりながら、何度も頭を下げる天使さんを見て、あたしはいたたまれなくなった。
「あ、頭を上げて下さい、天使さん。あたしの方こそ、無茶なお願いをしてしまって、すみません」
あたしは、天使さんの前から料理を片付けた。
久しぶりのご馳走だったのに、今晩の食事はあまり美味しくなかった。
◇
食事を終えたガブリエルちゃんは、荷物の中から鍵のような曲がった形をした金属の棒を取り出した。
「今度は、天使さんのエネルギーを充填する番ですね」
ガブリエルちゃんは、足の無い私の身体を、再びベッドまで運び直した。
上着を脱いだ私は、ベッドの上でうつぶせになった。その私の背中に、ガブリエルちゃんが棒の先端を突き刺した。
「あ、ああん」
棒が背中に刺さっる感触に、私は吐息を漏らした。
ガブリエルちゃんは、棒の曲がっている所を掴むと、手で自転車のペダルを回しているみたいに棒を回し出した。
「そう、その調子。この感じがいいの」
私の中に、熱いものがみなぎるのが感じられた。私の体内にある予備動力『ゴム巻き機構』から、エネルギーが発生しているのだ。
「うんせ、うんせ」
ガブリエルちゃんが一生懸命棒を回すと、私の中に益々エネルギーが溜まって来た。
「いい、いいのぉ」
「うん、うん、うん」
もう、ガブリエルちゃんは汗だくになっていた。
「ガブリエルちゃあんっ!」
一瞬、弾けるようにのけぞった私は、ベッドに寝転びながら息を切らした。ガブリエルちゃんも、一仕事を終えて額の汗を拭った。
「ハァ、ハァ、ハァ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
この時、私達は文字通り息を合わせていた。
疲れが取れるまで、あたしは天使さんと並んでベッドに横になっていた。
ようやくあたしの息が整った頃、天使さんがあたしに話し掛けて来た。
「ガブリエルちゃん、さっきは御免なさい」
天使さんは夕食の時の事を言っているのだと、あたしには判った。
「いいんですよ、天使さんが食べられないのに、無理なお願いをするつもりはありませんから」
「ガブリエルちゃん、これから少し私の話しを聞いて下さい。それは、私が郵便局に努め出して間もない頃の事です」
天使さんが話し出したのは、あたしがまだ生まれてもいない昔の出来事だった。
「いつものように配達をしていた私が最後に郵便を届けたおうちでは、女の子が一人で留守番していました。お庭で人形とママゴト遊びをしていた彼女は、私を見付けて一緒に遊ぼうと誘ってくれました」
「天使さん、一緒に遊んだんですね」
「ええ、卓袱台の前に座ると、女の子は私の前に泥団子を並べて召し上がれって言ったんです」
「もしかして、天使さんは食べたんですか?」
「ええ。女の子に笑顔で薦められた私は、断り切れなくて泥団子を口にしたんです。泥を食べても、別に私は平気ですから。女の子にお味はどうかと聞かれた時も、美味しいですと答えてしまいました」
それは、優しい天使さんらしい対応だとと思った。でも、天使さんの顔はとても哀しげだった。
「私のした事は、間違っていました。その晩、女の子は腹痛で緊急入院しました。私が帰った後、女の子は自分で作った泥団子を食べてしまってたんです。私が、女の子の前で泥団子を美味しそうに食べたのが、間違いだったから」
うつぶせたまま天使さんは、抱きかかえた枕に顔を埋めた。
「それが、天使さんの心の傷になったんですね」
天使さんが悲しむと、あたしも哀しくなってくる。
「そうですね。幸い、女の子は一命をとりとめましたので、今頃は大人になっているでしょう。私は、泥団子は食べられないと女の子に教えるべきだったんです」
それが、本当の優しさだったのだ。きっと、そのショックで天使さんは何も口にする事が出来なくなって……。
「だから私は、人間が食べられない料理は食べる事が出来ません」
……え?
