七万ヒット記念SS・ビューティフル三D

ビューティフル三D

 今日は、日曜日だった。別に、地下室で暮らしている分には曜日など特に意味は無い。しかし、僕の使用人は地上で暮らしているから時には曜日に縛られる。
 アリカは今日、午後から仕事に来る。何でも、入院中のアリカに義手をつけようとした医者が、新しい義手を試したいのだそうだ。それで、医者の開いている時間が日曜しかないので、アリカの午前中の時間を盗られてしまったというわけだ。
 今も諦めていなかった医者は、職務に忠実という点では社会的に立派なのかもしれないが、学習能力が無いのはいただけない。アリカに合う義手が無いのはアリカの『左腕』のせいなのだから、義手を変えても結果は変わらない。

 いつもの南側のドアを開いて、アリカが入って来た。
「遅かったね……」
 アリカは信じないだろうが、僕だって息を呑んで絶句する時もある。今がその時だった。
「やっほー。どう、どう? 俺の新しい義手、かっこいいでしょ?」
 今まで僕の前で発した事の無い陽気な声で、アリカは話しかけてきた。左手を失う前はこういう性格だったという可能性もあるが、原因はきっと別にあるだろう。
 そんな事よりも、問題は僕が唖然としている原因だ。アリカの身体には、ちゃんと義手がついていたのだ。しかし、あの義手は決してアリカの新しい左腕ではありえない。何故なら、あの義手は……。
「どうして、アリカに右腕が二本生えているんだ!?」
 そうだ、アリカの新しい義手は、新しい左手では無かった。もう一つの右手だったのだ。上着も、それに合わせて右側に二つ袖がついている。
「どうして俺に合う義手が世界に唯一しかないのか、カイエちゃんは知っているでしょ? そう、左腕の感覚だけが生きているからだ。だからね、医者が言ったんだよ。左腕でなければいいんじゃないかって」
 絵本の中の太陽のようにニコニコと笑いながら、アリカは右肩から生えている二本の腕を振った。現代の医学の進歩は目覚しく、僕にはどっちの右腕が本物なのか判らなかった。
「右腕は今もこうしてここにあるんだから、そこに新しい右腕をつけたって、右腕が痛いとは感じないでしょ。流石に右腕の義手とはいえ、左手があった場所につけたら痛いけど」
 確かにそうだろう。右手の義手だろうが左手の義手だろうが、感覚として左手が存在している場所に割り込んだら居心地が悪いに決まっている。
「おい、アリカ。それって気持ち悪くないのかよ?」
「そんな事ないよーお。久しぶりに二本の腕を日常生活で使えて、至って快調だよーん」
「いや、そういう問題じゃないんだけど」
「あ、そうか重心がずれる事を心配しているんだね。大丈夫、すぐに慣れるから」
 駄目だ、全然論点が噛み合っていない。話題を変えよう。
「今日は、マトさんには会ったのかい?」
「うん、ここに来る途中でばったり」
 いや、それは右手が二本生えている怪物を目撃した人が通報したから、駆け付けたんだよ。
「それで、どうしたんだ。只ではすまなかったんだろう」
「ああ、いつもの事だよ。脅迫と暴力。トマトさんがやる事は、カイエっちも知っているだろうに」
「ト、トマトさん? それ、マトさんに向かって言ったのかい?」
「アア。俺の方が先にトマトさんを見つけたんで、手を振って声をかけたんだ」
 何故か、大きな声で『トマトさーんっ!』て言っているアリカの姿が目の前に浮かんで来た。ついでに、その次の瞬間のマトさんの銃口まで幻視してしまった。
「よく、生きていたね……」
「可愛い妹を自由にしてくれるって言うから有難うって感謝すると、もう何も言わなくなったよ」
 そうか、一番の切り札が無力化したから今回は見逃して貰えたのか。
「ここに来るまでに、他に何かなかったのか?」
 僕が尋ねると、アリカはにやけた笑顔を見せた。
「うん、愛しのミハヤちゃんが星雲にいたから、一緒にお昼を食べたよ」
「一緒にお昼?」
 ミハヤちゃんとは、何者だろう? あるいは僕も以前アリカから聞いて知っている人かもしれないのだが、どうにも思い出せない。アリカの性的嗜好はノーマルなので、ミハヤちゃんが女性なのは見当がついた。そもそも、アリカがホモだったらマトさんが連れてくる事がありえない。
「それで、彼女はその義手を見てどう言ったんだ?」
「素敵だって、言ってくれたよ」
 うわっ。地でそんなセンスの持ち主と知り合いだったんだ。
「それから、ミハヤちゃんが『嬉しいです、やっと先輩もわたしの魅力が判ったんですね』って言うんだよ。それで、食後のデザートに二人でダブルフロートを頂いたんだ」
 このまま放ってくと際限なくノロけそうだったので、僕はアリカに仕事を言いつけた。
「早く義手をつけてよ」
 アリカは、いつもの何倍も手際よく僕の身体に義手を装着した。どうやら、二本の右手というのは意外に便利なものらしい。
 しかし、いつまでもアリカに義手を着けさせてはいけない。このアリカの異変の原因が義手のせいなのは、明らかなのだから。
 アリカは、左腕を無くした時に『脅威』を感じる心も無くしてしまった。だったら、義手を着ければ感情を手に入れる事だってあるだろう。いやこれは、元々僕の感情で出来ている黒い義手の話ではなくて、アリカの二つ目の義手の話だ。
 アリカが義手を身体の一部と認められるなら、それが装着された瞬間に義手は感情を形成する要素たりえる。ならば、足の無い人が車椅子を足の代わりとしている場合、車椅子も感情を形成するのかという問題が生まれる。持ち主が本当に車椅子を身体の一部と認める事が出来るなら、それはイエスだろう。
 アリカに義手を着けてもらうと、僕は義足も早く着ける様にとせかした。
「おう、任せときな」
 無防備な背中をアリカは見せた。その間に僕は、床に散らかっているアンティークの一つにそっと手を伸ばした。銀の蜀台が、アリカの後頭部に襲い掛かった。

 アリカが目を覚ました時、既に夜になっている時間だった。
「あれ? いつの間に寝ていたんだ?」
 不思議そうな顔をして、床に寝転んでいたアリカが目を覚ました。勿論、彼は今は義手を外されている。服だって、着替えさせてある。
 アリカが事の真相に思い至る事は無いだろうが、念の為にさっさと僕の義手を外させると、とっとと地下室から追い出した。
 まったくもって迷惑千万な話だったが、疑問は残っていた。
 どうして、義手の人格があんなに陽気なんだ?

 後日、アリカは妹が来ると言って食費が尽きるまで何日も地下室に寝泊りする事になった。

END

[後書き]
今日は、練馬です。
何か、DDD JtheE.を読んでいたら思いついてしまいました。
カイエは本当は人間なのか悪魔なのか、それともまた別の何かなのかどうかも定かでないので、色々迷いながらSSを書きました。
このはた迷惑な義手の作者についても設定を考えていましたが、本文では言及しないでしておきます。
感想、一応募集しています。

  • 戻る