快傑参上 jastice hero. 後編

 路地裏の戦いから、三日が経過していた。
 早川は、調査の結果、今晩がブラッドチップの取引の日だと突き止めた。倉庫へと向かう道の途中、早川の前に立ち塞がる男達がいた。彼らは、売人の女性を襲った悪漢達と違い、全員背広を着ている。中にはネクタイがだらしない者もいるが、殆どはぴっちりと着こなしていた。
 早川は、先頭に立つ男に歩み寄った。
「おい、東条。俺の邪魔をしないでくれ」
「早川。これは、警察の仕事だ。その言葉、そっくりお前に返そう」
 かつてブラッドチップを密売していた連続殺人犯を追っていた秋巳刑事は、その関係から東条刑事の手伝いをさせられていた。今も、彼の手伝いでブラッドチップの情報を掴んでいるという男に事情聴衆に来ている。その筈だった。
「あの二人、どういう関係なんだ?」
 秋巳刑事には、あの二人が親友のように見えた。事実、友達なのだろう。しかし、今の二人は対立している。刑事としての立場と友を気遣う気持ちが、東条刑事に親友を止めさせようとしていたのだ。
 だからといって、早川もそれで納得するわけがなかった。
「しょうがないな」
 それだけ言うと、早川は東条刑事を殴り倒した。
「なに?」
 突然の早川の暴力に、刑事たちも一斉に早川を取り囲んだ。
「悪く思うなよ」
 それだけ言うと、早川は刑事達を次々に殴り倒した。訓練された捜査一課の刑事たちが、たった一人の男を相手にまるで歯が立たなかった。
「こんなの、ありかよ」
 後頭部に一撃を受けた秋巳刑事は、一瞬そう思うとすぐに意識を失った。
「は、早川……」
 東条刑事が意識を取り戻したのは、数分後の事だった。彼には、早川の気持ちが痛い程判っていた。早川としては、東条刑事の警察官としての面子が傷つかない方法を考えると、これしかなかったのだと。
 それでも、刑事の使命を全うしなければならない。東条刑事は、すぐ横に倒れていた秋巳刑事を揺り起こすと早川を追いかけた。

 今日こそ雪辱を晴らす。そう意気込んでマンションを一旦は出た私だったが、思い直す事があって自室に戻って来た。
 赤い革のジャンパーを脱ぎ捨てた私は、上着掛けの奥の方から別のジャンパーを取り出した。
「これを最後に着たのは、いつだっただろう?」
 去年ブロードブリッジで戦った時に、私は愛用のジャンパーの左裾を潰してしまったのだ。中身と一緒に。新しいジャンパーをすぐに買おうと思ったが、夏場の事で革ジャンを売っているいる店は限られていたし、種類も少なかった。結局、黒い革ジャンで妥協する事になった。
 そうだ、巫条ビルのあいつと戦った時だ。こいつを最後に着たのは。
 早川の事を考えていた私は、自分も黒い革ジャンを持っていた事を思い出して、これを着て行こうと思ったのだ。別に何を着ても勝敗に関係するわけが無いが、それでもこれを着たかった。
 倉庫へと向かう途中、幹也が私を待ち構えていた。
「どうしても、行くのか?」
「同じ質問を、何度もするなよ。オレは、あいつとどうしても勝負がしたいんだ」
 そんな不安そうな顔をするな、幹也。
「別にオレは、殺し合いをするつもりは無いんだぞ。どうしてそんなに心配するんだ?」
「どうしてなんだろう? 僕にも判らない。だけど僕は、式には早川に会って欲しくないんだ」
「そんな理由で、オレを止められるわけがないだろう」
 私は、幹也を振り切って、因縁の有る倉庫へと向かった。

