このゲームをやってみよう!

         


『あ行』

悪魔城伝説
コナミ 1990年 ファミコン
 1作目の悪魔城ドラキュラ、その続編となるドラキュラ2 呪いの封印では、ドラキュラハンターの血を受け継ぐシモン・ベルモンドの活躍を描いたが、3作目となる悪魔城伝説では、1作目から時を遡ること100年。シモンの先祖となるラルフ・C・ベルモンドが主人公となる。3作目にいたって歴史を遡って、ご先祖様の活躍を描くというのは、ドラクエの手法を踏襲している。
 歴史的に見るとドラキュラシリーズの全てのはじまりにあたる悪魔城伝説だが、他の作品と大きく異なるのは、仲間を連れてプレーできるということ。仲間になるのは壁をよじのぼることができるナイフ使いのグラント、東方聖教会からドラキュラ退治のために送りこまれた魔法使いサイファ、そしてドラキュラ伯爵の息子でありながら、父親の狂った野望を阻止しようとする飛行能力を持ったアルカード。この3人を連れてドラキュラを退治と、言いたいところだが、仲間にできるのは3人のうち1人だけ。誰かを相棒に選んでクリアを目指さなければならない。壁登り、魔法、飛行能力と、アクションゲームをクリアするのに、いずれの能力も喉から手が出るほど、欲しいところだが、泣く泣く1つだけを選択しなければいけないところに、悪魔城シリーズのシビアな点がうかがえる。やはり、この中では階段で魔光弾が放てないアルカードが、一番使い勝手が悪いのですが、彼こそが悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲では主人公になるのですから、世の中何が起こるか分からないものです。
 シリーズを通しての魅力となる、最高のBGMと、敵をムチでなぎ倒す爽快感。そして、どれだけ体力が残っていても、わずかなミスで落下したらゲームオーバーという、容赦無い設定にはコントローラーを握る手にも思わず汗が流れるというものである。
作品のツボ→悪魔城ドラキュラで屈指の強さを誇りながら、ドラキュラ2ではザコと化した中ボスの死神が再び、難攻不落の鬼のような強さを持って襲いかかる。
悪魔城ドラキュラ
コナミ 1986年 ファミコン
 ドラキュラハンターのシモン・ベルモンドを操作して、悪魔城に巣食うモンスターをムチを振りながら、なぎ倒して進んでいく。アクションゲームの中でも飛びぬけたバランスのとれた操作感覚を持っており、不気味な雰囲気を高めるBGMはプレイヤーのテンションを高めていく。アクションゲームの見本とも言うべき1本であり、このゲームとの出会いが、自分にとってはゲームの世界に足を踏むきっかけであった。
 ステージ1の大コウモリ、ステージ2のメデューサ、ステージ3のミイラ男やステージ4のフランケンなど中ボスの強さも絶妙で、倒されても次にチャレンジする気持ちを沸き立たせてくれる。シモンが持っている武器がムチというのも特筆すべき点で、コントローラーを通じて敵をたたいている感触が伝わってくるような気にさえなる。
 調子よく進んでいる時に、油断していると高いところから落ちてゲームオーバーになった時にはショックのあまりしばし呆然自失となる。
作品のツボ→それにしてもステージ5のボスの死神は強すぎる。
悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲
コナミ 1997年 プレイステイション
 倒されては人間の欲望によってよみがえるドラキュラと悪魔城。連綿と続く悪魔城シリーズに決着をつけるべくドラキュラに戦いを挑むのは、ドラキュラと人間の女性の間に生まれたハーフのドラキュラであるアルカード。実はこのアルカード、悪魔城シリーズ3作目となる悪魔城伝説で、主人公のラルフ・ベルモントとともにドラキュラと戦ったサブキャラの一人。ファミコン時代のキャラクターをプレイステイションで主人公として操作するというのが、長年の悪魔城マニアにとってはうれしい限りである。
 これまでのシリーズでは、ドラキュラハンターのベルモント一族が主人公なのでムチを振りながらモンスターを倒して行くのが定番。しかし、今回の主人公は吸血鬼なので、マントをなびかせながら剣を扱って、時にはコウモリに、そしてに変化するアルカードのキャラが新鮮に映る。中ボスで出てくるベルゼブブガメラ2 レギオン襲来でもお馴染みのレギオンのデザインの気持ち悪さは特筆に価すべきすさまじさ。
 そして悪魔城をクリアしたと思ったらスタートする逆さ城にプレイヤーは驚くべし。
作品のツボ→アルカードの使い魔となる鼻悪魔の声は、タイムボカンシリーズのボヤッキーの声でお馴染みの八奈見乗児。スイッチを押す時にポチッとなというのは、マニアックなファンへのサービス。
弟切草
チュンソフト 1992年 スーパーファミコン
 アドベンチャーゲームの変形といえるサウンドノベルシリーズの第1弾。シナリオを担当したのは快傑ズバット特捜最前線で有名な脚本家の長坂秀桂。ミステリーとしては第2弾にあたるかまいたちの夜の方が、ストーリーがこなれているものの、恐怖の演出はこちらの方が上であることを、最近プレイしてみて気がついた。夜中に一人でプレイしていると、本当に怖くなってきて、思わず後ろを振り返ってしまう。特にシャワーをあびるあたりは、恐怖がリアルに伝わってくる気がして、何もこんな時にシャワーをあびなくてもいいのにと心の中で思ってしまうほど。画面に突然、ミイラが出てきたときには、声をあげてしまったくらいである。
 弟切草の花言葉は復讐。その言葉の示す通り、彼女とのドライブの最中、古びた洋館に迷い込んだプレイヤーは、彼女の過去にまつわる因縁の復讐劇に巻き込まれて行くことになる。シナリオの進め方によっては、悲劇の結末が待っているので、プレイ後には、寂しいエンディングを聴きながら妙な寂寥感に包まれることになる場合も…
 最近、ヒロインを奥菜恵にして映画化され話題になった。ヒロインのイメージとしては、あっていると思うが、噂によれば映画としては、ちょっと問題のある出来だったらしい。
作品のツボ→いったんクリアすると、かなり奇妙なシナリオが登場してくるのだが、中でも家族そろって化け物一家のシナリオは、かなりぶっとんでいる。

北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ
アスキー 1987年 ファミコン
 ポートピア連続殺人事件は、ゲームにアドベンチャーという新しいジャンルを切り拓いたが(正確にはパソコンでは古くから存在するのだが)、そのポートピアを監修した堀井雄二が、新たに送り出したのが、このオホーツクに消ゆとなる。前作のポートピアが本格推理とすると(厳密には違うが)、今度は社会派のテーストを漂わせた事件。グラフィックもファミコン初期に発売されたポートピアよりもレベルアップして、事件もより複雑なものとなっている。
 プレイヤーが捜査する主人公は、警視庁の刑事(ボスと呼ばれているから警部ぐらいか)だが、ある日、東京湾晴海埠頭に上がった死体の捜査を任されることになる。殺されたのは北海道出身のますだぶんきち(ひらがな表記ということろが時代を感じさせる)、彼の死の謎を追って、主人公は北海道に向かうことになる。北海道で主人公の手足となって捜査を手伝ってくれるのは、さるわたりしゅんすけことシュン。彼と一緒に札幌や釧路、さらには摩周湖や阿寒湖を巡ることになるが、その北海道で第2、第3の事件が発生する。事件には網走出身の議員であるあくつひでおも絡んでいるようで、思わぬ方向へ波紋が広がっていく。
 そして、北海道を巡る中で出会うのが、東京の女子大生であるなかやまめぐみと、その幼馴染みであるのむらまきこ。最初は単なる観光客かと思われた2人だが、捜査を進めるうちに、彼女たちも事件に関わってくることになる。全ての事件の発端になった昭和25年の沈没事故。その秘密を握ったまま網走刑務所に服役中のうらたじんごろうという男。果たして、主人公は事件の謎を解き明かすことができるのか。事件の内容が内容だけに、ゲーム全体に少し暗い雰囲気が漂うが、独特のBGMとともに印象に残る作品となっている。
作品のツボ→捜査がつまった時にはトランプを使ったブラックジャックで息抜き。いや、このサブゲームは単なる息抜きではなく、シュンに勝つと解決へのヒントが出てくるのだが、じっくり解くのが苦手な人はブラックジャックばかりやることになりかねない。
『か行』

学校であった怖い話
バンプレスト 1995年 スーパーファミコン
 はっきり言ってこんなに怖いゲームだとは思わなかった。全ては制作を手がけたパンドラボックスの力であろう。弟切草かまいたちの夜と同じくサウンドノベルと言われるジャンル。高校の新聞部員である主人公は先輩の日野さんの依頼で、学校の怪談を記事にまとめるために7人の生徒から話を聞くことになった。しかし7人目は現れず、とりあえず集まった6人から話を聞いていくことになる。文章が流れる中で、バックに怖い映像が映されるだけのゲームが、こんなにも恐怖感を煽るとことになろうとは…。怪談を聞いているだけかと油断していると、虚構が現実を侵食してきて主人公が死ぬというバッドエンドに見まわれる。
 基本的な話の種類は48話。6人の誰が何番目で話すかによって内容が変わってくる。しかし、同じ順番でも途中の選択肢を変えることで内容が変わってくるので、話の数ははるかに多くなる。そして、6番目に話す人が誰かによって7番目のオチが変わってくる。  登場するのは次の6人。好青年の新堂誠は体育界系で、運動部にまつわる怖い話をしてくれる。荒井昭二は暗い性格で、自殺に関することなど不気味な話をしてくる。デブの細田友晴はひたすらトイレに関する話で攻めてくる。岩下明美は美人だが、ある意味で最も怖い人。彼女の話は現実に死に至る危険な匂いが付きまとう。福沢玲子は主人公と同じ1年生で、明るい性格。メンバーの中では比較的安心して話を聞くことができる。でも友達の早苗ちゃんには要注意。
 そして一番の問題人物である風間望。すぐに話がトンデモの領域に脱線し、話を聞きたくないを選択すると、本当に話をしないうちに終わってしまう場合もある。しかし、もしかしたら彼の正体は宇宙人かもしれないし、異次元人かもしれないので油断は禁物であろう。しかし、ただの変な人なのであろう。彼のトンデモぶりは意外にも人気が高かったらしく、次回作の晦-つきこもりにもゲスト出演している。
作品のツボ→最後のオチの話の中で、殺人クラブの話は秀逸。話を聞いた6人が実は自分のことを恨んでおり、殺しにかかってくる。毒薬を飲まされた主人公は、命を狙われながらも学校中を解毒剤を探して回る。幽霊よりも怖いぞ、この連中は。

かまいたちの夜
チュンソフト 1994年 スーパーファミコン
 弟切草に続くサウンドノベル第2弾。恋人と泊まった雪山のペンションで巻き起こる連続殺人事件。原作・監修は新本格ミステリーの京大一派で、人形はこたつで推理するでお馴染みの我孫子武丸
 購入当初はゲームでは数少ない本格的なミステリーに狂喜したものだが、プレイするにつれ我孫子ならばもっとすごいものが作れるだろうと少し失望。しかし、その購入してから数年後、ソフトに隠された謎をといた時に評価が一気にあがることになる。苦労すれば真犯人にたどり着けないことはないが、このソフトに隠された真の謎を解いたり、金色のしおりを導き出すのは本当に難しい。この隠された謎はゲームを寝転んでプレイしていたことで、偶然謎を解くという体験をできたというのが印象深い。偶然とはいえ本当の探偵気分を味わうという体験は自分の人生の中でもこれ1回きりかもしれない。
 そして一度、真犯人を解いた後はスパイ編や、ちょっとエッチなシナリオ編をプレイすることができる。しかし、秀逸なのはダンジョンをさまようトルネコの大冒険 不思議なダンジョンをパロった不思議なペンション三船敏郎にたたき切られた時にはゲームオーバーになりながらも大爆笑。
作品のツボ→ペンションに泊まった人間の苗字が全員、カマイということが判明し、これが本当のかまいたちの夜というネタが出た時には脱力したものだが、これが実は最も怖いオチだったりする。

クレイマン・クレイマン
リバーヒルソフト 1998年 プレイステイション
 キャラクターから舞台まで全てが粘土で作られ、動くというクレイメーションを駆使したソフト。主人公のクレイマンは突如として意識を持ち、自分が何ものかも分からないうちに、ネバーフッドの世界の謎を解き明かして物語を進めて行く。そうした謎はネバーフッド中に落ちているビデオテープを集めるうちに分かってくるのだが、どうやら世界の創造主であったホーボーグが、自分が生み出したクロッグに反乱を起こされたのが混乱の原因らしい。
 謎を解き明かしながら進むということで、アドベンチャーゲームのジャンルに入るわけだが、数字パズルや、記号合わせなどパズル的な要素が強く、かなり頭を悩ませてくれる。特に筒に水を入れて音階を調節するのは、テレビから流れる音声を注意して聞き取らなければクリアすることは出来ない。
 元々がアメリカのソフトだけあって、独特の感性を持っている。そこらへんは、バックス・バニーなどのカトゥーンの世界を想像してもらえれば、イメージをつかんでもらえるかもしれない。BGMも日本のゲームソフトとは一風違った感じで良い味を出している。ちなみにクレイマン・クレイマン2はアクションゲームとなり、クロッグの逆襲となっている。
作品のツボ→クレイマンを動かさずにほっぽらかしておくと、自分の首を引っこ抜いて遊び始める。ここらへんのドライにブラックな感覚が、アメリカのソフトなんだと感じさせてくれる。
クロノトリガー
スクウェア 1995年 スーパーファミコン
 ドラゴンクエスト堀井雄二ファイナルファンタジー坂口博信が手を組み、キャラクターデザインを鳥山明が担当した夢のRPG。物語は魔王が倒されてから400年後、人々が平和に暮らしている世界から始まる。主人公のクロノがお祭りでマール王女に出会い、友人の発明少女ルッカの転移装置を試したのが運のツキ。マール王女は姿を消し、時間移動してしまったのである。マール王女が飛ばされたのは、魔王が大暴れしている400年前。王女を追ってクロノも転移装置に飛びこんだ。と、ここまで書くと400年前に飛んだクロノが魔王を倒す物語かと思いきや、魔王の猛攻など歴史の1ページに過ぎないのである。
 原始時代から、古代文明の世界、そして世界壊滅後の未来世界まで、時をかけめぐる大冒険となるのである。クロノの仲間となるのも、マールとルッカの他に、ものすごいパワーを持つ原始時代のスーパーウーマンのエイラ、中世で魔王にカエルにされてしまったカエル、未来世界のオンボロロボットであるロボと、ちょっと変わった連中ばかり。この変わったパーティーの戦闘を、さらに楽しませてくれるのが、連携技である。一人だけだと単なる魔法なのが、二人一緒だと二人連携、三人で三人連携が発動される。パーティーをどの組み合わせにして、どの技を発動させるかが、凝ったグラフッィクと相俟って、ワクワクさせてくれる。
 倒すべきは原始時代に天より降りて、1999年に世界を滅ぼすとされる、大いなる災いラヴォス。そして、このラヴォスも去る事ながら、魔王をはじめとする、それぞれの時代の悪が、また魅力的。恐竜の支配時代を築こうとするアザーラ、古代文明世界でラヴォスの力に取り付かれた女王ジール、そしてゴーレムを操る小悪党ダルトン(おならぷー)、魔王の幹部のビネガー、マヨネー、ソイソーの3人、廃墟となった未来世界の支配者となったマザーブレインなど、どいつもこいつもスゴイキャラクター。
 時間移動するゲームだけあって、タイムパラドックスなどが攻略に関わってくる、ラヴォスが存在する居城である黒の夢は時代を超えて存在するが、どの時代で攻略するかでエンディングも変わってくる。また、時間移動を利用しなければ手に入らない武器やアイテムもあり、じっくりと時間をかけて楽しめるRPGとなっている。
作品のツボ→魔王を倒すこともできるが、ラヴォスを憎む魔王を仲間にすることも出来る。主人公達と馴れ合うことなくパーティーに所属していた魔王のキャラクターは闇魔法を使うこともあって秀逸と言える。
『さ行』

