≪東北学院大学体育会弓道部の創立≫












































































 























 戦前の東北学院(専門部)の弓道部に関しての資料などは一切残っておらず、伝え聞くところによると、土樋キャンパスに弓道場が あり、当時日本弓道界の第一人者、弓聖といわれた阿波研造範士 の指導を受け活動していたと伝えられている。


 戦後、昭和30年、前監督の佐藤正好氏、前OB会長吉田勝彦氏ら数人の先輩たちにより弓道愛好会が発足。
初代師範に上野栄三郎先生を迎え、十二軒丁(現在の八幡一丁目付近)にあった、上野道場(東宏山道場)に通い、稽古に励んだ。
(上野栄三郎教士六段。仙台市一番町で帽子の製造、販売を営む傍ら昭和7年から
錦戸宇内、安沢平八郎範士に師事、弓界の発展に尽力した。



昭和34年体育会弓道部に昇格。翌昭和35年発起校として東北学生弓道
連盟を結成、全日本学生弓道連盟に加盟。
発足時の加盟校は、東北学院大学・東北大学・福島大学・山形大学の4大学
初代会長に
桐原幸雄氏
が就任。

東北大学との定期戦が始まる(春、秋、年2回)。


 昭和35年6月 第1回東北学生弓道大会開催(主管 福島大学
 於 福島大学 弓道場)
     優勝福島大学



昭和36年6月 第2回東北学生弓道大会開催 (主管東北学院大学 於仙台八幡弓道場)
     優勝東北学院大学
 
日大工学部加盟



同7月東北学生親善弓道大会開催(東北地区学生総体の正式種目への アピール)

同7月23日 第9回全日本学生弓道選手権大会に初出場(於 京都)
 
同11月27日 第9回全日本学生王座決定戦、第7回東西学生弓道選抜対抗に出場(
嵐田昭吉氏
 
日大工学部との定期戦が始まる。


昭和37年 東北地区学生総体に参加(於 山形)
  
北海学園大学との定期戦が始まる。

 昭和38年二代師範に西村千代子範士を迎える。
(西村千代子九段範士。日本最初の女性弓道範士で宮城第一女子高校長などを経て、宮城県議会議員などをつとめた。阿波範士に師事し厳しい指導で知られていた。)

土樋キャンパス弓道場落成
(OB、部員による募金活動、材料調達などにより、決して立派な造りの道場ではないが部員の情熱と熱意によって、5人立ちの道場が完成した。)


昭和40年 三代師範に小沼修吾範士を迎える。
(小沼修吾九段範士。阿波範士に師事しその後
安沢範士、紺野雅二範士に師事。温厚にしてつねに学生を情熱を持って指導し、昭和57年逝去されるまで、長年にわたり学生弓道の発展に尽くされた。)


          栄光の歩み

昭和40年全日本学生弓道選手権大会 男子団体優勝
昭和44年部創立10周年記念式典開催。
昭和54年部創立20周年記念式典開催
昭和55年全日本学生弓道女子王座決定戦準優勝。
昭和64年部創立30周年記念式典開催
平成5年第22回全日本学生弓道女子王座決定戦優勝。
平成6年全日本学生弓道選手権大会女子団体準優勝。
平成7年第23回全日本学生弓道女子王座決定戦準優勝。
平成8年第24回全日本学生弓道女子王座決定戦優勝。

平成11年部創立40周年記念式典開催。
同6月 土樋弓道場、研究棟新築のため取り壊される。
平成12年第12回全国大学弓道選抜大会(京都)男子3位
平成12年第48回全日本学生弓道選手権大会男子 4位
     
同上   射道優秀賞 
平成13年第13回全国学生弓道選抜大会(京都)男子3位
平成14年第50回全日本学生弓道選手権大会男子4位

    阿波研造範士
(明治13年〜昭和14年)


≪宮城県石巻出身≫
仙台藩士日置流雪荷派木村辰五郎時隆の門下で修業を積み日置流雪荷派免許皆伝、その後、本多流の祖本多利実に師事、射風は勇猛精進と全身全霊を尽くす一射絶命の弓であった。
この大射道教は多くの門弟、特に東北地方において継承されている。旧制二高(現東北大学)師範などをつとめた


昭和40年代初めの頃、東北大学との定期戦、東北大学旧道場前の様子
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平成8年全日本学生弓道女子王座決定戦
優勝メンバー
増岡、西向、小林、
永井、石塚



弓道部創立40周年記念式典
並びに土樋弓道場お別れ射会
(平成11年5月)
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40周年記念懇親会
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小沼修吾(修鳳)範士
(明治30年〜昭和57年)




土樋弓道場
平成11年6月取り壊された

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第13回全国学生弓道選抜大会
3位入賞メンバー
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