「天使さん、それってどういう意味よ?」
「ガブリエルちゃん……?」
あたしは、起き上がって天使さんの背中に馬乗りになった。
「人間が食べられない料理って、あたしの料理の事?」
そりゃ、確かにあんまり美味しくなかったけど。あたしは、天使さんの顎を掴んでキャメルクラッチの体勢に入った。
「何とか言いなさいよ」
「ググッ。チョーク、チョーク」
別に、本気で喧嘩をしているわけではない。第一、天使さんが本気になったら、あたしを簡単に振りほどける。これも、二人にとってはレクリエーションみたいなものだろう。
ベッドの上で一汗かいたあたし達は、一枚のシーツを共有して仲良く眠りに就いた。
/3
一夜が明けて、私達は次の町へと出発する準備を始めた。疲れが取れてスッキリした顔のガブリエルちゃんは、郵便局から預かった郵便物をレクルの背中に固定していた。私はと言えば、両足の無い身なので真っ先に荷物と一所にレクルに乗せられていた。
「ねえ、ガブリエルちゃん。私は何もしなくていいの?」
「天使さんは、レクルさんの上で休んでいて下さい」
「でも……」
「天使さん。昨日の夜、天使さんはうなされていたんですよ」
「え?」
そんな事、全然判らなかった。私は、どんな夢を見ていたのだろう? また、メカ翡翠の記憶が私の心を蝕んだのだろうか?
「あんな息苦しい眠りじゃ、天使さんでも疲れが取れるわけないでしょ。だから、ゆっくりしていて下さい」
そう言って、ガブリエルちゃんは出発の準備を続けた。
食料や必需品を全部詰め込んだら、ガブリエルちゃんは鞍に飛び乗ってレクルの脇腹を叩いて発進させた。
町を出てから暫くは高い山を目指して進み、途中から山を大きく迂回するのが、本来のルートだった。だけど、私にはどうしても行かなければならない場所があった。
「ガブリエルちゃん。お願いがあります」
レクルを止めて、ガブリエルちゃんは振り返った。
「どうしたんですか、天使さん」
私は、山脈を指差した。
「あの山のどこかで、メカ翡翠が一人消息を絶ったんです。私は、あの山に行かなくてはいけません。だからガブリエルちゃんは、ここで私を下ろして次の町に先に行って下さい」
私がそう言うと、やっぱりガブリエルちゃんの顔が曇った。
「そんなの嫌です。あたしも、天使さんと一緒に山に行きます」
ガブリエルちゃんなら、そう言うんじゃないかと思った。彼女は、無理に私を引き止めようとはしないから。
「駄目よ、ガブリエルちゃん。今までガブリエルちゃんは何度も私を助けてくれたけど、今度だけは違うのよ。これから向かう山での一番の障害は、嵐なんだから。ガブリエルちゃんが嵐にまで付き合う必要はないのよ」
それでも、ガブリエルちゃんは首を横に振った。
「そんな事言っても、無駄ですよ。あたしは、天使さんが山に行くのを止められないけど、あたしだって天使さんに止められない時があるんです」
そう言って、ガブリエルちゃんはレクルを山に向けた。私が何を言っても、もうガブリエルちゃんは聞かないだろう。
◇
日が傾いて来た頃、天使さんの言う通り雨が降り始めた。天使さんに事前に休める場所を衛星で探して貰っていたあたしは、雨が激しくなる前に避難所にいかなければならなかった。
天使さんの端末の能力では、雨雲を突き抜けて衛星とアクセスする事は出来なかった。避難場所は、自分で探さないといけないのだ。
小高い岩を登った向こう側に、あたしは避難場所を発見した。
「わあっ。なんて豪華なお屋敷なの?」
「屋敷ですって?」
びっくりした顔で、天使さんはあたしの肩越しに遠くの屋敷に眼をやった。
「こんな屋敷、私は知りません」
あんなに大きい屋敷なのに、天使さんは衛星が見てなかったというのだ。
「ここにあったのは、レクルと一緒に雨宿りが出来る岩棚の筈です」
何か悪い予感がする。あそこには、行かない方がいいかもしれない。
「あの屋敷に行きましょう」
「ええっ?」
天使さんの言葉は、予想もしない事だった。
「今から嵐が来るまでに、ガブリエルちゃんが雨宿り出来る場所は、あそこだけです。あそこに何があるとしても、私がガブリエルちゃんを守ります」
確かに、あたし達には時間が無かった。あたしはレクルさんを屋敷に向けて走らせた。
とても大きな屋敷は、一見すると三階建てはありそうな高さだったが、窓の並びは二回建てである事を物語っていた。一階あたりの天井の高さは、かなりあるのだろう。玄関の扉も大きく、中央には何か丸い模様が描かれていた。
「あれは、満月の模様です」
満月というのが何なのかは知らないが、天使さんに聞いている暇は無かった。屋敷に入れないレクルさんを、休ませる場所を探さないと。
「ガレージを借りましょう」
天使さんに誘導されたあたしは、簡単にガレージを発見出来た。それは、あたしの心に疑問を投げかけた。
「あの、もしかして天使さん、この屋敷を知っているんですか?」
「ええ、そうです。私の中のメカ翡翠が、この屋敷の間取りを知っていました」
まさか、この家の正体って。
「メカ翡翠が生まれた家なんですね」
天使さんを振り返ると、彼女は黙って肯いた。まさか、屋敷がまるごとこっちの世界に来ているなんて思わなかったのだろう。
「初めて来た家なのに、とても懐かしく感じています。私と同化したメカ翡翠の記憶が、大きくなっているんです」
「ええっ? それってマズくない?」
まさか、メカ翡翠に天使さんの心が支配されてしまうんじゃないの?