サラダの国のトマト姫
ハドソン 1988年 ファミコン
 カボチャ大王パンプキン・ド・アバレルトマト姫がさらわれたことからキュウリ戦士が姫を助けだすための冒険に旅立った。見る、取る、調べるなどのコマンドを駆使して話を進めて行くアドベンチャーゲーム。ほのぼのとした雰囲気で謎解きのバランスも良く軽快にゲームを楽しむことができる。ここらへんは、さすがパソコンからの移植版だけのことはある。
 登場するキャラがレタス王子ナスの警備兵など敵も味方も野菜ばかりというのも、このゲームの特色。そんな中で、冒険してすぐに仲間になって行動をともにするかきっぱちは実に良い味を出している。持ち物をすぐに落としたり、池に落っこちて溺れたりで足を引っ張ってばかりだが、こいつの突っ込み無しではゲームの魅力が半減である。
 また、敵と戦う場面になったらあっち向いてホイで勝負を決するというのも珍しいパターンである。このあっち向いてホイでも、敵によってパーを出すくせがあるとか、上を向くことが多いとかのヒントで攻略できるのがアドベンチャーゲームらしくて良い。
作品のツボ→手に入れた秘密兵器がモビルヤサイスーツというところに、ちょっと時代を感じてみたりする。
新・鬼ヶ島
任天堂 1987年 ファミコン
 任天堂の前編・後編2枚組ディスクシリーズ第1段。桃から生まれた男の子と、 竹から生まれた女の子が竜を退治するアドベンチャーゲーム。世に数多くのアドベンチャーゲームがあるが、謎解きのバランスはピカ1の絶妙の出来。というより自分の中においては全てのゲームの中のベスト1。
 ストーリーにはしたきり雀うらしま太郎かちかち山など昔話が、うまくアレンジされて散りばめられている。竜を退治して帰ってくるエンディングでは思わず涙。ゲームで泣いたのはこれぐらいのもの(あと、スクウェアのトムソーヤで、ふこう虫の攻撃をくらった時って、それはまた別の意味だね)。
 近年はアドベンチャーゲーム自体が少なくなったけど、こんなゲームをもう一度やってみたいものだと思うよ。
作品のツボ→惜しむらくは前編のいおう玉を見つける難しさ。
真・女神転生
アトラス 1992年 スーパーファミコン
 ファミコン時代に好評だった女神転生が、スーパーファミコンで新たなる世界観をもって登場。悪魔を仲間にして合成させて、より強い悪魔を生み出すという基本設定を受け継ぎつつ、善と悪と中立のバランスを見事に確立させている。日常が悪魔に侵食される所から物語が始まっているので、世界がゆがみ始めるあたりが、プレイしていても少し怖い。
 発端は吉祥寺で起きた殺人事件。この時には主人公は世界に悪魔が存在するなんて、これっぽっちも考えていなかった。しかし、家に戻ってみると、すでに母親はアマノサクガミに食われてしまっていた。と、このあたりは諸星大二郎が妖怪ハンターで取り上げそうな雰囲気である。その後、腐敗した社会を建て直すことを訴える三島由紀夫なキャラのゴトウと、それを危険とみなし排除しようとするアメリカ大使トールマンの抗争に巻き込まれることになる。このトールの正体が北欧神のトールで、彼が放った米軍の核ミサイルで東京は壊滅してしまう。爆発に巻きこまれた主人公は金剛神界で目覚め、崩壊した世界で神と悪魔の狭間に立ちながら戦いを続けることになる。
 女神転生2では、サタンを倒すエンディングとは別にルシファーを仲間にして唯一神を倒す真のエンディングが用意されていたが、今作では本当の正義は何かという判断は主人公にゆだねられる。神の側に付いて千年王国の建設を目指すも良し、悪魔とともに神に支配されない強いものが勝つ世界で生き延びるも良し、そして神も悪魔も切り捨てる中立のエンディングも用意されている。主人公にはパートナーとなるヒロインとともに、二人の友人が仲間となる。しかし、この二人の友人は、一人は神の思想に共鳴してロウヒーローになり、もう一人は強さを求めてカオスヒーローとなっていく。主人公は神につけばカオスヒーロー、悪魔に付けばロウヒーローを、かつての仲間とは言え打ち倒さなければならない。中立ともなれば二人とも倒してエンディングを目指さなければならない。
 本作では神側はミカエル、悪魔側がアスラ王が最後の敵になっている。ラストボスにしては中途半端な気がしなくもないが、真・女神転生は長いシリーズにする予定だったからである。しかし、その構想に無理があったか次回作の真・女神転生2で一応の完結を見せている。
作品のツボ→中立の道を選んだ主人公には神も悪魔も味方してくれないが、公園にいた老人だけが力を貸してくれる。この老人の正体こそが大上老君こと老子様なのである。
真・女神転生2
アトラス 1994年 スーパーファミコン
 前作の真・女神転生から後の世界、すでに東京は一度、水没して壊滅しており、その上に別の世界が新しく誕生している。前作はLAW、CHAOS、NEUTRALの3つのエンディングが用意されていたが、この物語では基本的には前作をLAWで終えたという設定で、神が千年王国を築き上げた世界となっている。そんな世界の中、主人公は記憶喪失の状態で目覚める。この新しく生まれた神が支配する世界でも、比較的、神の制約が届かない混沌とした地帯となっているヴァルハラ。そこで主人公は岡本ジムに所属してファイターのチャンピオンを目指すことになる。
 チャンピオンとなったことで、ヴァルハラの支配者であるマダムに会うことが許可されるが、マダムの依頼でケルベロスを引き連れ、花田と目加田という2人のマッドサイエンティストを追い求めることになる。そこから先は。記憶を取り戻しながら、ダンジョンに次ぐダンジョンをめぐる大冒険。主人公のライバルと思われる、ダレス、ギメル、ザインなどの連中は、誰によって生み出され、何を目指そうとしているのか。
 悪魔を仲間にして合成させて、より強い悪魔を生み出すというメガテンの基本コンセプトは変わることは無いが、剣合体があるなど合体の法則は、より複雑なものとなっている。ゲームの隅から隅まで楽しもうと思えば、半永久的に遊べるゲームではないだろうか。元々、真・女神転生シリーズは、もっと長いシリーズで物語を描き出す予定だったのだろうが、さすがにそこまでは長大な物語は無理と踏んだか、この2作目で一気に造物主YAVHの戦いにまで持って行く。そのため、スーパーファミコンのゲームとは思えないほどの膨大な内容が詰め込まれている。この作品も3つのルートのエンディングが用意されているが、3つとも見たというプレーヤーは、そうはいないだろう。
作品のツボ→特訓のために用意されているヴァーチャルゲームは、仮想空間のため悪魔に倒されても死ぬことはないが、プレイすることでレベルを上げることができる。この空間内に登場する某物理学者に似ているスティーブンは、実に謎多き人物。神にも悪魔にも属していないように思われるが、彼無くしてはゲームの攻略はありえない。
ゼルダの伝説
任天堂 1986年 ファミコン
 ハイラルの英雄リンク魔王ガノンにさらわれた、ゼルダ姫を助け出すため、冒険に旅立って行く。アクションRPGの走りとなる作品(ドルアーガの塔を除く)。このシリーズのファンは根強いものがあり、この後ゼルダの伝説はスーパーファミコン、NINTENDO64と受け継がれて行くことになる。プレイを進めながら、弓矢ブーメランなどのアイテムを入手したり、ハートを増やしたりして着実にリンクが強くしていくのも楽しみ(自分の操作能力も比例して上がっていく)。
 表示される画面中の大半に秘密の入り口が隠されており、それを見つけて行くのも楽しみの一つ。やっと見つけたと思ったらお金を取られたりする(ドアノシュウリダイヲモラウヨ)。無用の長物と思われていたコントローラー2のマイクを利用するのは、これとたけしの挑戦状ぐらいのもの。
作品のツボ→クリアしたと思ったら裏ゼルダの始まりだ!

ゼルダの伝説 神々のトライフォース
任天堂 1991年 スーパーファミコン
 ゼルダの伝説のスーパーファミコン版。ハイラルの英雄リンクがゼルダ姫を助けるために、魔王ガノンを倒すための冒険という設定はファミコンと同じ。しかし、画像やキャラの動きは飛躍的に進化し、リンクのデザインや動きが立体的になっている。特に段差のあるところを飛び降りて移動できるようになったのを見たときには、ゲームも進化したものだと感心(その後NINTENDO64でゼルダはさらに進化する)。
 ブーメランや弓矢などアイテムを集めるたびに、リンクが強くなり、ゲーム中において移動できる場所が広がっていく。岩壁を爆弾で破壊したり、大岩をパワーグローブで持ち上げたりしながら、秘密の入り口を見つけ、ハートのかけらを集めるのも楽しみの一つ。最後の敵であるガノンを倒すことが出来るアイテムが、最強のマスターソード銀の弓矢で、ファミコン版と同じというところには、作り手の妙なこだわりを感じる。
 さあ、虫取り網司祭アグニム倒しにチャレンジ、チャレンジ。
作品のツボ民家のニワトリを攻撃していると、恐ろしいことに大量のニワトリから反撃が…。これが、まさに鳥肌ものなんですけれど。
ゼルダの伝説 時のオカリナ
任天堂 1998年 NINTENDO64
 あのゼルダの伝説がNINTENDO64で甦る。コキリの森に住むリンクは、コキリ族の中で一人だけ相棒と呼ばれる妖精がいなかった。そんなリンクの元に妖精ナビィがやってきて、ついに相棒が出来たと喜ぶが、ナビィからはコキリの森を守るデクの木さまが弱っているので助けてくれと大変な使命を言い渡される。そこでリンクはコキリの剣デクの盾を手にしてデクの木さまの中に入っていくが、これがハイラルの世界を救うことになる壮大な冒険の始まりだった。
 ファミコン版のゼルダの伝説、スーパーファミコン版の神々のトライフォースと同じく、リンクの冒険の舞台はハイラルの世界で、ゼルダ姫を助けるべくガノンと戦うことになる。神々のトライフォースでは魔王ガノンは、かつて盗賊ガノンドロフだったと語られているが、時のオカリナでは盗賊ガノンドロフがリンクを苦しめることになる(とはいっても神々のトライフォースの前日談というわけではない)。
 ゲーム前半は子供だったリンクはマスターソードを抜いた途端に長い眠りについて気がついた時には立派な青年に成長する。子供と大人の時では使えるアイテムが違うというのもおもしろいが、最大のキーワードとなるのがゼルダ姫から託された時のオカリナ。これを利用して子供と大人の時代を行き来してゲームを進めていくことになる。また、オカリナで吹く曲はゲームを進めるのに重要な要素で、隠れていた道を切り開いたり、昼と夜を逆転させたりと、様々な効果を持つ。
 ハイラルの世界を縦横無尽に駆け巡りながら、ハートのかけら集めや、全部で100匹いる黄金のスタルチュラ探しをするなど、実に自由度が高く楽しめるゲームとなっている。
作品のツボ→このゲームの魅力は何と言っても数あるサブゲーム。釣りでいかに大きな魚を釣り上げるかや、流鏑馬で高得点に挑戦、ロンロン牧場での乗馬レースなど、思わず本編のガノン退治を忘れて楽しんでしまう。
『た行』

タイムツイスト
任天堂 1991年 ファミコン
 ファミコンのソフトも、ほとんど発売されなくなってきた頃に発売された任天堂2枚組ディスクシリーズ第5弾にして最終作。新鬼ヶ島遊遊記ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者ファミコン探偵倶楽部 後ろに立つ少女と名作を生み出してきたディスク2枚組シリーズだが、この作品もファミコン全盛期ならば話題になったであろう隠れた名作のアドベンチャーゲームである。
 テレビで見た占いに従って悪魔博物館に出かけた主人公だが、魔封じの壷から解き放たれた悪魔に体を乗っ取られてしまう。主人公は代わりに悪魔の体で行動して、自分の体を取り戻すために悪魔を追いかけるが、悪魔はシモン博士の発明したタイムワープ装置で過去へタイムワープ。それに巻きこまれる形で主人公もタイムワープ。このタイムワープしていく先が実にマニアックな設定となっているのである。最初のタイムワープ先が1428年のフランス城下町。ここで処刑寸前のジャンヌ・ダルクを助け出すために奔走する。しかし、すでにボロボロだった悪魔の体は、ろうそくの火が燃え移って焼け落ちてしまい、それからは幽体となって動き回ることになる。何か行動を起こすには誰かに乗り移るしかないのだが、眠るか気絶するかしてくれないと乗り移れない。誰に乗り移るか頭をひねりながら物語を進めて行く。
 ジャンヌを救って次に移動するのが、1944年のドイツ南部捕虜収容所。ここから、いかに捕虜を脱出するかがポイントとなるが、映画の大脱走の世界そのままなのである。ストーブを移動させるなど映画を見たものにとっては、実にうれしいエピソードがある。次には、紀元前4世紀のギリシャで、アリストテレスに出会い死にかけている子供時代のアレクサンダーを救出。次には南北戦争時代のアメリカでリンカーンとともに奴隷解放のために悪戦苦闘。そして、いよいよ最終地点であるベツレヘムのキリスト誕生の場面に向かうのである。
 さすがにシリーズを作ってきただけあって、謎解きのバランスは言うこと無しである。新・鬼が島では主人公2人の交代、遊遊記では4人の視点チェンジだったが、今回は幽体離脱と乗り移りによるキャラ変更。この入れ替えが謎解きに楽しさを加えている。タイムパラドックスも、うまい具合に考えられている気がする。最終的に完全なハッピーエンドにならない所も、自分としてはOKである。
作品のツボ→主人公の体を乗っ取った悪魔というのが、キリストを誘惑して「人はパンのみに生きるにあらず」と言われた悪魔。こいつの壮大なる復讐戦に巻きこまれたというわけである。
たけしの挑戦状
タイトー 1986年 ファミコン
 長年にわたり、ゲーム史上最低のゲームとして、クソゲーの王者として君臨してきたゲーム。ゲームの内容もそうだが、これだけ話題となるのは、やはり当時それだけ売れたことの証であろう。自分も当時、定価で購入し後悔した覚えがある。しかし、ここで振り返ってみると会社に辞表を出して、孤島に冒険に出る。コントローラー2のマイクを使ってカラオケを歌う。秘密の地図を出すために、ファミコンを何も振れず1時間ほおっておくなど、いずれのアイデアもビートたけしの感性だなと感じ入ってしまう。
 これだけ取っ付きにくいゲームにも関わらず、当時はかなり熱を入れて遊んだ記憶がある。特に無人島に渡る時のハングライダーには何度もチャレンジした。攻略本を買ってクリアしてエンディングを見た人も多いはずだが、残念ながら自分は未見。改めて再チャレンジしたい気もするが、いろいろな意味でたけしの挑戦状をプレイするには年を取りすぎたようだ…(いや、若けりゃ出来るってもんではないだろう)。
作品のツボ→やはり、町の人を片っ端から殺しちゃダメだよな。ああ、ホームズも殺しているもんな…(さて、何の話でしょう)。

