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ニュージーランド〜豪州横断8,748`



LOOKING BACK TO MYSELF



旅人の暮らしに憧れて

日本を離れて長く旅を続けていると、旅が生活なのか、生活が旅なのか、よく分からなくなってしまう。毎日違った町を訪ね、様々な人に会い、異なった場所で眠る。いずれにしても日々移動の繰り返しだ。旅はよく人生にたとえられるが、人生を旅にたとえられるような旅(人生の終りが旅の終り)ができたら…。

そんな思いを胸に、ニュージーランドとオーストラリアでひたすらペダルを踏み続け8,700`を走破、二度にわたる北米大陸横断の旅を含めて、約3万`の轍(わだち)をこの地球という惑星に残すことになった。



旅行者天国ニュージーランド


ニュージーランドの美しさをどんな言葉で言い表せばいいだろう?山・海・川・氷河・滝・湖・花・鳥など、自然がありのままの形で残されているニュージーランドでは、美しくないものを見つけることの方がはるかに難しい。面積は日本の約70lだが、人口では日本の約40分の1で300万少々。加えて、この国の羊の数は何とその10倍(約3,000万頭)というから驚きである。

朝の通勤ラッシュもない。交通渋滞なんて都市のごく一部以外に考えられないし、空気はきれいで水はおいしいとくれば、旅行者にとっては天国のようなイメージがあるが、実際ほぼその通りなのだ。また食糧が豊富で安く、低料金の宿泊施設(キャンプ場やユースホステル、バックパッカーズホステル)があちこちにあり、しかも他の国に比べて格段治安もいいとなれば、ひとりでのんびり旅をするには最適である。




自己の再発見・ゆったりとした時間

マウント・クックをバックに マウント・クックへの道


2ヶ月間のニュージーランド滞在で僕が感じたことのひとつは、自分自身のリズムで生きていくということ。都会の喧騒を離れ、湖畔の宿でカウチに腰を下ろして紅茶を飲みながら、せきたてられるようにして生きてきたこれまでの暮らしを振り返ってみると、僕は一体何をしていたのか?という疑問を抱かずにはいられなかった。慌しさの中で、僕はすっかり本来の自分を見失ってしまい、なかば自分の影に隠れるようにして生きていたのだ。



ナラボー平原を越える

ニュージーランドの旅を終え、僕は西オーストラリアのパースへと飛んだ。ここから5,500`先のシドニーがゴールだ。

ノースマン〜セデューナ間の1,200`は町がなく、砂漠と地平線がどこまでも続くナラボー平原と呼ばれている。僕は水12gと食糧を含む約50`の荷物を愛車MUSASHIU号に積み、ノースマンを後にした。安易な気持ちでのぞんだ旅だったが、地獄の苦しみを何度か体験する羽目になった。40度を越える熱波にも数度見舞われ、白骨化したカンガルーの死骸に死の恐怖すら感じた。向かい風や横風は絶えず僕の前進を阻み、全長30bはあるかと思われる2両連結のロードトレイン(羊、石油、物資などを運搬するトレイラートラック)は時速120`でぶっ飛ばしていくので、その都度風圧で砂漠の路肩に放り出された。



ナラボー平原の顔「ロードトレイン」 白骨化したカンガルー
飲料用の雨水をためておくタンク 「この先96`ラクダ、ウォンバット、カンガルーに注意」



延々と続く地平線、赤く乾いた土と突き抜けるように真っ青な空、それらの変わらぬ風景は『僕』というこのちっぽけな存在を完全に否定しているかのようにも思えたのだ。



ナラボー平原(南オーストラリア) 大オーストラリア湾をのぞむ(南オーストラリア)


