CARO DIARIO   TOKI日記

 

 

再開2003年07月25日(金)〜08月10日(日)更新中です

 

 

 

 

みてね

このページの弟分をつくりました。sa/l/sar CARO DIARIO

順次更新しています。TOKIとKOJIの南イタリア

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CARO DIARIO 2002年秋冬

KOJIモネット2KOJIネット2002←進行中

 

2002年8月アップTOKIの放送大学卒業研究

  修羅能における成仏の構造

 

2003年08月21日(木)

夏休みをまとめてとれないので

ちょこちょこ休んでいる。

今日は一日街歩き。

 

まずは、冨小路にある京の町家から、三条通りの5階建てのビルにひっこした中央診療所。

移転2日目。きらきら明るい。

前の、元太物問屋だった町家の雰囲気も、すごく好きだったのだが

診療所としては使い勝手が悪かっただろう。

でも、前の建物どうなるのだろうか。

レストランにしてほしいなあ。。

そう言ったら、母が、

病院からいきなりレストランになるのはちょっとなあ、、と。

なるほど。

なににしろ、どしりとした店の間、すてきな洋館、そして瀟洒な居宅が

ひとつの敷地にならんだ、町家づくり。こわさないでほしい。

 

いま、三条通がどんどん元気よくなっているので、きょろきょろしながら歩く。

会社はふたつ北の御池通りにあるので、近いのだが、

ふだんは、あまりこのあたりまで来ない。ほんの少しの距離なのに。

昼食は三条烏丸東入るの『ごはんや』で。

うなぎのたきこみごはん、おみおつけ、おかず、サラダの日替わり定食800円。

 

中京郵便局。葉書を一枚だす。郵便局も郵政公社にかわったんだった。

しかし、赤煉瓦の風格のある建物はそのまま。美しい。

 

そのあと、ふと思いついて(ほぼ)隣の文化博物館へ。

こちらも、赤煉瓦の建物を一部にとりこりこんだ建築。

フィルムライブラリをもっていて、ほぼ毎日、日本映画の上映をやっているのだが

今日のプログラムが 黒澤明の『蜘蛛の巣城』だったので、速、入場。

はじまるまでギャラリーの『京都の現代洋画(ペインティング)』を観る。

40代、50代の、ちょうど油ののっている画家たちの近作で、見ごたえがあった。

1時半からの『蜘蛛の巣城』、会場は結構満員。

平日の昼間なので、お年を召した方が多い。

うしろから聞こえてくる会話。。上品な女性の声。

「こどものときにねえ、兄からきかされてて、見たい見たい思てて、やっと今日ですわ」

いいなあ、40数年、見ようとしていた映画に、この日であわれたのだ。

。。。映画はよかった。

マクベスの、エッセンを、とてもよく理解して、

そして、様式美と、荒々しさをくみ合わせて。

でも、黒澤特有の、前半がじっくり、後半が、前半にくらべてしりきれとんぼと思えるくらい

あっさり、というのは、この作品も同じ。

こりすぎて、制作時間がなくなって、ぜんぶに神経をはりつめるわけにはいかないのだろうか。

それとも、こういうのが、彼の個性なのかな。

 

、、、すっかり満足して、新風館のカフェで珈琲をのみながら、少しフランス語の勉強。

夕方は放送大学でゆっくりして帰宅。

 

平日のおやすみ。

以前はこういう日が多かったのだが、3年前から、仕事がフルタイムになり、

せわしない毎日を送っている。

今日みたいな、自由でゆっくりした休日がありがたい。

 

 

★今日の一句

片蔭に好き嫌ひある床屋かな    登貴

(片蔭は夏の季語ですが、冷夏で、夏の句がつくれなかったので、

残暑のいま使ってみました。おゆるしを)

 

 

sa/l/sar CARO DIARIO  更新

08/15 (金) 能 『渇水龍女』

08/04 (月) 講演会 『バラバラでいっしょ …』 辛淑玉 さん


2003年08月18日(月)

