十二日目

 早朝の柳洞寺に、侵入者は悠然と足を踏み入れた。
 山門は、既に破壊されていた。
「貴様が、キャスターの言っていた神父だな」
「キャスターのマスターが、お前のような奴だったとはな」
 聖杯を手にする為にやらねばならない事があると、キャスターは出かけたきりだった。
 寺の中にいれば安全だとキャスターは言っていたが、そのキャスターも予期せぬ手段によって山門の障害は突破されてしまった。
「まず、山門を破壊するとはな。山門にどのような仕掛けがあったかは知らないが、キャスターもしくじったな」
 葛木は、神父に向かって異様な構えを取った。
「貴様は、キャスターが町で何をしているか、知っているのか」
 神父はキャスターの行いを伝え、その行いを初めて知りながらも葛木はキャスターを否定しなかった。
「お前は、どうなのだ神父? キャスターの行いは、そう悪い物なのか?」
「そうは、思わぬ」
 傍目には同類に思える二人のやり取りだったが、葛木は構えをとかなかった。
「そうか。私にはキャスターの行いは他人事に過ぎないが、貴様はキャスターの行いを肯定した。私が貴様に相容れない物を感じたのは、それか」
 二人は、互いが正反対の属性に居るのだと感じていた。
「令呪を持たないマスターか。奪うべき物がないなら、ただ殺すしかないな」
 言峰は、両手に黒い剣を構えていた。境内に入るまでに殆どを使い切り、残るは両手の一本ずつだけだったのだ。
 理に適った円の動きで切り付ける言峰と、直角の軌跡でありながら無駄のない葛木の拳が激突した。

           ◇

 今日も十字路で冬ねえとの挨拶をかわす俺の登校風景は、いつもと変わらなかった。いや、違うことがあった。「お早う、士郎くん。アーチャーくん」
 そう、アーチャーの事は秘密にしなくてよくなったのだ。勿論、二人が兄弟という事になっているのも知っている。
「お早う、冬ねえ」
「お、お早う」
 まだ、アーチャーは冬ねえをどう呼べばいいか迷っているみたいだ。
 冬ねえは今晩も俺んちに来るって言っていたが、不思議と今日の遠坂は何も突っかかってこなかった。

 学校に行くと、葛木先生が欠勤していた。
「どうやら、昨日のキャスターの失敗が応えたみたいね。キャスター達は、安全な寺の中で力を蓄えて決戦に備えるつもりなんじゃないの?」
 やはり、こちらから敵地に行くしかないのだろうか。

           ◇

 キャスターは、愛する者の亡骸を抱きかかえたまま柳洞寺の境内で棒立ちしていた。
 もぬけの空になった教会で目的の品を探していたキャスターは、突然葛木との繋がりが断たれた事を感じて一瞬で戻って来たのだ。
 そこでキャスターが見たのは、破壊された山門と何も語らない彼女のマスターだった。
 一体、誰の仕業なのかは判らない。ただ、自分の願いが終わってしまったという事実があるだけだ。
「いや、まだ可能性がある。聖杯の力さえあれば、時間を越えて危地から宗一郎様を拾い上げる事だって可能よ」
 自分の本当の願いに気がついたキャスターは、自分から攻める事を決意した。