個としての自分を知る

大平原をペダリングしながら僕が考えていたのは『個』としての自分の存在だった。雄大な自然に取り囲まれた時、人は一個の生命体でしかないということだ。平原に夕陽が沈み、その後は地平線の隅々までを埋め尽くす星・星・星…。アウトバック(奥地)ではブッシュ(茂み)でのキャンプが当たり前、満天の星の中、南十字星やいくつもの流れ星を見ながら、僕は初めて自分という人間がこの世に存在し、現にこうして生きている(生かされている)という事実に驚愕し、言葉を失ってしまった。他の何ものでもない、この自分自身に、僕は神の奇跡を感じて震えが止まらなかったのだ。



アウトバック(ブッシュ)でのキャンプ ナラボー平原に入る


旅という名の人生

1年間に及ぶ旅を通じて僕はこれまでの人生で失ってきた以上に多くのものを得ることができた。地球という惑星に生まれ、ひとりの人間としてこの世界で生きていく術(すべ)を、僕はこれからも学び続けるだろうし、この人生が終わるまで僕の旅は続くのかも知れない。

どれだけ長くかかろうとも、何がこの先起ころうとも、僕はもう後には退けない。いつか僕は僕がしていることの意味を知らされるだろう。その日まで、その瞬間まで、僕は前進しつづけよう。





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【旅の日誌から】

*ニュージーランド*

47b下の渓谷に真ッ逆さまにダイヴ!恐ろしかったが最高にエキサイティングだった。 (北島タウポにてバンジージャンプ初挑戦)



潮を吹きながらマッコウクジラがゆったりと泳いでいる。大きい…。神様を見る思いがした。 (南島カイコウラでホエールウォッチングツアーに参加)

道路が1,000頭もの羊の行進で埋め尽くされた。4匹の犬と羊飼いの青年がうまく彼らを誘導している。これは壮大な眺めだ。(マウントクックに向かう道路で)


風の歌に耳傾ける湖畔の宿    (テカポ湖のキャンプ場にて)




*オーストラリア*

気温42度。水も残り少ない。焼けついたアスファルトの上では靴底が熱く感じられる。道路もタイヤも熱で溶け出しそうだ。  (西オーストラリア、ナラボー平原で)

蜃気楼 地平線の 見はるかす  (南オーストラリア、ナラボー平原で)




90マイル(145.6`)直線道路 「水はこの先ほとんど入手できません」

旅の終りはいつもひとりではなかった。この地で妻となる人と出会い、未来への希望を胸に、今故郷へ帰る。  (5月8日シドニーでゴール)


パース・タイムズ(日本語版と英語版に掲載) *写真クリックで拡大








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ニュージーランド縦断自転車旅行
期 間 1994年11月24日〜1995年1月24日 (70日間)
全走行距離 3,191.7`
ルート (北島)オークランド〜ロトルア〜タウポ〜ウェリントン〜[フェリー]〜(南島)〜カイコウラ〜クライストチャーチ〜マウントクック〜クイーンズタウン〜インヴァカーギル〜テ・アナウ〜ダニーデン〜[バス]〜クイーンズタウン〜ワナカ〜ハースト〜フォックスグレイシャー〜フランツジョセフ〜ホキティカ〜[バス]〜クライストチャーチ
生活費総額 約30万円
宿 泊 テント42泊、ユース(バックパッカーズ)ホステル27泊
体験したこと バンジージャンプ(タウポ)、ホエールウォッチング(カイコウラ)、クリスマスミサ(クイーンズタウン)、カヤック(ワナカ),etc.
                                         


オーストラリア横断自転車旅行
期 間 1995年2月13日〜5月8日(85日間)
全走行距離 5,556.6`
主要ルート パース〜オールバニー〜ノースマン〜[ナラボー平原]〜セデューナ〜ポートオーガスタ〜アデレイド〜メルボルン〜キャンベラ〜シドニー(地図上の青ライン)
費用総額 約37万円(生活費のみ)
渡航費 21万1,600円(大阪〜オークランド+クライストチャーチ〜パース+シドニー〜大阪
宿 泊 テント51泊、ユースホステル(バックパッカーズホステル)33泊、ホテル(モーテル)5泊、キャビン(キャラバン)11泊


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