春の野に出でて・・・・

目的は、和歌山の観光です。
標題は、百人一首、光孝天皇の「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」から考えました。


1.和歌山へ

月一の大阪(関空)出張。さて、今月はどこに行こうか!?
いろいろ候補地を挙げて悩んだ結果、今回は和歌山に行くことにしました。

りんくうたうん駅
関空出張の時は、いつも宿泊はりんくうタウンです。
前日は関空内にある、JALホテル内の雀荘で久しぶりの中国語のお勉強会、後に飲みというご接待(?)でした。

起きたらもうチェックアウト時間ギリギリ。身支度を速攻で仕上げ、チェックアウト。
りんくうタウン駅からJRに乗ります。
同じりんくうタウン駅に乗り入れている南海電鉄でも和歌山にはいけるのですが、JR和歌山駅に近いラーメン屋に行きたかったのもあって、取りあえずJRで行くことに。

とりあえず、大阪・京橋行の関空快速に。
りんくうタウンからは、和歌山方面の直行はないので、とりあえずこれで日根野に出ます。

 

 

 

日根野駅
JRの関空方面と和歌山方面の分岐点は、この日根野駅です。
ここで、和歌山行の「紀州路快速」に乗り換えて、和歌山に向かいます。

実は和歌山に行くのは2度目。1回目は1年前に、会社の同期(男)と2人で、ラーメン巡りに行ったことがあります。

日根野の駅では、「関空快速」(天王寺・京橋〜関西空港)と「紀州路快速」(天王寺・京橋〜和歌山)の分割・併合が行われます。一部行われない列車もありますけど。

この日の列車も、関空方面へと向かう「関空快速」を切り離してからの発車でした。

和歌山到着後、お目当てのラーメン屋へ。
うむ、何度食っても旨い。和歌山ラーメンは、尾道ラーメンにちょっと似ています。

 

 

 

和歌山城
ラーメンを食べた後、和歌山城へと向かいます。
1年前に来た時は、城に興味のないヤツと一緒だったので、和歌山城訪問は、今回が初です。あの時は、和歌山のラーメン屋が、ほとんど夜からの営業だということを知らずに、無駄に歩き回っていたなぁ・・・・・・

さて、しばらく歩くと、堀越しに、和歌山城天守閣が見えてきまいた。
紀州浅野家(後に広島へ転封)、徳川御三家の1つの紀州藩の居城ですね。

そう言えば、かの徳川吉宗(「暴れん坊将軍」と言った方がわかりやすいか!?)も、この紀州藩の藩主から、徳川宗家(将軍職を継ぐ家系)の養子になったのでした。

和歌山城へは、裏門とも言える岡口門から入りました。
後から知ったのですが、この門は重要文化財指定の門なのだそうです。
写真に撮っておけばよかった・・・・・・・・

 

 

和歌山城天守閣
城に到着すると、まずは天守閣を目指しました。

紀州藩55万5000石の居城としては、天守閣はやや小さめに感じます。
名古屋城の尾張藩が61万9000石ですから。
名古屋城が平城で、和歌山城が平山城というのは、何か関係があるのでしょうか?
(岡の上なので、資材を運ぶのが大変とか、建造物の安定性の問題とか!?)

但し、和歌山城としての城域はかなり広いです。

和歌山城天守閣は、名古屋城のような威圧感よりも、女性的な優しさや美しさの方をより強く感じる建造物だと思います。

和歌山城についての詳しくは、こちらをご覧下さい。

 

 

和歌山城天守閣より
こちらは、和歌山城天守閣から見た景観です。

和歌山城内の展示は、流石に徳川吉宗関連のものが豊富でした。
徳川家の将軍としては、始祖家康、幕藩体制を確立した家光、絶妙のタイミングで大政奉還を行い、日本が英仏の戦場となることから救った慶喜と共に、高い評価を受けるべき将軍だと思います。

徳川吉宗が行った政治は、「享保の改革」と称され、寛政・天保と共に、「江戸三大改革」と言われます。残り2つが大きな成果を挙げなかったことを考えると、それなりの成果を残した吉宗は、「徳川中興の将軍」でしょう。

ちなみに、「享保の改革」では、米関連の政策が多かったので、吉宗は「米将軍」と言われていました。「暴れん坊将軍」はあくまでドラマの話ですからね。

そう言えば吉宗は、2代秀忠、15代慶喜と共に、「家」の字がつかない将軍ですね。
(14代家茂は、将軍就任時に、慶福から改名しています。)

 

和歌山城動物園
和歌山城の南の丸は、動物園になっていました。
何だか小諸城址の懐古園みたいです。

ただ、ここの動物園の凄いところは、入場無料ということ。
小諸の懐古園ですら、入園料が必要ですから。

ここの動物園は、童話園と水禽園に分かれています。童話園には主に哺乳類が、水禽園は、主に鳥類という内容になっています。ここの水禽園の展示は凄かったなぁ・・・・・

まぁ、全体の規模はそれなりですが、規模はどうであれ、入園無料というのは、凄いことだと思います。

 

 

 

和歌山城天守閣
城域内を再び巡って、再び天守閣入口へ。

この角度から見ても、やはり威圧感というよりは、優美というか、艶やさというか、どちらかというと女性的な印象を受けます。

城は、防御施設であると同時に、権力者の力の誇示としての性格も持っています。そして、領主の威圧感の象徴にもなるわけです。つまり「あんなもの建てられる人に逆らえるわけがない」と思い込ませるわけです。

しかし、和歌山城はそうした威圧感をあまり感じません。それなのに、江戸期は結構農民を絞り上げていたことで有名な藩です。隣の大和(奈良県)が天領で、租税が安かったのと対称的だったからというのもあるでしょうね。

白壁の汚れも歴史ある感じでいいですよね。まぁ昭和33年の再建ですけど。