メデュうさ
メデュうさ
1
ここは、柳洞寺の地下大空洞。
金ピカは、鎖を身体に巻きつけて何とか黒い泥から逃れようとしていた。
「この泥は、逃げようとすれば逃げた分だけ追ってくる。逃げ切るには、瞬間移動をする必要がある。しかし、我の宝具にはそんな能力がある物は……」
金ピカは、試してみる価値がある薬を持ち合わせていたのを、思い出した。
「若返りの薬を飲めば、一瞬で子供に戻れる」
子供になれば、所要時間ゼロで身長が縮まる。一瞬だけ隙間が出来るワンチャンスを使って、天の鎖に一気に引き上げてもらうのだ。
ライダーは、洞窟の中を探索していた。
本当はあまり入りたくはなかったが、桜に害を与える存在があるかもしれない以上、確かめる必要があったのだ。
入り組んだ洞窟の中で、知らないうちに士郎と行き違っていたライダーは、例の場所で鎖が入り組んでいる光景を目撃した。
「一体、何をしているのだ?」
孔に向かって慎重に歩いていると、何かが空から降ってきた。
慌てて薬を取り出した金ピカは、手中から薬がスッポ抜けて飛んで行ったので、更に慌てた。
飛んでいくビンを目で追いかけると、開封されたビンから薬が撒き散らされていくのが見えた。
「なんとした事だ」
こうなったら、また別の方法を考えるしかない。
この時、薬が撒かれた岩陰にライダーがいたことなど、自分のことで手一杯の金ピカには知る由も無かった。
自分に何が降りかかったのか、ライダーには判らなかった。
粉のような霧のような、よく判らない物に全身を包まれたライダーは、全身が熱くなった。
「う、うああっ」
地面を転がって熱くなった身体を少しでも冷やそうとするが、少しも効果が無かった。
「水がある所といえば……」
洞窟のそばの小川では、全然足りない。寺の裏にある池に向かって、ライダーは走り出した。体力のあるうちに、急いでたどり着く必要があった。
意識が遠くなりそうで、足の速さも次第に鈍くなっていたライダーだったが、洞窟からは何とか脱出する事が出来た。
池まで登る前に一旦身体を冷やそうとしたライダーは、小川に手をついたまま、水面に向かって倒れこんだ。
そしてライダーは、そのまま動かなくなった。
2
誰かの呼ぶ声が、ライダーの脳内に響いた。
「……さ、メデュ……」
ぬるま湯に全身が浸かっている状態に似たまどろみの中、湯面の向こうから聞こえてくるような不確かな声だった。
それでもライダーは、懐かしそうな声に向かって手を伸ばした。
「良かった、気がつきましたか」
目を覚ましたのは、衛宮邸にあるライダーの部屋だった。寝ているライダーの顔を、桜が心配そうに覗き込んでいた。
どうやらライダーは、洞窟の入り口で倒れた後に誰かにここまで運ばれて来たようだ。
桜の隣でしゃがんでいた士郎が、事情を簡単に説明してくれた。
「裏山を調べていたリズがお前を見つけて、キャスターに手伝ってもらってここまで運んできたんだ。二人には後でお礼を言うんだぞ」
意外な名前が出て、ライダーは驚いた。
「リズはまだしも、キャスターまでが?」
鈴を転がしたような可愛らしくも透き通った美声が、部屋の中を包み込んだ。その声に一番愕然としたのは、ライダーだった。その声が、自分の口から出たからだ。
ライダーが部屋を見回すと、桜と士郎の他にも凛やセイバーがいたが、何故かみんな頬を赤らめて微笑んでいた。
「みなさん、どうしたのです? もしかすると、この声のせいなのですか?」
自分の言葉に魔力がこもっていないのは、当のライダーが一番よく判っていたが、心当たりが他に無かった。
「変わったのは、声だけじゃないわよ。ほら、これを見て」
はじめからライダーに見せようと用意していたのだろう。凛が手鏡を取り出して、ライダーに見せた。
「あ……」
鏡の中からライダーを見返していたのは、見覚えのある顔だった。神話の時代、共に過ごしていた南の島の日々を思い出す顔だった。
「衣装は、キャスターが用意してくれたのよ。とっても似合っているでしょ。ちょっと、聞いてるの? あ……」
途中で大事なことに気づいた凛は、片手で顔を覆った。
「そうだった。あなたは鏡が苦手だったのよね。なんで当然の事を忘れるのかしら」
そう言って、凛は鏡を裏返して立てかけた。
本当のところ、ライダーが固まっていたのは鏡だけが理由ではなかった。鏡に映っていた姿は、かつてのライダーの恐怖の対象であり忘れてはいけない罪であった。そして何より、愛しくも懐かしかったのだ。
そう、今のライダーは、メガネをかけてはいるが二人の姉にそっくりな少女の姿をしていたのだ。
