中国大返し

目的は、山陽の城巡りです。
標題は、本能寺の変の報を受けた秀吉が、山陽道を一気に駆け戻った「中国大返し」そのものです。


1.岡山へ

折角の夏休み(?、しつこいようですが2月です)なので、今まで行ったことのない都道府県に行ってみよう。
私が未だに未到達の都道府県は、岡山県・鳥取県・島根県・徳島県・宮崎県の5県。今回は城巡りも兼ねて、岡山県に行ってみることにしました。日本三大庭園も、「後楽園」だけ行ったことがなかったし・・・・・・

というわけで、ANA651便で出発。東京−岡山は、距離的に新幹線利用と航空利用の分岐点になるところらしく、双方で激しい争いをしています。昨年までは、ANAの単独路線だったのですが、7月にJALが参入し、より激しい争いになってきました。
まぁ、その分値下がりするので、旅をする身からはありがたいことですが・・・・・・・

ちなみに、昨年7月にJALが新規参入した、かつてのANA単独路線、東京−岡山・富山・山口宇部は、「3山路線」と言われています。

 

さて、出発したのは、2月1日。この日はANAの「1日乗り放題」の日で、空港はごった返していました。
まぁ比較的短距離路線の岡山は、そう混雑はしていませんでしたが・・・・・・ちなみにこの日から、ANAとADO(エアドゥ)のコードシェア(共同運航)がスタートするので、空港でセレモニーが行われていました。

 

ANA651便は、8:00発です。ということは、私は家を6:00には出なければいけないわけで・・・・・起きたのは5:30でした。
そのためか、機内でも、岡山空港から岡山駅までのバスの中でも熟睡・・・・・zzz・・・・・

岡山駅
岡山駅には、「来た」というより、「連れて来られた」という感じ。何か見えない力に・・・・・
気がついたら、岡山駅にいた。っていう感じです。

さすがは岡山駅。駅前にも桃太郎がます。
桃太郎が腰につけていったと言われる「きびだんご」。漢字にすると「吉備団子」で、「吉備国」と言えば昔の岡山県のこと。吉備国は後に3つに分れて、「備前・備中・備後」となりました。
このうち、備後は今の広島県東部になります。

そう、桃太郎の話は、岡山県が舞台です。
鬼が島は、瀬戸内海の島で、鬼とは、瀬戸内海の海賊のことというのが定説です。

犬・雉・猿が何を表しているのかは、民話の専門家ではないのでわかりませんが、団子1つで、戦いに加わるなんて、いいヤツらです。ちなみに、岡山県は、今も桃の産地として有名です。

 

 

岡山市電
岡山駅前から、市電で城下(しろした)という駅に行くのが、「岡山城・後楽園」の観光コース。まぁ歩いても行けない距離ではありませんが。

その前に空腹を満たすことに。朝から何も食べていなかったもので・・・・
この右手にある、「M」ハンバーガーで、しばし休憩。

朝食後、市電に乗って「城下」へ。
岡山市電は、「F」の字の運行になっていて、「城下」は丁度「F」の字の左上の角になります。
つまり行き先を間違えると、全然違う場所に連れていかれます。

私もあやうく、違う方面の電車に乗るところでした・・・・・・

ちなみに、この電車にも、桃太郎がペイントされています。もっとも全ての市電にこのマークがついているわけではありませんが。

 

 

岡山城
城下から、川沿いを歩いて岡山城へ。

岡山城のいたるところに、「あぐりの道」と称する看板が立っていました。
「鈴木亜久里!?」っていうボケは置いておいて、NHK朝の連ドラ「あぐり」の撮影地であったようです。

岡山城は、見慣れた漆喰塗りの城ではなくて、黒い外板で覆われているために、「烏城」という別名があります。「烏(この場合はカラスという意味)のように黒い城」という意味です。

岡山城についての詳しくは、こちらをご覧下さい。

黒塗りで、窓枠が白くなっています。漆喰塗りの白い城が、優雅さを感じさせるなら、この城は武骨な力強さを感じます。言うなれば、男性的な美しさという感じでしょうか!?

根拠は全くないのですが、感覚的に、信長の安土城に似ているような気がしました。
従来の日本の城郭建築とはちょっと違う印象があり、エキゾチックな感じがします。

 

 

後楽園を臨む
天守閣最上階から、隣接する後楽園を遠望してみました。
いかん、ガラスに反射してもうた・・・・・

東京、というか関東の人は、「後楽園」っていうと、水道橋近くにある、「後楽園遊園地」を連想するんでしょうね。その昔、読売ジャイアンツの本拠地も「後楽園球場」であったわけで。

かくいう私も、受験勉強の際に、「後楽園=岡山」と教えられて、もの凄い違和感を感じたことがあります。逆に教える立場になった時にも、それで苦労しました。

東京の「小石川後楽園」は、水戸徳川家の造営で、『岳陽楼記』の「天下の憂いに先じて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から名前を採ったようです。

一方の「岡山後楽園」は、城を背後にしていたために、「御後園」と呼ばれていましたが、明治4年(1871)に「後楽園」と改名しました。「後楽園」の名前は、小石川の方が古いようですが、双方に特に関連はないようです。

 

月見櫓
岡山城は、昭和20年(1945)の空襲で焼失していますが、その際に唯一焼け残ったのが、この月見櫓。

岡山城の一角を守る、隅櫓の1つなのですが、「月見」という風流な名前を冠しているのも、全国的に見て珍しいです。

実際に月見にも使われていたようですが、建物の構造自体は武器蔵になっているそうです。
こちらは、重要文化財に指定されています。

 

 

 

 

岡山城
岡山城から後楽園へと渡る、月見橋から見た岡山城天守閣です。

岡山城の最大の特徴は、方形ではなくて、矩形であることです。
つまり、横に長いということ。なので、横から見ると、実に建物が薄く、正面から見た時に比べると、貧弱に感じます。

もう1つの特徴は、1層が五角形であること。
通常、日本の城は、四角形を積み重ねたものですが、岡山城は、第1層だけが、川に向かってせり出すような形で五角形になっています。

せり出し部分はわずかであるために、写真で見てもわかりにくいとは思いますが、この方向の第1層が五角形になっています。