夜、マンションの理事会。

今年は管理規約の全面改正をする。

そのために、徹底的に、かつ詳細に

管理規約を読み込んでいる。

ものすごく勉強になる。

区分所有について、保険について、

善意のとらえかたについて。。。

 

知らないことが、ぐんぐんわかってくる。

よい縁。

 

 


2003年08月16日(土)

今年の大文字はことのほかきれいだった。

火 があつまって、

あかり と、なる距離のふしぎさ。

 

空気の屈折率が年によってちがうからなのか。

例年はよく見えない、大の字の 左のはねのところまで

今年はテラスからよくみえて、驚く。

その下の東大谷の万灯会もほのぼのと美しい。

 

 

きょうはいちにち、うちのパソコン、そにちゃんのまえにはりついて

良好な音楽環境のために格闘していた。

といってもOSは98だし、IEはなぜか、4.0以上に

アップデートできないのだが、

なんとか、メディアプレイヤーを 9.0にアップして、

moontaxi というサイトのインターネットラジオをみつけたので、

なかなか、いい雰囲気でクラシックやら、ジャズやらを

とぎれなく聞けるようになった。

Moontaxi - Tour the Universe of Music

(興味ある方は↑ここをクリックして、お好きなプログラムを選んでみてください。

最初は、CMが流れますが、あとは、サイトを閉じるまで

そのプログラムがとぎれなく演奏されます。)

 

 

 

 

sa/l/sar CARO DIARIO  更新

07/27 (日) 文楽 『女殺油地獄』

07/31 (木) 本 『季語の底力』

08/03 (日) 宝塚歌劇 『王家に捧ぐ歌』


2003年08月13日(水)

暮れてから、我家の窓の下で

ひぐらしの声。

 

この家に越してからはじめてきいた。

京都駅から、歩いて12分のところで

ひぐらしがないている。

 

 

★今日の一句

メタルテイストサウンド蜩ィ    登貴

あるいは。。。

高周波ビームだヒヒヒ蜩だ    登貴


2003年08月12日(火)

sa/l/sar CARO DIARIO ちょっと更新


2003年08月01日(金)

やっと休みがとれて、

寝ていた。

 

 

★今日の一句

八朔の昼寝師の恩親の恩   登貴


2003年07月31日(木)

市役所前の広場の百日紅がようやく咲いた。

ももいろも、しろも。

 

 

 

 

★今日の一句

百日紅燃ゆるも死すも百年   登貴


2003年07月30日(水)

ひさびさに、美しい空。

知恩院の山門が、澄んだ青にのびあがっているように見える。

万緑を背に。

 

お得意先に行った帰りに乗ったタクシーの運転手さん、

もとは西陣でお商売をされていたようだが、

タクシーの仕事を、ある意味でたのしんでおられるようで、

京都人の私を、観光客とみてか、おもしろいお話をしてくださった。

宮内庁管轄の御所や離宮を、申し込んだ翌日に拝観する方法とか。

苔寺は、こういうふうにしたら、当日でも入れるとか。

 

その話ぶりが、どの人にも同じことを言っておられるのだろうか。

ひとつの話芸になっていて、

そのことが、少し、痛々しい気がした。

 

このような節回しで話して。

「あははは、、おもしろい運転手さんだ。親切だ。物知りだ。」と

感心されて。

そのことに、よろこびをみつけて。

そのよろこびで生きて。。

 

それでいいのだろうけど。。わたしは、少し。。

痛い感じがする。

 

自分にもそういうところがあるからかもしれない。

 

 

 

 

★今日の一句

万緑に我を枯らしてゆくのだらう    登貴


2003年07月29日(火)

わたしは読んでいないのだが、

角川の『短歌』に、あまりインターネットと縁のない歌人さんが

インターネットの歌会(『題詠マラソン』、『ちゃばしら』など)を

覗いてみた感想をのせておられたようで、

ネットでずいぶん話題になっている。

そのなかの発言のひとつに、

「いままで言われていなかった、

ネットで歌われる短歌にみられる文体に関して書かれているだけでも

ずいぶん、視点がかわってきた」、という意見もあったが、

そうなのだろうか。

ネットに発表される短歌の文体って、あるひとつの特徴があるのだろうか。

特徴がないのが、特徴と、私は思っているのだが。

結社誌や総合誌は、作者と読者のあいだに、

一段階、主宰者や編集者という存在をはさんでいる。

そこでは、主宰者、編集者といった、「間<読者⇔作者>」の個性が反映されるのは当然だが、

(そして読者のほうもその個性もふくめて、作者の作品を読んでいるわけだが)

