
| キリコとは、能登半島のうち富来町南部から七尾市を結ぶ直線上以北の祭禮において担ぎ出される「灯りの山車」とも呼べる山車の一種です。基本的には一般の曳山のような車は付いておらず、人間が担ぎ上げて移動します。「神輿のように担ぎ上げて移動する」と言えば、分かり易いですか?。キリコの役割は基本的に神輿に随行するものであり、夜間に渡御される神様の足元を照らす為の灯り、また、海の向こうから祭禮の日にやってくる神様を迎えるための灯り、竜燈としての役割があります。神社の祭禮において担ぎ出される場合がほとんどですが、例外もあります。(お寺に担ぎ上げられ僧侶が読経する内浦町秋吉の観音祭り、地蔵の御霊の町内廻りに随行する穴水町曽良の地蔵祭りなど)。 |
| この、キリコというものがいつ、どこで、どのようにして発生した物なのか、実はまったくもってわかっていません。 神輿に随行する燈籠が巨大化したもの、等が有力な説としていわれています。詳しくは、結構数多く発行されている解説書等を参考にしていただくとして、折角のHPで通説を述べていても仕方がないですから、私の考えているキリコのありかたについて述べていこうと思います。 |
| 昼間のキリコ(宇出津、新村本町のキリコ) | 本来のキリコの役割、夜間の灯りとなるキリコ |
| 私は、実はキリコというものは結構新しい文化なのではないか、と考えています。 まず、各集落に元々の祭りが存在し、そこに新しい流行文化としてキリコが流入していったのではないか、ということです。そして、その土地毎に改良が加えられ、独自のものへと変化していったのではないか、と考えています。 古く考えても江戸時代中期、1700年代。多く広まったのは幕末から明治にかけてではないでしょうか。 能登には曳山祭りも数多く伝わっており、曳山とキリコを別々に両方行う集落もありますが、曳山がキリコに置き換わったのではないかと思われる祭りも見受けられます。曳山が、それ自体が神の乗物、依代であるのに対し、キリコは神の乗物である神輿に随行するものであり、その存在の新しさがわかります。 先にも述べた通り、キリコは各集落事に様々な特徴を持っており、分類する事は出来ないといってもいいと思いますが、ごくおおざっぱに4つに分類しろと言われたら、私は下のように分類します。 |
| 外浦型(富来八朔祭り) 輪島市・門前町・富来町・中島町に分布する型。台が存在せず、四本柱がそのまま足になる形。形状はシンプルだが、塗りを施し彫り物等は豪華である。太鼓は別に担ぐ。 |
珠洲型(蛸島キリコ祭り) 珠洲市大谷と正院を結ぶ線以北に分布する型。提灯や金箔押しの彫り物で飾り立てる。担ぎ棒の上に板を渡し舞台とする構造で補強材で台を形作っている。太鼓は太鼓幕に付ける。天幕は四本柱に巻き付ける形。 |
| 柳田型(ござれ祭り(当目)) 曽々木から宇出津を結ぶ、町野街道沿いの山間部の集落に見られる型。台が存在せず、四本柱がそのまま足になる構造。ほとんど飾り立てることをせず、シンプルで素朴な形状。巨大なものが多く、柳田の野田の大キリコは担ぎ上げるキリコとしては能登最大。灯りは、いまでもほとんどが蝋燭を使う。太鼓は担ぎ棒にぶら下げる形。有名な石崎奉燈祭の奉燈は実はこの型を飾り立てたもの。 |
内浦型(宇出津あばれ祭り) 宇出津を中心とした内浦一帯に見られる型。大きな台から、四本柱と担ぎ棒が生えている形状(TOPの写真参照)。6メートル前後と中型だが、重心が低くガッチリとしており、構造としてはもっとも複雑。白木造りのものが多く、飾りは比較的少ない。太鼓は台に付ける。天幕は屋根に付ける。 |