「大丈夫です、メカ翡翠の心を私は信じています。だからガブリエルちゃんも安心して下さい」
そう言われても、やっぱり不安は無くならない。
「ガブリエルちゃんは、ここで休んで下さい。私は、屋敷に行かないと」
レクルさんをガレージで休ませると、私は手紙を荷台から下ろした。これは、絶対に手放してはいけない。
「あたしも行きます」
「ガブリエルちゃん?」
「あの屋敷にメカ翡翠がいるんでしょ?」
そうだ、何故か監視衛星からは見えないこの屋敷の中にいるなら、メカ翡翠が姿を消した理由も納得出来る。
「駄目です、ガブリエルちゃんには危険すぎます」
「そんな事言っても、あたしには通用しませんよ。室内では、ブースターは使えないでしょう。あたしが天使さんの足になります」
天使さんをおぶってロープで巻きつけると、あたしは母屋へと歩き出した。
/4
あたし達は、屋敷の中を探検していた。堂々と玄関から訪問するのはまずいと思ったので、窓を破って侵入したのだ。しかも、二階の窓からだ。
「こういうブースターの使い方もあるんですね」
ブースターには、本来なら人を運べる程の揚力は無かったんだけど、今の天使さんは両足が無い分軽くなっていた。お陰で二階まで飛べたのは、皮肉な話だった。
最初に入った部屋は、生活の匂いがしなかった。勿論、この屋敷には人間は住んでいないんだけど、ベッドとクローゼットに机しか無い部屋なんて、豪邸の住人にしては簡素な部屋だった。
「廊下に出たら、一度階段に向かって下さい。メカ翡翠がいるとしたら、一階です」
恐る恐るドアを開けると、頭だけ廊下から出して周囲に目を配った。どうやら誰もいないみたいなので、ほっとしてあたしは廊下を歩き出した。勿論、今も天使さんを背負ったままだ。
壁に手をつきながら慎重に廊下を進むと、ふいに景色が開けた。
「わぁ。何ていうか、広いですね」
そう、あたしが見た玄関は、まさに景色と呼ぶのが相応しい程に広々としていた。
何しろ、玄関の真上には二階が無く、そのまま天井まで吹き抜けにになっていたのだ。しかも、一階あたりの高さも並でなく、玄関だけであたしの郵便局はまるまる入ってしまいそうだった。
その玄関の中央に、見覚えのあるメイド姿がたたずんでいた。
「やはりメカ翡翠!?」
「ガブリエルちゃん、早く私を下ろして!」
あたしが天使さんを身体に巻きつけていたロープをほどくと、天使さんはブースターを噴射させて玄関に飛び出した。
「あの広さの玄関なら、ブースターを使える。天使さんは知っていたんだ」
天使さんはビームサーベルを抜いて眼下の敵に踊りかかった。
「あなたは、ここにいてはいけないっ!」
「え?」
それは、いつもの天使さんなら絶対にメカ翡翠に向かって言わない言葉だった。
玄関にいる赤毛のメカ翡翠が、振り返った。いや、彼女はメカ翡翠では無かった。表情こそ無かったが、境目が無く血色の良い彼女の顔は、まぎれもなく人間のものだ。
「この世界に、翡翠が生きているわけが無い!」
天使さんのビームサーベルが、翡翠の胸を貫いたかに見えた。しかし、そこに翡翠はいなかった。まるで、幻のように翡翠の姿が消えてしまったのだ。
本当に幻だったのかもしれない。
サーベルが空ぶった天使さんは、そのまま玄関の絨毯に転がりながら不時着した。
「天使さんっ!」
あたしは、大急ぎで階段を駆け下りた。そのつもりだったが、湾曲している階段は目測が難しくて、途中からあたしは転げ落ちてしまった。
「あいたたた」
したたかぶつけたお尻をさすりながら、あたしは玄関の床から立ち上がった。
「て、天使さん。大丈夫ですか?」
「私は、大丈夫です」
天使さんは、両手を突いて立ち上がった。
「ガブリエルちゃん、あの部屋の扉を開けて下さい。もしあそこに居間があるなら、私が行くべき場所は、ひとつです」
居間? どうして居間が大事なのか、あたしには判らなかった。それでも天使さんを信じていたあたしは、言われるままに居間への扉を開けた。
そこには、確かに居間があった。メカ翡翠と同化している天使さんがその事を知っているのは当然だろう。
居間は手入れが行き届いていて、ソファーも絨毯も全く色あせていない。それが、あたしには違和感を感じさせた。
「この居間、あたしも知っている」
そうだ、いつかの遺跡で見た、メカ翡翠が倒れていた居間にそっくりなのだ。あそこに本物の居間があったというのに、どうして居間がここにもあるのだろうか?