インターネットという媒体は、作者⇔読者 がダイレクトなので、

媒介するものの色合いは、透明だ。

だから、作者の数だけ、文体があるはず、いえ、もっといえば、

その時々の歌の数だけ、文体がある、と、おもうのだが。

 

ちがうんだろうか。

、、、こう言いきってしまうと、少し乱暴なのかな。

 

 

 

★今日の一句

ひまはりの種をちこちに落ち議論    登貴


2003年07月28日(月)

今年は梅雨が長かった。

夏雲をなんどみたかしら。

 

 

★今日の一句

夏雲に鉄筋を組む男かな    登貴

 

 

上記の句。類句があるかもしれません。

この句にかぎらず、こちらをご覧になったみなさまで、

これは、見たことあるよ、というお方さまは、どうか

おしらせくださいませ。日記用のメールアドレスは

こちらです。toki-ho@mail.goo.ne.jp


2003年07月27日(日)

放送大学『都市と人間』のテスト。

講座形式の授業で、ギリシャ史の碩学伊藤貞夫教授が講ずるアテネ、

倉橋進教授のシエナ、野山嘉正先生が近代文学の側面からから語る東京など

それぞれの回がエキサイティングだった。

しかし、いちばん心に残ったのは、放送大学いちばんの売れっ子

高橋和夫助教授の イエルサレムだった。

(以下、その回を聞いて、わたしが抱いた感想)

都市というのは、(京都もそうだけど)、混交、重層性の文化をもつ。

うちが浄土真宗なら、おとなりは日蓮宗、おむかいは創価学会で

その隣はカトリックという具合に。

かつてイエルサレムも、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒が

それぞれいりまじって共存していたのに、

第二次世界大戦後の分割で、地区が宗教色に染められたため、

そこからはみだす人々がでてきてしまった。

英国の田舎文化(なんでもひとまとめにしないと辛抱できない文化)が、

都市文明を理解していなかったためだと、

つい私は悪口を言ってしまいたくなるが、

その田舎文化が力をもってしまっていたのだから、仕方ない。

歴史ある街が、戦場になるのは、

都市の人たちの、自治力のあまさ、田舎力(←toki造語)に対する警戒のなさ、

から、くるのかもしれないなあ、、と、少し思う。

 

テストが終わったので、その御褒美に

大阪の文楽劇場へ人形浄瑠璃をみにゆく。

のりのいいおともだちのYさんと、

そのお嬢さんRさん(ただいま留学先のアメリカから一時帰国中)も

つきあってくださる。

文楽劇場の窓口で、三枚の学生証をだして、

どうしても学生というイメージからは、遠い年齢の、

わたしたちが、あの席この席と、きゃあ、きゃあ、言っているのがおかしかった。

「ね〜。うるさい学生で、すんませんね〜〜」と謝りつつ。

窓口のお兄さんが、く。く。く。く。 と笑っているのが、気の毒。

浄瑠璃についてはまた別のところに書きます。

 

★今日の一句

夏芝居なさけも色も更けにけり    登貴


2003年07月26日(土)

放送大学『ヨーロッパと近代世界』のテスト。

阪大の川北稔先生が主任教授。

近代とはいうが、近代の発生の源、17世紀の歴史から、

どうして、西洋文明が世界を征覇するにいたったか、というのを

「世界システム論」を基準に論じた授業だった。

ひとつの観点からの歴史理解なので、

学界の共有概念にいたることはできないと思うが、

なかなかに、エキサイティングな論だった。

今回は、一回もラジオを聞くことなく、テキストだけで勉強したが、それも、おつなもの。

(5年生になると余裕です)

