花のふるさと

目的は、吉野山の桜見物です。
標題は、新古今和歌集「吉野山 花のふるさと 跡たえて むなしき枝に 春風ぞふく」(大納言経信)からです。


1.吉野へ

桜の季節には、これまで弘前城址高遠城址と桜の「三大名所」を訪問してきました。
そこで、今年は残る1つである、奈良県吉野へと向かうことにしました。

しかし、吉野は訪問するタイミングが難しい・・・・・吉野の桜は、下千本・中千本・上千本・奥千本と分かれているのですが、それぞれ、開花のタイミングが微妙に違うからです。一体どこの見頃に合わせればいいものか・・・・・

とまぁ、いろいろ悩んでいるうちに、仕事や私事で4月が慌しく過ぎていき、いつものように、JRのCYBERSTATIONでチェックをすると、下千本は葉桜、中千本・上千本が散り始め、奥千本が満開という情報になっていました。よし、このタイミングで出かけようっ!!

 

天王寺駅
さて、空路大阪へと向かい、伊丹空港からはバスで「あべの橋」へと向かいます。
どうも、奈良というと、関空の方が近いようなイメージがあるのですが、近鉄特急を利用するならこちらが便利、ということで、伊丹経由となりました。

伊丹空港から、「あべの橋(天王寺)」というバスに乗ったのですが、左の写真の左側がJRの天王寺駅で、奥が近鉄の大阪阿部野橋駅になります。

関東の人間からすると、これぐらいの距離なら同一駅名でいいのに・・・と思ってしまいます。
まぁ、大阪では他にもJRの大阪駅と阪神・阪急の梅田駅が、こんな地理関係にありますけど。

名古屋のJRの名古屋駅と、名鉄の新名古屋駅もこんな地理関係かも。相変わらず、このJRと私鉄の仲の悪さが理解できません。

しかし、もっとわからないのは、地下鉄谷町線が「阿【倍】野橋駅」であるのに対して、近鉄が「大阪阿【部】野橋駅」であること。地名的には、大阪市阿倍野区なんですけどね。

※旧大阪鉄道(近鉄南大阪線の前身)が、「天王寺」から「あべのばし」に改名する際に、誤記してしまったのが原因だそうです。

 

 

大阪阿部野橋駅
さて、大阪阿部野橋駅から、近鉄特急で吉野へと向かいます。

大阪阿部野橋を起点とする近鉄南大阪線では、26000系「さくらライナー」が有名ですが、意外なほど、その運行本数は少ないものとなっています。増して、この日は平日ということもあって、「さくらライナー」のダイヤに合わせて旅程を組むのは難しいです(平日ダイヤでは、8:40発の次は15:10まで、「さくらライナー」の運行はない)。

こちらは、22000系「ACE」です。お世話になるのは、1999年の鈴鹿F1観戦以来かも。
「ACE」は2両以上なら、自由に編成数を変えることができるので、いろんな路線で見ることができます。近鉄としても使い勝手がいいんでしょうね。

そう言えば、近鉄はほとんどの路線が標準軌であるのに、この南大阪線は狭軌となっています。
近鉄が、多くの私鉄を合併しながら成立した私鉄であるためですが、このACEも、狭軌用に改良されているんでしょうか?

 

 

吉野駅
11:10に大阪阿部野橋駅を発車した列車は、12:26に吉野駅に到着しました。

あれ!?いつの間にか16000系が2両増結されている・・・・・全く気付かなかった・・・・・・
この16000系は、「ACE」や「さくらライナー」がデビューするまでは、南大阪線のエースでした。
何だか、昔ながらの「近鉄特急」という面影があっていいですね。

近鉄特急は、その昔はこのオレンジと紺のツートンカラーで統一されていたのですが、「アーバンライナー」登場以来、「さくらライナー」「ACE」「伊勢志摩ライナー」と、従来とは違う塗装になっていっています。

大阪阿部野橋駅を出る頃から、嫌な予感がしていたのですが、案の定、雨が降ってきました。
普段は旅先では晴れることが多いのに・・・・・・

 

 

 

吉野ロープウェー
吉野駅から少し歩いてロープウェイへ。土日だと、絶望的な混雑になるそうですが、この日は平日ということもあって、混雑はしていたものの、まぁ我慢できる範囲でした。

このロープウェイ、よく見ると、往年の近鉄特急と同じ配色であることがわかります。上の16000系と比較して頂けると一目瞭然ではないでしょうか。何か、デパート屋上の子供用乗り物みたいで、どことなく愛嬌があります。

しかし・・・・・大阪のオバチャン強し・・・・・

ちゃんと並べや・・・どうせ、ほとんど座席なんぞついていないんだし。
割り込みまでしようとするから、大人気なく(さりげなく)ブロックまでしてしまったではないか・・・

 

 

 

さて、「桜の三大名所」の一つ、吉野に来てみたものの、ロープウェイ終点(この辺までが「下千本」)からは、坂道にお土産屋・旅館が立ち並び、桜がちいとも見えませんでした。まぁ、奥まで進めば、いつかは見えるだろうと思い、ずんずん進んでいくことに。

 

 

吉水神社
途中「←吉水神社」という標識を見つけ、本道(?)からちょっと外れて脇道へ。

たまたま立ち寄っただけだったのですが、これが実は凄い建物。
建造物としては、鎌倉初期の書院造りを今に伝える、珍しいものでもあるのですが、それ以上にここは、日本史の舞台に3度も出てくる建物であるのです。吉野の懐の大きさにはただ驚くばかりです。

最初は、源義経潜伏の居館となっていたこと。静御前との別れもここであったのかもしれません。

2度目は、南北朝時代の南朝の本拠地となっていたこと。後醍醐天皇もここから桜を眺めていたのでしょう。

そして3度目は、秀吉の「吉野の花見」の際に花見の間として使われたこと。直後に秀吉は甥の秀次に切腹を命じていますが、ここで秀吉は何を考えていたんんでしょうか?

内部には、義経軍団の奉納品が展示されていて、ちょっと意表を突かれた感動を味わってしまいました。源平ファンであるなら、ここは絶対訪れるべきかもしれません。

 

 

吉水神社より
吉水神社から、山際を覗いてみました。ちなみにこの辺りが中千本と称されるエリア。

ん!?ほとんど桜は咲いていないぞ・・・・・「散り始め」じゃなかったのか!?

しかも山の上ということもあって、次第に「ガスって」きています。「ガスる」とは、スキーヤーであれば日常的に使う言葉ですが、これって普遍的な言葉なんでしょうか!?
ちなみに、意味は「霧が濃くなっている状況」なんですけど。

う〜む、ちょっと訪問が遅過ぎたかなぁ!?まぁ、標高がここより高い上千本なら大丈夫だろう。

再び本道(?)へ戻ってさらに奥へと進んで行きます。