「まさか、この居間も幻覚だと言うの?」
天使さんが言いたかったのは、その事だったのだ。
「勝手に屋敷に上がり込むなんて、いけませんねぇ」
物陰から、怪しい人影が現れた。窓から差し込む光が、見知らぬ服を着て後頭部にリボンを巻いた彼女の姿を浮かび上がらせた。
「窓?」
外は嵐の筈だったのに、確かに豪雨の音が聞こえているというのに、窓の外は澄み渡る星空だった。その空の中心には、どの星よりも明るく輝く円盤が浮かんでいた。それは、この屋敷の扉に描かれていた満月の模様にそっくりだった。
その満月の光に照らされた彼女の顔は、玄関にいた女性そっくりだった。
「あなたも、翡翠なの?」
あたしの質問に答える事も無く、彼女は天井から吊り下げられた鎖を引っ張った。
「え?」
突然、あたしの足元が消滅した。あたしは、落とし穴の真上に立っていたのだ。
「きゃああああーーーーっ!」
奈落の底へと、あたしは転落していった。
ガブリエルちゃんの悲鳴が聞こえた私は、床を這って居間へと向かった。
「なんて事を、私は」
この屋敷で、ガブリエルちゃんを一人にするべきではなかったのだ。急いで居間に飛び込んだ私だったが、既にガブリエルちゃんは何処にもいなかった。
「一体、何処に? いや、あそこしか無い」
あそこに、急いで行かないと。例えブースターを使えない場所だろうと、行く手段はきっとあるはずだから。
気が付くと、あたしは薄暗い部屋にいた。石壁に手を付いて、あたしは力なく立ち上がる。
「どうして、こんな場所にいるの?」
もやがかかった頭を振り回すと、おぼろげながら何かを思い出した。
「そうだ、あたしは落とし穴に落ちて……。まさか、屋敷の地下室?」
しかも、部屋の入り口は鉄格子になっていた。ここは、地下牢だ。
「なんで、屋敷の下にこんな場所があるの?」
あたしは、牢の入り口の鉄格子を掴んで前後に揺すった。しかし、鍵の掛かった扉は軋んだ音をたてるだけだった。
「そんなことをしても、無駄ですよ」
牢の外から、誰かが話しかけてきた。暗闇の中に目を凝らすと、そこには見覚えのある人がいた。あたしを落とし穴に落とした、あの女性だ。
彼女は、乾いた笑顔を向けながらあたしに話しかけた。
「あなた達がいけないんですよ。ワタシから『彼女』を奪いに来たのですから。ワタシには、彼女が必要なんです」
「彼女? まさか、メカ翡翠の事ですか?」
あたしの質問に、女性は黙って首を縦に振った。
「彼女がいないと、ワタシは存在出来なくなる。今までに捕まえた人間やオートマトンでは、ワタシを形成する事は出来なかったから」
一体何を言っているのか、あたしにはさっぱり判らなかった。
「だから、あなたにはワタシの役に立ってもらいます」
彼女は、ゆったりとした袖口の中から、注射器を取り出した。
「あ、あたしをどうするつもりなんです?」
「心配しなくて、いいんですよ。あなたも、メカ翡翠ちゃんみたいにワタシの役に立てるか試すだけなんですから」
「何をするつもりか知らないけど、そんな事したら天使さんがだまっていないから」
「あははは、そんな事を言っても無駄ですよ。彼女のブースターでは、地下には行けません。這って進むしかない彼女には、ここに来る手段なんてありませんよ」
「そんな事ない。天使さんは、いつだって誰かの為になろうと必死だから、絶対に来てくれる。あたしは、天使さんを信じてる」
その時だった、何か激しい破壊音が牢屋に響き渡った。
「天使さんだ。やっぱり来てくれたんだ」
「そんな莫迦な? どうして、こんなに早く?」
女性の背後にある扉が、爆音を上げて吹き飛んだ。巨大な穴の向こうには、天使さんがチェーンソーを構えていた。不思議な事に、天使さんの背後の床には引き裂かれたような亀裂が走っていた。天使さんも、服の至る所に破れ目があった。
「ま、まさか貴方は?」