探偵 神宮寺三郎1 新宿中央公園殺人事件
データイースト 1987年 ファミコン
 ファミコン発売初期の市場の大半を占めたのは、スーパーマリオブラザーズなどのアクションゲームや、ゼビウスなどのシューティングゲームだった。しかし、その後ゲームジャンルは多様化し、ドラゴンクエストのようなRPGのような複雑なシステムのゲームも誕生してきた。さらに、パソコンの世界では古くから存在したアドベンチャーというジャンルが、ポートピア連続殺人事件をきっかけに注目されはじめていた。神宮寺三郎シリーズも、そんなアドベンチャーゲームの一つで、新宿に事務所を構える神宮時三郎が、助手の御苑洋子や淀橋署の熊野警部と協力しながら事件を解決していくという設定。この新宿中央公園殺人事件が発売された時は、今日まで続くロングセラーシリーズとなろうとは誰も予想できなかったであろう。
 今回、熊野警部から依頼されたのは、新宿中央公園で死体となって発見されたホステスの高田桃子に関する事件だった。最初は単なる殺人事件かと思われたが、桃子が資産家の柏木大介と親しくしていたことから、事件は急展開を見せる。桃子と柏木の関係の調査に乗り出した神宮寺だったが、秘書の花園町子から柏木はガンで亡くなったと聞かされる。当初は桃子が勤めていたバーのマスターである代々木が怪しいかと思われたが、その無実が証明され、後にシリーズのレギュラーキャラとなる明治組の風林豪造まで事件にからんできて、神宮寺の頭を悩ませることになる。
 神宮時三郎シリーズというとハードボイルドの要素が強いのだが、第1作目である新宿中央公園殺人事件では、死体の周辺に足跡が無いのは何故かといった、本格ミステリーに出てくるようなトリックが使われている。おそらく探偵を主人公にしたアドベンチャーゲームにおいて、推理の要素は欠かせないと考えられたからであろう。さらに、アドベンチャーゲームなのに熊野警部を怒らせたり、事件を依頼されてから30日を過ぎてしまったらゲームオーバーという奇妙な設定なのも時代を感じさせてくれる。
作品のツボ→新宿中央公園の中をRPGのキャラのように、歩き回って情報を集めるというシステムは、画期的かどうかはともかくとして、当時としては実に珍しい作りだったと思う。そのくせ、苦労して歩き回ったところで重要な情報は得られないのだから…。