           ◇

 夕飯の後に、わたし達は中央公園の広場に集まった。
 セイバーの宝具は使えない以上、こちらからキャスター攻めるとなるともう少し戦力が欲しい。わたしは、一つの可能性に賭けて見る事にした。
「そういうわけで、衛宮くんにも『無限の剣製』を使えるようになって欲しいのだけど」
「望むところだ、遠坂」
「言っておくけど、今日の魔術の特訓はかなりきついからね。こんな事なら、衛宮くんの体内に鞘がある間にしごいておくんだったわね」
 覚悟が出来ているのか、何を言っても衛宮くんはひるまなかった。
「遠坂、俺頑張るから遠慮しないでくれ」
 元々遠慮する気はなかったけど、そこまで言うのならやってやろうじゃない。
「わたしも、手伝うよ!」
 イリヤも、乗り気になっていた。
「私もシロウには強くなって欲しいので、見守らせて頂きます」
 セイバーは、衛宮くんがしごかれても手出ししないと約束した。
「あたしには、何も出来ることはないけど、一緒にいていいですか?」
「アンタまでいたの?」
 巻き込まれたというか、巻き込まれなかったらとっくに殺されていたというべきか、本当は聖杯戦争と関係ない彼女が特訓にいても意味がないと思う。
 しかも、しっかりランチョンマットまで敷いて、自分の席を確保している。
「凛、いい加減名前で呼んでやれ」
「そんなの、わたしの勝手でしょ」
「どうして、冬木さんにそんなに突っかかるのだ?」
「元はといえば、アーチャーがわたしを差し置いて彼女を……」
 これ以上言うのは、やめた。
「ほら、さっさと特訓するわよ!」
 わたしは、衛宮くんに向かってガンドを撃ちまくった。いつかの土蔵の時みたいに追い詰めれば『無限の剣製』を使えるかもしれないと考えたからだ。
「お兄ちゃん、行くよーっ!」
 イリヤも、調子に乗って攻撃しまくっている。衛宮くんは必死に逃げながら、何とかして精神を集中させようとしていた。

 一日で固有結界が使えるとは、わたしも思っていない。衛宮くんが疲れ果てて倒れた所で、今日の特訓は終わった。
 セイバーに背負われているとも知らずに、衛宮くんは静かな寝息を立てていた。
「こうして見ると、士郎くんも昔とそんなに変わらないのね」
「昔と? 昔はどうだったというのだ?」
 アーチャーに尋ねられると、彼女は橋の手すりに寄りかかりながら答えた。
「昔の士郎くんも、正義の味方になりたがっていたわ」
「何だって?」
 驚いた顔になったアーチャーに気づいていないのか、彼女は話を続けた。
「だけど、今の士郎くんはどこか違う。何ていうか、みんなの幸せの『みんな』の中に自分が入っていないような感じで。あたしは、昔みたいにみんなと幸せになれる士郎くんに戻ってほしいの」
「戻せるさ、お前にならな」
 橋を渡り坂を上れば、いつもの十字路だ。
「わたし達はこのまま帰るけど、衛宮くんは貴女の部屋に置いておくわね。出来るだけ早く休ませたいから」
 わたしの提案を、彼女は快く承知した。
「ありがとう、遠坂さん」
「別に、お礼されるような事はしてないわよ」
 彼女に背を向けたわたしは、さっさと衛宮くんちに帰っていった。

               十三日目

 冬ねえの部屋で目を覚ました俺は、家族が起きる前にそっとセイバーと一緒に玄関を抜け出した。
 いつもの家に続く道を歩いていると、我が家が変わり果てた姿で出迎えた。
「なんでさ?」
 破壊された家の門をくぐって、遠坂が迎えに出て来た。
「丁度いい時に戻ってきたわね」
 そう言う遠坂の笑顔は、怖かった。

 無事に家が修復したので、何があったのかを遠坂に尋ねた。イリヤは、修理が終わった後に今に座っている俺の膝の上で眠りについている。
「家に帰ったら、既に家中が荒らされていたのよ」
 どうやら、留守中に何者かが侵入して暴れ回ったらしい。何者といっても、今やキャスター達しか敵はいないのだが。
 これ以上キャスターを野放しにしたら、冬ねえみたいな目に遭う人がふえるだろう。場合によっては、犠牲者も出るかもしれない。
「こうなったら、こっちから奇襲するしかないわね」
 俺たちは、今夜にでも柳洞寺に行くことに決めた。