「そうです、今の私は走る事が出来ない。だから、チェーンソーのチェーンをキャタピラの代わりにして、ここまで走り抜けたのですよ琥珀さん。こうやって!」
天使さんが床に向かってチェーンソーを立てると、レクルさんの疾走と同じ位の速さでうつ伏せになった天使さんが引きずられ出した。琥珀は、チェーンが衝突してくる寸前に、消滅してしまった。まるで、あの時の翡翠みたいだ。
「ガブリエルちゃん、鉄格子から離れて!」
あたしは、すぐに天使さんのしたい事が判った。あたしが牢屋の奥に引っ込むと、天使さんはビームサーベルを出して鉄格子を切り裂いた。
「有難う。きっと来てくれるって、信じていました」
「私も、ガブリエルちゃんが信じてくれると思っていました。さあ、メカ翡翠の所に行きましょう」
天使さんを担ぎ上げたあたしは、何処に言ったらいいのか尋ねた。
「メカ翡翠が眠る場所、そこに全ての原因があります」
あたしの首に腕を回している天使さんの指示に従って、あたしは地下道を歩き出した。
◇
この屋敷の地下は、琥珀が使い易いように改造されていた。だから、地下牢とメカ翡翠のメンテナンスルームは直接歩いていける。罠がびっしり仕掛けられている迷路になっていたが、メカ翡翠の記憶のお蔭で正しい道は判っていた。
「ここで止まって下さい」
私を抱えているガブリエルちゃんが足を止めると、私は何も無いはずの壁を叩いた。壁の一部がひっくり返って、数字の刻まれたパネルが出現した。私は、琥珀の大切な人の誕生日に合わせてパネルの数字を叩いた。
「天使さん、一体何が……」
ガブリエルちゃんが何か言いかけた時、壁に亀裂が走って隠し扉が開いた。
「こんな地下室に、更に隠し部屋があるなんて……」
呆れた声をガブリエルちゃんが漏らすのも判る。しかし琥珀の陰謀は、そこまでしても隠さねばならなかったのだ。
「さあ、中に入りましょう」
メンテナンスルームに入ると、メカ翡翠が壁に下げられていた。
目を閉じて死んだように眠っているメカ翡翠の背後からは、いくつものパイプやケーブルが伸びていた。
「天使さんをメカ翡翠の所まで運べばいいんですね」
「いえ、待ってください」
私は、目からビームを出してメカ翡翠と接続しているケーブルを撃ち抜いた。メカ翡翠は、地面に転げ落ちた。続いて、ミサイルを次々と発射して壁に据え付けてあるコントロールパネルやら計器やらを吹き飛ばした。
「天使さん、一体何を?」
「もうすぐ、敵の本当の姿が現れます」
私の言葉よりも早く、周囲の景色が大きく変わり出した。小さい隠し部屋だった筈のこの場所が、高さ十メートルは優に超える広大な吹き抜けのホールへと変貌し、床に寝転んでいたメカ翡翠は石で出来た玉座に収まっていた。玉座のある床には人間やオートマトンの残骸が散らばっていて、戦場を見た事のある私と違ってガブリエルちゃんは気味悪そうに目をそむけた。メカ翡翠の身体は、電源ケーブルの変わりに何本もの鎖に繋がれていた。その姿は、メンテナンスルームでぶら下がっていたメカ翡翠とイメージが被って見えた。
「天使さん、これは一体?」
「これが、屋敷の本当の姿です」
屋敷の本当の姿。それは、廃墟となった崩れかけの宮殿だったのだ。
「今まで、この宮殿は新たな主となる存在を探して世界中をさ迷っていたのでしょう。行く先々で人間やマトンを捕らえては玉座に座らせ、屍の山を築いたのです」
「そして、メカ翡翠に出会った」
「ええ、メカ翡翠は理想の主だったのでしょう。何故なら、この宮殿もメカ翡翠と同じ世界から来たのですから。メカ翡翠の記憶を探った宮殿は、メカ翡翠の理想の建物に姿をかえたのです。住人までも、作り出して」
「翡翠も琥珀も、やっぱり幻に過ぎないのですね」
私は、目からビームを発射してメカ翡翠を戒める鎖を断ち切った。今度こそ、メカ翡翠は床に転げ落ちた。
「それも、もう終わりにすべきです。なぜなら、この宮殿は自分が死んでいる事に気付いていないのですから」