探偵 神宮寺三郎2 横浜港連続殺人事件
データイースト 1988年 ファミコン
 前作の新宿中央公園殺人事件から1年後に発売された神宮寺三郎シリーズの第2弾。どうやらこの作品からシリーズ化が決定的となったようだ。これは探偵の神宮寺三郎や助手の御苑洋子のキャラクターが、市場に受け入れられたからであろう。なお、今回の事件では熊野警部は電話でアドバイスを送るだけの出演となっている。
 前作が新宿を中心とした事件だったのに対し、今回の事件の舞台は横浜。熊野警部の頼みで加賀山署の伊勢崎警部に手を貸すことになった神宮時だが、直接の依頼人である日ノ出から行方不明になった婚約者のエバ・クリスティーナを探してくれと頼まれる。エバがバラカ領事館に勤務していたことから、そこから行方をたどることにしたのだが、同じくバラカ領事館に勤めていたイリス・ハートという女性が溺死体として発見されたことから、単なる行方不明者探しではすまなくなってくる。バラカ領事館のロバート領事が曲者である上に、青狼会組長の神奈川という粗暴な男までからんでくるので、横浜という不慣れな土地で神宮時は苦労させられる。また、横浜という土地柄ということもあって密輸がらみの事件となり、台湾の密輸捜査官リョウ・ケイコクも登場するという派手な展開を見せてくれる。彼の助け無くして、この事件は解決できなかったであろう。
 神宮寺のイメージは前作とあまり変わらないが、助手の洋子は、この作品では妙に落ち着いた大人の感じをかもし出している。しかも日本語が話せないバー・フィヨルドのマスターであるピエールの前では、スペイン語を流暢に操り通訳としても役に立ってくれる。実はシリーズの中でも明治組の風林豪造親分が登場しない貴重な作品。なお、このゲームの最大の難所は密輸組織に関わっていた戸塚の宝石店の扉が開かないことだったりするが、これさえクリアすれば一気にエンディングまでたどり着けるはずである。そのエンディングでの夜が明けていく横浜港の風景は、心に残る良い場面となっている。
作品のツボ→暴力団とのアクションシーンがあるのだが、ファミコンではアニメを使った動画処理など考えようもない時代。そこでコマ送りのような画像で処理しているのだが、それがかえって良い味を出していたりする。
探偵 神宮寺三郎3 危険な二人 前編・後編
データイースト 前編1988年・後編1989年 ファミコン
 探偵神宮寺三郎シリーズの第3弾で、前編・後編の2枚組のディスクとして発売された。前編を早々と解決させて、事件の結末を見るべく後編の発売を待ち望んだユーザーも多かったのではないだろうか。主人公の神宮寺三郎の助手として、数多くの事件をサポートしてきた御苑洋子だが、彼女の友人である岡崎京子や、かつての恋人である高杉勇介などが事件にからんできて、神宮寺としても複雑な思いで事件に挑むことになる。
 事件の内容は、かなり複雑なもので気を抜いてプレイしていると人間関係が把握できなくなる恐れがある。岡崎京子の夫であるバイク・レーサーの岡崎慎二がレース中に事故を起こすが、事故を起こしたのは替え玉で全くの別人であった。それと同じ頃、友人の京子に会うためホテルに向かった洋子が遭遇したのは、京子が何者かによって殺害されたという衝撃的な事件だった。単純に考えれば岡崎慎二が替え玉を使ってレースに出場していると思わせアリバイ工作しているうちに妻を殺害したものと考えられるが、京子がホテルで待っていたというのは山本という男ということで、単純な事件では終わりそうになかった。また、前作の横浜港連続殺人事件では、暴力団連中をなぎ倒した台湾の密輸捜査官のリョウ・ケイコクが、京子が殺害されたホテルで何者かに襲われて深手を負うなど一筋縄では行かないことを感じさせてくれる。これまでの熊野警部や伊勢崎警部と違って三重県警の石橋刑事は、探偵というものを信用しておらず、これまで以上に捜査がしにくいというのも本作の特徴である。
 実はアドベンチャーゲームにおいて、ここまで難しくしてしまって良いのかと思われるぐらいの、複雑に人間関係が入り組んだストーリー。最終的には大企業である帝国物産による犯罪やヤクザの小林組も事件にからんでくるなど、風呂敷を広げすぎなような気がしないでもない。また、穴の無い五円玉に激しい興味を示すホテルトキオのフロントマンや、「高杉といえば晋作だな」とつぶやく公園で寝ている酔っ払いなど隠れた迷キャラが良い味を出しているゲームでもある。
 自分が勤めている会社を守り、自らの出世のために、かつての友人も含め何人もの人を殺すという動機は、かなり理解し難いものがある。神宮寺と洋子の関係に迫るなど、シリーズの中でも重要な位置を占める作品だが、事件の全体像を把握するのは、かなり難しいものがある。それにしても危険な二人とは神宮寺と洋子のことを指しているのか、いまだに良く分からないでいる。
作品のツボ→事件が起きたホテルの従業員であるミステリーマニアの小曽根は、貴重な情報まで神宮時に流してくれるなど、隠れた事件の解決者だと思う。
探偵 神宮寺三郎4 時の過ぎ行くままに
データイースト 1990年 ファミコン
 探偵神宮寺三郎シリーズの第4作目にして、自分の中における推理アドベンチャーゲームNo.1と言える作品。ゲームが始まった時点で、すでに事件が解決しているという設定が秀逸。神宮寺が新宿中央公園を散歩している時に、偶然に出会った淀橋署の熊野警部から、せがまれるままに事件の内容を回想しながら語っていくというストーリーとなっている。
 その回想する事件も殺人事件といった派手なものではなく、絵画盗難事件と迷子になった男の子の母親探しというもの。しかし、この二つの事件がからまって、一つの物語につながっていく。この事件の依頼主となったのは神宮寺三郎シリーズで欠かせない存在となった明治組の風林豪造親分。知り合いの女性である細川信子の家の絵が盗まれたというので、出張中である亭主の細川良介が帰ってくる前に見つけてほしいというのだ。信子は後妻として細川家に入ったもので、先妻の子である長男の英二がいる上に、信子の連れ子である長女の淳子も一つ屋根の下で暮らしているので、人間関係はかなり複雑なものとなっていた。捜査を進めていくうちに絵を盗んだのは内部のものによる犯行の可能性が濃厚となり、容疑者は信子、英二、淳子の3人に狭められたが、盗まれた絵を見つけるだけでは事件は終わらなかった。
 その頃、助手の御苑洋子は迷子になった佐田健一くんを保護していたが、自宅を訪れても健一の母親のかずみは不在のままだった。熊野警部からあずかった元警察犬の老犬ズタが、健一の良い遊び相手となってくれたのだが、かずみは一向に見つからない。絵を盗まれた細川家の人々と迷子になった健一と行方不明の母親が、一つに結びついてバラバラだったストーリーがつながっていくことになる。
 シリーズ4作目ともなると、探偵の神宮寺や秘書の洋子に対する愛着は、かなり深いものとなっている。だからこそ、このような回想場面を中心とした変わった設定が生きてきて、本作をプレイしながら1作目の新宿中央公園殺人事件からの時の流れを、思わず実感させられることになる。事件の回想場面がセピア色となっているところも良い味を出していて、エンディングで家族の元に戻った健一から、神宮寺と洋子を描いた絵が届いた時には思わず涙が流れそうになる。
作品のツボ→美容院モトリーの店主であるおおとりへいすけの、すごい風体は、一度見たら忘れられない。「なあ、そう思うだろうズタ…」「ちぇ、無視しやがって」。
探偵 神宮寺三郎5 未完のルポ
データイースト 1996年 プレイステーション
 ファミコンで4作目まで発売された神宮寺三郎シリーズだが、なぜかスーパーファミコンでは発売されることなく、前作から6年立ってプレイステーションで5作目が発売されることになった。神宮寺三郎シリーズといえば、新宿に事務所を構える探偵の神宮寺三郎をはじめ、助手の御苑洋子、淀橋署の熊野警部など、登場するキャラの個性が確立されていることが売りで、それはプレイステーションでも変わることはなかったが、5年ぶりの発売で機能が向上したハードで発売された割には、グラフィックがファミコンの方が良かったと思える点や、アドベンチャーゲームとして難易度などに問題がある点が災いして、ユーザーの評価はそれほど高くない。自分も最初にプレイした時は、今一つのように感じたが、改めてプレイしてみるとシナリオの高さなど、引き込まれるものがあったことに気づかされる。
 今回の事件は神宮寺の飲み友達である池上康明という記者から届いたエアメールから幕が開く。これを預かってくれと書かれた手紙と一緒にカギが入っていたが、この空港のロッカーに残されていた池上の未完成のルポを完成させることが、今回の事件における神宮寺の使命となる。神宮寺と並ぶ本作のもう一人の主人公と呼べる存在が池上の後輩にあたる与野恭介なのだが、神宮寺が探偵として事件を探るとともに、与野はルポライターとして池上が探っていた秘密を追いかけていくことになる。麻薬の密輸、人身売買、臓器の不正移植など、扱っている事件の大きさはシリーズ屈指のものとなる。池上を殺害したと思われるヤクザの丘安組をはじめ、海外に進出している大企業の三光グループ、移植手術では日本随一とされ板垣忠義が院長をつとめる東亜総合病院、産廃施設を誘致した政治家の五島正一郎など、神宮寺と与野が追いかえる事件の背景には複雑な人間関係がからんでいる。そして、新宿で増え続ける不法就労の外国人問題など現実の社会問題と密接にリンクしながら事件は進んでいくのである。
 なお、このゲームではザッピングシステムが取り入れられており、場面によっては神宮寺ではなく、助手の洋子や熊野警部、あるいはルポライターの与野の視点からプレイすることができる。事件を別の側面から見るという意味ではおもしろいシステムだが、キャラの選び方によっては事件の流れが見えなくなってしまうパターンがある。お勧めとしては最初に神宮寺のみを選んで事件の本筋をつかんでおき、2度目からは他のキャラを選んで別の視点から事件を見た方が良いのではないだろうか。ちなみに、このゲームの最大の難所は神宮寺三郎が丘安ビルに忍び込んで秘密をさぐることにあるのだが、潜入前に神宮寺ではなく与野を選んでプレイすると、この難所をスルーしてエンディングにたどり着けるようになっている。
作品のツボ→本編とは別に「謎の事件簿 三郎編」「謎の事件簿 洋子編」が付録として収録されている。割と簡単に解ける推理ゲームになっているので、本編をクリアした後にプレイしてみてはどうだろうか。
探偵 神宮寺三郎6 夢の終わりに
データイースト 1998年 プレイステーション
 神宮寺三郎の助手である御苑洋子のもとに、高校の頃の友人である永田由香から依頼が持ちかけられる。誰かに後をつけられているような気がするという由香の依頼は、神宮寺の調査で気の弱い男が起こしたストーカー事件として解決を見るが、その3日後に由香は謎の失踪を遂げる。自分の調査に何か問題があったのかという疑念を抱きつつ、再調査に乗り出した神宮寺は大きな事件の闇に真正面からぶつかることになる。
 前作の未完のルポから取り入れられた神宮寺以外のキャラでプレイして、事件を別の側面から見ることができるザッピングシステムは今回も健在。前作ではどこか完成しきれていなかった部分があるザッピングシステムも、達成ルートと未達成ルートが一目で分かるようになるなど、改良が加えられプレイしやすくなっている。ただし、ルートの選び方次第では事件の全貌が見えにくくなってしまうという問題は以前としてあり、基本的には神宮寺三郎でプレイしてから他のキャラを試してみる方が良いかもしれない(それでも問題の出てくるルートがありそうだが…)。今回のザッピングシステムでプレイできるのは、神宮寺三郎のほかに助手の御苑洋子、淀橋署の熊野警部、そして失踪した由香の妹である永田美樹となる。美樹は19歳の浪人生であるのだが、およそ探偵に向いてないキャラで調査を進めるというのが、プレイしていておもしろい。
 今回の事件は神宮寺三郎をはじめ、登場人物の多くが深い傷を背負って、それに立ち向かっていくというのが特徴。神宮寺はニューヨークにいた頃に遭遇した事件の悪夢に苦しめられていたのだが、その悪夢を終わらせるために今回の事件では苦しい決断に迫られることになる。さらに、友人である由香が失踪してしまった助手の洋子は、由香の妹である美樹の面倒を見ながら調査を進めるうちに、かつてない窮地に陥ってしまう。もちろん姉がいなくなった美樹は、その安否を心配し続けることになるのだが、真正面から受け止めるには、あまりにも重い現実を直視させられることになる。また、シリーズを通して作品に暖かい雰囲気を投げかけてくれた熊野警部も、警察の正義というものに対して考えさせられる事態となる。
 この事件に重く暗い影を投げかけているのは、あまりにも強烈な副作用をもたらす新種の麻薬の存在。快楽の代わりに死を与える麻薬は、次々と不幸の連鎖を生み出していく。その麻薬を作り出した犯人ですら、自らの意思に反するように多くの人に悪夢を与え続けることになる。シナリオやBGM、グラフィックも秀逸で、今後の神宮寺三郎シリーズの流れを方向付けた一作となっている。
作品のツボ→ミニ推理ゲームである謎の事件簿は今回も付けられているが、神宮寺三郎編、御苑洋子編に加えて熊野参造編まである。熊野編は推理ゲームではなく警察用語のクイズである。なお探偵神宮寺三郎シリーズ10周年記念CDが付録となっていて、ミニドラマを楽しむことができる。
探偵 神宮寺三郎7 灯火が消えぬ間にNEW
データイースト 1999年 プレイステーション
 ある日、神宮寺三郎の事務所にヤクザに追われて駆け込んできたのは、新宿にある雄和商事に勤める八木正隆という青年。裏表が無く憎めないヤツであるのだが、仕事の失敗から自暴自棄になり、ヤクザとケンカして逃げ込んできたのだ。自分の生き方に行き詰まりを感じていた正隆だが、神宮寺と出会い、さらに松沢祥香という恋人が出来たことから、立ち直るきっかけを見出していくことになる。一方、神宮寺は1年前から連絡が取れなくなった娘の須田佐知子を心配して上京してきた母親の多恵子から、佐知子の安否を確認してくれとの依頼を引き受ける。多恵子が秋田に帰るまでという、あまりにも短い捜査期間では佐知子の消息をつかむことができなかったが、この佐知子消失事件は、人の感情のすれ違いが生んだあまりにも悲しい事件の一端にしか過ぎなかった。佐知子捜索を終えた神宮寺に熊野警部が依頼してきたのは、新宿に出回っている新型拳銃の密売を探るというもの。しかし、新宿界隈を取り仕切る明治組は風林豪造親分の命令で、拳銃はご法度とされていた。第1作目となる新宿中央公園殺人事件から神宮寺にとって心強い味方であった明治組に何か不穏な空気がうごめいていた。
 本作の特長は捜査ポイントを回るごとに時間が経過していくことにある。南新宿から大久保に行き、再び南新宿に戻るなど、遠回りをするほど長い時間が経過しまうので、事件に関係ありそうな場所を効率良く回っていかなければならない。そのため一日に足を運べる場所には限界があり、関係ない場所を回っていると、捜査は翌日に先延ばしとなってしまう。ただし、ある日程までにクリアしなければならない条件もあるので、あまりにもダラダラと捜査を進めているとバッドエンディングというゲームオーバーが待っている。なお、捜査を進めるのは神宮寺だけでなく、助手の御苑洋子や正隆にも捜査の指示を与えることができる。ただし、あくまでも自分の代わりに最低限の情報集めてくれるだけなので、大事なポイントは神宮寺自ら足を運ばなければならない。そして、捜査を進めるうちに新宿を飛び出し、岡山やオーストリアにまで行くことになるが、そこでも捜査ポイントによる時間経過があるので、新宿同様に効率良く捜査を進めることが求められる。
 7作目にして初めて日本を飛び出して、オーストリアで捜査を進めることになった神宮寺だが、オーストリアでは麻薬捜査官のアルフレッド一家が心強い味方になってくれる。このアルフレッド一家以外にも、個性あふれるキャラクターが多く登場するのだが、ゲーム内のいたるところに隠されているアルファベット4文字のパスワードを見つけると、それぞれのキャラの生い立ちなどが分かる仕掛けとなっている。なお、ミニ推理ドラマである謎の事件簿は本作でも健在。本編と違い神宮寺たちがディフォルメ化されているが、その謎を解くのは本編以上に難しいかも知れない。
作品のツボ→マルチエンディングであるものの、その大半は捜査失敗によるバッドエンドである。ただし、普通に捜査を進めれば、ハッピーエンドである「想いが届く場所」に辿りつくのは、それほど難しくはない。ただし、真のエンディングである「灯火が消えぬ間に」を見るには、最短日数でゲームをクリアする必要があり、このエンディングを見るのは、よほど無駄なく捜査を進めない限り不可能だと思われる。
晦-つきこもり
バンプレスト 1996年 スーパーファミコン
 学校であった怖い話に続く第2弾。つきこもりとは新月の夜のこと。今度は学校以外の場所での怖い話ができるように設定を変更。主人公はもうすぐ女子高に進学する予定の中学3年の前田葉子祖母の7回忌に集まった親戚が、開かずの間で怪談を始めることから恐怖の扉が開くことになる。
 昔話や地元の話などを得意とする叔母の前田和子は主人公のお気に入り。その子どもで生意気な小学5年生の前田良夫は人面犬のような都市伝説的な怪談を得意とする。TVプロデューサーの真田泰明は、主人公のあこがれの人(同性から見てあまり好きになれないタイプですが…)。山崎哲夫は体力自慢の冒険家で山などアウトドアの怪談をしてくれる。しかし、デリカシーが無いので主人公の葉子は苦手としている。フリーターの鈴木由香里は葉子から見て頼れるお姉さん。様々なバイトで体験した恐怖話をしてくれる。そして最も危ないのは看護婦をしている藤村正美。美しい容姿と上品な語り口の裏には一体何が潜んでいるのやら…。
 前作に引き続き、現実に死が訪れるというバッドエンドもあるのだが、今作では座がしらけてお開きになってもバッドエンド。そして最も意外なバッドエンドに話が未来に飛んで、幸せな結婚をしてバッドエンドというオチもある。
作品のツボ→各人の話に必ず1回は、前作で人気を博した風間望が登場する。ある時は狸だったり、またある時は宇宙人で風間一族みんなが同じ顔だったりする。終いには風間刑事として殺人事件すら解決してしまう。
ドラキュラ2 呪いの封印
コナミ 1987年 ファミコン
 前作の悪魔城ドラキュラで、見事に城主のドラキュラを打ち倒したシモン・ド・ベルモンドだが、滅びる前にドラキュラはシモンに死の呪いをかけていた。自分にかけられた呪いを解くためには、ドラキュラの亡霊を打ち倒さなければならない。そのために、町とフィールドを行き来しながら、アイテムをそろえ、パワーアップをはかっていくことになる。横スクロールのアクションゲームで、セーブしながらパワーアップしていくなど、RPG的な要素も加えられている。そのため、シモン愛用の武器であるムチも、この作品では炎のムチにまで進化するなどシリーズ最強を誇っている。
 次回作の悪魔城伝説からは再び純粋なアクションゲームに戻るので、シリーズの中でも異色作と言える。左右どちらにもスクロールで移動できるが、登れない壁があったり、飛び越えられない穴があったりするので、最初は移動が制限されている。それをアイテムを集めることで、次第に行ける場所が広がっていく。変わっているのが昼と夜の設定で、プレイをしていると自然に時が流れ、昼から夜に変わっていく。出現するモンスターが変わるだけでなく、夜にしか会えない人がいたりもするので、クリアするためには、そうした謎も解いていく必要がある。そして、何度も昼と夜を繰り返しているうちに、日数オーバーということで、呪いの効果が発動して死んでしまう。そうなると最初からプレイのし直さなければならず、そういう意味ではシビアなゲームと言える。
 しかし、悔やまれるのは、死神ドラキュラの妻カミーラなど中ボスの強さの設定。前作であれほど絶妙なバランスを誇っていた敵の強さが、今回は適当にムチをふるっているだけで倒せてしまう。特に、最後のボスとなるドラキュラの亡霊は、姿を表す前に画面中央にニンニクを置いておくだけで、何もしなくても倒せてしまうことから、今でもマニアの間では語り草となっている。
作品のツボ→BGMも昼と夜で流れる曲が変わってくるのだが、この作品のBGMは、シリーズの中でも1、2の出来の良さを誇る名曲ぞろいである。ファミコンの限られた音源でこれだけのものが作られたことに驚きを覚えてしまう。
ドラゴンクエスト
エニックス 1986年 ファミコン
 ゲーム界において主人公がレベルを上げて魔王を倒すというロールプレイングゲームというジャンルを打ち出すことになった画期的な作品。それ以前にパソコンではウィザードリーウルティマといった作品が存在したが、そうしたゲームがファミコンでも作れるということを実証した。これによりアクションやシューティングが中心でコントロール操作が命とされていた家庭用ゲーム機の世界に、時間をかけてじっくりとゲームを楽しめるロールプレイングというジャンルが大きな位置を占めることになる。
 アレフガルドの地においてラダトームの城からローラ姫が、世界支配を企む竜王によってさらわれてしまった。そこで、かつて魔王を倒した勇者ロトの子孫である主人公が、竜王退治の旅に出ることになったのだ。それ以降のロールプレイングでは仲間を増やしていく流れが定番となるのだが、ファミコン初のロールプレイングゲームということもあって、操作するのは主人公である勇者1人だけで、仲間が増えることはない。出現するモンスターも1匹ずつで、戦闘場面では1対1の戦いが繰り広げられる。主人公は剣で攻撃するだけでなく、ホイミベホイミといった回復呪文、ギラベギラマといった回復呪文、あるいはラリホーなどのサポート呪文を使えるが、仲間がいないため自分で自分を回復させなければならず、呪文を呪文を使うタイミングを誤ると致命的なことになる。主人公が倒されると教会に運ばれ所持金が半分となって復活となるが、これも一人の冒険ということもあってシビアに感じられる。ゲーム中に流れるBGMもさびしい音楽なので、孤独な戦いというイメージが強くなっている。
 敵の本拠地である竜王の城は、ゲームのスタート地点であるラダトームの城の目の前に見えているのだが、そこに渡るには橋を架ける必要がある。そのために必要となってくるのが、太陽の石雨雲の杖ロトのしるしの3つのアイテム。この中でロトのしるしは、ローラ姫の手助け無くしては入手することが困難。そのため竜王を倒す前にローラ姫を助け出すことになるのだが、ローラ姫の救出を阻むドラゴンは、なかなか強敵である。
