春過ぎて 夏来にけらし・・・・

目的は、長篠城・清洲城の散策です。
標題は、百人一首、持統天皇「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」から考えました。


1.豊橋へ

6月末の、とある休日。急に長篠城に行きたくなりました。新田次郎原作、横山光輝画の「武田勝頼」(講談社KC)を読んでいたことは無縁ではないと思います。思い立ったが吉日(いつものことですが)。長篠へと旅立つことにしました。

長篠に行くには、東海道新幹線で豊橋まで出て、飯田線に乗り換えて行くのが普通です。
武田軍の進軍のように、中央本線で甲府、辰野を経由して、飯田線を南下という手もありますが、こちらは時間がかかるので却下。
11:13発の「こだま415号」に乗るつもりで、東京駅へ。

11:00頃に東京駅に着いたのですが、みどりの窓口が、どこを見ても長蛇の列・・・・・・・なんか黄色、白赤の人達がいっぱいいる。
あ・・・忘れてた・・・・・・今日は、
W杯のイングランドVSブラジルが、掛川で開催される日ではないか・・・・・・・

結局、11:13発の「こだま415号」には乗れず(切符が買えなかったため)、11:33発の「こだま457号」に乗ることになりました。

 

富士山だっ!!
指定席なんぞあるわけもなく、当然のごとく自由席へ。掛川まで大混雑でした。「盆と暮れが一緒にやってきた」とは正にこのことでしょうか?
デッキにまで座り込む、イングランドサポーター。携帯電話で、「SHINKANSEN」に乗っていることを自慢している人もいました。

新横浜、小田原と停車するごとに増えていく、ユニフォーム着用の方々。
私は、熱海から乗り込んだビジネス客と一緒に、小さくなっていました。

新富士駅の辺りで、車窓には富士山が見えましたが、気付いたような人はほとんどいませんでした。

静岡県富士市と隣の富士宮市は、製紙・パルプ工業の街。新幹線の車窓には、パルプ工場の煙と、富士山のコントラストが。ある意味、この光景に慣れてしまった自分が怖い。写真では、煙が入らずに、うまく撮影することができました。
でも、これが本来あるべき姿なんだろうなぁ。

 

 

こだま457号
現在走る新幹線車両の中で、唯一乗ったことのない車両が、この100系でした。
初めての100系体験は、貴重な経験になりました。

あれほど混んでいたのに、掛川を過ぎたらガラガラ・・・・・・・
会場の、エコパスタジアムは、掛川駅を過ぎた辺りから見えるのですが、付近は人・人・人。掛川の街、始まって以来ではないのか??と思うほどの大盛況。

おかげさまで、100系の座席に座れたのですが、掛川を出ると、浜松に停車して、すぐに豊橋到着。堪能とまではいきませんでした。

ちなみに、100系は2005年の東海道新幹線品川開業に伴い、退役するそうです。
スピードだけでなく、居住性を重視した設計思想は、スピード至上主義に敗れた形となりました(100系の最高速度はV編成の230km/hです。将来の270km/h営業に対応するための退役です)。

2階建てのグリーン車、食堂車を導入した功績は大きいと思います。
余談ですが、私の大学のゼミの先輩、I さんは、これに似ているので、「新幹線さん」と呼ばれていました。

 

豊橋駅
13:56に豊橋駅に着いて、飯田線に乗りかえるために、在来線ホームへ。
途中、観光案内所に寄って、情報収集しています。

で、在来線のりばに行って驚きました。何と、JRと名鉄が同じ改札を使っているっ!!。
関東はおろか、日本中、どこを探しても、こんな改札見たことないです。

同様のケースは、関西空港駅の1つ手前、「りんくうタウン駅」でも、JR西日本と南海電鉄が同じ改札、同じホームを使っています。ただ、こちらの場合は、「関西国際空港連絡鉄道」という、第3種鉄道会社(線路しか持たない鉄道会社)に乗り入れている、という経緯があります(つまり両社が借りているということ)。

JRと私鉄が共同の駅を使用しているというのは、非常に珍しいですね。

 

 

 

豊橋駅共同ホーム
飯田線のホームは、JR東海道本線の隣にあります。向かって左側が、東海道本線のホーム。つまり、JR東海道本線・名鉄名古屋本線・JR飯田線と並んでいるわけです。左側は名鉄の看板特急、「パノラマスーパー」ですね。なんか変な感じ・・・・

私が乗るのは、右側に停車中の、14:43発の飯田行の列車(531M)。
飯田線の豊橋側は、途中の豊川・新城までは本数が多いものの、新城以北へ直通する列車は極端に少なくなります。本長篠以北に向かう列車となると、1日に8本(乗り継ぎは除く)しかありません。

幸い、丁度都合のいい列車がありましたが、下手すると1時間くらい待つことになります。

 

 

 

 

JR、名鉄共同所有区間
列車は、豊橋を出ると、すぐに豊川を渡ります。

ん!?なんか変だ。右側の上り線路(名鉄だと下り?)を、JRと名鉄が交互に走っている。相互乗り入れ??

実は、向かって左側の線路はJR所有で、右側は名鉄所有です。
お互いに単線で営業するよりも、効率的に運用できるということで、両社が共同で、お互いの線路を使っているのです。そう考えると、豊橋駅で、JRと名鉄が同居しているのも、なんとなくわかります。

この形態は、JRと名鉄が併走する、平井信号所(下地駅の先)まで続きます。
ちなみに途中の下地駅、船町駅はJRの列車しか停まりません。

JR飯田線は、元々豊川鉄道という名鉄と関連が深い私鉄を、旧国鉄が買収したという経緯があります。この特殊形態もその名残かもしれません。

 

 

長篠城駅
豊川駅までは住宅地でしたが、そこをを過ぎると一転してローカル線の雰囲気に。

と思ったら、東新町駅で、小学生ご一行様が大量乗車。遠足のようでした。
「のんびりとローカル線」という雰囲気ではなくなりました。まぁ、こういうのもたまにはいいかな?逆に、引率の先生が気を使われていて、かえって恐縮でした。

列車は15:47に長篠城駅に着きました。
小学生ご一行様も1/3くらいがここで下車。グループによってルートが違うようです。

長篠城駅は、長篠城址の最寄り駅ですが、ホームも短い無人駅です。車掌が走って切符を回収していました。

 

 

 

 

長篠城駅
こちらが、長篠城駅の駅舎。駅舎というには寂し過ぎるかも。

長篠城址の最寄り駅だけあって、城門を模した形態になっています。
というか、駅舎自体が門のような感じで、ただくぐるだけです。
待合室のようなものもありません。

ここから歩いて、長篠城址を目指します。

長篠城は、言うまでもないことながら、1575年の長篠の戦い(織田信長VS武田勝頼)の原因となった城です。
諸説ありますが、日本三大籠城戦(長篠城、備中高松城、三木城、又は八上城)の1つとしても高名です。