要するに、中世までは、様々なシステムが世界を分割して等価に存在していたが、

「貧しい」西ヨーロッパが、それぞれの「国(=のちの国民国家)」という狭い領域をもち

(中国などの大帝国とは対照的という意味。。)せめぎあった結果、

戦争が上手になり、かつ、狭い領域から飛び出そうというエネルギーが爆発して

「近代世界システム(=ほぼ、資本主義と重なる)」をつくりあげ

そのシステムがやがて地球を覆うまで育っていった、というもの。

テストは、全然試験勉強してなかったわりには、ましだったかもしれない。

結果がでるまでの楽観かもしれないが。。

 

そのあと、いつもながら、興奮。

おひるを食べにいった大学コンソーシアム(通称 コンソ)のカフェで

少し年長の男性と、大学生らしき男性ふたりが、哲学談義をはじめたので

(ヘーゲルの認識論だった。。)よほど、よほど、、寄せてもらおうかと思ったが、

やはり、ちっとはずかしくて、声がかけられなかった。。

こういうところが、カフェ文化がまだ育ってない、証左だとは思うけど。。

 

で、勉強頭になったついでに、佛教大学総合教学研究所のシンポジウムへ。

京都の近代 〜 生命文化のコスモロジー 〜』と題して、近代京都の衛生事業を中心に

近代とはなにかをさぐろうとする、おもしろいこころみ。

なかでも阪大の 足立佳美さんのお話が、知的で、わかりやすく、

論点もしっかりしていて、心に残った。

青蓮院に、京都ではじめての西洋医療を本格的にほどこす

病院ができたというエピソードもおもしろかった。

考えれば、お寺とは、心や身体を癒す場なのだから、あたりまえといえばあたりまえだが。

ちょうど、明治の廃仏毀釈で、門跡寺院といっても、

みずからの宗教的アイデンティティーを考えないといけなかったのだろうと思う。

なんか、ハイになっていたので、最後に質問までしてしまった。

以下、質問、、というか、意見表明の内容。

「京都は、平安朝から、いろいろな文化をツールとしてうけとめる癖をもっている。

 頭から信奉するのでなく、それを自分たちの役に立つように、使うという癖。

 だから、西洋文明がなだれ込んできたときも、それを、じぶんたちの街をよくする

 ツールとして、冷静に利用したのだ、と、思った。」

それに対するおこたえ。

足立氏「なによりも明治初期の京都市民の近代化へのエネルギーの源は

首都としての立場を失ったことにあると思う。首都でなくなった自分たちの街を

どうよくしていくか、そのことで、西洋文明を積極的にとりいれたのだ」

 

そのあと、まだ、ハイだったので、新風館の『TWO DOGS BAR』で、

生ビールと、万力屋のしょうゆたまご(320円くらい。。)を食べながら、

シンポジウムで買った、総合研究所の『法然と親鸞』を読む。

これも、通俗的な理解から、一歩ふみこんだ、エキサイティングな一冊だった。

 

雲が、すっと、青い空をよこぎる。

ひさびさの、晴れた夕方。

東三条院の道長も紫式部も、この雲をみたのだ。

 

ビールで顔がまっかになって帰宅。

 

 

 

 

★今日の一句

蔀あぐ夕焼けの雲とぎれては    登貴


2003年07月25日(金)

雨のなか、夜中ちかくに、お得意へ、とどけものをして、

ああ、やれやれ、一週間が終わった。。

 

 

★今日の一句

青時雨暮れはてて夜は鉄の色   登貴


2003年07月25日(金)〜08月10日(日)

また、日記がとまってしまってまことに申し訳ございません。

もう、読んでくださる人はいないだろうなあ、と、思いつつ

思いつつ。思い出せるところだけ、ちょこっと書きます。

 


2003年07月24日(木)

トレインジャックというのだろうか、

一車両すべて、ひとつのスポンサーの広告という時がある。

この一週間ほど、京都の地下鉄のある車両は

福島県にトレインジャックされている。

「あの島より、福島」というキャッチフレーズで、

済州島より、ハワイより、グァムより、福「島」が近いよ、

という、ちょっと意表をついたコンセプトのポスターと、

野口英世(と、わかるまで、だいぶ時間がかかった)を素材に

彼の髪型が福島県の地図になっていて(と、わかるまで、3日間かかった。)