鎖が巻き付けられた巨大な玉座に向けて、私はミサイルを撃ち続けた。玉座は吹き飛び、上半分は横転しながら墜落した。
「今こそ、メカ翡翠を助ける時です。ガブリエルちゃんは、離れてください」
床に下ろされた私は、メカ翡翠に向かって飛び立った。メカ翡翠の傍らに着地すると、私は彼女の電子頭脳から記憶を引き出した。また一人、メカ翡翠を救ったのだ。
感傷に浸っている暇は無かった。宮殿の壁や床に、ひび割れが何本も走り出したのだ。
「天使さん、何か変ですよ。まるで、この宮殿がいまにも崩れ落ちそうです」
ブースターを全開させて加速した私は、ガブリエルちゃんを抱きかかえた。
「ぐぶっ」
急激な加速に吐き出しそうになるガブリエルちゃんだったが、私はそれどころではなかった。ミサイルで天井を破壊すると、そのまま宮殿の上へと飛び上がった。
眼下を見下ろすと、宮殿は轟音を立てて崩れ落ちて行く所だった。その横では、幸いにもレクルが逃げ出している所だった。
「急いで捕まえましょう」
レクルに追い着いた私は、右腕にガブリエルちゃんを抱えたまま、左手でレクルにしがみ付いた。宮殿が完全に崩れ落ちて山々が静けさを取り戻すと、レクルもやっと落ち着いて足を止めてくれた。
「ふう、どうやら全員無事ですね」
ガブリエルちゃんは、まだ目を回しているけど。
意外に長く屋敷にいたらしく、とっくに雨は上がっていた。東の空が、次第に明るくなって来た。私は、ガブリエルちゃんを抱えて岩の陰で休息する事にした。
◇
それでも私は、苦しみたいんです。
私がそう思っているのが判ったのかどうか知らないが、和服の女性の口元が笑っているかのように湾曲した。それは、私には優しげな微笑に感じられた。
「それでも、いいんですね。それなら、好きにしてもいいんです」
声に出しはいなかったが、私には彼女がそう言っているように思えた。
いつの間にか眠っていたらしく、私が目覚めた時には太陽は西に傾き始めていた。私が抱えていたガブリエルちゃんは、既に目を覚ましていた。
ガブリエルちゃんは、レクルが暴れたせいで崩れた荷物を積みなおしている所だった。
「天使さん、今から出発すれば夜までに向かいの山の高台までは行けますよね」
ガブリエルちゃんが指した場所は、確かにテントを張るには理想的な岩場があった。
「それから、メカ翡翠の埋葬なんですけど……」
メカ翡翠の亡骸が、ガブリエルちゃんの足下で横になっていた。私が宮殿の方を振り返ると、そこには瓦礫すらなくなっていた。まるで、屋敷の出来事が全て幻だったみたいに。確かにあれなら、メカ翡翠も回収出来る。
「ねえ、天使さん。メカ翡翠の足なんですけど、今度は貰っていいですよね? だって、このメカ翡翠とは戦っていないんですから」
懇願するように瞳を輝かせるガブリエルちゃんを見ていると、彼女の願いを無下には出来なかった。
「判りました。それでは、埋葬する前に、足だけ移植しましょう」
私が折れたのが嬉しかったのか、ガブリエルちゃんがメカ翡翠を担ぎ上げる姿はダンスを踊っているかのように晴れやかに見えた。
「言って置きますけど、今回だけですからね」
私の言葉は、ガブリエルちゃんに届いているのか疑問だった。
あの宮殿も、本当は寂しかっただけなのだろうか。あのままでは、メカ翡翠も残骸となってしまうのは目に見えたし、とっくに死んでいた宮殿を助ける手段は無かった。
それでも、名前も知らない宮殿の事が私にはなんとなく可哀相に思えた。
END
[後書き]
今日は、練馬です。
メ・ガ・ミの第三回が、やっと完成しました。
私は今回は、これが最終回のつもりで書いています。
最終回までの構想はあるのですが、どう考えても今後の展開はイタイ内容になってしまうので書くのがつらいです。
感想を頂けたら幸いです。
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