街道をゆく〜東海道の諸城〜

目的は、桜見物です。桜の名所は城が多いので、東海道沿いに城巡り。
標題は、司馬遼太郎の紀行文「街道をゆく」(朝日文芸文庫)のそのままパクリです。


1.浜松・岡崎城

今年の桜は、気忙しかったなぁ。何時の間にか咲いたと思ったら、もう散っていました。
例年になく早い開花のため、心(と旅)の準備をしている間に通り過ぎていったという感じです。

3月の末にちょっとした用事もあったので、ついでに桜も見てしまおうと思い立ちました。
後から考えてみると、東海道を桜前線とともに西下していったという感じでした。狙ったわけではなく、たまたまそうなったのですが、一応、標題は、「東海道の諸城」ということで。

浜松城
まず訪れたのは、浜松城。ここは
以前にも一度来ています

前回とは違った角度から撮影。しかし、浜松城の天守閣は本当に撮影しにくい。今回は桜の季節だったので、うまい具合にいきましたが、夏を過ぎると、葉が繁茂して、天守閣はほとんど見えなくなってしまいます。

浜松城は、天守閣近辺よりも、やや下っていったところにある、公園となっている部分の方が、多くの桜が咲き誇っていました。

この日は土曜日ということもあって、いたる所にゴザをひいて、宴会されている方が多くいました。
まぁ、そのうちのほとんどが、「桜を口実に飲みたい人」なんだろうけど。

 

 

 

岡崎城大手門
続けてやってきたのは、岡崎城。正直言って、もっとこじんまりした城を想像していたのですが、かなり規模は大きかったです。

こちらは、国道1号線側の入口、大手門。
門前のしだれ桜が見事です。

この日は日曜日(浜松訪問の翌日)だったので、もの凄い混雑。城に隣接する駐車場は、長蛇の列になっていました。

岡崎城は、徳川家康生誕の地として高名です。
この城の規模の大きさは、そうした、「徳川家の聖地」としての意味あいが強いのかもしれません。

 

 

 

徳川家康像
こちらは、城内の徳川家康像。

徳川家康は、天文11年(1542)12月26日、戦国の真っ只中に、父松平広忠、母於大の方(伝通院)との間に、長男(嫡腹として。庶子としては兄がいる)この城で産まれました。

6歳で人質に出され、その間に父広忠は、家臣に刺され死亡。岡崎城は、今川家預かりとなっていました。

運命が変わったのが、永禄3年(1560)の桶狭間の戦いでした。
織田家の奇襲を受けた今川勢は壊滅、当主義元は討ち死してしまいました。留守居役の田中次郎左衛門は駿河に撤退したため、家康が岡崎城を占領しました。家康にとっては、13年ぶりの復帰でした。

以降、家康は岡崎城を本拠地として、三河の平定を行い、家康が浜松城に移転した後も、嫡男信康の居城となっていました。

 

本多忠勝像
こちらは、徳川四天王の一人、本多平八郎忠勝の像。

本多(忠勝)・酒井(忠次)・榊原(康政)・井伊(直政)の四天王の中で最も有名な人でしょう。

蜻蛉切(とんぼきり)と呼ばれる槍と、兜の鹿の角が特に有名で、「三河の鹿」と恐れられた武将です。
本多忠勝の名場面は、小牧・長久手の戦いの折りに、長久手へ突撃した家康を追撃しようとした秀吉を、見事妨害しきったところでしょう。

その他の戦いでも、数々の功名を立てています。
正に徳川軍団を支えた名将であると言えます。

 

 

 

岡崎城天守閣
こちらは、岡崎城天守閣。
天守閣のあたりは、あまり桜の木はなく、松の木が多かったです。

天守閣自体は小規模な造りです。
入口の当たりは小田原城に似ているかもしれません(天守閣の規模は違いますが)。

天守閣内を見物しましたが、特にこれといって特筆するような展示物はありませんでした。まぁ甲冑の展示はまぁまぁだったかな。

天守閣よりも、「家康館」という資料館の方が内容は濃かったです。
家康の祖父清康、父広忠や、徳川家家臣団について、なかなかの内容でした。

岡崎城の詳しくは、こちらをご覧下さい。

 

 

 

岡崎城
岡崎城の西側の堀とも言える、伊賀川です。
この辺りの桜は綺麗だったなぁ。

桜は、城の周りか、川沿いが一番映えると私は思っています。
ここは、正に、両方の条件を兼ね備えているところ。
のんびり歩いているだけで気持ち良かったです。

桜の木の下には、花見客がいっぱい。
これだけ満開で、天気がいいと、気持ちいいだろうな。

我が地元の、桜川を思い出してしまいました。

 

 

 

 


こちらは南側の堀となっている菅生川の方面。

菅生川の方は、いろいろなイベント会場としても使われるらしく、こちらの方が賑わっていました。何でも、夏には、花火大会もあるとか。

定番である、「たこやき」や「やきそば」といった出店も軒を並べていました。

しかし、もの凄い人・人・人・・・・・・・・・

まぁ、これだけ天気がいいと、文句は言えません。
ここから、再び天守閣の方に戻り、岡崎城を後にしました。