その髪型のなかに、すてきなイメージ写真が、よく見るとはめこまれている、

というポスターの、二種。

いまどき、野口英世もなあ、、と思うけど、私が地理にめっぽう弱い(特異的に弱い)せいで、

福島県という県が「ある」ということさえ忘れている日常で

このトレインジャックは、なかなかに、おもしろかった。

言ってくれないと忘れてしまうことを

ようぞ、言ってくれました、というおもしろさ。

日本には福島県があるよ、と、言ってもらったよろこび。

 

おかげで、ちょっとだけ、福島県のHPにもアクセス。

「あの島より、福島」のページはこちら↓

http://www.anoshimayori.com/top.php

 

 

 

 

★今日の一句

アイスクリーム舐めて越ゆべし奥の関   登貴


2003年07月23日(水)

雨。

土用と言う気がしない。

おひる、「梅の井」(御池冨小路下がる)のうなぎを食べに。

だしまきがついているうなぎ定食。1150円。

さすがの梅の井、うなぎは天然だろう、しっかりとふっくりと、川の味。

だしまきもぽってり焼いてあって、おいしい。

ただし、蒲焼がたからもののように小さい。

しごく大切なもののように、ふたつきの塗りの深皿に こちょっと、鎮座している。

 

 

連休のある週は、やはりなんとなく忙しい。

ミキサーのMさんが、お休みなので、ひとりで奮戦。

どうなるかなあ、と、心配したが、本番はまずまず、クリア。

しかし、このとしになると、瞬発力がなくなるのだろう、その瞬発力を本番につかいはたし

終わったらすごく、疲れた。

 

仕事といえば、昨日、大阪の法善寺の住職さんのお話を録音。

前回はたしか10年ほど前に録音にきていただいたのだが、

その時は、亡くなったお子さんにかえって御自身がそだてられた、という、

痛切なお話だった。

今回久方ぶりにお会いすると、かわらぬういういしい雰囲気にくわえて

年月の重みで、包容力のある風格をおもちになっておられる。

火事は不幸なできごとだけど、

その不幸を縁として、地域のひとたちとともに

いろいろなことに目覚めた、という、感動的なテーマ。

「いい家内 いつのまにやらおっかない」って、おかしかったが

御妻君が、火事の時もしっかりと、人々をささえたというお話しなど。

人間は、そだってゆくのだ。

様々の不運や不幸にであって。

 

 

 

 

 

★今日の一句

思ふこと言はぬ鰻のうねりかな   登貴


2003年07月22日(火)

麩屋町御池の花屋さん、ここ数年和風の花にシフトしてきて

蓮やら、とくさやら、かるかややら、涼しげに店先にかざられている。

ここのところ、つりしのぶが下げられていて、どこかさみしくっていい雰囲気。

買いたいと思うのだが、家にもってかえると枯れるのは目にみえてるので

ながめるだけにしている。

 

★今日の一句

無残やな男世帯のつりしのぶ   登貴


2003年07月21日(月)

東京の友人が、関西出張で、今日は一日あそぶというので、

彼女が来たがっていた、東寺で待ち合わせ。

今日は21日。「弘法さん」の縁日。

ものすごい、ものすごい、もの。。。すごい、、人。

さまざまな「もの」が、売られている露店。

使い込まれたモノ。使いふるされたモノ。あたらしいモノ。たべモノ。植物。動物。

 

モノがおりなす曼荼羅、、、

上空からみれば、両界曼荼羅のように見えるかもしれない、東寺の境内。

俗世をふくみ、現世を越え、超然とたつ、弘法大師の仏法、とは、なにか、と、

問いをかえしてもかえしても、すべて、モノのカオスにすいこまれてゆく。

 

