鈴鹿観戦記2004

1999年以来2度目の鈴鹿観戦です。
今回は佐藤琢磨の活躍に観客席は15万人が一体化してました。


1.風よ鈴鹿へ

私が初めて鈴鹿観戦したのは1999年のこと。当時ミカ=ハッキネンが大好きで、結果的に言えば、1999年の鈴鹿は、ハッキネンタイトル獲得の現場となった。しかし、鈴鹿観戦チケットは高いし、行くまでが大変だし、帰るのも大変だし、とその後行くことはなかった。

しかし、今年はアメリカGPで3位表彰台に上がった、佐藤琢磨の存在があった。今年の鈴鹿は例年になく盛りあがるに違いない。というわけで、鈴鹿参戦を決めた。1999年同様、ご家族が某メーカー関係者である、後輩Kちゃんにチケットの手配を依頼してだ。今回の同行者は、会社の同期M君。

ちなみに、交通・宿泊は自己手配であったので、新幹線は同期M君の最寄り駅新横浜と、私の最寄り駅品川駅双方に停車する新幹線の始発(のぞみ201号)で手配した。しかし、宿泊先は名古屋近辺では一切取れず、彦根のホテルを手配するのがやっとだった。

 

しかし、今年は10月10日決勝の予定で、8日フリー走行、9日予選というスケジュールであったのだが、

日本にはその頃、台風22号が接近しつつあった。

元々8日は仕事が入っていたので、9日の始発の新幹線で名古屋に向かう予定であったのだが、8日夜の段階で、9日のスケジュールは全てキャンセルとなり、10日に予選・決勝を行うことになった。55年の歴史を誇るF1でも、こんなことは初めてらしい。
元々、各開催地の最も安定した天候の頃に開催することになっているのだが、まさか10月に台風が上陸するとは思っていなかったのだろう・・・・・

※ちなみに統計上は、10月10日は、11月3日と並んで晴天率が高いらしい。運動会によく使われる日程である。

ということは、9日中に名古屋に入れればいいのであって、わざわざ始発に乗ることはなくなった。列車変更をしようと、JR東海にTELするも、全然繋がらなかった。おそらく台風関連の問い合わせで、回線がパンクしていたのだろうと考えられる。

結局、9日はゆっくりと出発したのだが、今考えるとこれが失敗だったと思う。午後1時過ぎ、新横浜で合流した我々は、13:20発の「のぞみ227号」へと乗り込んだ(※前日TELしたことを伝えたら、すんなり変更してくれた。通常、当該列車出発後の変更は不可)

 

しかし、待てどものぞみは出発しない。どうやら台風が上陸し、富士川の水位が上がっているらしい
富士川には、過去にも苦しめられたことがある。しばし待つしかない。

しかし、結局動き出したのは、午後9時頃・・・・お互いが持参したF1雑誌まで読み尽くしてしまった頃だ。

 

のぞみは徐行で走り出すも、小田原で臨時停車することになっていた。きっと旅客が溢れかえっていたのだろう。小田原を出発すると、今度は熱海で予告なしの停車。再び富士川の水位が上がったとのこと。1時間近く停車して、再び出発。名古屋に着いた頃には、もう日付が変わっていた。

 

但し、新幹線が新横浜で停車している間に、キャンセルするヤツが出るだろうと予測して、

名古屋駅近隣のホテルにTELをしていた。1件目でキャンセルがあることを知り、即予約。

この反応は我ながら見事だったと思う。あの時間に名古屋に着いても、到底彦根なんぞには辿り着けるわけがない。

 

ほとんど寝ずに(私は1時間程、同行者は3時間くらい寝たらしいが)、翌朝近鉄で鈴鹿へと向かうことにした。近鉄を選択したのは、その輸送量をかったからだ。

鈴鹿サーキットの最寄り駅は、「鈴鹿サーキット稲生駅」(徒歩約20分)だが、この駅がある伊勢鉄道は、列車の運行本数も、列車の編成数も短い。

この時期、JRから乗り入れる臨時列車が設定されていたが、それでもたかがしれている。

 