 それ以降のロールプレイングゲームと比べて、町の数も少なめなのだが、やっとたどり着いたと思ったドムドーラはモンスターに滅ぼされ壊滅状態となっているし、その先のメルキドは町を守るゴーレムを倒さないと入れないので、町に着いて一安心といった状況が極めて少ない。このようにシビアなところも目立つゲームであるが、ゲームバランスは優れたものがある。自分が最初にプレイした時はレベル21で竜王と対峙したが、マジックポイントが全て尽きて、次の一撃で倒せなければ死ぬといった場面で、竜王を倒せたので、その感動もひとしおであった。
作品のツボ→このゲームでは容量の関係もあって、主人公の名前をひらがな4文字でしかつけることができない。自分がロールプレイングゲームの主人公の名前を全て「しらくさ」という名前でプレイするのは、最初にプレイしたロールプレイングゲームが本作で、ひらがな4文字でしっくりくる名前に苦慮したためである。
ドラゴンクエストU 悪霊の神々
エニックス 1987年 ファミコン
  ドラゴンクエストで勇者が竜王を倒してから平和な世界が続いていたが、邪神を崇める大神官ハーゴンによって、人々はモンスターに苦しめられることになる。そこで世界を救おうと立ち上がったのは、勇者の子孫であるローレシアの王子(剣専門で魔法は使えない)、サマルトリアの王子(剣も魔法もそこそこ使える)、ムーンブルグの王女(魔法専門)の3人。サマルトリアの王子は一緒に冒険をしようと思って会いにいったらすれ違いばかりだし(会った時に、いやー探しましたよと言われるのが微妙にむかつく)、ムーンブルグの王女はハーゴンの呪いで犬に変えられているという始末。それでも苦労して仲間となり、パーティーを組んで戦うというのは、当時のロールプレイングゲームとしては画期的なシステムであった。それに合わせて敵のモンスターも集団で出るようになったが、大ムカデ4匹をバギでいっぺんに消し去ったときは感動を覚えたものである。なお、サマルトリアの王子とムーンブルグの王女の名前は、ローレシアの王子に付けた名前によって自動的に設定されるが、自分の場合はトンヌラナナであった。世界を救う王子の名前がトンヌラというのは、どう考えてもおかしいと思う。
 その世界は前作よりはるかに広がり、前作の冒険の舞台であったアレフガルドは、世界の一部にしか過ぎない。これは前作から長い時が流れているので、開拓が進んで世界が広がったものと思われる。もちろん冒険が進めばアレフガルドにも行けるようになるのだが、ラダトームの王様はモンスターが怖くて身を隠してるし、竜王の子孫は良いやつとは言えないが、世界征服をたくらむほどの悪人ではない。この広大な世界を歩き回るだけでなく船を使って海を航海できるというのも大きな特徴で、ロールプレイングゲームでは乗り物で世界を巡るというのも、このゲームが走りである。そして、ゲームが進むほどモンスターも強くなり、冒険も難しくなってくるが、最大の難所となるのがロンダルキアの洞窟。ここで出てくる見えない落とし穴は、現在のゲームから考えられないほど、意地の悪い仕掛けである。
 冒険の柱となるのは紋章集めで、太陽の紋章月の紋章星の紋章水の紋章命の紋章の5つを集めて精霊ルビスの守りを勝ち取らなければならない。船を手に入れてからは、かなり自由度の高い冒険となるので、どこに行ったら良いか分からなくなる反面、効率良く進めれば早い段階で強い武器や防具を手に入れて、楽に紋章を集めるのも不可能ではないはずだ。
作品のツボ→ハーゴンの神殿でハーゴンにたどり着く前に、アトラスバズズベリアルの3体の魔物が待ち伏せているのだが、必ずといっていいほどサマルトリアの王子がアトラスに殺されてしまう。しかも、死んだ人を生き返らせるザオリクの呪文はサマルトリアの王子しか使えないので、彼を生き返らせるために教会まで戻らなければならない。
ドラゴンクエストV そして伝説へ…
エニックス 1988年 ファミコン
 ドラゴンクエストドラゴンクエストUの評判が良かったものだから、このドラゴンクエストVが発売された時は、店頭に長蛇の行列ができたことが社会現象としてニュースに取り上げられたものである。しかし、これほどまでにドラゴンクエストVが話題になったのは、伝説の勇者とされていたロトの冒険が、ついに明かされるという設定によるところも大きい。というわけで、シリーズ3作目ではあるものの、時代的には1作目のドラゴンクエストより昔に遡ることになる。その世界は魔王バラモスの脅威にさらされていたが、主人公である少年は魔王を倒すために姿を消した父オルテガの後を追うように冒険に旅立つことになる。
 ドラクエシリーズのその後の作品では、登場人物に名前が付いてキャラ設定も、しっかりとされるようになるが、本作では主人公のほかには、戦士武道家魔法使い僧侶商人遊び人など職業と性別が決まっているのみで、特に名前やキャラ設定はされていない。職業と性別を決めてルイーダの店から仲間に加え、最大4人パーティーで冒険に旅立つのである。つまり、勇者、戦士、戦士、戦士といった肉弾戦型のパーティーで冒険を進めることも可能だが、普通は勇者、戦士、僧侶、魔法使いといったバランスの取れたメンバーで冒険を進めるのが無難だろう。なお、ドラクエでは有名なダーマの神殿も本作で初登場。ここに行けば転職することが可能で、転職しても覚えた呪文は忘れないので、回復魔法の使える戦士や、攻撃魔法の使える商人といったキャラも作ることができる。また、さとりのしょというアイテムを入手すれば、全ての魔法が使える賢者に転職することが可能だが、遊び人だけはさとりのしょが無くても賢者になれるというところが奥が深い。
 また、本作の特筆すべき点として、マップが現実の世界地図をモチーフにしていることにある。ポルトガの王様から黒胡椒を手に入れてきてほしいと依頼されて船を使って東方に向けて旅立ったり、ジパングヒミコに姿を変えていたヤマタノオロチを退治してくさなぎの剣を手に入れたり、現実ではイギリスにあたるエジンベアの城では田舎者扱いされバカにされたり、実際の世界とシンクロするイベントが存在する。そして、この作品から、メラ、メラミ、メラゾーマの炎熱呪文、ヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン、マヒャドの氷結呪文などのほかに、ドラゴラムスクルトといったドラクエで使われる魔法が体系化されていくことになるのである。
作品のツボ→冒険終盤ではギアガの大穴から、ドラゴンクエストの世界となるアレフガルドに乗り込んでいくことになる。そこでは音楽もドラゴンクエストで使われていたさびしい音楽に変わるのだが、滅ぼされる前のドムドーラの町や、ゴーレムが誕生する前のメルキドの町を見ることができ、プレイをしていて懐かしさに涙しそうになる。なお、父オルテガのデザインは、冒険の序盤で暴れまわっていた盗賊カンダタと同じなのだが、勇者の父親として、あまりにもふさわしくないデザインにショックを受ける。
ドラゴンクエストW 導かれし者たち
エニックス 1990年 ファミコン
 ドラゲンクエストから始まりドラゴンクエストVまで続いたロトシリーズが完結して、天空城や天空のつるぎが出てくるいわゆる天空シリーズのはじまりとなった作品。その最大の特長は第一章から第五章までに分けられたゲーム構成にある。
 第一章「王宮の戦士たち」の主人公となるのはバトランド城の戦士ライアンで、バトランド周辺で起きる子ども失踪事件の謎を探ることになる。そんなライアンを手助けしてくれるのは、ホイミスライムのホイミン。第一章のみ仲間になってくれるキャラだが、人間になりたがっているホイミンは魔法を使えないライアンにとって頼もしい存在と言える。
 第二章「おてんば姫の大冒険」になると、お姫様だというのに武術の稽古が大好きで城でジッとしてられないサントハイム城のアリーナ姫が主人公となる。アリーナ姫が城を抜け出して冒険の旅に出るのだが、姫の身に何かあっては一大事と回復魔法が使える神官のクリフトと、アリーナ姫の教育係である魔法使いブライも付いていくことになる。第一章と打って変わって、こちらは武道家、僧侶、魔法使いの典型的なRPGのメンバー構成。その途中でアリーナ姫が参加する武術大会は5人勝ち抜き制で、対戦相手はミスターハンラゴスビビアンサイモンといずれも曲者ぞろいだが、最後に出てくるのがベロリンマンというところがすごい。
 第三章「武器屋トルネコ」は最も変わった作りになっていて、後にトルネコの大冒険で活躍することになるレイクナバの商人トルネコが自分の店を大きくするため様々な難題を解決していくことになる。モンスター退治というよりは、強い武器や防具を見つけて自分の店で売ることが主たる目的。ただし、他の国々の交流を活発化させるトルネコの行動はモンスターにとって目ざわりだったらしく、命をねらわれることになり、否が応でも冒険に巻き込まれることになる。なお、第三章のみの助っ人キャラとして兵士のスコット吟遊詩人のロレンスが登場するが、金で雇っているキャラなので5日間が経過すると仲間から離脱してしまう。
 第四章「モンバーバラの姉妹」の主人公となるのが踊り子のマーニャ占い師ミネアの姉妹。マーニャが炎系を得意とする魔法使いで、ミネアが回復系を使う僧侶的な役割を果たす。彼女らの目的は父であった錬金術師エドガンを殺害したバルザックを倒すこと。しかし、女性2人だけでは攻撃力が偏るということで、エドガンの弟子であったオーリンが、この第四章のみ仲間になってくれる。しかし、もう少しで父の敵を取れるというところでキングレオに邪魔され、オーリンは傷つきマーニャとミネアはかろうじて逃げ延びる。こうして第一章から第四章までの間に、それぞれの仲間の冒険が語られ、事件の背後に共通する巨大な敵の影が次第に見えくる。
 第五章「導かれし者たち」で、ようやく本作の主人公である勇者が登場することになるが、生まれ育った村がモンスターの大群に襲われ、かろうじて生き延びた勇者が冒険に旅立つことになる。世界を旅するうちに、これまでの章に登場したライアン、アリーナ、クリフト、ブライ、トルネコ、マーニャ、ミネアが仲間になっていき、パーティーが結成されていくが、この時点で、それぞれのキャラに感情移入できているというところが、冒険をおもしろいものとしてくれる。
 本作ではこれまでのドラクエ以上にパーティーのキャラがたっているが、それ以上にモンスターたちの頂点に立つデスピサロが魅力的である。竜王、シドー、ゾーマは記号的なラスボスに過ぎなかったが、当初は信念を持って行動していたピサロが、恋人のロザリーを人間に殺されたことで復讐の鬼と化し、進化の秘法黄金の腕輪を用いてデスピサロへと変貌を遂げるというエピソードが、悪の側にも感情移入できる要因となっている。残念ながらドラクエシリーズで、ここまで設定が書き込まれた悪のボスはデスピサロぐらいで、ドラゴンクエストX以降は、また記号的なボスに戻ってしまう。なお自分がデスピサロと戦った時は、パーティーが全滅寸前までなったところで、馬車から出てきたトルネコが足払いをかけてデスピサロを転ばせているうちに、アリーナ姫のキラーピアスによる2連続かいしんの一撃が決まり倒せたのだが、その光景を思い浮かべると感動的ですらある。
作品のツボアッテムトという鉱山の町は、地下を掘っているうちに有毒なガスが発生して町が壊滅状態となってしまったのだが、数あるRPGの中でも、これほど陰惨な町はそうお目にかかれない。それでも欲にかられて炭鉱を掘り続けているうちに地獄の帝王エスタークを掘り起こしてしまうところが、また悲惨である。
ドラゴンクエストX 天空の花嫁
エニックス 1992年 スーパーファミコン
 ドラゴンクエストWに続く天空シリーズということで、時代的にはドラクエWで登場した人物の名残が世界に残っていることから、前作から長い年月が流れた頃だと思われる。このゲームが変わっているのは主人公が世界を救う勇者ではなく、主人公が結婚してできた子供が勇者になるところにある。冒険開始時には主人公は幼い子供で、父親のパパスと一緒に世界を旅しているのだが、ゲーム史上類を見ないほどの親子三代にわたる壮大な冒険となっている。
 幼い頃の主人公は妖精の国の異変を救ったり、幼なじみのビアンカと一緒にレヌール城のお化け退治などに出かけたりするのだが、イブール教団が送り込んだゲマによって、父親は殺され、ラインハットのヘンリー王子とともに奴隷の身に落とされてしまう。こうして子供から青年になるまで長い奴隷生活を送ることになるのだが、そこを抜け出して、まだ見ぬ母を魔界から救い出し、イブール教団を操っている魔王ミルドラースを倒すため、世界中を冒険することになる。そして、その先に待っているのが結婚という一大イベント。花嫁候補として上がってくるのが幼なじみのビアンカで、おそらく多くの人がビアンカとの結婚を選ぶことになると思うが、ここで大富豪ルドマンの一人娘であるフローラを結婚相手に選ぶこともできる。フローラの方がベホイミとイオナズンを使えることを除けば、どちらを選んでもストーリーに影響は無いのだが、心情的にビアンカを見捨てることは難しいものがある。
 奴隷だった主人公が結婚までできたのは喜ばしい限りだが、さらに旅の途中でビアンカ(もしくはフローラ)が子供を身ごもり、こうして誕生した双子の男の子と女の子のうち、男の子の方が世界を救う勇者となる。ただし、生まれたばかりではモンスターと戦うことが不可能なわけで、かといって子供が成長するのを待っていたら主人公が年をとってしまう。そこで、ゲマの手下のジャミによって主人公と妻は石にされてしまい、子供が成長するまで身動きが取れなくなってしまう。このイベントをはさむことで親子そろって戦うことが可能となるのだが、世界がモンスターに侵略されていく様子を、石にされたまま見続けるというのは、かなり歯がゆい思いがする。ちなみに、主人公の息子の方が世界を救うという設定は、本作発売時にドラゴンボールではセル編が佳境だったことから、孫悟空と孫悟飯の関係を思い起こさずにはいられない。
 主人公は勇者でない代わりにモンスター使いの素質があるのだが、ここでモンスターを仲間にできるという画期的なシステムがドラクエに登場する。これまで敵でしかなかったスライムなどのモンスターが一緒に戦ってくれることにワクワクしたが、つい冒険を先に進めるのを忘れてモンスター集めに熱中しかねないので注意が必要である。
作品のツボ→冒険をはじめて一番最初に仲間になるモンスターは、子供の時に助けたことがあるキラーパンサー。主人公のペットとも呼べる存在だが、その名前の選択肢の中にはゲレゲレというとんでもないものが混ざっている。
ドラゴンクエストY 幻の大地
エニックス 1995年 スーパーファミコン
 天空城などが出てくることからドラゴンクエストWからはじまる天空シリーズにあたると思われるが、登場人物をはじめ明確な関係は見受けられない。冒険をはじめるとすぐに魔王ムドーとの決戦が描かれるが、主人公であるレイドックの王子はムドーにより夢の世界に送り込まれてしまう。というわけで、本編の冒険は夢の世界からスタートすることになるのだが、この夢の世界では主人公は王子でも何でもなく、平和な村で妹と仲良く暮らす普通の青年である。しかし、普通の人が訪れることができない幻の大地と呼ばれる世界が存在するということは伝説として語り継がれていて、この幻の大地こそ本来あるべき現実の世界なのである。ふとしたことから現実の世界にも踏み入れることができるようになった主人公は、夢の世界と現実の世界を行き来しながら冒険を繰り広げることになる。この夢の世界の人々は現実の世界の望みを反映したものなので、多くの人は理想的な生活を送っている。仲間のハッサンも本来は大工の息子なのだが、夢の世界では武道家になっていて、主人公も幼い時に妹を病気で亡くしていることから、夢の世界では妹との二人暮らしなのである。
 そんな夢の世界にもムドーの魔の手が迫っていた、そこで主人公は夢の世界のムドーを倒すことになるが、この夢の世界のムドーは、現実世界でムドーに苦しめられているレイドックの王様が生み出したものだった。こうして夢の世界のムドーを倒した主人公は、続いて現実世界のムドーを倒しに向かうが、ハッキリいってムドーはムチャククチャ強い。その強さは漫画のレベルEでも触れられていくぐらいである。こんなに強いムドーだが実は現実世界を支配し人の夢まで食い尽くそうとするデスタムーアの手下に過ぎなかった。このデスタムーアの手下はファイナルファンタジーシリーズに影響されたのか、ムドーをはじめ、ジャミラスグラコスデュランといったキャラクターが四天王のような雰囲気で登場する。そして、こいつらを倒すと同時に、デスタムーアが封印しようとしていたダーマの神殿メダル王の城魔法都市カルベローナゼニス城が復活していくのである。
 現実世界のマップと夢の世界のマップは、どこか似通っていながら微妙に異なるため、夢と現実を行ったり来たりしている間に、自分がどちらにいるか混乱する場合がある。ドラクエシリーズのマップは比較的分かりやすいのだが、本作に限ってはマップの全体像を把握するのが困難を極める。また、ゲームの途中から自由度も増すので、次にどこにいったら良いか迷う場合があり、ルビスのほこら名前を変えられるほこらお笑い芸人パノンのいるほこらなどは、一度も足を運ばないうちにゲームをクリアしてしまうかも知れない。
作品のツボ→デスタムーアを倒せばエンディングを迎えるのだが、実はダークドレアムという最強のキャラクターが存在する。デスタムーアを倒してもらおうとグレイス城の人たちが召還してしまうのだが、そんな命令を無視してダークドレアムはグレイス城を壊滅させてしまう。エンディング後はこいつを倒すことが目標となる。
ドラゴンクエストZ エデンの戦士たち
エニックス 2000年 プレイステーション
 プレステで新たに生まれ変わったドラクエシリーズ。ゲームを開始してマップに広がる世界は小さな島が一つだけで周りには海が広がるという驚きの展開。しかし、そのたった一つの島に住む漁師の息子の主人公は、グランエスタードの王子であるキーファとともに、踏み込んではならないとされていた遺跡での冒険をはじめる。たった一つの島は平和そのものでモンスターが現れるようなこともない。そのため神殿での冒険は、パズルを説き明かしながらゲームを進めていくことになるのだが、冒険の果てに見つけたのは1枚のふしぎな石版だった。その石版が入口となって、主人公とキーファ、そして幼なじみのマリベルは、別世界に乗り込んでいくのだが、そこに至って始めてモンスターが現れ戦闘を体験することになる。
 その別世界で起こっていた事件をクリアして、元の世界に戻ると世界に新しい島が出現していた。実は主人公たちが乗り込んだのは過去の世界で、すでに世界は魔王によって滅ぼされた後だったのだ。世界が滅ぼされたことも忘れて、平和に暮らしていたたった一つの島の人々。主人公たちさえ遺跡を冒険しなければ、小さな世界で平和に暮らせていたものの、それは真の平和と言うことはできない。そこで、新しい石版を見つけては過去の世界に乗り込んで、魔王による陰謀を打ち砕き封印された世界を復活させていくことになる。
 この世界を封印していた張本人は魔王オルゴ・デミーラ。少し影の薄いボスではあるのだが、過去の世界でオルゴ・デミーラが世界を封印するために行っていることは、町の人に邪悪な心を植え付けたり、からくり兵に町を襲撃させたりするなど、実に狡猾としか言いようがない。ゲームの性質上から石版集めに主力が置かれてしまい、ドラクエシリーズの中でも不評を買うことが多い作品だが、一つ一つのエピソードは実に練られていておもしろい。また、残念ながらモンスターが仲間になってくれることは無くなってしまったが、その代わりモンスターの心を手に入れれば、そのモンスターに転職することができ、魔法とは一味違った様々な特技を見につけることができるようになっている。
 主人公と一緒に戦ってくれるのは、キーファとマリベルのほかに、白いオオカミが人間に変えられたガボ、ユバール族で踊りを得意とするアイラ、かつて神に仕えていた英雄のメルビンなどがいるが、キーファは途中で戦線離脱してしまう。このキーファが裏技で戻ってくるという噂がまことしやかに流れたが、もちろんそんなことあるわけがない。また、一緒に戦ってくれるわけでも何でもないが、主人公のおじのホンダラは、仕事もしない怠け者のいんちきおじさんで、妙に憎めないキャラなのである。
作品のツボ→オルゴ・デミーラを倒した後に、魔王に封印されていた神さまと戦うことができるのだが、ハッキリ言ってオルゴ・デミーラなんか目じゃないほど圧倒的に強い。そんなに強いなら、自分で魔王を倒せよと言いたくなる。
トルネコの大冒険 不思議のダンジョン
エニックス 1993年 スーパーファミコン
 ドラゴンクエストWに登場した商人トルネコの新たなる冒険。エンドールの町を離れて、新たな村で店をはじめたトルネコと妻のネネ。しかし、その村の近くには入るたびに地形が変わる不思議なダンジョンが存在した。
 まずは、練習も兼ねてちょっと不思議なダンジョンから王様の宝石箱を取ってくる。それをクリアすると、いよいよ不思議なダンジョンのスタート。他のRPGと違い、レベルアップしてゲームが楽になることは無い。モンスターに倒されてダンジョンを放り出されると、再びレベル1からスタート。ダンジョンの地形も変わっているので、再び最初からスタート。クリアするのに大切なのは何度もプレイすることでコツをつかむこと。あと頼みの綱は、ダンジョンから持ち帰ったアイテムを売って大きくなって行くお店のみ。お店が大きくなれば、ダンジョンから持ち帰った武器やアイテムを置いておくことができるようになり、冒険が楽になる。
 ダンジョンに入るたびに何が起きるか分からないので、不確定要素の出来事にハラハラしながら、何度でもゲームを楽しめる。モンスターにも気をつけなければならないが、ダンジョンを動き回るとお腹がすくので食料も確保していかなければならない。いざとなったらくさったパンも食べるし、目つぶし草も食べて飢えをしのぐ。そうした苦労の末に、地下26階からしあわせの箱を持って帰れば、ゲームクリアでエンディング。しかし、幸せの箱を開けてからダンジョンにはいると、もっと不思議なダンジョンがスタートする。この地下30階から奇妙な箱を持って帰るのが至難の技なのである。さらに地下99階には証明の巻物が落ちている。これを拾って、「この画面を写真で撮ってエニックスに送ってください」というメッセージを見た時は感動したものである。
作品のツボ→店が大きくなると店員を雇うようになるが、「さすがですぅぅぅぅぅ!」と声が異様に大きいゴンや、「お巻物やお指輪をお買いになられたら、おいかがでしょうか」とバカていねいなポリーなど変わり者ばかり。
『な行』