           ◇

 夜になって、わたしたちはキャスターに勝負を挑みに行った。イリヤは、あの女と一緒にわたしの家に置いて来た。魔術師としても充分戦力になるとは思うけど、衛宮くんが子供を連れて行く事に最後まで反対したのだ。
柳洞寺に到着すると、アサシンがいるはずの山門が破壊されていた。
「どういう事だ?」
「わたしだって、知りたいわよ」
「これも、罠なのでしょうか? しかし、私はどちらにしろ山門からしか入れません」
 何の障害もなく境内に立ち入ると、キャスターが本堂の前に立ちはだかっていた。
「そっちから来るなんて、思った通りのお莫迦さんね」
 キャスターは、頭に深く被ったローブの下から見える口を歪めた。
 わたしは、一つだけ腑に落ちない事があるのに気が付いた。
「キャスター、貴女のマスターはどうしたの? 本堂に引き籠もってビクビク震えているのかしら」
 わたしの言葉で、キャスターの様子が一変した。
「お黙り! お嬢さん達なんて、今までに蓄えた魔力があれば私一人で充分よ!」
 キャスターは、宙に舞い上がって魔力の弾丸を連射しまくった。
「シロウ! 私の後ろに皆を集めて下さい!」
 キャスターの魔力に抗い続けるセイバーの背後に、わたし達は集まった。
「衛宮士郎、盾を出す事は出来るか?」
「アーチャーが宝具のデモンストレーションをした時に盾も見たけど、俺では一、二枚が限界だ」
「二枚出せるなら充分。お前が持ちこたえている間に、私とセイバーでキャスターを討つ!」
 アーチャーには、何か策があるみたいだった。
「いいわ、わたしもアーチャーを信じるから」
「よし、私の動きに合わせんだセイバー!」
「はい、アーチャー!」
 二人は、キャスターに向かって全速力で疾走した。
 アーチャーとセイバーの二人を相手にするというのに、キャスターは余裕の表情だった。セイバーには空を飛ぶキャスターを攻撃する手段が今はないし、アーチャーがどんな武器を射ち出しても無尽蔵の魔力があるキャスターには迎撃する自信があるのだろう。
 二人がマスターから離れたのを好機と感じたのか、キャスターはわたし達に向けて光弾を射ちまくった。
「持ちこたえろよ!」
 衛宮くんは、二枚の盾を重ねて必死に防御した。その間に、アーチャーは大きな弓を地面に突き立てた。
「これで、詰めだ!」
 アーチャーの発射した矢が、キャスターに向かって飛んでいく。それに気づいたキャスターも、魔力を使って応戦する。
「ふん、こんな矢!」
 アーチャーの策に、キャスターはまんまとはまってしまった。アーチャーの矢は、只の矢では無かったのだ。その矢は、キャスターの魔力を易々と無力化した。
「くらいなさい、キャスター!」
 矢として放たれたのは、セイバーだったのだ。キャスターだって、セイバーに対して対策の一つも立てていただろう。しかし、相手を矢と見て魔力の攻撃に徹した事で対セイバー用の攻撃を出すのが遅れてしまった。
「きゃああっ!」
 セイバーの見えない剣は、キャスターの胸を貫いた。勝負は決したのだ。
 出すのが遅かった折れ曲がった探検を握りながら落下するキャスターは、地面に激突することもなく消滅した。
 セイバーは、優雅に地面に着地した。
 わたし達も、セイバーの周りに集まった。
「やったな、セイバー!」
「はい、シロウ」
「これで、残るはアサシンだけという事だが……」
 アーチャーは、不思議そうな顔で周囲を見回した。
「サーヴァントの気配が、ありませんね」
 セイバーも、首を傾げた。
「キャスターが死んだから、自由になったという事はないのか?」
「衛宮くんの考えにも一理あるわね。だとすると、新しいマスターを探しているのかもしれない」
 寺の中も調査したが、結局見つかったのは葛木の遺体だけだった。
 衛宮くんは、寺の人達が全員無事だったのを単純に喜んでいたけど。

           ◇

 既に、夜が明けていた。寺から十字路に戻ると、冬ねえが駆けてきた。
「士郎くん!」
「遠坂んちにいたんじゃないのか。なんでさ」
「イリヤちゃんが、さらわれたわ!」
「なんだって!?」
 冬ねえが言うには、言峰神父と名乗る男が屋敷を訪ねてイリヤを迎えに来たそうだ。
「わたしの屋敷の結界を越えるとは、やるわね」
 冬ねえが言うには、二人はアインツベルン城に向かったらしい。
 大人しくさらわれたのは、冬ねえを気遣っての事だと俺は信じたかった。