友人もわたしも、くたくたになって、タクシーで京都駅へ。

ワンメーターのあいだだったが、外部から隔絶された空間が、ここちよい。

一挙に、地下鉄で国際会館前までいって、こんもりと深緑の緑に目をなぐさめられ

バスで、北白川のJOYへ。

四川料理。たんたんめんのおいしいお店。

友人は、おいしいの連発。。よかった。

 

そこから、またバスで、三条へ。

とちゅう、激しく驟雨がきて。幻想的な天気雨。

友人は老舗旅館のアンテナショップで石鹸を買った。

これから神戸へ展覧会をみにいくという彼女とは

ここででわかれて、一旦帰宅。

 

夜。

KOJIと、KOJIの友人夫妻と、

ちかくの焼き鳥屋さんでもりあがる。

経済原則だけで、つながっている夫婦関係もあるなかで、

この夫妻は、ほんとうに、いろいろ、いろいろな、ことを、

ひとつづつ、たゆまなく、ことばで解決しようとしてきて、

そのながく、細い、糸のような二十数年の年月を

しっかりと、結び合って、生きてきたんだなあ、と

あらためて感動。

 

ともだちがいてくれることのありがたさ。

ことばのうれしさ。

あらためて感謝。

 

 

 

 

★今日の一句

片蔭にひとつふたつと天の水   登貴


2003年07月20日(日)

すっと、風がとおる、

ひるまの、部屋の、温度と、熱。

飛散してゆく、けがれの断片。

角にふきよせられて、

じっと、直角に、つもってゆく、熱。。

 

 

★今日の一句

遠洋へ続く歩みや蛸の足   登貴


2003年07月19日(土)

朝、エステ。

さほど美しくなるわけではないが、

月一度、顔をやさしくさわってもらうだけで

リラックスできる。

すーっと、ひきこまれるように、ただようように

一時間半をすごす。

 

おひるは、「むさし」の回転寿司。

ここのは、とり貝が絶品。二皿たべる。

全部で七皿。880円は満足できる値段。

 

イノダの河原町三条店で、本店よりずっと安価に、

そして、混んでない空間で、お茶。

 

そのあと、お茶の稽古に。水差しに、朱の片口が見立ててあって、

涼しそう。

径一尺ほどの満々と水をたたえた片口に、白木のわりぶた。

波の絵、青絵、平茶碗。しぼり茶巾で薄茶。

祇園祭をささえる室町衆のお話しを聞きながら、

お稽古。

7月にはいると24日の後の祭まで、室町では、

日々、なにをするかがきまっていて、通常のお商売は

できないとか。

 

 

 

 

★今日の一句

姉上の繰り言を聞く竹筵  登貴


2003年07月18日(金)

新聞をとるのをやめて半年ほどになる。

ふたりとも読む時間がなくて、新しい古新聞の山をつくるばかりなのが

やめた理由だ。

会社で、総合3紙と地方紙と経済紙は読めるので

家にはなくても平気だと思っていたが、不思議なもので

毎日の配達がないと、新聞を読む という習慣さえも

すたれてしまって、結局、会社でも読まない。

これはいかんと、反省し、

昨夜、帰りがけに、5紙を見ていて、すごく疲れてしまった。

情報量が多すぎるのだ。

金曜の夕刊だったために、(そして、夏休み前のために)

週末の映画や演劇情報が満載で、

それぞれ、力をいれ書かれているのだが

それだけに、そのパワーが、ぐんぐん前におしだされて圧倒されてしまう。

週末、映画でもみて帰ろうか、という気持ちも少しあったのだが、

そのパワーに負けて、結局、なにも見ずに帰った。

新聞に展開される紹介文のパワーに負けたのである。

 

これはもちろん、わたしの特異体質、、おしつけてくるものに対する抵抗力の弱さ、、にあるのだが

その「おしつけかた」のパターンというのが、「新聞」というメディアは、同時並列的で、

一挙に、さまざまな情報が、目前にひろがるので、よけいに、疲れるのだと思った。

日本の都市でもそうだが、アジアの街角にいくと、いろいろな看板や、

装飾や、服飾や、建築様式や、ごみや、商品が、同時並列に目の前にとびこんできて疲れてしまう。

新聞と言うのはそういうメディアだとあらためて発見した。

ここ数ヶ月新聞からはなれていたおかげの発見だった。

 