『は行』

パルテナの鏡
任天堂 1986年 ファミコン
 主人公のピット君は天使である。女神パルテナメデューサに捕らわれたため、弓矢を持って救出するための冒険に出る。ステージは冥界ステージ地上ステージ天界ステージの3ステージからなる。横スクロールの地上ステージは良いのだが、上にスクロールしていく冥界ステージと天界ステージは、足をすべらせて下に落ちたらいきなりゲームオーバー。とにかく落ちて落ちて落ちまくる。そのあげくにゲームオーバーになった時には、情けない音楽とともにヤラレチャッタのメッセージが…。
 各ステージのボスであるツインベロスヒュドラーなどの中ボスを倒して3種の神器を集めれば、少しは強くなっていくのだが、落っこちたら死ぬことだけは変わらない。ひたすらプレイして操作能力を向上させるしかないのである。しかし、ピット君には強い味方がいる。捕らわれて石にされているイカロスたちである。ハンマーで元に戻してやれば、戻した数だけ中ボス戦で、一緒に戦ってくれるのである。…のだが、どんなにたくさんいても、あっという間に秒殺されてしまうダメっぷり。やっぱり自分で努力するしかないようです。死神はピット君を見つけるとギャーギャーわめいて、大量の死神の子どもを呼び寄せるし、クリアまでは、苦難の道のりですが、ひたすら温泉で体力を回復してがんばりましょう。そのわりに最後のボスのメデューサは、そんなに強くないんだけどね。
作品のツボ→敵のナスビ使いの魔法をかけられると、ピット君はナスになってしまう。ナスになると攻撃も出来ず、ナスのまま逃げ回るしかない。ナスになったら病院で治してもらうしかないのだ。
ファイナルファンタジー
スクウェア 1987年 ファミコン
ドラクエのアンチテーゼとして生まれたRPG(本当か?)。お城の傭兵ガーランドにさらわれた姫を助けたことから、4つクリスタルに輝きを取り戻すための冒険が始まる。大地を腐らせて行く土のカオスのリッチ、グルグ火山に眠る火のカオスのマリリス、人魚たちに恐怖を与えている水のカオスのクラーケン、ミラージュの塔に生息する風のカオスのティアマットを次々と倒していくことになる。
 キャラクターの職業は戦士、モンク、シーフ、白魔道師、黒魔道師、赤魔道師の中から4つを選択。途中でねずみのしっぽを手に入れれば、バハムートの力で、ナイト、マスターモンク、忍者、白魔術師、黒魔術師、赤魔術師にランクアップする。
 天野喜隆デザインモンスターが本格的なファンタジー世界の雰囲気を高めている。その後FFシリーズの柱の一つとなる飛空艇が飛んだ時には本当に感動。RPGのマップ上を、高速で自由に移動できる手段はこれまでなかった(ドラクエのラーミアはゆっくりだし、桃太郎伝説のひえんの術は自由に移動できない)。
 長い冒険の末に待っていたラスボスの意外性は、長いゲームの歴史でもこの作品が一番。作品の根底に天空の城ラピュタ風魔の小次郎が流れているのはシリーズ第1作目ということで目をつぶりましょう。
作品のツボ→個人的にはダークエルフのアストスを応援したいところなのだが…。
ファイナルファンタジーU
スクウェア 1988年 ファミコン
 今、思えばFFシリーズの異色作といえる作品ではないだろうか。というのも、レベルというものが存在せず、魔法や攻撃力は使えば使うほど成長するというシステムを取っている点。だから、気軽にプレイしているだけではクリアできず、一つ一つの戦闘を考えながら行っていかなければならない。しかし、あまりにも面倒くさいためか、このシステムはFFシリーズではこれっきりで、ロマンシング・サガに継承されることになる。
 確かに、このシステムでは途中でセーブが出来ないようになっている、パンデモニウムの長いラストダンジョンで、途中で死んだ時のショックは計り知れない(モルボルとかクアールとか逃げられない強敵も多いし)。
 内容的には前作よりファンタジー色が強くなり、魔法を操る皇帝が支配するパラメキア帝国軍と王国軍との攻防が描かれている。ファミコンの電源を入れると同時に戦闘が始まり、パーティーが全滅するという衝撃的なスタートとなる。その時にパーティーにいた主人公の親友のレオンハルトは、行方不明になってしまう。そのいなくなった4人目を埋める形で、白魔道師のミンウや、大地のベルの秘密を知るヨーゼフ、気弱な王子のゴードン、女海賊のレイラ、竜騎士のリチャードが、交代でパーティーのメンバーになる。そして意外な形でレオンハルトとは再会をはたすことになるのである。
 ちなみに、今では人気者のチョコボは、この作品で初登場。ただし最初にプレイした時は一度も出会わずに終わってしまった。
作品のツボ→あんなアルテマのためにミンウは死ぬことはなかったんじゃないか。
ファイナルファンタジーV
スクウェア 1990年 ファミコン
 4人のたまねぎ剣士が様々な職業に転職しながら、成長していくジョブチェンジを導入。戦士黒魔道師といったお馴染みの職業から、相手の弱点を見極める学者や、地形を利用する風水師など、変わった職業が登場してくる。ふと思ったのだが、FFシリーズは奇数作品が現実離れしたおとぎ話的、偶数作品がシリアスな物語のような気が…。
 そしてFFシリーズの伝家の宝刀ともいえる召喚魔法が、ついに登場。そのランクはチョコボシヴァラムウイフリートタイタンオーディンリヴァイアサンバハムートの順で強くなるのだが、その後のシリーズでも、この順が基本となり続けている。今では当たり前のように使用しているバハムートのメガフレアも、最初に使って敵を一掃した時は涙モノの感動だった。このゲームでは、ゴブリンボムなども召喚できるそうだが、そのためのアイテムが希少アイテムのため見たことがありません。
 かつて大魔法使いであったノアは死ぬ時に、3人の弟子に大いなる力を残した。ドーガには魔法の力、ウネには夢の世界、そしてザンデには人の心を与えたのだが、それを不服に思ったザンデが、魔王となって世界に恐怖をもたらすことになる。ゲーム前半は地上世界の上空にある浮遊大陸での冒険となる。神官ハインを倒してから浮遊大陸を飛び出すのだが、初めて見た地上世界は、その大半が水没していた。
 FFVでは残念ながら4人のキャラクターに名前以外の違いが無いという欠点があり、ジョブチェンジによるスタイルの変化の魅力も半減している。この点は後のファイナルファンタジーXで改良されることになる。ちなみに最強の職業はオニオンシリーズを装備したたまねぎ剣士。
作品のツボ→まさか4人のじいさん勇者が、あんな重要なキーマンになるなんて…。
ファイナルファンタジーW
スクウェア 1991年 スーパーファミコン
 スーパーファミコンを世間に浸透させたのは、この作品だったのではないだろうか。いまや行くところまでいってしまったFFのグラフィックだが、この当時でもファミコンからの格段の進歩に、感動したものだった。
 地上でクリスタルを集め侵略行為を行っているのは、黒い甲冑に身を包んだゴルベーザ。しかし、彼は月からゼムスが送りこんでいる念波で操られているだけだった。ちなみにカインはゴルベーザに操られるのだが、操られているやつに操られていたというわけか…。そのゼムスは、かつて火星と木星の間に存在した惑星の住人だったが、星が破壊され月に移住していた。その星の住人達は、地球人と共存しようとしていたが、ゼムスは侵略という強行的な手段に出ようとしたため、月の中心に封印されていた。しかし、あきらめきれないゼムスはゴルベーザを操ることで、地球を我が物にしようとしていたのだった
 この頃からRPGの主役が、自分の分身というよりも個性を持った別の人物となっていく。暗黒騎士のセシル、その恋人で白魔道師のローザ、親友で竜騎士のカイン召喚師の少女リディアなど魅力的なキャラを排出している。またFF4では地底世界から、ついにはRPGゲームでは初めて宇宙にまで飛び出してしまう。また、クリスタルはファイナルファンタジーの頃には4個だったのが、前作のファイナルファンタジーVで8個、このファイナルファンタジー4では16個にまで増殖していく。少し内容が盛り込まれすぎのような気もするが、主人公が暗黒騎士からパラディンに成長するタイミングなど、実はゲームバランスはうまくとれている。
  しかし、双子のパロムとポロムや、武道家のヤンなど、登場人物が次々と感動の最後を遂げたかと思うと、実は生きていたというのは少年ジャンプ的でもある(そんな中、生き返れなかった可愛そうな賢者テラ)。
作品のツボ土のスカルミリョーネ水のカイナッツオ風のバルバリシア火のルビカンテといったゴルベーザ四天王をはじめ、カルコブリーナメーガス三姉妹ルゲイエ博士など中ボスとのバトルが楽しめたゲームでした(ダークエルフも登場してくれたし)。
ファイナルファンタジーX
スクウェア 1992年 スーパーファミコン
 ファイナルファンタジーVでは、今一つに終わったジョブチェンジシステムの雪辱戦。キャラクターごとに転職した後のコスチュームが変わっているほか、前回役立たずだった吟遊詩人風水師もパワーアップ。そんなわけで、このジョブチェンジシステムはプレイしながら、かなり楽しめるけれどFFシリーズの中では、比較的影の薄い作品となってしまった。特に主人公のバッツの印象は薄くて、完全に敵の中ボスであるギルガメッシュに食われている。
 ギルガメッシュはムーアの大森林に生えていた、巨大な樹だったが、世界中から邪悪な精神が集まり命をもつようになった。彼は世界を滅ぼす力を持つ虚無の力を得るために、クリスタルを破壊していく。エクスデスは最終戦の最中に自らも虚無に飲み込まれてしまい、ネオエクスデスとなって甦る。ネオエクスデスの目的は、宇宙の全てを飲みこんで、最後には自分も飲み込んで消滅するというもので、あらゆる悪の中でも、もっとも恐ろしいかもしれない。
 FF5のマップ構成はこちら側の世界とあちら側の2つの世界が存在し、途中で2つの世界が一つになり、マップが合わさるという秀逸な出来映え。さらに、終盤では封印を解かれて出現した中ボス軍団が出まくるという派手な展開(ちょっと、ついて行けないぐらいの…)。その内の一人は戦いもせずにリヴァイアサンに倒されてしまうのは笑えるのだが…。ちなみに主人公グループよりも、先代の勇者グループであるおやじ連中の方が目立っていた。これには当時、放映されていた戦隊物のダイレンジャーとイメージが重なったものである。
作品のツボ→ゲーム進行上は倒さないでも先に進めるのだが、永遠の戦いを続けているオメガ神竜を倒すのに燃えるのが、真のゲーム好きと言えるだろう。
ファイナルファンタジーY
スクウェア 1994年 スーパーファミコン
 味方のパーティーメンバーが14名という多さは、思い出す限りでは他に見当たらないし、少なくともFFシリーズでは最多数である。もちろん、ドラクエのようにモンスターを仲間にしたり、傭兵を雇うなどのゲームはあるかもしれないが、メインメンバー14名はやはり多い。
 この14名はバトルなると様々な特色を見せて楽しませてくれる。キー入力で必殺技を繰り出す武道家マッシュスロットマシンの出る目によって敵に与えるダメージが変わるギャンブラーのセッツアー、敵モンスターの能力を覚えてしまう野生児ガウ、こちらの操作を無視して勝手に暴れまくる雪男ウーマロなど、1回ごとのバトルが楽しくなってくる。
 しかし、このゲームの最大の特色は、この14名の多彩なメンバーも、その存在感の前にはかすんでしまう、史上最強の小悪党ケフカなのである。最初はガッチャマンに出てくるベルクカッツェのような小ずるいキャラになるかと思いきや、ガストラ皇帝を裏切って三闘神の力を手に入れ、ついには神の領域にまで踏み込んでしまった。自分のBGMを背負って登場して、放つあの高笑いは、今でも耳について離れない。そして、倒した後のエンディングでこれほどまでの爽快感に包まれるのはケフカ様のおかげなのである。シンジラレナーイ
作品のツボ→ゲーム中に4度に渡り、戦うことになるオルトロスは、なんでぼのぼのに出てくるシマリスのしゃべり方をするの?。
ファイナルファンタジーZ
スクウェア 1997年 プレイステイション
 プレステでの初のFF参入作品。プレステ初期の作品のせいかキャラクターの姿が思いっきりポリゴンしている。当時は何とも思わなかったが、ファイナルファンタジー[ファイナルファンタジー\をプレイした後に、このファイナルファンタジー7をプレイするとどうしてもポリゴンが気になる。それでも物語の設定は、この後のシリーズの作品以上に引かれるものがある。
 RPGにも関わらず神羅カンパニーという地球のエネルギーを吸いつづけて成長するファンタジー世界には異色の企業が登場する。この神羅カンパニーが社長のプレジデント神羅を始め、治安維持部門統括のハイデッカーや、兵器開発部門統括のスカーレットなど幹部連中がくせもの揃い。忘れられないのは宇宙開発部門統括のパルマーの最期。逃げ出したところをトラックにはねられる敵なんて初めて見た。
 しかし、この作品がゲームプレイヤーにとって忘れられない作品となったのは、ヒロインのエアリスが無残にも殺されてしまったという点。それまで共に戦ってきたのに、無常にも生き返ることが無い設定は、ゲームではありえないと思われていた非常な現実をプレイヤーに叩きつけた。そして彼女を殺したラスボスのセフィロスファイナルファンタジーYのケフカとは別の意味で悪のカリスマなのである。
作品のツボ→FFシリーズ最強の召喚魔法は、この作品に登場したナイツオブラウンド。13人の円卓の騎士が敵に切りかかり、最後にアーサー王がエクスカリバーでとどめを刺す。一度この魔法を唱えたら、その後数分間は敵が倒されるのをだまって見ているしかない。 
ファイナルファンタジー[
スクウェア 1999年 プレイステイション
 CGで本物の人間に近い動きを作り出すというFFの目玉となる技術が確立されたのがこの作品。キャラクターの動きや召喚獣がリアルに描き出されている。しかし最初にこのゲームをプレイした時には、なんじゃこりゃと思ったものである。それというのも、従来のRPGというのは主人公がヒーローで、魔物に襲われている町を救うなど活躍を積み重ねるうちに最後のボスにたどり着くのが定石なのに、FF[では問題をクリアしたと思っても、結局それが徒労に終わるというパターンが繰り返されるのである。
 魔女イデアが世界を支配しようとして、ガーデンの生徒たちが立ち向かって行くという設定なのだが、その危機感が伝わってこない。バトルのさなかに主人公のスコールとヒロインのリノアのカップルが、おそろいの指輪を作り始めたときにはプレイしながら腹立たしくもなった。と、ここまで厳しい批判を加えましたが、実は結構好きな作品だったりする。このゲームの魅力を感じ取るには、急いでクリアせず、じっくりと全てのマップを巡り、あらゆるイベントを見て回る必要がある。何かを作り出すことに情熱をかけるシュミ族からはゲーム製作者の思いが伝わってくるし、町の人と話しているうちに単なる困り者だと思っていたアーヴァインセルフィーなどのキャラクターの内側が見えてくる。さらには、スコールの生い立ちも多くのイベントに出会ううちに、ようやく見えてくる。