               十四日目

 俺達は、家に帰るとイリヤを助ける準備を整えた。
「あ、あの、いつかの指切りだけど……」
「ちゃんと学校を休む事は先生に言ってあるんだから、ずる休みじゃないでしょ。それに、そんなの気にしている場合じゃないんだし!」
 冬ねえは、出発する俺の背中を元気に押した。

           ◇

 あの女が言うには、言峰に大人しくついて行く条件として、イリヤは正装させる事を要求していたらしい。そうなれば、衣装があるこの城に当然のように行く事になる。
「裏側に、セイバーの空けた大穴があったわね。あそこから入りましょう」
 わたし達は、簡単に城に侵入した。大体このような洋風の城なら、お姫様の部屋なんて見当がついている。イリヤの部屋は、簡単に見つかった。
「シロウ? アーチャー?」
 白い身体にジストフィットしたドレスを着ていたイリヤは、キョトンとした顔でわたし達を迎えた。
「一体、これはどういう意味なの?」
 わたしは、イリヤの正装を見て思い当たる事があった。身体に並べられている円形の七つの模様は、魔術回路なのではないかと。
「判ったみたいね。そうよ、わたしこそが聖杯なのよ」
 確かに、聖杯はアインツベルン家が用意する物だ。イリヤは、聖杯について詳しく説明してくれた。
「私の追い求めている聖杯の正体が、そんな物だったとは」
 セイバーは、憮然とした表情で俯いた。
「イリヤ! イリヤは聖杯になんてならなくていい。俺と一緒に帰るんだ!」
 衛宮くんは、イリヤを抱き上げた。
「お兄ちゃん……。うん、お兄ちゃんと一緒にあの家に帰ろう!」
 城から庭に出たわたしたちの前に、和服姿の男が立ちはだかった。
「アサシンね。あのエセ神父、やっぱりあんたのマスターになっていたのね」
「誰がマスターになろうと関係ない。土地を依り代にした私は、人間をマスターに持っても身体をまともに維持できないのだからな。こんな私に望みがあるとすれば―――」
 刀を構えるアサシンの前に、セイバーが進み出た。
「一対一の果し合いですね。判りました、受けましょう!」
 セイバーも、見えない剣を構えた。
「シロウは、下がっていてください!」
 この決闘には、マスターといえども立ち入ってはいけないと判っているのか、衛宮くんは黙って頷いた。
「燕返し―――」
 アサシンは、同時に三つの軌跡を描いて剣を振った。完璧な平地で繰り出された秘儀は、セイバーにはかわしきれなかった。いや、かわせない事など承知していた。
「はっ」
 セイバーは、三つの軌跡のうち中央の軌跡に向かって自ら跳躍したのだ。三つの刀を同時に受けるという最悪の事態を回避するためだ。
 アサシンの刀は、セイバーの右肩にくいこんだ。このまま胸側に切り裂けば、アサシンの勝利だったろう。しかし、セイバーは身体を巧みにひねらせて、二の腕を切り裂くように刀を受け流した。
「たああっ!」
 セイバーの左手に握られた剣が、アサシンを袈裟切りにした。
「み、見事だ」
 アサシンは、地面に倒れた。
 右腕を失ったセイバーも、左手の剣を杖代わりにして辛うじて立っていた。
「セイバーっ!」
 崩れ落ちようとしたセイバーを、衛宮くんの腕が辛うじて受け止めた。
「しっかりするんだセイバー! お前には鞘があるだろう! 腕だって、きっとくっつくさ!」
 衛宮くんはセイバーを励まそうとしたが、セイバーはゆっくりと首を横に振った。
「残念ながら、鞘は私を現界させるだけで精一杯です。もはや、これは致命傷です」
 セイバーの身体が、先に消滅したアサシンのように徐々に透き通っていく。
「有難う、シロウ。最後に私の我侭を聞いてくれて」
 苦しい筈なのに、セイバーは微笑んでいた。その微笑を最後に残して、セイバーは消滅した。