 式が倉庫に潜入すると、そこでは取引が既に始まっていた。積み上げられた木箱の陰から、式は取引の現場を覗った。
 黒いスーツに眼帯をつけた男が、ボディガードに守られた状態で現金の入ったトランクを広げている。彼が売人のようだ。
「これが、約束のブツだ」
 ブラッドチップが入っていると思われるボストンバッグを持っている男は、暗緑色のコートに身を包んでサングラスを掛けていた。彼のボディガードは、いつかの黒尽くめの男達だった。
「それにしても、こんなクスリをよく密造出来たな」
「これを精製した科学者の名前は、俺もDとしか聞いていない。どんな物質でも化学式さえ判れば、いとも簡単に合成できるという天才らしい」
 殺人犯が麻薬中毒で死んだとされるのは、血液中に大量のブラッドチップの成分が含まれていたからだ。Dは、逆に血液こそがブラッドチップの原料だったと見ぬいたのだ。
 売人達の会話に聞き耳を立てていると、突然背後から口に手を回された。
「騒ぐな、俺だ」
 式の口を抑えていたのは、早川だった。
「どうして、ここに来たんだ?」
 早川は、ゆっくりと式の口から手を離した。
「オレ、おまえに会いたかったんだ」
 ばつが悪そうに、式は答えた。何故か、早川の目をまともに見られない。
「俺に会う為に、ここまで来たというのか?」
「負けたままで済ませたくなかったんだ」
 目を泳がせた式は、早川がギターを背負っている事に気が付いた。どうして、こんな場所にまで荷物にしかならない物を持ってきたのか? ギターを注視してみると、不思議な線の入り方をしていた。死の線が所々途中で止まっていて、まるでギター自体が複数のパーツで構成されているみたいだった。
「早川健っ! 貴様が隠れているのは判っている!」
 暗緑色のコートの男が、突然怒鳴り出した。
「これを見ろっ!」
 部下の一人が壁に突いているレバーを引くと、機会音と共に鎖に縛られた女性が天井に浮かび上がった。あの、はんてんを着た売人だ。気絶しているのか、彼女はぴくりとも動かない。
「この女の命が惜しかったら、隠れていないで出て来い!」
「クッ。卑怯な」
 早川は、ギターを木箱に立て掛けると、両手を挙げて男達の前に姿を現した。
「フッフッフ。ズバットの正体が貴様だというのは調べがついている。貴様を倒せば、もう邪魔者はいなくなる!」
 男達は、銃口を一斉に早川に向けた。式は、どうすれば早川を助けられるか考えた。いくら式でも、銃弾の雨を全部かわせるわけでは無い。何とかして天井の売人に手が届けば、鎖も断ち切れるし、早川も存分に力を出せるのだが。
「まてよ、これは何だ?」
 式は、ある事に気が付いた。
 早川は、両手を挙げたまま壁の前に立たされた。
「ズバットも、これで年貢の納め時だな。撃てっ!」
 ヒュン!
 突然風を切る音がして、男達が数人吹き飛んだ。
「何?」
 眼帯の男が振り向くと、何者かが鞭を振り回していた。そいつは、顔全体をオレンジ色のヘルメットで隠し、オレンジ色のスーツに身を包んでいた。
「そ、そんな莫迦な!?」
 暗緑色のコートの男は、信じられないといった顔をした。鞭を振るっていたのは『快傑ズバット』だったのだ。
「ズバットの正体は、早川では無かったのか?」
 高らかに跳躍したズバットは、売人の女を縛る鎖に鞭を絡ませた。そして、鞭を引いた反動で鎖天井まで飛ぶと、ナイフを取り出して鎖を断ち切った。
「任せろっ!」
 売人が床に落ちる瞬間、早川は売人をキャッチした。地面に着地したズバットは、引金を引く暇も与えずに男達を次々に薙ぎ倒した。早川も、人質さえ助ければ恐いもの無しだ。次々と悪漢を殴り倒す。残っているのは、眼帯の男と暗緑色のコートの男だけだった。
「こうなったら、俺自らが!」
 暗緑色のコートの男は、サングラスとコートを投げ捨てた。早川は、男の素顔に見覚えがあった。
「あいつは、バーテン左京次! 脱獄していたと聞いていたが、こんな所にいたのか。気を付けろ! あいつは、ナイフを無数に投げる!」
 早川の助言に、ズバットは頷いた。矢継ぎ早に投げ出されるナイフを、ズバットは次々とナイフで切り裂いた。
「な、なんだと?」
 驚く左京次を、ズバットは一蹴で昏倒させた。
 最後に残った眼帯の男に、早川は掴みかかった。
「飛鳥五郎という男を殺したのは、貴様だな!?」
「ち、違う、俺じゃない!」
「嘘をつけっ!」
「ほ、本当だ。そんな男は、知らない」
 早川は、眼帯の男の鳩尾に一撃を放って気絶させた。
「飛鳥よ。おまえの敵は、この街にもいなかったよ」
 早川は、ズバットの方を振りかえった。
「早くタイマーを止めて、スーツの機能を停止させるんだ。爆発するぞ、式!」
 言われた通りに、ヘルメットの横に備え付けてあるタイマーを停止させると、ゴーグルがスライドしてズバットの素顔が見えた。ズバットの正体は、式だったのだ。
「ギターの秘密、よく判ったな」
「おまえを助けるには、これしか無いと思ったんだ」
「ああ、お陰で助かったよ。有難う」
 早川と式は、ガッチリ握手した。

 東条刑事と秋巳刑事が倉庫に到着すると、密売組織は全員鎖で縛られていた。眼帯の男の頭には、何か書かれたカードが乗せられている。
『この者、麻薬密売犯』

 既に朝になっていた。霧深い街中を、式と早川は静かに並んで歩いていた。売人の女は、既にアパートに送り届けていた。
「ズバットの正体は、誰にも言うなよ」
「ああ、オレもズバットだからな」
「ふふっ。言ってくれるじゃないか」
 早川は、式の頭をグシャグシャになるほど激しく撫でた。不思議と、式は不快に感じなかった。むしろ、逆だった。
「お前とは、ここでお別れだな」
「どうしても、行くのか?」
「ああ、どうしても決着を付けなきゃいけない奴がいるんだ」
「なあ、その決着がついたら……」
 早川は、帽子のつばを人差し指で上にずらした。
「もう一度、勝負しに来るさ」
「きっとだぞ、早川」
 早川は、霧の中に消えて行った。
 早川と入れ替わりに、三つの人影が霧の中から出てきた。一人は幹也で、後の二人は見知らぬ女と子供だった。
「式ーっ!」
「早川さーん!」
「おにいちゃーんっ!」
 どうやら、後の二人は早川の知り合いみたいだった。式は、手を振って三人の方に歩き出した。

/快傑参上・了

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