一方、近鉄の最寄り駅、白子駅(バスで15分、徒歩1時間)は、ロケーションとしては遠いものの、

大阪方面・鳥羽方面に多くの列車が運行され、尚且つ編成も長いので、輸送量が比較にならない程大きい。

通常であれば伊勢鉄道利用の方が便利だが、異常なまでに混雑するこの時期は、近鉄利用の方が賢いと思われた。これらは、1999年の観戦時に培った経験によるものだ。

 

ところが、1999年の経験があるものの、それでもナメていた・・・としか言い様がないほど油断していた。近鉄名古屋駅に向かうとホームは既に長蛇の列・・・・・9時開始の予選に間に合うように、7:10発の特急を狙っていたのだが、既に特急券は9時台まで完売の状態であった。
仕方がないので、ほぼ同時刻(7:11)発の急行で向かうことにする。

白子程度の距離であれば、特急・急行でも所要時間に大差はない。

というわけで、急行に乗り、白子へと向かった。決断が早かったので、急行でも座席が確保できたが、まぁちらほらと立ち席がいる程度だった。この辺り、同行者は私に付いて来るだけ。日頃の旅慣れ度が違う。

 

JRと近鉄は、名古屋を出てしばらく併走し、その後もつかず離れずといった感じなのであるが、

併走するJRの車両は4両編成で、通勤ラッシュ並の混雑となっていた。

同行者は「近鉄にしてよかったね」と言っていたが、それは予測済みのことだった。

 

白子には、8時過ぎに到着した。駅前ではTOYOTA一色の号外が配布されていた。さすが資金が豊富な企業は違う・・・・記念に1部頂いておいた。さて、ここからバスに乗れば・・・・・って、

 

何だぁ〜〜〜!!この長蛇の列はぁ!!


白子駅前から、三重交通がサーキットまでバスを走らせているものの、周辺の民家に迷惑をかけるような長蛇の列・・・・・列を辿っていくと、何度も角を曲がっていた。この行列につきあっていたら、とても予選には間に合いそうにない。
1999年訪問時は、予選日の混雑はさほどではなく、バスで行くのも全然問題がなかったのだが
(近鉄名古屋でナメていたのも、この経験に基づいている)、今回は予選・決勝同日開催ということで、皆この時間に合わせてやってきているらしい。

というわけで、歩きながらタクシーを捜すことにした。しかし、白子駅へと向かうタクシーは、申し合わせでもしてあったのか、途中で止めようとしても乗車拒否が続いた。そこで、駅からどんどんと離れていき、大通りを更にサーキットから逆方面に進み、タクシーGETに成功っ!!

すると、止めたと同じに、相乗りの申し出を受けた。まぁ、困った時はお互い様、旅は道連れ世は情け。ということで、相乗り。
しかし、サーキットが近付くにつれ、渋滞が激しいことになってきた。サーキットに到着した頃、既に9時を廻っていた。

 

というわけで、どうにか鈴鹿に辿り着くことができたが、もう少し、インフラ整備を考えてほしいものである。
年に一度のイベントのために投入できる資金はあまりないのかもしれないが、「鈴鹿サーキット稲生駅」を8両編成対応にして、JR東海予備車の381系特急型列車を投入するのは、費用対効果の点でも効果があると思われるのだが・・・・・・

まぁ今回は、台風上陸という、予想し難い事態の影響もあったとは思われるのだが、伊勢鉄道をもっと有効活用しないと、JR側はどんどん近鉄に客を奪われるだけではないか?また、サーキットに至る道も、歩道の整備等しないと、歩行者が車道にまで溢れていて危険である。

それでも、鈴鹿の交通インフラは、関係者から全然文句が挙がらないのだから、世界レベルで見ればマシな方なのかもしれない。シルバーストーンなんかはもっと深刻なんだろうな。。。