           ◇

 冬木市への道を、俺達は延々と歩いていた。イリヤは普段着に戻って、アーチャーに背負われていた。
「おめでとう、アーチャー。お兄ちゃんが最後に残って、わたしは嬉しいよ」
 俺たちの中で、イリヤだけが元気だった。
「ねえ、お兄ちゃんの願い事は何?」
「私は、聖杯などには興味がない。聖杯の正体を知ったら、尚更だ」
 アーチャーの言葉は、珍しくイリヤに対して冷ややかだ。
「ふうん、でもコトミネはどうかな?」
「なんでさ」
 最後の切り札を失ったあいつは、もうマスターでない。どうして聖杯を手に入れられるのだ?
「聖杯は、器にすぎないんだよ。代わりの器さえあれば、聖杯に注がれる筈のモノを横取りする方法はあるよ」
「なんだって?」
 どうやら、まだ聖杯戦争は終らないようだった。

 いつもの十字路に到着すると、そこには冬ねえが立っていた。
「士郎君、お帰りなさい」
 俺たちの顔を見回した冬ねえの顔に、陰りが差した。一人足りないという事に気が付いたのだ。
「そうなの、素敵な女の子だったのに……」
 女の子と聞いて、俺の心は更に沈んだ。そうなんだ、セイバーは女の子だったんだ。どうしてそんな簡単な事に気づかなかったんだ。
「うっうっう」
「泣いたって、いいのよ」
 その言葉が決定的となって、俺は冬ねえの胸に顔をうずめて涙を流した。
「アーチャー、先に帰るわよ」
「シロウお兄ちゃん、バイバイ。また朝ごはんに会おうね」
 そんな遠坂とイリヤの声が、聞こえた気がした。
「さあ、落ち着いて。士郎くんは、あたしに甘えてもいいんだから」
 俺は冬ねえの部屋に連れられると、そのまま冬ねえをベッドの上で抱きしめた。
 冬ねえの体温は、申し訳ない程に心地よかった。

               十五日目

 イリヤをさらったのは、聖杯を手に入れる為ではない。イリヤが今も聖杯になる意思があるかどうか確認しただけだ。イリヤを奪回されないように置いた衛兵に過ぎないアサシンは、イリヤが聖杯にならないという選択をした時点で用済みだった。セイバーと刺し違えたのは、嬉しい誤算といった所だ。
 イリヤの代わりとなる聖杯は、彼のすぐ近くにあった。
 間桐桜の身体を手に入れたのは、幸運だった。彼女の心臓は、偽りの聖杯として完成しつつあったのだ。ギルガメッシュを維持する為にあった地下室は、今や聖杯を育てる装置となっていた。
「残るサーヴァントは、アーチャーのみ。聖杯戦争としては、既に決着がついたか」
 この心臓を植え付けるべき人間は、既に決まっていた。

           ◇

 昼間は、言峰も何処かに隠れている筈だ。あいつが姿を現すとすれば、夜だろう。
 しかし、俺達は夜まで待つつもりはない。言峰が姿を隠している場所を探し出して、昼のうちに倒すのが得策だった。
「いるとすれば、地下洞窟ね」
 イリヤが言うには、柳洞寺の地下に大空洞があるというのだ。言峰も、城でイリヤから聞かされていた。早速、イリヤを家に残して俺達は柳洞寺へと出発した。勿論、学校は今日も休み。藤ねえには、帰国するセイバーを見送ると言ってあった。
「お早う、士郎くん」
「お早う、冬ねえ」
 別に学校に行くわけではないが、俺達は十字路でいつもの挨拶をかわした。昨日セイバーが帰って来なかったからか、今日の冬ねえは心配そうな顔をしていた。
「俺、後で冬ねえの家に遊びに行くからね」
「そうね。今日は士郎くんを家族に紹介するわ」
 冬ねえは、俺の言葉に笑顔で応えた。