 そうまでしなければ好きになれないというのは問題なんのだろうが、こんなゲームが一つぐらいあっても良いと思う。それとエンディングの画像は拍手喝采もののすばらしさ。このエンディングを見るか見ないかで大きく評価が変わるのだろう。
作品のツボ→主人公のライバルとして敵側に回ったサイファー。ものすごい困ったさんだけれど良い味出してるよ。「俺はどこまでも突っ走っていたいんだよ!」「ゴールってやつを見てみたいんだよ」「お前らには見せてやらねーけどな」。君は最高です。
ファイナルファンタジー\
スクウェア 2000年 プレイステイション
 RPGにおける様々な方向性を探ってきたFFシリーズの原点回帰的な作品。ファイナルファンタジーZでの神羅カンパニーファイナルファンタジー[でのガーデンとファンタジー世界では異色的なシチュエーションが続いたが、一転してファイナルファンタジー\では、正統的にファンタジー世界が繰り広げられる。
 盗賊の主人公ジタンと、国を思う決意を胸に戦う王女ガーネットも、ファンタジー世界では典型的ともいえるヒーローとヒロイン。異色な仲間は、世界中のうまい物を食べるために冒険に付いてきたクイナぐらいのものか(敵モンスターを食べてしまうというのは、結構エグイ)。しかし、仲間の中でも、もっとも感情移入してしまうのは、黒魔道士のビビ。黒魔道士自身がファイナルファンタジーの長い歴史を代表するようなキャラだが、いずれ動きを止める定めを持つからくりという設定が悲しすぎる。たぶんこの作品のテーマといえる何のために生きているのかを、1番表しているキャラなのであろう。
 第1作のファイナルファンタジーからプレイしてきた者にとっては、ガーランドや、リッチ・マリリス・クラーケン・ティアマットといった4体のカオス、そしてグルグ火山など懐かしいキーワードが登場(グルグ火山などBGMまで1作目のアレンジというサービスぶり)。
作品のツボ→このゲームのテレビCMでは、シリーズ全作の画面が次々と映し出されていった。ファイナルファンタジー13年の歴史に拍手。
ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者
任天堂 1988年 ファミコン
 新・鬼ヶ島遊遊記に続く任天堂のディスク2枚組シリーズは、ミステリーアドベンチャーとなって登場。主人公の少年が、事故に遭って記憶喪失となって目覚めるところから物語は始まる。少年は自分が宇津木探偵事務所の助手であったことだけは分かり、明神村の資産家であった綾城キクの死を調査することになる。キクが残した莫大な遺産を巡って、繰り広げられる血まみれの殺人事件。一族のものを殺害してまわるのは、一体何者なのか…。
 古き日本の因習が残る村で旧家の莫大な遺産を巡る殺人事件ということで、全体的に横溝正史的な雰囲気を漂わせるものとなっている。村には、「綾城家の財産を狙う者が現れると、その者を殺す為に墓から甦る」という伝説が残っており、死んだはずのキクが生きていて人を殺しているのではないのかと思わせて、怪奇趣味を盛り上げてくれる。
 ファミコン時代の推理アドベンチャーのソフトの数は少ないながらも、ポートピア連続殺人事件といい、この作品といい、発売されたソフトは何故かミステリーとして異色作が多いのは、プレイヤーに与える意外性を考えてのことだろうか。この消えた後継者もプレイ後に不思議な余韻を残してくれる作品である。
作品のツボ→肝心の宇津木探偵は、他の事件で忙しいらしく、現場に全く登場しない。代わりに主人公の少年を助けてくれたあゆみちゃんは、後ろに立つ少女でも大活躍をすることになる。
ファミコン探偵倶楽部2 うしろに立つ少女
任天堂 1989年 ファミコン
 前作の消えた後継者が好評だったことから、作られた第2弾だが、実はこちらの方が古い事件で、主人公の少年とあゆみちゃんは、この事件がきっかけで知り合っている。前作が横溝的な恐怖ならば、今度は学園ミステリーで学校に伝わる怪談とからめて恐怖を演出している。ファミコンソフトながら弟切草にも負けない怖さがあり、夜中にプレイしていると思わず後ろを振り返ってしまうほど。そして、真犯人が分かった瞬間には、思わず声をあげてしまったほど、本当にビックリした。
 前作では全く登場しなかった役立たずの宇津木探偵も、今回はしっかりと登場。もっとも推理活動を行うのは主人公なのだが…。事件は丑美津高校の女生徒が河原で死体となって発見されたことから幕を明ける。殺された小島洋子探偵倶楽部というサークルに所属しており、そこで同じサークル仲間であったあゆみちゃんから、洋子は学校に伝わるうしろの少女の怪談を調べていたと聞かされる。その伝説とは、放課後、学校に一人で残っていると血まみれの少女が現れるというものだった。
 果たして、どうして後ろの少女の伝説は生まれたのか、そして、それを調べていた洋子は何故殺されたのか。15年前に起きた浅川しのぶ失踪事件とからめながら、ファミコンの推理アドベンチャーゲームの中でも1、2を争う名作となっている。 作品のツボ→不良少年で番長のひとみちゃんのキャラクターは強烈過ぎます。主人公の少年との間に熱い友情が生まれているのもおかしいです。
不思議のダンジョン2 風来のシレン
エニックス 1995年 スーパーファミコン
 トルネコの大冒険の第2弾。シレンの目的はこばみ谷の中央にそびえる、テーブルマウンテンの頂上にある幻の黄金郷にたどりつくこと。トルネコ同様に途中で死ぬと、スタート地点である最初の村に戻され、レベル1となり、地形は全く変わっている。トルネコの食料がパンだったのに対し、シレンの食事はおにぎり。当然おにぎりが無くなると飢え死にしてしまうので要注意。
 他にもトルネコとの違いに剣と盾を合成して強くできるという点がある。がんこ者のガイバラ先生が作ってくださった合成のツボを使えば、最強の武器を作り上げるのも夢では無い。ただし、強くした武器を持ったままモンスターにやられると無くなってしまうので、慎重にプレイしていく必要がある。また、トルネコはひたすらダンジョンを進むだけだったのが、今回は途中の道筋に村や町が出てきて、ゲームの奥行きを広げている。
 さらに、助っ人となる旅の仲間がいるのがうれしいところ。相棒である語りイタチのコッパは別として、あんまがへたな座頭ケチは、目の見えない振りをしている食わせ物だが、剣の腕は確かなもの。目つぶしお竜は、最初に会った時には、目潰しをかけられてひどい目に会わされるが、仲間になってからは敵モンスターに目潰しをかけてくれる。そして、最大の困り者は弟分のペケジ。頼まれて仲間にしたのは良いが、すぐに腹が減っておにぎりをねだってくるし、敵と間違えて攻撃してくるとんでもないやつ、時にはペケジに倒されゲームオーバーといった場合もある。しかし、このペケジが敵に倒されているうちに、いつのまにか強くなってくるのだから、憎めないのである。
 そして、黄金郷には見たものの願いをかなえてくれる黄金のコンドルが待っている。しかし、トルネコと違い最後のボスが控えているので、そう簡単にはエンディングにたどりつけないのである。
作品のツボ→レベルアップの音楽が、ヨヨヨイ、ヨヨヨイ、ヨヨヨヨヨイと伝七捕物帳なのが、妙におかしい。
ポートピア連続殺人事件
エニックス 1985年 ファミコン
 85年11月に発売された記念すべきアドベンチャーゲーム第1号となる作品。ばしょいどう、ひとしらべろ、なにかみせろなどのコマンドを選んでゲームを進めていく。ちなみにアドベンチャーゲームのブームは、それから1年後に爆発的に訪れ、86年11月から12月にかけては、消えたプリンセス、シャーロックホームズ伯爵令嬢誘拐事件、水晶の龍、たけしの挑戦状、時空の旅人、ミシシッピー殺人事件が立て続けに発売されている。ただし、ポートピア連続殺人事件がゲームの構成や難易度が優れたものだったのに対し、後発のソフトがゲームバランスが取れていないクソゲーと呼ばれるものが多いのが悔やまれる。これはシナリオを担当したドラクエでおなじみの堀井雄二の功績が大きいと言える。
 金融会社の社長である山川耕造が殺害されたことで、プレイヤーは刑事のボスとなって、部下のヤスに命令を下していく。耕造が厳しい借金の取り立てをしていただけあって容疑者は多く、様々な証言と証拠を積み重ねて犯人を追い詰めていかなければならないのだが、コマンドを手当たり次第に入力して謎を解いてしまうことができないように、なにかしらべろでは虫めがねを、たたけではハンマーをカーソルで動かして怪しいと思われる場所に合わせなければならない。そのために購入した人が多い人気ソフトにも関わらず途中で挫折したという人が続出した。自分も指輪を見つけることができなかったので、クリアしたのは買ってから数年後のことであった。
 ファミコン初期の作品なので、グラフィックは単純なもので、BGMも流れない。それでありながら謎解きのおもしろさにグイグイと引き込まれていく。行き詰っていたゲームが証拠を見つけたことで、先に進めるようになったときの快感は、このゲームが教えてくれたようなものである。なお、電話をかけろのコマンドでは電話番号の数字を押していくことになるのだが、110を押すと警察につながるし、0000000と押すとリカちゃんが電話に出てくれる。この電話に関連して出てくるこめいちごの謎は、アドベンチャーゲーム第1号にしては、出来すぎといって良いほど秀逸な謎である。
作品のツボ→耕造の家の地下には迷路が存在していて、RPGでもないのにダンジョンをさ迷うことになる。その壁にはもんすたあさぷらいずどゆうと書いてあるのだが、これはウィザードリィでモンスターに出会ったときに表示されるメッセージである。
ポポロクロイス物語
ソニーコンピューターエンターテインメント 1996年 プレイステーション
10歳の誕生日を迎えるポポロクロイスのピエトロ王子。しかし、その10歳の誕生日はパウロ国王の持つ知恵の王冠を奪いに来たガミガミ魔王の出現によって、とんだ大騒動となってしまう。そこから始まるピエトロ王子の大冒険。一緒に冒険に出たはずの城の兵士であるドンとゴンは、怪物が出るやいなや、さっさと逃げ出してしまったので、森の魔女のナルシアや、いつでも甲冑に身を包んでいる白騎士とともに、ガミガミ魔王城に乗り込む事になる。彼らの努力のおかげで、困ったヤツではあるが、どこか憎めないガミガミ魔王から王冠を取り戻し、平和が戻ったかに見えたが、ここからが母親であるサニア王妃の長い眠りをさますために、氷の魔王と戦わなければならない苛酷な冒険となっていくのである。
 プレイステーションが発売されてから、ゲームのグラフィックスはCGをふんだんに使った、よりリアルなものが求められ、どのゲームもそれに追従していった。そんな中で、反旗を翻したかのようにアニメーションを用いたキャラクターを採用。発売当時も、あえてその事を前面に押し出していたが、そのスタイルはポポロクロイスの世界観と見事に合間って、癒し系RPGの名を勝ち取ることになったのである。剣を振るうのも魔法を使うのも全てアニメ動画で見事に処理。攻撃を失敗するとピエトロ王子が転んでしまうのも、ご愛嬌といったところだろう。
 ピエトロ王子と森の魔女ナルシアの、小さな恋のメロディは、シリーズを通して核となる部分だが、人間と森の魔女では幸せになれないという宿命を乗り越えなければならない。しかも、森の魔女であるナルシアは海の水に触れると泡になって消えてしまう。そこで、黄金のカギを使ってカイという女の子に変身。このカイというキャラクターは、ナルシアとは性格も攻撃方法も全く違うので、ストーリーとゲームシステムに深みを持たせてくれることになった。さらには、最初は敵であったガミガミ魔王も、ナルシアに良いカッコを見せるめか仲間になってしまうのだが、ムチャクチャな科学力から生み出されるガミガミミサイルガミガミキャノンといった必殺技は、かなり強烈である。
 ほのぼのしたゲームのように思えて、氷の魔王を倒すまでには、立ちはだかる四天王を次々と倒し、天空に浮かぶブリオニアにまで行くという、かなりボリュームのあるゲームとなっている。しかも、ピエトロ王子の冒険は、この物語で終わることなく、ポポローグやポポロクロイス2、さらにはプレステ2のポポロクロイス〜はじまりの冒険〜に続いていくのである。
作品のツボ→武器や防具以外に、それぞれの町で売られているおみやげも買うことができる。このおみやげは何の役にも立たないが、新しく買うごとにピエトロの秘密の部屋が、だんだんとおみやげで埋まっていくのである。
ポポロクロイス物語U
ソニーコンピューターエンターテインメント 2000年 プレイステーション
 氷の魔王との戦いから2年が過ぎ、ピエトロ王子王位継承の儀式で知恵の王冠を王家の洞窟まで取りにいくことになる。無事に知恵の王冠を手にするピエトロ王子だが、その時、パスカルと名乗る老人が現れ、本当の宝とは何かを問われることになる。それから何事も無く3年の時が過ぎ、妹のエレナも誕生し、ポポロクロイスは平和に包まれているかに思えたが、パーセラの町で竜が発掘されたことから事件の幕が開くことになる。
 平和な世界を闇に蝕もうとしているのは、元々は美の女神であったマイラ。自らの美しさに奢り高ぶったマイラは大神ユリウスの怒りを買い、醜い姿に変えられ天界を追放されたのである。マイラの目的は混沌の存在である封印されしバルバランを復活させ、その力を手にすることにあった。そんなマイラの目的を叶えるために付き従っているのは、ボクシー、ズール、ガープ、ゴーグといった四天王。その四天王の一人ボクシーの姦計にはまって大地の竜を殺してしまったピエトロは、許しを請うために老竜神に会いに竜の国まで旅立つことになる。敵であるマイラ側の戦略が、ピエトロやナルシアのやさしさを利用するような形になるので、主人公側に感情移入していると、実に痛々しい展開が続くことになる。
 戦闘場面でのピエトロたちの動きは、前作よりもさらにパワーアップ。魔法もレベルアップするごとに迫力ある映像で表現される。仲間になってくれるのは、前作に引き続き森の魔女ナルシア、白騎士、ガミガミ魔王。それに加えて、ロマーナ王国のワガママ姫ジルバ、動物と会話ができる狩人のレオナ、日の国から来た鬼面童子、そして大地の竜が残した子竜のガボ。実はガボは勇者の生まれ変わりだったりするので、かつて一緒に戦った仲間達を召喚獣として呼び出すことができる。そしてジルバがピエトロに猛烈にアタックしてくるので、ナルシアとの恋の行方も見物となっている。
 ゲームシステムが複雑でないので、初心でもすんなりとプレイできるRPG。町の人の会話がどれも良く練られていて、しかもイベントごとにセリフが変わるので、それだけでも充分楽しめるものとなっている。
 プレイ記録であるポポロクロイス2をやってみようはこちらからどうぞ。
作品のツボ竜のギルバートに乗れば、鬼面童子の生まれ故郷である日の国にもひとっ飛びで行くことができるようになる。この国を支配するうぐいす城の城主は、ラジコンカーに乗るのが大好きなバカ殿なので国民は、さぞかし苦労することと思われる。ちなみに、日の国には印籠を見せるのが好きなおじいさんや、橋の真ん中を渡ってくる小坊主、嫁と姑にいびられているお仕置き人など個性派揃いである。また、城のお堀を良く見てみるとポポローグで助っ人になったムサシが水遁の術で隠れている。
『ま行』

