☆ 星野温泉の北側 ☆

   国有林と発電用水路

 星野温泉北側の湯川河川敷です。

 発電所に流れる水路が見えます、

 細流に見えますが、これで水力発電を行います。

 右の森は、『野鳥の森』です。

 現在、森沿は小瀬林道ですが、

 昔は、木材搬出用のトロッコ道でした。

 左の家は、小唄春日とよ氏の別荘です。

 
 1955年(昭和30年)5月撮影


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            ☆ 池で遊ぶアヒルたち ☆

   ダム池で遊ぶアヒル

 温泉旅館の前に広がる明神池は、

 憩いの池ですが、

 水力発電用のダムでもあります。

 

 

 

 1949年(昭和24年)9月26日撮影


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            ☆ ダム池の排水用滝 ☆

   ダム池の排水用滝

 池(ダム)の水量を調節します、

 水の量が多いと、

 滝より水が流れ落ちます。


 滝の向かって左側に、

 土手の向こう側で見えませんが、

 取水口があります。

 ハンドルが見えます。

 

 1949年(昭和24年)9月26日撮影


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            ☆ こんな施設もありました ☆
   氷室(ひむろ)

 池(ダム)から発電所まで、

 左から右に、地下を水が流れています。

 画面右の四角い筒は、水圧調整用でしょうか。

 左の奥は、木工所です。

 手前の わら葺き屋根の小屋は、氷室です。

 日が当たらない山陰で、土塁に囲まれています、

 おが屑の中に氷が貯蔵されていました。

 電気冷蔵庫のない時代に、冬に池の氷を、

 切り出して貯蔵し、夏に使いました。


 山陰で傾斜が強く、雪が溶けないので

 子供の頃、ソリで滑ると、スペードがでました。

 1949年(昭和24年)9月26日撮影

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            ☆ 水力発電所 ☆

   星野温泉の自家発電

 大正6年 (1917)

 星野温泉が、まだランプの宿の時代に

 自家用に発電を始めまたそうです。

 写真の発電所は1915年(大正 4年)設置で

 100年経っても、働きつずけています。

 手前の池は、木工場の貯木池です。

 

 

 

 1949年(昭和24年)4月24日撮影


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            ☆ 発電所と畑 ☆
   一時期だけの畑

 敗戦後の食糧難の時代に

 発電所の南に、畑がありました。

 すぐ近くに住んでいた人も、

 記憶がないぐらいの、

 短い期間でした。


 左に、崖崩れの跡が見えます。

 記憶では、他に、昭和10年代に、

 トロッコ道(小瀬林道)沿いに、

 もう一カ所崩れました。

 1948年(昭和23年)7月13日撮影


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            ☆ 発電所からの湯川 ☆

   発電した水が加わった湯川

 発電所より下流の湯川です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1948年(昭和23年)7月13日撮影


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            ☆ 湯川取水口から合流点の間 ☆

   細流の湯川

 発電所より上流の

 発電用に水が使われていて

 水が少ない湯川です。

 

 

 

 

 

 1949年(昭和23年)8月6日撮影


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            ☆ 星野温泉の木工所 ☆

   木工場と貯木池

 星野温泉の

 木工場と貯木池の写真です。

 左隅に、発電所が一部見えます。

 

 

 

 

 

 

 1949年(昭和24年)4月24日撮影


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            ☆ 貯木池 ☆

   貯木池

 池の中に、加工前の木材を、

 入れて、乾燥を防いで、

 貯蔵します。


 現在の、村民食堂あたりです。

 

 1949年(昭和24年)9月26日撮影


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            ☆ 木材の搬入 ☆

   木材の搬入

 佐久木工のトラックが

 木材を積んで止まっています。

 トラックのすぐ後(左)は、蕨尾橋です、

 トラックの前は、今は駐車場です。

 左は、星野温泉入り口(西区入り口)で、

 国道146号に面しています。

 トラックの陰の家は、バスの待合所でした。

   1949年(昭和24年)8月5日撮影


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            ☆ がけ崩れ ☆
   軽井沢の地層

 軽井沢は浅間山の軽石が厚く積もり

 傾斜地が多いので、崩れやすい所です。

 敗戦の数年前に、発電所の裏が崩れました。

 その後、小瀬林道沿いで小規模ですが崩れ

 樹木が根こそぎ落ちました。


 そこは、樹木がなかなか生えず、

 草が生え、小さな草原になりました。

 

 

 1949年(昭和24年)4月24日撮影


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