 昼とはいえ、寺の周辺は草木が生い茂って見晴らしが悪かった。それでもアーチャーが目ざとく、小川の上流から地下洞窟へと続く入り口を発見した。
 洞窟の中をつき進むと、大空洞にあいつはいた。
「言峰……」
 それは、予想外の光景だった。言峰は、穴の中心に浮かんでいたのだ。
「綺礼、あんた自ら聖杯になっていたの? そんな資格はないのに」
 ちゃんと聞こえていたのか、言峰は俺たちを見下ろして不敵に笑っていた。
「確かに、聖杯たりえない存在だろう。しかし、この心臓も十年前にアレを浴びていた。条件は満たしている存在に成長していたのだ。そこに、間桐家が聖杯の代わりとしてこしらえていた少女の心臓を植え込んで、歪ながらも聖杯らしきものを完成させたのだよ」
「なんだって!?」
 言峰が桜の心臓を使っている事を知った俺達は、怒りに我を忘れそうになった。
「落ち着け、衛宮士郎。今ならまだ、聖杯が完成する前に凶行を止められる!」
 アーチャーが、前に進み出た。
 既に言峰の周囲からは黒い泥のようなものがあふれ出ていたが、アーチャーのクラスを持つ者なら、そんな相手にわざわざ近付く必要などなかった。
「身体は剣でできている!」
『無限の剣製』によって出現した沢山の武器が、一斉に言峰に襲い掛かった。
「うがあ!」
 本気のアーチャーの前に、言峰はなすすべもなく八つ裂きにされた。
「今度こそ、終わったな」
「ええ、そうね」
 俺達は、悲劇を繰り返させない為に、大空洞にあった全てを破壊しつくした。

           ◇

 聖杯戦争は、終った。
 アーチャーがサーヴァントとして現界していられる期限も、明日までだった。
「衛宮くん、これから明日の朝までアーチャーと二人きりにして貰っていいかな?」
「ん、いいけど」
 衛宮くんは衛宮くんで、行くところがあるみたいだった。
「そうか、冬木さんとの約束があったのよね」
「ああ、そうだ。遠坂、やっと冬ねえを名前で呼んだな」
 そうだ、やっとわたしの中のわだかまりは氷解した。これからは、彼女ともいい友人になれるかもしれない。
 わたしは、自分の屋敷でサーヴァントとの最後の時間を過ごすのだ。

               十六日目

 朝になって、冬ねえと一緒に家に帰ると、見知った面々が俺を迎えて来た。
 遠坂にイリヤ、それに……。
「なんでさ?」
 アーチャーが、当然のように居間にくつろいでいたのだ。
「アーチャーをサーヴァントにしていた聖杯は、もうないんだろ? どうして今もこうして存在しているんだ」
「今のアーチャーは、サーヴァントじゃないの。わたしの使い魔なのよ」
「そして、わたしの使い魔でもあるのよ。ね、お兄ちゃん」
 そう言って、イリヤはアーチャーに抱きついた。
 遠坂が言うには、アーチャーを現界させ続けるのは魔術師一人では確かに不可能だ。だが、二人なら可能だ。そこで、昨夜のうちにアーチャーと相談してイリヤをもう一人のマスターにしようと決めたのだ。
「だからわたしは、これからもお兄ちゃんと一緒なのよ」
「イリヤ! アーチャーにくっつきすぎよ!」
 遠坂は、ひったくるようにイリヤを引き離した。
「アーチャー、今日も学校に行くわよね?」
「私が? なんでさ」
「どうしても、紹介したい友達が居るの。賭けはわたしの勝ちだって、証明する為に」
 アーチャーの首に腕を回す遠坂の笑顔は、幸せに満ちていた。

END

もっと色々手直ししたかったのですが、何とか終りました。

こくりが何度も大変な目に合いますが、それは彼女の死の運命が『斬殺』だった為に運命に引きずられたからです。
両親の死の運命は『強盗』という微妙な違いから、キャスターに襲われただけで済みました。

これが書かれた当時、まだhollow ataraxiaは予告もありませんでした。
ですからセイバーを矢にして発射するという発想は、単なる偶然です。

イリヤに残された時間は確かに少ないのですが、アーチャー自身が手ほどきすればイリヤが死ぬ前には士郎は何とか固有結界を完成させるだけの実力がつくと思っています。

感想を頂けたら、幸いです。

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