 

★今日の一句(旧作)

新聞は親の仇にて油虫   登貴


2003年07月17日(木)

山鉾巡行。

11時ごろ、市役所前の駅からあがってきたら、

ちょうど、函谷鉾が、辻まわしをしているところだった。

南北の河原町どおりから、東西の御池どおりに、大きな鉾が

ゆらりと向きをかえる。

鉾の前に立った、三人の男性の金の扇にあわせて、

よっこらしょ!と回転したとたんに、客席から拍手がおこった。

晴天に突き立った鉾に、余韻の揺れがのこる。

街路樹はそよともゆるがない。

 

のちの巡行は、オフィスの窓からずっと見ていた。

ゆうらりゆうらりとゆく山鉾は、

昔々、威勢よかった京都の町衆の、

エネルギーの残滓をひめて、その残滓の美しさを

こぼしながら、この時代をただよう。

力の軌跡をみせること。。

力そのものではなく。

これこそが、京都の文化ではないかと思う。

 

夜、三条京阪にあたらしくできた商業施設KYOUENをちらっとのぞいて

縄手通りを歩いていたら、新門前か、古門前を東にいったところに

人が集まっていた。

白い法被に、「錦」とそめぬいたのと、股引をつけた男衆。

その先に、おみこしが鎮座している。

 

巡行の夜にでる、祗園祭りのおみこし。

というより、このおみこしをでむかえるための巡行なのだが。

わざわざ、その方へ、遠回りして、

新橋のかにかくに碑の前まででて、祭りの賑わいをまとっている

祇園町を抜け、いきつけの「くるみ」へ。

今日のお当番の由美ちゃんと、お菓子の話をして、

KOJIと落ち合って、帰宅。

 

 

 

★今日の一句

時とふもの導く鉾の扇かな   登貴


2003年07月16日(水)

宵山。夕方は混むので、例年10時ごろに家をでて

鉾町を散歩する。

お風呂上りに、浴衣にきかえて、無粋にも足袋はいて。

今年は、涼しい。。帯の下が汗にならない。

10時半ころには、遠方からの人々がひきあげるので

少しは行きたいほうにいける。

最近は、歩行者も一方通行なのだ。

室町は上行き、新町は下行き。

昔はでなかった夜店がでるから、よけいに歩きにくいのだが、

こうして、夜店でもだしてもらって

場所代もとらないと、鉾の維持がたいへんなのだろうな、と、思う。

四条から御池にむかって室町を北へ。

お囃子も終わりかけの時分。

今年は人出が多かったそうで、驚いたことに、いつも下げてもらう

占出山のちまきがうりきれたのだそうだ。ぬかった。

そのかわり、占出山の巡行の順番が四番で比較的はやいというので

お知りあいのために、安産のお守りをもらう。

占出山は神攻皇后が御祭神で、順番が早いと、今年のお産は安産という。

あまり夜店には興味ないし、室町筋の呉服屋さんの

宵山の特別販売もしまいかけなので、

なにも買わなかったが、三条通に、ぽつんとあったクレープのお店が

露店らしくもなく、おいしそうだったので、ひとつ買う。

ひさしぶりに、クレープなんてものを食べたら意外においしかった。

KOJIは、店じまい前に100円になった、イタリアンレストランの

特別出店のかきごおりを買う。

なんだか、ノスタルジック。。。若い時って、こんなデートしなかったように思う。

私たち、ありきたりに反抗してたから。

食べながらふらふら歩いていたら、北観音山の夜まいりのお囃子が、

町内に帰ってくるのに出会った。

今年は、夜まいりに出会うのはあきらめていたのだが。

宵山のさいごのたのしみ。本番の巡行の時より、お囃子を近くできけるので好きだ。

 

12時近くに帰宅。

 

 

 

★今日の一句

浴衣帯すくはれがたき尾ひれなる   登貴



TOKIとKOJIのお茶の間