だんじりの街

目的は、岸和田城の見学です。
標題は、「岸和田」という街から想像されるもの、そのものです。


1.岸和田城へ

私は月に一回、仕事の関係で関空に出張に行っています。で、翌日は休みにして、小旅行を繰り返しているのですが、今回は岸和田城を見に行くことにしました。

南海 岸和田駅
南海で、岸和田駅へと向かいます。

岸和田は、だんじり祭りと、最近では、ジャイアンツ清原選手の出身地として有名(東京ドームで「岸和田魂」という応援旗がありますね)ですが、実はこの地は、慶長20年(1615)の、「大坂夏の陣」の開戦地でもあります。

紀州和歌山から北上してきた、浅野長晟の軍勢5000を迎撃するために、大坂方の部将、大野治房が20000の軍勢でこの地を通っています。

大野治房は、堺を焼き払い(前年の冬の陣で、東軍の物資拠点となったため)、岸和田城の小出吉英を包囲しています。小出吉英が城から出ようとしなかったので、貝塚にまで進軍しています。

貝塚滞陣中に、樫井で浅野勢と激突した先鋒壇団右衛門が戦死の報を聞き、急ぎ南下しますが、紀州勢は既に退却した後で、特に何の戦果もなく大坂城に引き上げています。

20000の軍勢を擁していながら、後方拠点とすべき堺を焼いたために、滞陣することもできませんでした。
どうも、「大坂夏の陣」において、この紀州路の戦いは、何か象徴的なものに感じます(特に戦略面で)。

※明治以前の話なので、「大坂」としています。「大阪」に改称するのは明治後です。誤植ではありません。

 

 

岸和田城
商店街を抜けて、岸和田城へと向かいます。
小ぶりではありますが、白漆喰が映える美しい城ですね。

内部は、資料館となっていて、江戸時代の城主、岡部氏の資料が豊富でした。
大坂夏の陣関係はほとんどありませんでしたけど。

ちなみに、元々の天守閣は5層で、黒い腰板も張られていたとされていますが、現在の天守閣は、白漆喰3層の天守閣となっています。

現天守閣は、図書館として建設されたのだそうです。
復元したわけではなくて、復興ですね。

 

 

 

 

岸和田城
天守閣から見下ろした庭園です。
この石庭は、「三国志」の軍師、諸葛孔明の「八卦の陣」をモチーフに作られているといいます。そう言われても、どこが何を表しているのかわかりませんけど。

「八卦の陣」とは、「八門金鎖の陣」「八荒の陣」ともいい、休・生・傷・杜・景・死・驚・開の八門からなる陣であるために、その名があります。生・景・開門は吉なれど、傷・休・驚門は痛手を負い、杜・死門は滅亡すると言われています。

「三国志」では、建安12年(207)に新野城外で、魏の曹仁がこの陣を使用しています。しかし、劉備軍の軍師徐庶に生・景・開門を見破られて敗退しています。

後の建興7年(229)に、渭水で諸葛孔明が「八卦の陣」を披露しています。この時、対戦相手、魏の司馬仲達は、生・景・開門を攻めましたが敗退しています。
孔明は、古くから伝わる「八卦の陣」に改良を加えていたのだ、とされています。

時代は更に下がって、唐の時代に、2代皇帝太宗と、その部下李靖が兵法について論じた時に、李靖が「諸葛孔明の八陣」について語ったことが、歴史書に記載されています。物語の中だけではなくて、実際に記録に残っているのが凄いですね。

ちなみに、この八卦の陣を最初に考案したのは、風后(中国伝説上の兵法家)、もしくは太公望(周の軍師)とされています。
どちらにしても、4000年以上前の話です。中国4000年の歴史と言いますが、さすがですね。日本はまだ縄文時代でした。

 

岸和田城天守閣
隣接する郷土資料館(上の写真で、石庭の奥に見える建物)を見学してから、城を一周してみます。

こちらは、入口とは丁度反対側です。
掘越しに見ると、また感じが違います。こうして見ると3層の天守閣とは言え、なかなかの威容を誇っています。

この日は雲一つない青空でした。

 

 

 

 

 

岸和田駅
南海の岸和田駅に戻り、関西国際空港へと向かいます。

南海は、日本最古の私鉄です。今はラピートを走らせる私鉄としても有名ですね。
大阪(JRは天王寺、南海は難波)―和歌山(JRは和歌山、南海は和歌山市)は、JRと南海が並行して走っています。この区間は、目的地に合わせて2社を使い分けないとめんどくさいです。

途中駅が目的地であれば、海寄りを走っている南海の方が便利かもしれません。
大阪以北・和歌山以南が目的地であるなら、JR利用ですね。

どちらも泉佐野(南海)・日根野(JR)で分岐して、関西国際空港に乗り入れています。

 

 

 

 

NH146(KIX−HND)
珍しく早い時間の飛行機で東京へと帰ります。

関空−東京の便は、昼に飛ぶと結構面白いです。
離陸直後には、関空2期展開の第2滑走路(2007年開業予定)が、更にちょっと奥には、神戸空港(2005年開港予定)が、そして、しばらく飛ぶと、中部国際空港(2005年開港予定)の建設地が見ることができます。

中部はともかくとして、神戸空港の路線(どこに飛ぶのか!?)と、関空第2滑走路(需要という意味で)の行方はとても気になります。

ちなみに、この時利用した、ANA146便は減便の対象となってしまいました。

離陸後、百舌鳥上空では、大小の古墳群を見ることができます。
中央やや左の古墳が、最大の仁徳天皇陵でしょうか!?

この日はルートが違いましたが、日によっては鈴鹿サーキットの上空も通ります。

 

 

富士山
ANA146便から見た富士山です。

地上から見るのと、上空から見るのとでは印象が違いますね。
この日は快晴に恵まれ、窓の外を充分過ぎる程に堪能できました。

最近では、飛行機は安く、便利なものになっています。
大阪以遠だったら、迷わず飛行機ですな。特割を使えば新幹線よりも安いし、速いです。

ただ、空港が市街から遠いのがネック。岡山空港や、広島空港はかなり遠いからなぁ・・・

 

 

 

以上で、岸和田城編完結。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。