冥宮案内 fly in the sky.後編
冥宮案内 fly in the sky.後編
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地上には荒野と枯れ木、空には暗雲しかなかった。オレの背後には、どこか名のある寺にあってもおかしくない位に巨大な門が悠然と構えられていた。
この門の名は『怨みの門』かつてのここの門番のイズコがそう呼んでいた。今のここの門番のイズコもそう呼んでいるけど。
そのイズコって、オレの事なんだけどね。
この門前は、ぶっちゃけて言えば死後の世界だ。事故死したり殺された人が三つの選択をする為に来る、あの世でもない場所だがな。
オレも、二年前に交通事故に遭ってここに来た。ところがオレには選択権が無いと先代のイズコに言われちまった。
何故だって? オレの肉体が今も元気に生きているからさ。現世にあるオレの肉体が滅びないのにオレだけあの世に行くのは、矛盾だって言われちまった。
そういう理由から、オレは現世で暮らしている両儀式が死ぬまでここから動けなくなったのだ。
しかし、そのイズコがオレに仕事を押し付けて一方的に成仏してしまった。しょうがないので、式が死ぬまでオレはここでイズコでもやってやろうかと腹を決めた。
だから、今着ている服も死んだ時に着ていた和服からイズコの着ていたのと同じカラスアゲハのような衣装に変わっていた。
もうすぐ、オレの前に初仕事の相手が来るぞ。
―――そいつは、赤毛の少年だった。
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「両儀? 両儀じゃないか?」
それが、赤毛の少年の第一声だった。
「わ、わたしは両儀ではない。イズコだ」
まさか、初仕事の相手が式の知り合いになるとは思わなかった。
「その式とかいうのとは、わたしは赤の他人だからな」
「俺は、式とはいってないけど」
「あ、、、」
そういや、こいつは両儀としか言ってなかった。
「わたしは、なんでも知っている。貴方の名前だって知っている。臙条巴だよ、ね」
何とかして先代のイズコに口調を似せようとしたのだが、うまくいかずにどっちつかずの変な感じになってしまった。
それでも、いつもの説明はやらなければ。
「あなたは、三つの行き先を選べるわ。
死を受け入れて天国へ旅立ち再生の準備をする。
受け入れずに霊となって現世をさまよう。
そして、もう一つ。現世の人間を一人呪い殺す。
だけど、人を殺めれば地獄に行って再生のない苦痛が永遠に続く事になるわ。
さあ、どれにするか決めて」
なんとかトチらずに全部言う事が出来た。もっとも、臙条の奴は式に似ているオレの顔をジロジロ眺めているだけで、ちゃんと聞いてくれたかは怪しかった。
「どうするんだ、臙条? 期限は一週間しかないぞ」
臙条は、オレの顔をじっと見つめながらぼそりと呟いた。
「両儀、どうしているんだろうな。無事だといいけど……」
どうやら、式があいつの心残りみたいだった。
しょうがない、臙条の願いを少々叶えるとするか。
「こういう時は、なんて言ったっけな。そうだ、お行きなさい!」
これでよかったのかな?
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式のマンションの場所は、臙条が知っていた。
「別に人間じゃないから壁を抜けて入る事も出来るが、どうする?」
空からマンションを見下ろしているオレが尋ねると、臙条は玄関のほうに回っていった。やっぱり、人間だった頃の習慣というのは、なかなか消えないのだろう。
その気になれば鍵を外してドアを開ける事も可能だが、流石に中にいる式に気取られてはいけないとオレに釘を刺されていたのでそのまま扉を通り抜けて臙条は部屋に入った。
臙条に続いてオレが部屋に入ると、久しぶりに見る式は冷凍庫に頭を突っ込んでいた。
「また、ストロベリーアイスかな?」
オレは臙条の言葉に首を捻った。
「あれ? 式の奴、いつの間に食事の嗜好が変わったんだ?」
「別に両儀は、アイスは好きじゃないけど。冷たいのは好きじゃないって」
「なんだそりゃ?」
式とは、既に『他人』となって二年以上。オレが彼女について知らないことも少なくないだろう。しかし納得出来ない事にかわりは無かった。
何か禅問答みたいになりそうだったので、オレはアイスの話を切り上げた。
「エンジョー、これ以上は近付かない方がいいぞ」
「え、どうし……」
全部言い終わる前に、臙条の襟をつかんでオレ達は壁を突き抜けた。寸前までオレ達がいた壁が、金属的な音を立てた。式の投げたフォークが当たったのだ。
「式も、いい勘しているな。やはり、オレ達の姿も見えるとみていいだろうな」
イズコとしては、これ以上式に近付くべきではないだろう。
「式はあの通りピンピンしている。もういいだろ、エンジョー」
門前まで戻ったオレは、臙条に成仏しないかと持ちかけた。
「でも俺、両儀に元気にやっている所を見せたいんだ」
臙条の願いも、それほど図々しいものではないので、叶えてやりたいとは思う。しかし呪い殺すわけでもない相手の前に出るのは、いただけない。
「結局、式が会っているという自覚がない状態で会えればいいという事か」
そういうシチュエーションって、なんとも夢のような話だ。
ん? 夢か……。
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オレと臙条は、喫茶店の前までやって来た。
再会の場所にどうしてこんな上品な喫茶店を選んだのか、オレにも判らない。しいて言うなら「式が選んだから」となるのだろうか。
オレは、臙条の肩を叩いて、喫茶店に入るように促した。喫茶店の中に臙条が消えるのと殆ど同時に、臙脂色の袖を着た女性が反対側にある喫茶店の入口に向かっているのが見えた。
「こんな格好じゃ、サマにらならないな」
イズコのカラスアゲハのような格好から、オレは女性的なファッションに着替えた。オレは男だが、やはり女性の身体にはこういうのが似合うのだと認めざるをえなかった。
「こんな格好をしているオレを見て、式はオレだってすぐに判るかな」
白いワンピースを着て暫く待っていると、喫茶店に近付く人影があった。黒い服を着ているそいつは、オレも良く知っている男だった。今日の所は、あいつに用は無いので無視するしかなかった。
「頃合という事だな」
途中まで走っていたあいつは、慌てたそぶりを見せまいと歩みを遅くしていたが、息を切らしているのは隠せなかった。
オレも、あいつに歩調を合わせて喫茶店に近付いた。立ち止まって店に向かって手を振るの所まで、あいつと同じだ。
店内を伺うと、臙条が席を立ち上がっていた。臙条と背中合わせに座っていた式も、同時に立ち上がった。
喫茶店から出る寸前に臙条は、振り返って店内に向かって手を振っていた。
臙条が出ると喫茶店は、次第にその存在を希薄にさせて日差しに溶けこむかのように消えて行った。
オレ達も、ここから消えるとするか。
門の前に戻ると、門は既に開いていた。
「一週間の決まりなのに、もう二週間も経っているもんな」
門をくぐった直後に、臙条はオレに振り返った。
「有難う、イズコ。お蔭で思い残す事はなくなったよ」
閉じて行く門の向こうに消える笑顔へ、オレはいつもの言葉を投げかけた。
「お生きなさい、臙条」
門が閉じた時に、空を覆う黒雲に裂け目が出来ていた。
雲の切れ間から刺しこむ光を浴びながら、オレは空を見上げていた。
/冥宮案内・了
[後書き]
元から不定期の連載だったのですが、やっと後編が完成しました。
感想がいただけたら、幸いです。
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