MOTHER
任天堂 1989年 ファミコン
 糸井重里が監修したRPG。エンディングまで泣くんじゃないというキャッチコピーが当時は話題になった。60年代のアメリカっぽい世界観は他のRPGには見られない独特な感覚。主人公は、野球好きのどこにでもいるような男の子だが、隠された超能力を持っていた。愛用のバットを持って地球の平和のために立ちあがる。戦う相手は宇宙人だが、操られた人間や動物も襲いかかって来る。ヒッピーのお兄さんまで敵となるのだが、敵を倒すのは殺すのではなく、おとなしくさせたという表現を使っている。
 主人公の仲間になるのは主人公と同じく超能力を持っている女の子。発明が得意な男の子。ちょっとワルなお兄ちゃんの3人。主人公の武器はバットで、魔法代わりに超能力を使用します。別の町にテレポーテーションするのには、大いなる助走が必要なのも独特なところです。
 その他にも、主人公を守るために次から次へと死んでいくフライングマンや、地下の洞窟の奥深くに一人たたずむ哲学する男など、忘れられない登場キャラの目白押し。その中でもマジカントでのクィーン・マリーとの別れは忘れられないものといえる。
 音楽を担当しているのはムーンライダーズ。BGMをはじめムーンライダーズの音楽がプレイしていても耳に心地良い。そして、最後の敵であるギーグを倒す決め手となるのは歌。この歌を最後まで歌い上げることが君にはできるだろうか。さて、エンディングでは泣けるかな?
作品のツボ→ゲームをプレイしていると、2時間で電話の呼び出し音が聞こえてくる。その後、今日はこのぐらいにしておいたらどうだとのメッセージ。この時、どうしても糸井氏の顔が目に浮かんでしまう。
MOTHER2 ギーグの逆襲
任天堂 1994年 スーパーファミコン
 前作のMOTHERで子守唄の前に地球侵略をあきらめたギーグだが、精神面を強化して再び襲ってきた。ギーグにもう以前のような甘さは残っていない。主人公のネスはバットとPSIを使って戦うのは変わらないが、前作の主人公とは何故か別人である。ネスが真夜中に突然たたき起こされることから物語はスタートする。ネスを起こしたのは隣に住んでいるポーキー。裏山に隕石を見に行った弟が帰ってこないというのだ。ネスの活躍で弟は無事に助けられたが、それを、きっかけにネスの冒険は始まった。しかし、ネスだけではなく、隣人の小憎らしいポーキーも動き出す。彼は一緒に戦ってくれる仲間では無く、事あるごとにネスたちの行く手を邪魔する存在となって立ちはだかる。子どもだからといってポーキーをなめてはいけない、最終的にはギーグと一緒になってネスに襲いかかって来る。
 ネスと一緒に戦ってくれるのは、攻撃系のPSIが使える女の子ポーラ、徹夜で発明品を作ってくれる天才のジェフ。ランマ宮殿の王子で修行を続けるプー。ネスは仲間たちと一緒にオネットツーソンなどの町から町へ、さらには秘境地底世界にいたるまで、世界中を駆け巡る。冒険のポイントとなる場所では、突如としてカメラマンが登場して記念撮影をしてくれる。前作同様に糸井重里が監修した世界観は独特のもの。登場人物たちも、音楽をしながら世界を旅するトンズラ・ブラザーズや、冒険を手助けしてくれるオタク発明家のアップルキッド、さらにはダンジョン作りに情熱を燃やすブリックロードさんなど愛すべき人たちばかり。彼はついには自分の体をダンジョンにしてダンジョン男になってしまう。
 ネスたちはリリパットステップなど世界中のパワースポットで音楽を集めながら、最後の戦いに挑む。ちなみに中ボスのゲップーとは、汚物を吐きかけられながら史上最悪の戦いを繰り広げることになる。しかも、こいつは帰ってきたゲップーとして再登場する。
作品のツボ→なんといっても、どせいさんなくしては、このゲームを語れない。サターンバレーに住んでいる彼らは果たして何者なのか。彼らの言語感覚は独特だ(文字も特別のフォント)。「できるます、うったり、かったり、どせいさんです」、「ぐんまけん!」。
迷宮組曲
ハドソン 1986年 ファミコン
 ファミコン初期のアクションゲームだが、♪や♯などの音符を集めるボーナス面など独特な味わいを持つゲーム(♭を取ると減点)。主人公のミロンはさらわれたお姫様を助け出すために、バブルを敵にぶつけながら倒して行く。お金を貯めてショップでアイテムを購入すれば、ジャンプ力が上がったり、バブルが強くなったり、壁が壊せたりするようになる。
 中ボスなんか単純なデザインで、そのうち何体かは色違いにしか過ぎない。同じ面に何度も入ってお金稼ぎしなければいけない。パワーアップアイテムは水筒などわけわかんないものばかり。それなのに耳に残るBGMとともに、忘れられないゲームの1本となっている。それでもラスボスのマハリトは、もう少し何とかして欲しかった。
作品のツボ→途中でセーブが出来ないという、今では考えられない作りのため、エンディングを見た人は数少ないはず(自分は電源を入れ続けて、何とかクリアしました)。
女神転生 デジタルデビル物語
ナムコ 1987年 ファミコン
 ビデオアニメをゲーム化した、この作品が姿を変え形を変え、いまだに続くシリーズとなって残るとは誰も予想だにしなかった。今ではめったに見る事が無くなったゲームを開始してから終了するまで、ひたすらダンジョンの攻略を目指すといったウィザードリィータイプのゲーム。ミノタウロスが支配するダイダロスの塔から始まり、メデューサに住人が石にされている天空の街ビエン、ビデオ版のラスボスの魔王ロキが待つヴァルハラの回廊魔王ヘカーテを攻略するマズルカの回廊、歩くだけでダメージを食らう炎の腐海では魔王セトを倒して、アンフィニ宮殿を目指す。
 デジタルシリーズ最大の魅力は、何といっても悪魔合成ギリシャ神話からケルト神話、果ては日本神話インドの神々と世界中のモンスターや神々、悪魔すべてが一つのダンジョンに放りこまれ、プレイヤーはそれらの神や悪魔を仲間にして、さらに合成させてより強い神々を生み出して行く。最終的にクリシュナハヌマーンオーディンカーリーを引きつれて、最後の敵ルシファーを倒しにいく時には胸が高まったものである。
 単なるアニメのゲーム化が、これだけクオリティの高いゲームを生み出すことが出来たのは、当時、ナムコの下請けであったアトラスの功績が大きい。そして、この時の主人公ナカジマユミコは、この作品のみの登場となったが、デジタルデビル世界のイザナギ・イザナミとして、その伝説は語り継がれている。
作品のツボ→合成で出来あがったモンスターから言われるコンゴトモヨロシクは、いまだに続くデジタルデビルシリーズの名ゼリフ。
女神転生2 デジタルデビル物語
ナムコ 1990年 ファミコン
 スタート直後は主人公がプレイしているデビルバスターというゲームをプレイするという、ゲーム中ゲームを体験することになる。このデビルバスターは敵のボスがミノタウロスということからも分かるように前作の女神転生デジタル物語がモチーフになっている。そして、デビルバスターをクリアしたことにより、主人公と親友は悪魔退治を始めることになるのである。
 舞台は理由はわからないが壊滅状態になっている東京。中心地が爆心地となっているところなど、思いっきりAKIRAの世界観なのである。渋谷や池袋を巡りながら、そして新宿でパズスなどを倒して行くという目のくらむような展開を見せてくれる。しかし西新井大師まで登場するのはマニアック過ぎないか…。そして共に戦ってきた親友は思想の違いからダークヒーローとなり、バエルとの戦いで悲しい最期を遂げる。この歪んでしまう仲間というモチーフは、この先のデジタルデビルシリーズの重要なキーワードとなっていくのである。
 もちろんこの作品でも新たに3身合体を加え悪魔合成は健在。可愛い妖魔と醜い地霊もためらわずに合体・合体!。
作品のツボ→ルシファーを倒し、サタンを倒すエンディングとは別に、ルシファーを仲間にしてしまう真のエンディングが存在する、そのラストのボスはユダヤ教の唯一神YAVH。宗教的に危なくなかったのか。
『や行』

YAKATA
アスク 1998年 プレイステーション
 それまでの推理小説の流れすら変え、新本格という言葉さえ生み出した綾辻行人の十角館の殺人をはじめとする館シリーズ。その館シリーズをゲームの世界に作り変えてしまったのが、この作品。綾辻氏自身がオリジナルプロットを作成して、ミステリーマニアが楽しめる小ネタが全編に散りばめられている。
 角島にある青屋敷に集められたのは、古我ユキヤ北浜ミズキ川口ミルコ赤城ソウイチの4人。彼らは人々が夢を見ることが無くなった世界で、今でも悪夢を見続ける力を持っている。そして彼らは、青屋敷の当主である中村千織から全国各地にある中村青司が建てた館の悪夢を打ち破るように依頼される。そして、十角館を通じて水車館、迷路館、人形館、時計館へとワープしていくことになるのだが、それぞれの館には悪夢の原因が巣食っており、悪夢界で異形の怪物と戦いを繰り広げることになる。後には中村青司ですらパーティーメンバーに加わるのには驚きである。
 その悪夢界では、双頭の悪魔ドグラとマグラなど、どこかで聞いたことがあるような名前の怪物たちが出現する。戦い方は六角形のバトルフィールドでの戦闘。敵の正面よりも側面や背面から攻撃した方が、高いダメージを与えられるようになっている。悪夢界を進んで行くには、アイテムを集めながら謎を解いていく必要があり、このアイテムの配置やマップバランスの良さは絶妙である。また、角島の迷いの森では、出現確立が少ないながらも殺人鬼といモンスターが登場するので、会えるまでチャレンジしてみたいものである。
 プレイ記録であるYAKATAをやってみようは、こちらからどうぞ。
作品のツボ→クリアしてエンディングを迎えると秘宝館として、これまでの館を巡ることができる。その中の隠しアイテムである暗黒館の殺人の原稿は、なかなかのお宝である。
遊遊記
任天堂 1989年 ファミコン
 新・鬼が島に続く任天堂の前編・後編2枚組DISCシリーズ第2弾。前作が日本の昔話ならば、今度の舞台は西遊記と来たもんだ。アドベンチャーゲームとしての、謎解きのバランスの良さは引き続き健在。
 前作との大きな違いは、プレイヤーの視点を主人公の孫悟空から三蔵法師八戒沙吾浄と切り替えていけるという点。この切り替えをうまく進めていかなければ、話が進まないのがミソ。孫悟空でプレイしていたところを三蔵法師に切り替えると、それまでプレイしていた孫悟空に話しかけるようになったりするところがおもしろい。
 しかし、それよりも三蔵法師と沙吾浄のキャラがお気に入り。三蔵法師はのんきにスクーターに乗って妙に俗人だし、沙吾浄は飄々としているというよりは何か枯れちゃっているし…(実は当時、この沙吾浄のような人間…河童かな?になりたいと思ったりもした)。孫悟空が暴れ物の困り者というところはよくあるパターンなんだけれども…。
 ちなみに最後の敵は牛魔王。この牛魔王の退治の仕方にはわずかではあるが、アクションゲームの要素が取りこまれている。しかし、新・鬼が島は平成版が出たため紹介しているHPが多いのに対し、この遊遊記に触れているものは、ほとんど無いので内容については記憶をたどるしかないのですね…。これも名作なのに。
作品のツボ→何故か、ストーリーはハワイにまで話が飛んでしまうのだけれど、このハワイの場面のBGMは10年たった今でも耳に残って離れない。
『ら行』

レミングス
サンソフト 1991年 スーパーファミコン
 ただ、ひたすら前に進むだけしか脳が無いレミングスを無事に出口まで誘導してやるだけのゲーム。放っておくと水の中に落ちるなどして、次々に死んで行くレミングス。こいつらには自ら生きようとする意思はないのか全く。
 レミングス殺しの陰険なワナも仕掛けられ、出口に向けてレミングスに壁を掘らせたり、階段を作らせたりと指令を送り、クリアさせるにはかなり頭を使う。しかし、クリアするのに最大の難関となるのは、死んで行くレミングスに絶えられなくなる罪悪感ではないか。
作品のツボ→「クリア条件を満たしたから、残りのレミングスは自爆させよう…」。そしてレミングス一斉に自爆。その後、心に残る真っ黒な気持ち。
『わ行』

ワイワイワールド
コナミ 1988年 ファミコン
 コナミのキャラクター総登場のアクションゲーム。悪のボス、ワルダーに捉えられたコナミのゲームのキャラを助け出して共に戦っていくというもの。主人公はコナミマンコナミレディというオリジナルキャラ。そして助け出して仲間になってくれるのが、がんばれゴエモンのゴエモン悪魔城ドラキュラシモン、グーニーズのマイキー、月風魔伝のフウマ、キングコング2のコング、そしてコナミと言えばお馴染みの隠れキャラのモアイといった顔ぶれ。
 それぞれのキャラの能力を活かした特性があり、ゴエモンは宝箱を開けることができるし、マイキーは小さいので狭い所を通りぬけることが可能、そしてフウマは岩を切断することができる。この特性を活かすことで、一人助け出すと、次のステージに進めるようになっている。主人公のコナミマンの特性が空を飛べることぐらいしかなく、情けないのだが、これもオリジナルキャラの宿命であろう。
 そのステージごとに使い勝手の良いキャラクターが変わってくるのだが、つい自分のお気に入りのキャラクターを多用してしまう傾向にある。自分もザコ敵向きではないと分かっていながらも、シモンばかり選んで操作していた。さらに、最後はワルダーの本拠地に向かって、グラディウスツインビーのどちらかを選んでシューティング面をクリアして乗りこんで行くという盛りだくさんの内容。ファミコンのチープな画像でも、充分に楽しめる内容になっているのが、うれしい限りである。ちなみに、体力復活の呪文がバビデヤンジュホイミレロレロというのは、何故か未だに忘れずに記憶に残っている。
作品のツボ→一人プレイも楽しいが、何と言っても盛りあがるのが二人プレイ。モアイとフウマがタッグを組んで敵を倒している姿は、めまいがするほどの違和感がある。
ホーム