中国 福建省 客家土楼

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土楼全景 円形 懐遠楼と奥は和貴楼


土楼内部 円形 承啓楼


土楼内部に舞台 魚眼レンズ 振成楼


土楼内部 方形


土楼内部 方形



土楼内部 食後の一服


土楼内部 テレビを見る子供と大人


土楼内部 1階の食事室


土楼内部 火災の復旧部分


ちびまるこちゃん


土楼内部 子供が沢山いる。


土楼の入口部分


土楼の大学生
中国福建省(左図赤)とその西側の広東省のの山の奥は、年間の降雨量が1400mmを越える多雨地帯。
山は険しく、僅かに開けた河川の周りの平らな部分は狭い。その僅かな平らな部分にこの土楼は建っている

土楼に住む人たちは、彼らは原住民と区別されて「客家人」と呼んばれている。
その昔、北の華北地方に住んでいた漢民族の一部は、遊牧民の侵略や争乱を逃れて、この南の地へ移動をしてきたと言われている。

客家人(漢民族)と先住民族との間には争いがおき、客家人は一族単位で土楼と呼ぶ要塞型の集合住宅をつくり、そこで生活をしてきた。
外壁は竹を鉄筋代わりに水平方向に並べ、上から入れて杵で押し固める版築と呼ぶ工法の土壁を用いた。
大きな土楼では壁の厚さが1.5m以上もあった。客家土楼は入り口を1〜4つまでと少なくし外敵に備えた。外側の窓は、上に行く程大きくなる。
内側は、木造の床と柱壁で同じ大きさ部屋をつくっている。
廊下は通常上に行くほどせり出してきて広くつくられており、馬が走れるほど広いという意味で走馬廊と呼ばれている。
むかしから客家人は教育熱心で、土楼毎に教育施設をもっていた。内側の平屋建ての建物には学校の先生のための家や、客人のための部屋があった。
今は家畜小屋、倉庫、台所、食事部屋になっている。

今は、人が減ってきて小さな子供でも一部屋貰える。
朝起きると扉の鍵をかけて、階段の上にある洗面器で汲んで置いてある水で顔を洗い、タオルを干す。

空間の感想

1日目 廈門(アモイ)から車でしょう州市(当用漢字外)(1泊)。
2日目 しょう州市から書洋をとおり、山奥へ。このあたりからほら土楼が見える。@〜B永定に1泊。
3日目 永定からC〜G
4日目 龍岩までは平野部が多く、沢山の土楼が見える。
H〜J


赤  −舗装された道
ピンク−は未舗装
緑  −悪路

1.和貴楼(南靖県梅林郷 山村)
2.懐遠楼(南靖県梅林郷坎下村)
3.長源楼(南靖県書洋郷石橋村)
4.承啓楼(永定県古竹郷高北村)
5.僑福楼(永定県古竹郷高北村)
6.環極楼(永定県下南渓)
7.振成楼(永定県湖坑郷洪坑村)
8.福裕楼(永定県湖坑郷洪坑村)
9.永隆昌楼(永定県撫市郷撫市村)
10.大夫第(永定県高陂郷大堂脚村)
11.遺経楼(永定県高陂郷上洋村)

各土楼の詳細データ