第1節
北陸新幹線の建設ルート


 北陸新幹線は、(高崎〜軽井沢間)が、平成元年6月に、次いで、軽井沢〜長野間の認可が平成3年に、工事実施計画の認可を受けた。その時点で、フル規格新幹線形式での建設に着手した。高崎〜長野間は、路線総延長が117.4kmで、長野車両基地まで含めると、総延長は、125.7kmになる。

 そのルートは、地図を追って説明すると、高崎駅から3.3km上越新幹線に並行した後、高崎市大八木地区で西方に分岐する。そして、箕郷町を経て烏川を渡り、榛名山麓を西進して、安中榛名駅に至る。更に、榛名町、安中市、倉淵村の丘陵・山岳地域を、北に大きく迂回してトンネルで通過し、霧積山から南下して、群馬県・長野県境を越えて、軽井沢駅に至る。その後、「しなの鉄道」(旧信越本線)に約2km並行して進み、御代田町を経てトンネルで南下して、JR小海線と交差する佐久平駅に至る。更に、御牧原・八重原台地をトンネルで通過し、千曲川を横断して、上田駅に至る。その後は、坂城町・戸倉町・更埴市の山麓を、長さ15.2kmの長大トンネル(五里ヶ峰トンネル)で通過し、長野自動車道更埴ICと交差した後に、千曲川を再び渡り、長野市内に入ると、「しなの鉄道」に並行して北進し、長野駅に至る。新線で設置された駅は5駅で、この内、安中榛名駅と佐久平駅が、全くの新駅となる。他の3駅は、既存の信越本線(しなの鉄道)の駅構内に併設された。また、東京駅でも、中央線のホームを移動させ、島式ホーム1面2線を新設した。車両基地は、長野駅の北東約9kmの長野市赤沼地区に新設され、車両の留置、仕業、交番検査や、臨時修繕ができる設備となっている。

 ちなみに、北陸新幹線のルートは、小諸市をきれいに避けるようにして通っている(※詳細はこちらの地図参照)が、これは、小諸市が、軽井沢〜長野間をミニ新幹線で通すことを主張したのに対し、隣の佐久市が、フル規格新幹線誘致を主張、そして、小諸市側が、この政争に敗北したためだという説が有力である(確認したわけではない)。このことは、後に、佐久市に新設された駅名問題に発展していくのだが、そのことについては、後で触れる。

 新線総延長125.7kmを軌道構造別に分類すると、土路盤=15%、トンネル=51%、橋梁=9%、高架橋=25%であり、その地理的条件(山岳地帯であること)から、トンネルの占める割合が、他のフル規格新幹線に比べると、非常に高くなっている。また、北陸新幹線は、財政状態の逼迫した状況の中でスタートした事業であることと、長野オリンピックのために、着工から8年(軽井沢以北は6年)で完成させなければならなかった。これらの地理的条件や、社会的条件の元で、北陸新幹線建設は「建設費の低減」と「工程の確保」が重要なテーマになった。


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