小柄で未成熟な肢体、キャスターが用意したというゴスロリファッション、頭から二本伸びている長い耳。
「あれ?」
さっきの鏡像を思い出しライダーは、自分の頭に手をあてた。多分これも、キャスターが用意したアクセサリーなのだろう。
「あの、これって……」
ライダーが両手で耳の先をつまんで左右に広げながら首をかしげると、その場にいた目撃者たちは全員頬を赤らめながら微笑んだ。
「なあ、桜。これって、メデュうさだよな」
「ええ、ほんと。メデュうさですよね、先輩」
生暖かい部屋の空気に、ライダーは恥ずかしくなってしり込みした。
「み、みなさん本当に一体どうしたんです。様子が変ですよ」
「変じゃないわ。だって今のあなたなら、花も恥じらうでしょうから」
大きなカバンを持って、キャスターが部屋に入ってきた。
「キャスターが、何の用なんですか」
「あら、ご挨拶ね。御礼を言うのが先でしょ、メデュうさ」
そう言って、キャスターはカバンからフリルのついたドレスを取り出した。
「これなんて、メデュうさにピッタリじゃない?」
ライダーは、全身がむず痒い気分になった。
「そのメデュうさっていうの、やめて下さい」
「だって、どう見てもメデュうさよね」
「うん、そうだな」
「ホントそうよね」
「メデュうさ、ですよね」
ライダーが抗議しても、皆は顔を互いに見合わせて同意しあうだけだった。
「こんなものがあるから……」
ライダーが自分のつけ耳を取ろうとすると、とたんに全身の力が抜けた。
「ふにゃ〜〜〜」
いつものライダーからは考えられない情けない声を出して、布団の上にライダーは倒れこんだ。
「そうそう、言い忘れていたけど、その耳を強くつかむと脱力感に襲われるから、注意してね」
そう言って、キャスターは微笑んだ。不思議とその笑顔にはあざけりはまったく含まれていなかった。むしろ、ライダーを微笑ましく見守っているような、生暖かい目だった。
自分ではこの耳を外せない事が判ったライダーは、観念して勝手に呼ばせる事にした。
「でも、良かったじゃないメデュうさ」
「え? どうしてですか、サクラ?」
右手の人差し指をあごにあてて上目遣いに首をかしげるライダーを見て、桜は一瞬抱きしめたい衝動にかられたが、踏みとどまって話しを続けた。
「だって、いつもだったら着ないフリル付きのドレスが、今はとっても似合っているんですもの」
確かに、桜の言う通りだった。かつての二人の姉も、こんなドレスを着て人のペガサスに乗って出かけたものだった。
「本当にそうですね。まるで、舞踏会に出かけるような格好ですね」
ライダーの言葉に、一同は不思議そうな顔をした。
「ねえ、キャスター。神話の時代って、ああいう格好で舞踏会に出かけたの?」
「天上の舞踏会など知らないけど、神様だってあの姿を見て喜ばないわけがないというのは、凛も判るでしょ?」
一同は、幼い姿のライダーがたどたどしいステップで一生懸命踊っている姿を想像して、一斉に暖かい笑みを浮かべた。
「だったら、舞踏会を開こうじゃないっ!!」
二人のメイドを従えたイリヤが、障子を開けて出現した。
「イ、 イリヤ? 一体、いつから障子の向こうにいたんだ?」
「メデュうさの所からよ、お兄ちゃん」
それって、かなり前からという事じゃないか。そう言いたげな士郎を放って、イリヤは話しを続けた。
「ねえ、メデュうさ。折角可愛くなったんだから、舞踏会に出てみない?」
「舞踏会に? しかし、そんなのは一体どこでやるのですか?」
ライダーに聞き返されたイリヤは、微笑みながら指を突きつけた。
「もちろん、私の城よ。今夜は、盛大にやりましょう」
今夜と聞いて、ライダー達は驚いた。
3
イリヤは、本当に舞踏会の準備を数時間で済ませてしまった。
「しかし、この衣装はなんなんだ?」
ここは、アインツベルン城の控え室。士郎は、どうやって短時間にオーダーメイドしたのか判らないが、サイズが完璧に合っている礼服の袖に手を通していた。
モーニングとタキシードの区別もつかない士郎だが、高級な生地なのは判っていた。
「今ごろは、セイバー達もドレスに着替えているんだろうな」
セイバーのドレスは、キャスターが用意すると言っていた。
「キャスターと言えば……」
士郎は、キャスターが連れてきた葛木に目を向けた。
「キャスターの趣味ってわからないなあ」
彼が着ていたのは、童話に出てくる王子様のようなトリコロールのカボチャパンツファッションだった。
「そんな格好で大丈夫なのか?」
「うむ、問題ない」
どうやら葛木は、動きに差し支えなければ気にしないようだった。
「キャスターにとっては、白馬に乗った王子様なんだろうか?」
準備が出来たことを扉の外のセラに言うと、士郎達は大広間に連れてこられた。
そこで待っていたのは、美の競演だった。
階段の上で並んでいるドレス姿の淑女の列から、ロココ調のドレスを着たイリヤが一歩歩み出た。
「この度は、アインツベルン主催の舞踏会にご足労いただき、ありがとうございます。さあ、主役の出番よ、メデュうさ」
イリヤに促され、ゴスロリドレス姿のライダーが士郎の前に出た。衛宮邸の時とはまた違う、フリルが幾重にも重なって贅沢に装飾された豪華版だった。
ライダーが、両手でスカートのすそを持ち上げながら、片足を半歩下げておずおずとおじぎをした。
「あ、あの。よろしくお願いしますね」
「あ、ああ」
ライダーの差し出した手を取ったのはいいものの、士郎は舞踏会なんて初めてだった。ステップの踏みはじめが、右足か左足なのかも判らないのだ。
「おちついて、お兄ちゃん。周りをよく見て」
イリヤに言われて周囲を見た士郎は、納得した。確かに、正しい振り付けを知っていそうなのは、イリヤだけだろう。とりあえず士郎は、自分の知っているダンスを踊った。
どこかで見た事のある踊りを見て、凛は呆れた。
「て、あのステップはオクラホマミキサーじゃないの」
「そういえば、小学校のときに先輩と踊った事がありました」
あれは、曲が続く限り列が入れ替わるので、士郎は誰と踊ったかまでは覚えていなかった。
「わたしも、中学で踊ったわね」
ちなみにBGMは『美しき青きドナウ』。意外なことに、リズとセラが演奏していた。
オーケストラが演奏する程壮にぎやかではないので、まだフォークダンスの振り付けでも違和感は無かった。
「結局、全員オクラホマミキサーしか踊れないようだな」
凛の正面に、赤い背中が立ちはだかった。
「なに、アーチャーも呼ばれていたの?」
アーチャーは、真っ赤なタキシードを着ていたのだ。
「ああ、人数を少しでも揃えておきたいとかでな」
女性のほうの頭数が多いので、イリヤが招待したらしい。
「でも、オクラホマミキサーしか出来ないんでしょ?」
「お互いにな」
英国留学では、本格的な社交ダンスも身につけようと思う凛だった。
「どうやら、間に合ったようだね」
セイバーの脇から、ひょっこりと金髪の少年が顔を出した。少年が何者なのか、何故かセイバーには判った。
「どうして、あなたがいるんですかっ!?」
ライダーの話では、まだ地下空洞にいるはずだった。
「別に若返りの薬が一つしかないとは、言っていないけど」
どうやら、無事に脱出出来たらしい。
「そんなに邪険にしないでよ。まだ趣味じゃないとはいえ、その態度は傷つくな。それに、あんなのが自分の将来だなんて、本人が一番イヤなんだからさ。今日くらいは、あんな感じに仲良く出来ない?」
少年が指した先では、葛木とキャスターが手を取って踊っていた。見た所、葛木も運動会のフォークダンスしか経験がないようだったが、キャスターはそれでも満足そうだった。
「ボクなら、ちゃんとしたダンスを教えられるけど」
少年の提案に、セイバーは首を横に振った。
「あっちの方が、楽しそうです」
セイバーが振り向いた先では、士郎がイリヤ達と踊っていた。
「早いもの勝ちなんだもん。お兄ちゃんとはわたしが踊るの」
「ズルーイ。次に先輩と踊るのは、わたしですからね」
フォークダンスなのに、交代するのは士郎のダンスパートナーだけのようだ。
「そうだね。ボクたちも混ざろうか」
少年に手を引かれて、セイバーも士郎達の輪に加わった。
何度目かのライダーと踊る順番を終えた士郎は、階段に腰掛けていた。
「そろそろ時間だな」
今日は四日目。もうすぐ時間は零時になる頃だった。
「十二時までの舞踏会、か。本当にシンデレラだな」
そんな事を考えながら、踊り疲れた士郎は次第に眠くなっていった。
また一日目に戻ったら、ガラスの靴も残っていない。
それでも、今日のメデュうさが輝いていた事は、真実だと信じたかった士郎は静かに寝息を立てていた。
完
(後書き)
去年の末、とらのあなでポスターの『メソウサ』を『メデュウサ』と何故か見間違えたのがきっかけで思いついた二次創作です
。
ちなみに、Fate/hollow ataraxiaとしては私の初SSです。
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